第十章 3
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それからしばし。
私はあてがわれた部屋にてダイダロスを起動させる。
いちおう述べておくならば、走破者同士が現実で会うというのは一種の相互確証破壊に基づく行為だ。私のライフデータは電磁波によりモニターされ、私の身に危害が加わればすぐに攻撃が行われる。それは北極海に沈む潜水艦であっても例外ではない。
今いるこの部屋についても、いちおうトラップとか盗聴については警戒している、電子機器を用いて調査済みだ。
『えー、私の私見で言いますと、ケイローンはかなり相性の悪い相手だと思いますよ』
画面の中、タケナカはそのように言って、少し困った顔を見せる。彼が上司に物申すときのテンションだろうか。
『アレイオンは人の通れる道ならば、よほどの隘路でもない限り走破できると見るべきですね。あれに対抗するには強力な火器か、優れた乗り物を創造できる走破者でないと』
「なりゆきってやつよ。必要があれば出してもらうから、バックアップよろしく」
『まあ頑張ってみます』
と、そこへ割って入る人影。
『ミズナさん! 大変ですわ!』
亜里亜は今日も元気がいい。肌艶も最高である。私はジェットヘリでここまで来たのであまり寝てない。
「どうしたの?」
『三ノ須にアルテミスが攻めてきましたわ! 学食を占拠して生徒たちを人質にしてますわ!』
はあ!?
「なにそれ!? アルテミスってたしか引退したんじゃないの?」
『えーと……そう聞いてますが』
タケナカはダイダロスで私をモニターしていたために情報が遅れたようだ。彼の側面にも別のダイダロスが用意されていたが、急いでそれを操作する。
『なるほど、学内カメラに映ってますね。セーラー服の女生徒ですが、M60とMGL140で武装してます』
私の見てる画面にも映像が回される。周囲には後ろ手に縛られた生徒や教員が何人かいて、なるほど、巨大なリボルバー式のグレネードランチャーを持った犯人が……。
「って、サチ!?」
なんでサチが??
いや、というかダイダロスで防御してるはずの学内にどうやって武器を??
『あの武器は偽物ですね』
タケナカがあっさりと言う。
『映像のスペクトルを分析しました。あれは金属ではありません。おそらくボール紙か何かです。学内で作ったものでしょう』
なるほど、ハッタリというわけか。
『ついでに言うとあれはサチさんではないです。光彩や骨格から人種分析を行いました。彼女はアラブ系です』
「どういうこと?」
タケナカは少し考えに沈む。亜里亜のほうも演算力を駆使して何か調べていた。
『聞いたことがあります。アルテミスとは狩猟や山野の女神であったが、月の女神と同一視され、闇の女神セレネーとも同一視された。また、自分の水浴びを覗いた若者を鹿や蛙に変えたという話もあり、複数の姿を持つとか、変身能力を持つとも言われるそうです』
『ミズナさん、こっちでも分析しましたわ。あれは人工樹脂の皮膜をかぶせた変装ですけど、ものすごい精度ですわ。サチさんと瓜二つですわ』
つまり、アルテミスは変身を操る走破者か。
なかなかに面倒な特性だ。特にチーム戦などでは、演算力で一瞬で別人に変われる相手はかなりの脅威だろう。
「というか亜里亜、サチの顔って知ってるの?」
『私、サチさんとふつーにお茶とかしますけど?』
「そーなの!?」
そういえば亜里亜は私のトレーナーという触れ込みになっていたっけ。だとしてもなんというコミュ力の怪物。学年で言えば四つか五つは離れてるのに。
タケナカが分析を続けながら発言する。
『アルテミスは学食を占拠しており、内外に爆薬を仕掛けたと主張してます。政府に10万ドルをHCLを通じた仮想通貨で寄越せって要求してるようですね』
「HCLって何?」
『Hyderabad Coin laboratory インドの仮想通貨取引企業ですよ。マイナーですが』
……。
「えっ、それって……」
『はい?』
連想してしまった。
HCL、仮想通貨関連企業の頭文字らしいが、これを化学式と捉えると、HCLといえば塩酸。
つまり。
演算 10万 よこせ
…………。
くっだらな!
