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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第十章 帰馬黒月の砦
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第十章 5


「これは……」


ケイローンの動揺は一瞬だった。腕周りに出現する籠手のような機械、そこからアンカーフックを射出して地面にめり込ませる。そのぐらいのギミックはすぐに出せるということか。


「っと、打ち上げられるほどの速度じゃないわね」


私の姿をした亜里亜は浮かぶに任せる。彼女なら飛行体をすぐ出せるはずだが、私に化けているために乗り物を出さないでいるのか。


タケナカにサポートを指示しようかと思ったが、やめる。必要なら自分でやるだろう。


ケイローンはワイヤーを縮めて地面に降り、月に向かって大量の骸が引き寄せられて行くのを見る。


「なるほど……帰馬とは戦争で使った馬が国に帰ること、黒月とは土煙で月が黒く(かげ)ることで、大軍の移動を意味しますが、この場合は天に帰るという意匠でしょうか。かつてこの地では大規模な戦いが行われ、その骸は月に引かれて天に帰っていくと」

「それだけじゃないわ、この迷宮の要旨はあれよ」


亜里亜が指差す。彼女は空中に浮かんでいながら、岩に逆さに着地して安定している。


指し示す先には城。

大岩で石垣が組まれ、瓦と石材で組まれた大きな城である。何となく小田原城に似ている。

それが月の引力を受ける。天守閣部分が崩壊しながら真上に引き寄せられているのだ。瓦が剥がれ、板材が引き抜かれ、石垣がゆっくりと持ち上げられ、基礎部分の土が盛り上がる。もう一息で地面から引き抜かれそうだ。


「この迷宮の名は帰馬黒月の砦、おそらくあの城がゴール」

「なるほど、重力の弱い世界で城の中を走れという趣向ですか、あの月は強い重力を持ち、あらゆる物を引き寄せると」

「タケナカ、あの月について解析を」


これは亜里亜の指示だ、私はそちらの戦いについては傍観者となり、戦っている三人にすべて任せる。


『えー、あの月は直径24000キロ、地球のほぼ二倍ですので、体積は8倍になります。新月から満月になるように見えたのは、物理的に上空に出現したからです。ちなみに言いますと地球にある月との比較では400倍の大きさです。地上に対して1.0Gの重力を及ぼしています』

「それだと物が浮き上がるんじゃなくて、地殻ごと近づいて行くんじゃないの?」

『観測時間が短いので曖昧ですが、あの月の公転周期は地球の自転周期と等しくなっています。常に地球の一点から真上に見えてるわけです。公転は維持されていますよ』


それは現実世界の月と同じだ。月は地球から常に同じ面を向けて公転している、これは月の内部物質が均一ではないため、重い部分が地球を向くからと言われている。


そしてあの見かけの大きさ、おそらく相当に近い場所を公転している。互いに落下するほどではないだろうが、この場所の地表を根こそぎ剥がすには十分だろう。

このまま一時間も経てば潮汐力で地殻が崩壊し、火山活動が励起され、生命の存在できない世界に変わるだろう。


「それなら! 一直線にゴールするのみ!」


亜里亜の全身が引き絞られる。弓を引くようなギリギリという音。全身をサポートする人工筋肉が連動し、力を溜めているのだ。

そして開放。浮いた岩盤を蹴って飛ぶ。飛んだ先で武者の鎧を蹴りつつ方向を変える。ピンボールのように鋭い反射運動、彼我の質量を瞬時に計算しながら的確な力で対象を蹴る。


「やりますね、では私も」


アレイオンも駆け出す。地面を蹴って飛び上がり、ケイローンが指で示す先にコンクリート塊が出現。それを蹴って方向を変える。


「私の方が早い、この勝負貰った」


亜里亜がそう宣言する。確かに、ケイローンがアンカーフックで地面に降りたこと、あれは悪手だ。迷宮はたとえ演算力を持たない者でも走破できるように作られている。余分な道具を活用すべきではなかった。この迷宮では月の引力を利用して飛ぶべきなのだ。


そして亜里亜は鎧や骨を手懸かりに移動できるが、アレイオンはそうはいかない。大質量を出して足場とするしかないが、そのために全速はとても出せない。この迷宮は亜里亜に有利だ。


