第八章 2
レバーハンドルを前後に動かし、次弾を装填する音。
それが地鳴りのように聞こえる。
一斉に構えられたライフルから飛来する弾丸が。
「亜里亜! 奥へ!!」
私たちは手近なドアから部屋に飛び込み、更に奥へ。
その瞬間、背後が消滅する。
無数の弾丸が木材を粉砕し、家具を破壊し、布を繊維レベルで引き裂いて後には何も残らない。音と振動が大気に溶け込むような感覚。五感が数秒消しとんでいて知覚が遅れる。
「な、なんて数なの……数万人はいるわよ」
「ミズナさん、奥へ奥へと逃げますわよ、流れ弾にも気をつけて」
屋内は凝った作りになっている。床がモザイク状の組木細工でできていたり、鏡に金の縁取りがあったり、高そうな肖像画や風景画もある。豪華な内装だ。
「イカロ、ノイズキャンセル用の装備を、あとウィンフィールド邸について教えて」
私たちの耳にヘッドホンが出現する。精度が上がっているのか、落ちてくるものを拾わなくていい場合が増えてきた。
『ウィンフィールド邸とはアメリカに実在する屋敷です。銃のビジネスで巨万の富を得たウィリアム・ウィンフィールドの未亡人、サラ・ウィンフィールドの個人的な住宅でした』
イカロによれば、サラ夫人はある妄想に取り憑かれていた。自分たちの販売した銃の犠牲者たちが悪霊となり、自身に災いを成すという考えだ。
その悪霊たちから身を隠すために複雑な家にしたとも、あるいは占い師によって、屋敷にハンマーとノコギリの音が響いている間は悪いことは起きない、という助言を得たとも言われているが、その家は実に38年ものあいだ増改築が繰り返されたという。
その大きさは、最大の時期でなんと床面積65000平米。東京ドーム1.5個分という広さである。
地震などで一部の倒壊が起きたりと、様々な理由により現在残っているものは床面積24000平米、それでも部屋数にして160室、2000枚のドアと40の階段、水平式を含む三つのエレベーターを構える広大な屋敷だ。
「イカロ、ドローンを飛ばして屋敷を空撮できる?」
『すでに試しました。ですが撃ち落とされるようです』
さもありなん、そういう攻略を嫌いそうな迷宮だ。
背後からは砕石機でも稼働しているような持続的な着弾音。発砲音が無数に折り重なる中、きゅいんという甲高い音だけが耳に刺さる。ノイズキャンセルしていてもかなりの威圧感だ。
「要するに……銃弾で屋敷が削れていくってことね。すべて更地にされる前にゴールを目指せと……」
だが、銃でそこまでの驚異になるだろうか。
ゼウスの言っていた、西暦4700年ごろの超兵器たちと戦う迷宮。それに匹敵するほどの難易度が?
「イカロ、ウィンフィールド銃って性能どの程度のものなの?」
『はい、いわゆるレバーアクションライフルと呼ばれるものです。撃鉄の下にあるレバー状の機構を動かして排莢と次弾装填を行うライフルですが、部品が多いために全体の耐久性が低かったり、弾を縦に並べる構造のために先端が平たい弾しか使えなかったりと欠点もあります』
なるほど、先端が尖った弾を縦に並べたら、前の弾の雷管部分を突いてしまう理屈か。
『そのような欠陥は徐々に改良され、性能面ではボルトアクションライフルと区別はあまりなくなりました。海外では今でも現役です。セミオートマチックの次に連射性能があるためです』
「映画で見ましたわ、未来のロボットが片手でライフル回してリロードしてたやつですわね」
「だから亜里亜トシいくつよ」
しかしやはり解せない。大口径弾も使えるようになってるとは言え、たとえば私の演算力で屋敷を岩で囲ってしまえば、ライフル弾の威力では撃ち抜けないはず……。
ともかく私たちは奥へ進む。
実に奇妙な内装だ。妙な段差があったりスロープがあったり、ブドウのようにごっそり帽子のかかった帽子立てが林立してたり、星形のテーブルがあったり、部屋いっぱいに草食恐竜の骨が組まれていたり。
『サラ夫人は13という数字を特別視していまして、屋敷には13にまつわるものが数多くあったそうです』
13の腕を持つシャンデリアとか、13枚のドアがある部屋、鍵盤が13枚しかないパイブオルガンもあった。弾ける曲が限られそうだ。
