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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第八章 雷火蜂群の業邸
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第八章 6



走ると分かるが、このウィンフィールド邸の拡大は予想より遥かに速い。中央に向かっているのになかなか距離が縮まらない。走っているこのカルデラの内部がどんどん面積を増やしているのだ。


「イカロ、ドローンを飛ばしてケイローンを追って」

『はい』


たちまちツバメのように飛んでいくドローン群。ケイローンがその気なら撃ち落とされるはずだが、彼は意に介さず馬を走らせている。高速で飛行するドローンがその姿を捉える。


「亜里亜はどこに?」

『トライクで屋敷の中を走っています。凄まじいスピードで……場所は僕にもモニターできません』


その言葉に少なからず驚く。無駄な階段が多かったり、意味不明なドアが無数についてるこの屋敷をエンジン付きの車で走破するとは。


『ミズナさん! どこ行ってましたの!』


亜里亜の声が降り注ぐ。イカロを経由した通信だ。


「ごめん、ちょっと少年漫画っぽい展開になってた」

『あら、そっちもでしたの』


亜里亜も? まさか、私と同じように迷宮世界を。


『大変でしたわ、サラ夫人の生涯を追う物語に沿って、七つの大広間で七つの鍵を探しましたのよ。謎解きもアスレチックもあったし、何人か走破者とも戦いましたわ。ともかくこれでサラ夫人の居室が現れるはずですわ』


私より少年漫画っぽいことになってた。

というか私はどのぐらいあの特訓やってたんだろう。砂時計が一時間用だから、プルートゥとの小競り合いも入れて、やっぱり一時間ぐらいだろうか、時間の感覚が曖昧になっている。


「他にも走破者が?」

『大したのはいませんでしたわ。オリンピアの連中は静観のようですわ』


あまり優劣をつけたくはないけど、やはり元オリンピア組とそれ以外の連中では力の差があると感じる。技量と言うよりは、振り切って・・・・・いるかいないか、という印象だが。


「亜里亜、ケイローンが中央に向かってる、なんとか止めて」

『了解ですわ』


ともかく今はケイローンに追いつかないと。


と、視線の先で屋根が隆起する。

しかし今回は規模が半端ではない。数十万年分の地層がせり上がってくるような眺め。何段にも無秩序に重ねられた部屋が、回廊が、屋敷が力強く盛り上がり、氷のブロックでできたイヌイットの住居、イグルーのようなドーム型構造となる。ここまで来るとさすがに壮麗とか圧巻という形容とは程遠い。グロテスクとしか言えない構造体だ。


「もしかして、あれがサラ夫人のいる場所……? なら、おそらくあそこがゴール……。でもこのままじゃケイローンに追いつけない」


そのとき。ひゅるると空を切る音。

一瞬だけ見えた黒い物体がドームのそばに落ち、凄まじい衝撃とともに噴煙が打ち上がる。衝撃波が私の体を駆け抜けて拡散する。


「あれは――」


左を見て、地の果てまで視線を伸ばせばトンネルのような筒状の構造物。

爆炎。鼓膜を圧すような轟音とともに打ち出される質量弾が空を舞い、数十軒分の屋敷を豆腐のように粉砕する。


「亜里亜!」


間違いない、亜里亜のパリ砲だ。

しかし以前のものとは口径がまるで違う。おそらく設計から練り直した特大の砲。数百キロもの弾頭を、莫大な量の火薬で撃ち出す砲か。


邸宅のドームはみるみるうちに修復されていく。吹き飛ばされた部分の周囲から建材が生えてきて、傷口を不格好に埋めていく。


「――やむを得ませんね」


ケイローンが方向転換してそちらに向かう。亜里亜の砲を放置していてはゴールできないと考えたか。ならば私は真っ直ぐ向かうのみ。


そして至る。開けていた部分から中に入るが、そこには何もない。

いうなればレンガの代わりに部屋をはめ込んだような構造体。豪華な家具を並べたリビングが、ベッドを安置する寝室が、子供部屋が、台所が無数に増えていき、天井はモザイク画のような眺めとなる。いくつか明かりがついている家もあり、まるで星空のようだ。規模の大きさに頭がくらくらしてくる。


「カンフー映画みたいに階層状になってなくてよかったわ、各階の門番たちと戦う展開になったら泥臭いことになりそうだし……」


そのとき。ばきりと板の割れる音が。

はっと真下を見れば、足首に何かがくっついている。とっさに理解が追いつかないが、数瞬後に察するそれは人間の腕だ。


「なっ……」


床板を割って突き出される刀身。私は身をかわすと同時に刀の横腹を蹴り飛ばす。瞬間、真下から吹き上がる爆炎。炎の中で黒い人影が立ち上がり、そしてその炎も瞬時に消える。何らかの脱酸素剤を撒いたか。