だが、ケイローンには……。


矢が翔ぶ。

重力の中和された世界で、月光の中を進むのは桃色の矢。それが今にも持ち上がりそうな城に突き刺さる。


瞬間。それが一気に肥大。せいぜい四層だった城は一瞬にして(やぐら)を増やし、階層を増やし、小人が巨人になるような眺めで膨れ上がる。物見台が櫛の歯のように突き出し、複数の天守閣が生まれて回廊で連結されていく。


ねじれて変異すること十秒あまり、完成するのは実に50層以上のとてつもなく巨大な城。高さはざっと400メートルはある。

全体が白塗りとなり、瓦もサンドペーパーで磨かれたかのように美しい。石壁には金蒔絵のような漆喰細工の絵、屋根の四隅には神獣の像。柱も樹齢数百年はありそうな大木の太さになる。

さらに内部には無数の鎧武者の気配が生まれる。百以上の象眼から火縄銃が突き出され、大岩を装填した投石機が。


「しゃらくさい!」


亜里亜が止まらない。体の正面に大岩を出現させ、城に向かって蹴り飛ばす、直後に己の背後にも岩を出し、それを蹴って飛ぶ。

専門ではない岩の創造もこなしている。しかも迷いのない大胆な行動。前方を翔ぶ岩が銃弾と矢を受けつつ進み、亜里亜はそれに張り付いて移動。

向かう先の城はやや安定したように見える。地面から引き抜かれる恐れはないようだが……。


ふと上空を見れば、月が少し欠けてきている。


なるほど理解した。

あの月はおそらく十数分で満ち欠けを繰り返す。しかも光の問題ではなく、物理的に形状が変化しているのだ。三日月のときはすなわち、ブーメラン型の月になっているのだろう。そのぶん質量が減って重力が弱まるというわけか。

満月のときにはあらゆるものが持ち上がり、半月を過ぎる頃に落下してくる。どの瞬間に走るかの判断力が問われるが、今のケイローンと亜里亜にとってはあまり意味を持たない、満月のときにガンガン進むだけだ。


『北不知ミズナ、こちらは用意できたわよ、早く迷宮に潜りなさい』


おっと、アルテミスの方を忘れていた。

亜里亜の戦いも見ておきたいが、あの分なら私が手を貸すまでもないだろう。


私はダイダロスの画面を切り替え、遠く三ノ須を映し出す。

アルテミスは食料保管個に設置されていたダイダロスに陣取っている。指向性マイクの声はコンクリートできれいに反射するため、少しぐらい奥へ行っても声は届く。


「アルテミス、丁度いい迷宮があったわ、先に潜ってるからあなたも来なさい」

『いいでしょう』


私はTジャックをくわえ、暗転と同時の覚醒。


瞬間、真上からあぶられるような夏の日差し。包囲されるような蝉の声。


緑なす山を背景にした世界。

谷あいの空間に石畳の道が伸び、そこを飾るのは無数の鳥居。ドミノ倒しのように延々と連なっている。遠景には小さな社殿や庵なども見えるが、鳥居の道がどこまで伸びてるのかは見通せない。


「何ここ、日本の神社かしら」


アルテミスも現れる。肌にぴったりと張り付く緑のシャツと、迷彩柄のズボンという風体。軍人あがりに見せかけているが私には分かる。彼女の筋肉は軍隊訓練を受けたものではなく、ジムとサプリで作ったものだ。まあ彼女の素性になど興味はないけど。


「名前は朱閣稲荷(しゅかくいなり)の迷宮、この石畳の道をずっと進めばゴールでしょうね」

「ふーん、進めばいいのね」

「飛んでいくと攻撃があるパターンみたい、ドローンで全容を探ろうとしたけど撃ち落とされたわ、私はここにいるからゆっくり走ればいい」

「いいでしょう、勝手にログアウトしたり迷宮をリタイアしないように」


言い置いて、アルテミスは走り始める。

そして私はログアウトして潜水艦に戻る。


「うまく行ったわ、モルペウス・システムは順調?」

『はい、すべて問題ないですね』


タケナカが答える。


基本的に、ダイダロスで潜れる迷宮は全世界で共有されており、今現在は「帰馬黒月の砦」になるはずだ。

ではアルテミスが潜っているのは何か。あれこそがモルペウス・システム、モルペウスとは夢の神、つまり私たちが作った偽りの迷宮だ。


その正体は、演算力で構築された20メートル立方の空間。外壁を8K相当のモニターで埋め尽くしており、裸眼立体視を実現しているため肉眼での判別は不可能。それは伏せた箱のような形状をしており、平面的な世界をその箱が移動している。