だが全体としてやはり上流階級の邸宅である。組み木細工の床。彫金の施された窓枠。珍しい植物の植えられた中庭からは、カラフルに塗られた外壁も見える。
「だいぶ奥まで来ましたけど、まだまだ広いですわね」
妙にこの屋敷と調和している亜里亜が言う。
「そこのエレベーターが5階まであるみたい、上に出てみましょう」
木製ゴンドラのエレベータなんて初めて乗るなと思いつつ上昇。到着したのは展望室のような部屋だった。エレベータの周囲をベランダが取り巻くような構造だ。
「あっちから銃撃が来てますわ」
亜里亜は早くも双眼鏡を手にしている。そういう小物ならば彼女も出せるが、何気なくやれるのは羨ましい。
まあイカロはすぐに察して双眼鏡を落としてくれたが。
「すごい弾幕……300メートルはあるのに、弾で黒いもやがかかってるみたい」
その銃撃によって建造物が蜂の巣にされ、強度を失って倒壊していくのを無数の人影が踏み越えてくる。
体を反転させて屋敷を見る。まだまだ全体の五分の一というところか。奥に行くほど高層な建物がそびえている。
乗り物で一気に行けないだろうか。
銃撃を浴びるとしても、たとえば装甲板で覆った飛行船のようなものを出せば……。
「ミズナさん、あそこ、誰かいますわ」
亜里亜は前後だけでなくあちこちを見ていたようだ。彼女が示すのは。少し離れた位置にある塔。
よく見ればそれは屋敷の一部ではない。コンクリートで組まれた塔型のトーチカだ。頂上付近からにゅっと五つの砲門が突き出してきて、人影に向かって一斉に砲撃を始める。
地響きがここまで届いて床がびりびり鳴り、トーチカの周囲では衝撃波で窓が割れている。
「無茶なことを……って、あれは」
トーチカの奥に見える浅黒い肌、短めの金髪、アポロだ。
「アポロですの? ちょこっとしか見えませんわ」
「まあよく知ってる顔だし」
「ファンなんですの?」
「別にファンじゃないけど、いちおう世界的なテニス選手なのよ彼……エアコンとかハンバーグぐらいには有名なのよ」
トーチカに黒いもやが殺到する。それは空を切り裂いて飛ぶライフル弾の群れ。火花を散らしつつトーチカを削らんとする。
『強化コンクリート製のトーチカです、銃弾で削りきるのは無理かと』
「……」
そうだろうか。
逆に考えるべきではないのか。
走破者たちはあのように防壁を築ける。それを打ち砕く攻撃力を迷宮は持っているはずだ。
では、それをどうやって得る?
私は双眼鏡を草原に向ける。
そこが妙に明るい。
なぜだろう? 幽霊のような暗い人影で埋まっていたはず、それに気のせいか網膜の奥に痛みが走る。眼がちかちかするような。
「まさか……」
「どうしましたの?」
それは来る。
形容するならば黒い槍。弾道放物線を描きつつ、棒のしなりに似た軌道を描いて迫る槍。
「伏せて!」
亜里亜の肩を後ろへ引き、エレベーターシャフトの背後に倒れ込む。私はしたたかに後頭部を打つが、なんとか亜里亜の体を抱える。
アポロはそれを見ただろうか。
私の視界の端に見えるのは黒い槍。その槍は一瞬でトーチカを貫く。
破壊とか粉砕ではなく、いわば消滅。一切が粉末レベルに砕かれて砂と消える。
そして流れ弾が来る。この展望台の手すりを粉々にして、無数の弾丸が床を砕く。
ようやく理解できた。あのチカチカくる感覚。あれは無数に巻き起こるマズルフラッシュだ。
「あぐぐ、の、喉が絞まりますわ」
「ごめん」
解放された亜里亜は頭を振りつつ立ち上がり、右方を見て声をあげた。
「トーチカが消えましたわ!? 何ですの!?」
「おそらく……銃弾よ」
レバーアクション機構は早打ちができるのが特徴だ。レバーを小気味よく動かして連射を披露する姿はネットなどでも見られる。
では、その連射を速めるとどうなるか。
射撃とほぼ同時に薬莢を排出して次弾が滑り込み、撃鉄は火にあぶられつつ後方に戻り、寸毫の間も置かず再度弾かれて雷管を打つ。
これを理論限界まで速めたなら、まるで弾丸が直列するように見えるのではないか。そして銃身は無数にある。
「この展望台にまで流れ弾が来てる……これ跳弾よ」
「まさか!? 何百発も来てますわよ」
「イカロ、今の一撃、弾丸が何個あったか数えられる!?」