「しつこい方ですね貴方も、おとなしくログアウトしておけばいいものを」

「いや……そればかりは100パーセントこっちの台詞だと思うわ……」


プルートゥ、あの岩山から脱出してここまで来たのか。


「……常識を外れてる」

「訓練の賜物ですよ、この刀の技もね」

「そうじゃない」


私の言葉に、斬りかからんとしたプルートゥの足が止まる。


「あなたの不死身は異常すぎる。肉体の再生は私も身に付けたけど、あなたのは速度も精度も桁が違う。そもそも、頭部が完全に喪失した状態からも復活している。これは物理法則を完全に再現するという、PFの設計概念に矛盾している」

「……」

「まさか、ネクタル……」


それは苦痛を遠ざける薬。死を忘れる薬。心の一部を切り離す薬。


「あなたの不死身、ネクタルの影がちらついてる。というよりも……」





プルートゥは薄く笑い、刀の反りを上にして頭の横に構える。霞の構えだ。


「あなた、本当に生きてるの……」

「私は死の神」


踏み込むと同時に、切っ先が空間を貫く。私が身をかわす一瞬後に左上からの袈裟斬り。岩を腕に纏って受ける。



オ オ オ



「生も死も、私にとってはほんの戯れに過ぎない。私は生を(わら)い、痛みを(わら)い、死を(わら)い、そして無限を笑う……」


逆転している・・・・・・


それは走破者としての在り方であり、現実世界に生きる人間の思想ではない。プルートゥは自己の存在認識において、拡張世界に踏み足を置いて思考している。

侵食されている。この第二の世界での自分に。

それはいつからか。ケイローンに仕えたからか、それとも彼女は生まれながらに何かがねじれていたのか。


ならば、こちらもどんな手を使ってでも……



オ オ オ オオオオオオオ!



「! 何か……」


何かが迫る気配。とてつもない質量と速度を備えて。

それを感じたのはプルートゥも同じなのか、私たちは互いを突き放すように別れ、彼我の狭間を黒い影が往く。


それは邸宅そのもの。二階建てで十室以上を備えた大邸宅が屋根の海に突き刺さっている。

そして床板が貼り変わる。ウェイトリフティングのプラットホームのように、分厚い樫の板材が雨雲の影が迫るように這い、私が飛び上がる真下で塗り替わる。


「――これは」


いや、違う、あれ・・は。


そこにいたのは黒衣の老女。

痩身を分厚いローブで包み、彫りの深い顔立ちと真っすぐ通った鼻。その眼は瞳の白さが分からないほど深く落ち窪み、ローブの裾が風のない世界ではためいて見える。


「あれは……」


プルートゥもそちらを警戒し、私から距離を取る。


「あれはサラ夫人。このウィンフィールド・ハウスの主よ」


迷宮にはこの世の全てがある。

自然も、人工物も、天候や化学薬品すらも。


ならば、人間ですら生み出せるのか。この迷宮の番人。

そして大戦前の人間でありながら、この感覚、あの創造概念は。


「演算力の使い手か!」


プルートゥが走る。樫の板が貼られ、天蓋部を無数の居室が埋め尽くすこの空間はさながら部屋でできた部屋。決戦の舞台というわけか。


――我が一族に仇なすか


声が。

それは音声だろうか、それとも頭に直接響く思念の波か。それを何語で発話したのか分からなかった。言わんとする意味だけが頭に届くような。


「たかが迷宮の亡霊、走破者に倒されるが定め――」


プルートゥが言いかけるとき、サラ夫人が腕を振る。パンツスーツの死神の左右から二つの巨大な屋敷が迫り、その血まみれの姿を挟み込みつつ互いに圧潰。

次の瞬間、爆炎が生まれて周囲に建材と炎を撒き散らす。

床は砕けない。かなり分厚い高密度の板だ。爆薬にも耐えるとは。


「無駄なこと、こんなことで私を――」


その周囲で柱が打ち上がる。太く頑健なる黒い柱、それが壁を生やし屋根を展開し、家具や壁紙や絨毯すら創造して、プルートゥを中心として家を構築する。一軒の創造までおよそ3秒。