遠景の様子は壁面に映し出され、鳥居と石畳は走る速度に合わせて自動的に生成される。こんなものはレーザー測距計ひとつで見破れるが、十分な演算力を持たない今のアルテミスならごまかせるだろう。

まあこれはただの時間稼ぎ、私は本命の方に取りかかる。


「タケナカ、こちらは人質の安全確保の方法を算出する、そっちは警察が突入しないように手を回して、あと狙撃手の準備を」

『はい、お手並み拝見といきましょう』


私はダイダロスを操作する。無数のカメラに加え、三ノ須に用意しておいたあらゆるセンサーを起動。人質は四人、いずれも後ろ手に縛られて座らされている。


その四人を音波、赤外線、磁気などで分析、透過の度合いはそこそこだが分析力が桁違いだ。服はもちろん、スマホの内部構造まで赤裸々になる。


続いて人質のプロフィール、それぞれの過去の映像、今日この場に居合わせた過程などを追うと……。


「タケナカ、警官隊を現場から下がらせて、特殊部隊を寄越すから退避とでも言っといて」

『はい』


私の方は狙撃手に指示を出す。彼らは腕利きの傭兵であるが、複数の人間を経由しての雇用のため、彼らは雇い主の顔も名前も知らない。連絡もメールのみなので、間違いのないように細かく指示を出す。

そして同じルートを逆行して了解の返答。


「準備よし、作戦決行まで15秒」


狙撃手が構え、人質は身を震わせ、アルテミスが鎮座する十数秒の時間。


それは起こる。狙撃手の放つ弾丸が飛来し、天井に張り付いた爆薬に着弾。瞬時に広がる爆風と衝撃波が天井に亀裂を走らせ、全ての爆薬で振動感知センサーが作動し連鎖的に起動、食堂を包むように七つの爆発が起こる。響き渡る轟音と膨れ上がるような爆煙。


そしてもうもうたる煙の中、いち早く赤外線カメラがそれを捉える。


中央で気絶している女生徒と、それに飛びかかるような形でのし掛かる三人の人質を。

ショック死しない程度の火薬量なことは分かっているが、いちおうバイタルを確認。いずれも軽傷のようだ。鼓膜が破れてるかも知れないのでそれは処置させよう。


私たちが配置した狙撃手は複数。

それぞれに指示しておいたことは、指向性マイクを使っての人質への指示だ。爆薬を撃つ直前、中央の女生徒に向かって飛びかかれと。


案の定。その生徒と窓の間には天井が崩落してきている。巨大な石材によってガラス片が遮断されているのだ。

これはアルテミスの計算だろう。ダイダロスで割り出したことのために解析しにくいが、天井の爆薬が不自然な位置にあることは分かった。あとは連想するだけだ。


『お見事です、あの生徒の周りは危害が及ばないと見抜いていたのですか?』

「最初は勘だったけどね。そもそもおかしいでしょ。人質がいるとはいえ、演算力を譲渡するためには迷宮を走破せねばならない。つまり全感覚投入が必要になる。安全を確保するなら、状況を監視できる立場にいることが望ましいからね」


あの女生徒こそ、本当のアルテミスだ。


歩容認証というものがある。姿形だけでなく、歩き方や姿勢で個人を識別する技術だ。

よく真似ているが、歩き方が以前と違う。中央の人物はおよそ四日前から別人になっていた。買い物にでも行った時に入れ替わったのだろう。


「タケナカ、入れ替わる前の生徒の捜索よろしく。もっともアルテミスに聞いた方が早そうだけど」

『了解です。こちらの私兵の投入開始しますか』

「そうね、警察に引き渡すのだけ少し待って」


果たして、今もぼんやりと走り続けている傭兵風の人物、あれは偽物だったのか。

それともアルテミスは複数人で一人の走破者なのか。


まあどうでもいい。

まもなく宴もたけなわとなる。それは地平線に暁の光が差すような、雨が上がって虹がかかるような、劇的なる一瞬が訪れる予感。

それが過ぎれば祭りも終わり。12時の鐘が鳴って魔法が解け、女神も人間となる。ただそれだけのこと……。














Tips 歩容認証


人間の歩き方を数値化し、個人認証に用いるシステム。顔認証のそれよりも低解像度な映像が利用できるメリットがある。

個人の識別の他に、映像からの性別、年代、身体的特徴などを割り出すこともできる。


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