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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第七章 玉塔円転の魔境
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第七章 5



『亜里亜、いま傷を修復する、痛いだろうけど傷口に意識を集中して』


すると黒に覆われた腹部から白煙が上がり、熱したフライパンに水滴を垂らすような音がする。


「うっ……」

『傷口に塗料が侵入してたから生理食塩水で洗い流した。内臓の傷は医療用接着剤で閉じてからペースト状にした細胞で埋めた。痛みは和らぐはず』

「……ありがとうイカロ様、だいぶ楽になりましたわ」


脂汗を流しながらそう言う。こればかりは練習するわけにもいかない、イカロも手探りの治療だろう。

だが痛みは本当に引いてきたようだ。筋肉の硬直が解けて力が戻っている。私たちも体を激しく擦りむいたときに、卵の薄膜などを貼ると痛みが和らぐ。痛覚細胞がタンパク質で保護されるからだ。

あくまで、意識が飛びそうな程ではなくなった、という程度だろうけど……。


「亜里亜、無理しなくてもいいのよ。もう6兆円は手にしたし、相手は二人がかりで来てる、こんな戦い放棄しても……」

「迷宮の対人戦は多対一を否定してないのでしょう? 大丈夫、いけますわ。あんな子供に負けてるようでは、これからオリンピアと戦って行けませんわ」


その決意は称賛されるべきだろう。

だが、相手はかなりの手練れだ。おそらく次はEXITボタンすら押させない。


「亜里亜、あいつらはバイクの音を聴いて回り込んでると思う。制音の電動スクーターとかで走るのはどう?」

「……」


亜里亜は痛みを紅潮した顔に表して指を噛む。何か考えているのか、やがてこう呟く。


「この迷宮……できることと出来ないことがあるはずですわ。例えば円柱が回転してるならワイヤーを張り巡らすことはできない。マキビシも置けない。場所を正確に覚えておけるはずがないから自分たちがかかる可能性がある……」