イカロはしばらく操作する気配があった、おそらく何通りかの観測で検算したのだろう。
『し……信じがたい話ですが、おそらく、100億発以上……』
私は床を見る、いくらかひしゃげた銃弾が転がっていたが、やがて消えた。床の上に焦げ痕だけ残して。
『銃弾は複数の種類があるようです。おおよそですが、平均して初速は800から900メートル毎秒。弾頭重量は10グラム前後、着弾時のエネルギーは3000ジュール前後、つ、つまり……』
亜音速で叩き込まれる10万トンの槍か。大型旅客機200台ぶんの質量が一気に突き刺さったわけだ。ひとたまりもないだろう。
そして屋敷の破壊が続く。黒い風が壁と屋根を薙ぎ散らしつつ前進している……勢いが増している。
「イカロ、エレベータがダメージを受けてる。屋根を行くから下にマットを」
『はい』
「なんだかアポロのああいうシーン、今後何度も見そうな気がしますわ……」
私たちは手すりを飛び越えて下へ。展開されていたマットに着地する。
「ミズナさん、ここは屋根を行くべきですわ」
「それがいいかも、バイクで行くの?」
「今回はこいつで行きますわ!」
どしん、と出現するのは大型の三輪自動車、前一輪の後方二輪であり、バギーのような大口径タイヤを装備している。何が起こるか分からない場所での走行だけに、安定性を重視したのだろう。ついでに言うなら緊急時にすぐに離脱できるものを。
私が後ろに乗り、亜里亜の運転で屋根を行く。板張りだったりスレートだったりだが、激しい起伏を力強く乗り越えて走る。
「とんでもなく広いですわね。先ほどの話じゃないですけど、千葉のランドぐらいありますわ」
「そうね、とにかく中央あたりまで行って、また中に入りましょ」
……。
しかし、この迷宮のゴールとはどこなのか。
屋敷の主であるサラ・ウィンフィールドの部屋、それが一番ありそうだが、それをどうやって探すのだろう。
そもそもあんな銃撃が迫っていては、この広さでもわずかな時間で更地になってしまう。プレートが迷宮のギミックにより破壊されてしまった場合はどうなるのだろう。
そこで一旦終了として、ログアウトして迷宮をリセットするのだろうか。ではプレートが破壊されたなら告知でも出るのだろうか。それとも、この銃撃でも破壊されないような素材でできている? 何だかそれも違うような……。
『――ミズナさん、聞こえてますか、ミズナさん』
「ちょっと! 呼んでますわよ!」
あ、
つい考えに沈んでた。どうもノイズキャンセルをしてると考え込んでしまう。
『亜里亜、ミズナさん、実は先程またドローンを打ち上げました。硬質金属製のロケット型であり、数秒間の撮影ののちに打ち落とされましたが、その屋敷は……拡大しています』
「え……」
視界が急に振られる。
亜里亜が急ハンドルを切ったのだ。体を持っていかれそうになる横Gの中で亜里亜の胴にしがみつく。
「ちょっと!」
「ミズナさん! 口を開けて! 舌を噛みますわ!」
トライクが速度を上げる。そして私は気づく。もともと曇天ではあったが、周囲がさらに暗くなっている。
背後を見る。そして視界を真上に跳ねあげる。
それはケーキのような層状の構造物。先ほどのトーチカの何倍も大きな、タワーマンションのように積み上がった部屋だ。
それは見上げ入道のように視線を振り上げる速度で伸びている。上方に次々と部屋が形成され。
そして、形成されながら倒れかかってくる。
「嘘でしょ!?」
伸びながら倒れかかる塔、だがかろうじてトライクの方が早い。屋根を利用して大きくジャンプする後方で塔が屋敷に倒れこみ、数十もの部屋が足元の屋敷を踏み砕く。
「――今のって」
狙われた。私たちが。
では、まさか。
「この屋敷、味方じゃない……」
無数の銃と、怨執の屋敷。
私たちは、両方から狙われている。
Tips トライク
tricycleの略であり三輪の乗り物全般を指す。トライホイールとも。バイクとはbycycleの略なので、三輪バイクというのは日本だけの呼び方である。前一輪後ろ二輪のものが多い。
四輪に比べると小回りが効く、二輪よりも走行安定性があるなどの長所がある。