それで終わりではない。周囲からモナカの皮のような、中心線で断裂された家屋が次々と生まれ、プラモを噛み合わせるようにプルートゥを封印する。


彼女も黙ってはいない。連続する爆炎と閃光。しかしそれを上回る速さで家のパーツが集まる。


「――早い」


破壊を上回る速度で封印されている。あれでは脱出のしようがない。やはり迷宮の守護者たる存在。その背景とする演算力も並外れているのか。

……つまり私も、一度でも閉じ込められれば終わりということ。


サラ夫人の感情のこもっていない眼。眼球など無いかのように影の海をたたえた眼が、私を見る。


「……なるほど、サラ夫人は屋敷を生み出す。攻撃というよりは封印を得意とするタイプ」


一つ明確なことは、動いていなければ巨大な質量で狙い撃ちにされるということ。私はサラ夫人との距離を保ちつつ横にステップを踏む。


私の左右に家が生まれる。白木の壁を持つ立派な邸宅が瞬時に創造され、私を打ち砕かんと迫る。


「空山龍哭!」


岩が走る。二列の稜線を描いて突きずる岩盤。私はその中を走る。

この空山龍哭は攻防一体の技と言える。左右から迫る巨大質量を岩の壁が防ぎ、私はその中を走る。


頭上で異音。天井からいくつかの家が剥落して降りそそぐ。私は一瞬だけ上を見て疾走。その落下を回避。


「あれがこの迷宮の最後の敵。どうやって倒す……」


――私を


また音なき声が響く。私の頭蓋を透かして直接。


――脅かすことは許さぬ


「脅かす……」


そうだ、サラ夫人がこの広大な屋敷を作った動機。サラ夫人は銃の販売で財を成した一族であり、銃で亡くなった人々が亡霊となって害をなすというおそれを……。


「確かにあなたは強大よ、サラ夫人!」


彼女の力は銃の亡霊など物ともしない。この怪物じみた屋敷の中央にあって、無限に部屋を生み出し続けて災厄を遠ざけ、その身を守っている。


「でもスマートじゃないわね。叩き潰す、身を守る、閉じ込める。そんなことを一生続けて、死んだ後でもまだ続けるつもりなの」


部屋が迫る。サラ夫人の腕から無限に伸びてくる邸宅の列。瞬時に生み出した大岩がそれを止める。


「そして銃の亡霊たちも間違ってる。道具は所詮ただの道具、売った人間を恨むべきじゃないのに。だからこんな争いはすぐに終わるべき。どちらも眠りにつくべきよ」


岩肌の迷宮から抜け出し、サラ夫人に迫る。私がわずかに体を晒した瞬間。その周囲に柱が林立する。暖炉とその煙突が、タペストリが、磁器の壺が。


「そこ!」


瞬時に切り返して加速。出現した瞬間のガラス窓を割って外に飛び出し、続けざまに出現するテーブルの下を滑ってドアを蹴り開ける。連続するアスレチック走。海外ではプロスポーツ化した鬼ごっこが存在するが、その要領で出現するすべてをくぐり抜ける。


「龍哭!」


そしてサラ夫人への道を築く。私と老婦人を繋ぐ岩の道。左右から迫る壁が岩に衝突して止められる。


――私を


「終わりよ! 空山龍哭!」


さらに堅固な道が生まれる。左右を挟むのはビルのような岩の壁。高速で伸びる質量が道を築く。


――脅かすことは


目の前に出現するのは岩の道に収まるほどの家。明らかに小さい。私は道を真っ直ぐに駆け、迫りくる家を見つつ左側の岩を登る。斜面に脚をかけて瞬間的にすべての力を出し切り、天にも登るような三段垂直跳び。三歩。四歩目で迫りくる岩の屋根に駈け上がり、疾走から飛び降りて一気にサラ夫人のもとへ。


その肌に触れる瞬間、彼女は怯えの色を見せた。

生涯をかけて遠ざけていた脅威が、今まさに最後の瞬間にその身に触れることへの恐れ。私は一瞬だけ彼女に憐憫を覚え、そして肩に手を置き。


「――捕まえた」


微笑みかける。

サラ夫人は私を見て、数秒の空白の後に声を響かせる。



――走破者に、喝采を。



クリア宣言。

だが、この迷宮での最大の異変は、まさにその瞬間に。















Tips 霞の構え


日本刀の構えの一つ。刀を頭の横に上げ、反りを上にして切っ先を相手に向けるような構えのこと。日本剣術の中ではマイナーなものであり、似たような構えは各流派にあるものの、本道として扱われることはあまりない。創作作品、特に映画では人気のある構えである。

西洋剣術では雄牛の構えと言われ、甲冑で肩や体の側面が守られていることが前提の刺突である。


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― 新着の感想 ―
[一言] データ主義、のお話かな。 やがて1つに集約された情報処理システムが1つのアルゴリズムとして願いを叶える。それともまた始まったばかりのように分散型に戻る? ユハル・ハラリのホモデウスが浮か…
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