「亜里亜……?」

「ミズナさん、バイク乗りは誰でもひとつ名言を持ってると言いますわ」

「え?」

「私にとっての名言とは」


亜里亜がフルフェイスのメットを脱ぎ捨てる。彼女の黒髪は後頭部で結い上げられており、白いうなじが露出する。

そして思いきりエンジンをふかす。耳がおかしくなりそうな音が地下に拡散していく。


「バイクの本体とは音である! ですわ!」


コンクリを削るような凄まじいホイルスピン。カタパルトで射出されるようにバイクが飛び出す。円柱に肩を擦りつつ自販機の密林へ。


「イカロ、映像を!」

『はい』


亜里亜は先程より速度を落としている。円柱にぎりぎりで体を擦りつつ、どこか危なっかしい動きだ。


『亜里亜! 何を!?』

「? どうしたの」


それは私とイカロの視点の違いだろう。私は亜里亜のバイクに装着されたカメラ映像を見ているが、イカロはダイダロスから直接モニターしている。


私の方の映像はノイズがひどい。電波が届かなくなったか。


「イカロ、ダイダロスの映像回して」


それはすぐに来る。上方からのごく狭い範囲の視点だ。天井の低さ故にこうなるのだろう。


そしてイカロの叫びの意味が分かった。

亜里亜は目を閉じていたからだ。


「な……!」


ぴったりと、目尻に強く皺が出るほど閉じている。

そんな馬鹿な。速度を落としてるとはいえ、あれでどうやって運転できる。

いや、それにあの速度ではインラインスケートでも追い付かれてしまう。


それは来た。亜里亜は赤い領域に踏み込んでいる。その左右からざざざと波を引いて現れる姿。

全身を均一な朱に染めた双子が飛び上がる。爪先を先端にして、イルカの曲芸のような見事な跳躍。ブレードつきの靴が突き出され。


瞬間。亜里亜の姿が消える。


バイクが変化したのだ。折り紙細工のようにパーツが変型し縮小し、小型バイクになると同時に身をかがめ、やり過ごすとまた大型バイクへ変化する。


「うそっ!?」

「なんで!?」


亜里亜の真上を交差した双子は互いに反対側に落ちる。亜里亜は速度を上げ、双子は円柱を避けるように回り込む。

イカロの困惑の声が届く。


『そんな、いま亜里亜は双子を見もしなかった、一体なぜ……』


……


あれは、もしかして。


「……エコーロケーション」

『? それは、コウモリなどが持つ能力ですね。超音波を放ち、跳ね返ってきた音波を聞き取って障害物を察知するという……』

「聞いたことがあるわ。その能力は人間も使うことができる。視覚障害者などが自分で音を出し、障害物を避けて歩くことができると……」


亜里亜はそれをバイクでやっているのか。排気音の反射で障害物を見て(・・)、方向感覚だけでゴールを目指すと……。


現実ではそんな技を使うバイク乗りはいない。練習しようとすれば命がいくつあっても足りないからだ。

だが、亜里亜は身に付けたのか。拡張世界での数えきれないクラッシュを乗り越えて。


彼女はどこまで備えているのか。

まばたきするごとに成長していく。現実ではありえない技も、現実では不可能な練習によって身に付けていく……。


「くっそー、じゃあ低く狙うよカストル」

「うん! 次は決めるよポルックス」


双子は互いの名を呼んだようだ。

亜里亜の周囲でローラーの音がする。周囲はすでに赤の海。そこを迫り来るのは赤一色の怪魚。


亜里亜はゆらゆらと揺れるように車体を倒し、最小限の動きで柱を抜けていく。

どうする、いくら亜里亜自身が回避できても、低く狙われたら。


そしてそれは来た。赤が山のように盛り上がり、そこから突き出てくる硬質ブレード。


「あなたがた。バイクをナメてますわ」


亜里亜が後方に飛ぶ。赤の海で波を蹴立てて転がる。


「やりっ、落ち……」


歓喜の声をあげかける二人は、おそらくバイクは素人なのだろう。

注意深く見れば気付いたはずだ。亜里亜の乗っていたバイクのタイヤ。太さ20センチはある大型のものに変わっていたことを。

そこにブレードが突き立つ。


刹那。

爆発にも似た衝撃が炸裂し、バイクが真上に吹き飛び、赤の塗料を広範囲に弾き飛ばしつつ双子が円柱に叩き付けられる。


「それはトラックのタイヤですわ。破裂寸前まで詰めた空気圧は1200kPa(キロパスカル)。12気圧となれば爆弾と同じですのよ」


今の亜里亜の走りではバイクへの攻撃を防ぎきれない。だからバイクそのものに罠を仕掛ける。そういう理屈か。


そしてあっさり昏倒した双子を尻目に、亜里亜は新しいバイクを出して走り去っていった。





「負けちゃったよー」

「お姉ちゃん強いねえ」


二人はあっけらかんとした様子である。塗料はと言うと体の内側から純水を吹き出させてすべて落としている。どうやら二人は液体とか塗料を操る走破者のようだ。

走破のためと言うより完全に対人向けの能力、そういう連中もいるのか。


私は彼らに問うてみた。


「あなたたちってオリンピアなの?」

「そーだよ、カストルです」

「ポルックスです、今はメンバーじゃないけどね」

「ゼウスのお兄ちゃんがうるさいんだもん、何時間もお説教してきて」

「ねー」


二人は肩を組んで、妙になまめかしく密着した状態で話す。


「それで、(なつめ)のおばさんに頼まれて相手したんだよ」

「棗のおばさん優しいからねー、色白だし、おっぱい大きいし、足の指先まで綺麗だし」


何か気になる言い方だが、まあそれはいい。


『亜里亜』


上から声が降ってくる。


「なんですの、棗おばさま」

『賭けはあんたらの勝ちですけど、もう目的は果たしたんと違うか? 6兆円が必要なだけなんやろ。お金はあげるから、もう堪忍してくれへんか』

「……ま、そうですわね。経営権はおばさまに預けてもいいですわ」


どるん、とアクセルをひとつふかして言葉を続ける。


「その代わり金塊では使いにくいですわ。6兆円は預金で用意してくださる? 世界中の銀行で預金額上位30こうの銀行口座、1000ヶ所以上に分散した形でいただきますわ」

『ええよ』

「それと、二度とダイダロスと迷宮に関わらない。この二人とも手を切る。それも呑んでいただけますこと」

「えーそんなー」

「ひどーい、棗おばさんとお風呂入るの気に入ってたのにー」

『ええよ、他には?』

「年に一度ぐらいは、お母様のお墓参りを」

『ええよ、他には?』

「それで全部ですわ」

『わかった、ほなこれで』

「ええ」


通話は終わる。

もう用件は済んだが、せっかくの機会なので私は双子に問いかけてみた。


「ゼウスからお説教されたって言ってたけど、どうして?」

「そんな大したことじゃないよー、犯罪者は全部殺そうって言っただけ」

「簡単だよ、ねー」

「どっかのノート拾った人じゃないんだから……」


どうも倫理観の壊れている二人である。しかし何故かどす黒い印象はない。幼いからと言うだけでもない、本当に無邪気な気配がする。


「あなたたち何者なの? 素人じゃなさそうだけど」

「ただの殺し屋だよー」

「お電話一本で誰でも殺してあげるよー、走破者はムリだけど」


殺し屋……?