「ああもうどいつもこいつも!!」
地団駄を踏む私に少々面食らいながらも、タケナカは情報を集めつつ言う。
『どうしましょうか。武器が偽物であることは証拠を集めて情報をリークできます。すでに学園に機動隊も向かってますし、情報を流せば逮捕も容易でしょう』
『あんなワケ分かんない女は逮捕しとくべきですわ!』
……。
「いえ、駄目よ……」
武器は偽物かも知れないが、やはりそこは走破者、只者ではないと見るべきだ。
彼女はノー・クラートとの取引に応じた、つまり演算力を渡してるにも関わらず、自らの変装技術だけで三ノ須に乗り込んできたのだ。
武器が偽物だとしても、仕掛けてあるという爆薬まで偽物かどうか。爆薬は肥料やら軽油やらで作れると聞いたことがあるが、学内で調達できる可能性がある。
それに最も大事なこと……。
「この画面に映るサチがアルテミスだというなら……本物のサチはどこに?」
『あ……』
亜里亜ははっとした様子で口を押さえる。
「タケナカ、私たちの友人知人にはフォローつけてたんでしょ? どうなってるの」
サチは一度アポロに誘拐されている。だから特にガードを厳重にしてたはずだが。
『……ええとですね。サチさん、どうも自室で眠ってるようなんですが』
「は……?」
映像が回される。プライバシー保護のためか顔以外が自動的にぼかされていたが、間違いなく大いびきをかくサチだ。
「……タケナカ、指向性スピーカーでテロリストの方に呼び掛けられる?」
『可能です、マイク回しますんで、その場で発言してください』
画面にマイクのアイコンが浮かんだのを確認して、こころもち密やかに声を出す。
「そこのあなた、もう正体バレてるわよ」
アルテミスはにやりと笑い、顔に被さった特殊樹脂のマスクを引きちぎる。どっかの大泥棒三世のような眺めだ。ホントにあるんだああいうの。
浅黒く精悍な顔の女性が出現したので、縛り上げられた人質たちがざわざわと声を漏らす。小柄ではあるが強い目付き、ちりちりに捩れた髪、よく見れば手にも足にも芯が通っていて、女兵士という言葉が浮かぶ。
そしてほとんど分からない程度に口を動かし、レーザー式の感振動型マイクがそれを拾い上げる。
『初めまして北不知ミズナ。私はアルテミス、挨拶は気に入ってくれたかしら』
「まったく面白くないわ。ギャグセンスのかけらもないわ」
それは皮肉というより九割がた本気だった。私は髪をがしがしと掻きながら言う。
「何の用なの。あなたノー・クラートに演算力を渡して引退したって聞いたけど」
『そう。ノー・クラートとはとても戦えない。でも私にも望みってのがあってね。ノー様にお願いしたんだけど断られたの。だからあなたに頼もうと思って』
「ノー・クラートから100億ドル貰ったんでしょ? まだ欲しいの?」
『私の望みは国よ』
国……。
どこか小国の独裁者にでもなりたいのか、ダイダロスならば不可能な願いではないけど……。
『人口50万人以上の国が欲しい。島国がいいわね。どの国とも国交を持たず、生産も消費も自国内で完結する国。私は5000人の後宮を抱えて、私の遺伝子を後世に残すことに生涯を費やしましょう』
「あなた男なの?」
『今は女よ。でも大した問題じゃないでしょう? ダイダロスの力があればね』
…………。
頭痛がする。
私もこんな連中と同類だと言うのか。思いつくまま流れるまま、欲望の限りをぶつけて恥じることもない。この世に魔法が存在しないわけだ。魔法が存在したなら、ろくでもない使い手によって世界はすぐに荒廃してしまうだろう。
『演算力があっても時間がかかりそうな願いだし、あなたにずっと手伝わせるわけにいかないしね。私と戦ってもらうわ。そして演算力の半分をいただく。逆らえば生徒たちが犠牲になる。それだけの話よ』
最初にサチの姿で現れたこと、それは彼女なりの自己紹介であったわけだ。律儀なことだ。
「……少し考えさせて」
『15分待つわ。それ以降は10分おきに一人殺す。よく考えて決めなさい』
私はタケナカに指で指示して通話を切る。
『どうしますのミズナさん? そっちはケイローンとも戦うのでしょう?』
「ええとね、タケナカ、アルテミスは演算力を持ってると思う?」
『ノー・クラートによる走破者たちへの呼び掛けからだいぶ時間が経ってます。アルテミスが適当な迷宮に潜って、数百台程度の演算力を手にした可能性はありますね』
「学内のダイダロスの位置は把握できてるわよね、相手に動かされてない?」
『ありませんね。学内のダイダロスが移動したり、故障すれば通知が届くようになってます。アルテミスが今いる食堂ロビーにはないようですが、まあノートPCなどから演算力を利用することは可能です』
「オーケー、亜里亜、こっち頼める?」
『こっちって何ですの?』
ゴスロリの彼女はきょとんとしている。
「ケイローンの相手はあなたに頼むわ。問題ないでしょ。あなたの方が相性がいいし、ケイローン側に異論があるなら考えるけど、別にこっちは急ぐ用でもないし」
『ミズナさんはどうしますの? 演算力を渡すんですの?』
「は! まっさかあ!」
私は呵呵と笑う。
アルテミスの素性は何だろう。テロリストか、スパイか、特殊工作員か、あるいはコスプレイヤーか。
まあ何でもいい、何であろうと一緒だ。あんな頭のいかれた走破者にまともに付き合う義理はない。
ケイローンについても同じだ。人間のアップデートがどうのと、大層なお題目を唱えてもちっとも響きはしない。
桃に魂の一部を移す?
本人が自覚もできないことをやってアップデートとは、それは洗脳と何が違うのか。
「私はそっちに行ってアルテミスを制圧するわ」
そして叩きつけるように言う。
「あんなふざけた女とは絶っっっ対に戦わないからね!!」
どいつもこいつも走破者という人種は、迷宮さえ走破すればどんな我が儘でも通ると思っている。
そろそろ最後の勝者も決まりそうな時期に、いつまで夢を見ているのか。泣き出すぐらいのきついお灸が必要だ。
鼻息も荒く宣言する私に。
亜里亜はというと、そっとタケナカに耳打ちした。
『同族嫌悪ですわ……どっちも気が強そうだし』
『可能性ありますね』
「聞こえてるわよ!!」
Tips 指向性スピーカー
超音波を用いることで音に強い指向性を持たせる装置。およそ数度の角度で、強い直進性を持って音を届けることができる。
これにより生まれる音は壁などに反射しやすく、障害物を回折しにくく、到達点から広がりにくい等の特徴がある。