確かに、この幼さであの遠慮のない戦い方。扱う凶器のえぐさ、平和な日本からは想像の及ばない生き方をしてきた二人なのは分かるが、あまりの外見の幼さに面食らってしまう。

しかし殺し屋という言葉には違和感がある。これでも軍事企業ともやりあった身だ、ただの勘ではないと信じたい。


「殺し屋なんかする必要ある? 走破者ならお金はたくさんあるんでしょ?」

「うーん、でも悪人を成敗するのって大事だからねえ」

「最近は悪人専門なんだよ。でも大抵、依頼するほうが悪人なんでそっち殺しちゃうんだけどねえ」


その目はごく自然に笑っている。本当に眉ひとすじも動かさずに人が殺せるのか。


あるいは、この双子の言うことに真実など一つもないのか。どうもそっちのほうが正鵠を射てる気がする。

彼らはプロフェッショナルではあるけど闇には染まりきっていない。では正体は何だろう。


「……ゼウスと喧嘩してオリンピアを追い出されたの?」

「ううん? 自分で出ていったの、みんなそうだよ。ゼウスのお兄ちゃんは誰も追い出したりしないの。ただ長ーーーいことお説教してくるだけ」

「よくあんなに言葉が続くよねえ」

「聖書とかも丸暗記してるしねえ」


なるほど、ゼウスは宗教団体の教祖だったか。

宗教家らしい恐ろしいまでの寛容さと不寛容さ(・・・・・・・・)。自らの価値観以外を認めず、それでいて他者に対して懐が深すぎる。話し合えばいずれは自分の考え方に染まってくれると信じている。いかにも彼らしい。


双子はにこにこと笑っている。

どうもそれは性格というより、強烈なプロ意識としてのポーカーフェイスではないか、そんな風に思った。


走破者といっても人間。現実世界での身分は必ずある。あるいはそれを見極めることも必要な能力かも知れない。

では目の前の双子、彼らを言い表す職業とは何だろう。私はごく短い時間、熟考してみる。


体操選手、ローラースケーター、画家、軽業師、雑技団、サーカス団員、パフォーマー、パルクール走者、格闘家、Xスポーツ選手、動画配信者、軍人、傭兵、ボディーガード……。

いや違う、この二人を言い表す、その言葉は……。


「……忍者?」


ぴしり、と双子がミリ秒ほど硬直するのは見逃さなかった。


「あはは、やだなーお姉ちゃん、ニンジャなんていないよー」

「ジャパニーズ・マンガの見すぎだよー、あははは」


今のはただの直感。

忍者などいないと確信できるほどには現代っ子だし、そもそも二人は日本人に見えない。

この推測もこれっきりにしよう。これ以上、積み上げてきた常識をかき乱されるのは控えたい。


「ところであなたたち、男の子なの? 女の子なの?」

「どっちかなー?」

「忘れちゃったねえ」


と、横で聞いてた亜里亜がまたエンジンをふかす。


「ええい人を食った子たちですわ、ちょっといらっしゃい」


バイクから降り、二人の首根っこを掴んで円柱の裏まで連れて行く。


「うわーん、お姉ちゃんのえっちーばかーん」

「ああーん、そんなとこだめーんおよめにいけなくなるー」


そんな言葉がまったく感情の入っていない棒読みで流れて来る。

そして亜里亜が戻ってきて、双子もレオタードの食い込みを直しながら出てくる。


「カストルが男の子でポルックスが女の子ですわ」

「いや別にそこまで知りたかったわけじゃないけど、なんかごめん」











Tips 双子の確率


全世界的な統計において、一卵性双生児の発生確率は0.4%で均一であるが、二卵性の発生確率は地域や人種によって多少異なる。

男女の双子が生まれる確率は40%ほど。男女の双子は基本的には二卵性により生まれる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦い方のせいで双子の容姿がイカしか連想できないw
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