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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第七章 玉塔円転の魔境
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第七章 4




「走破者? そんなのいましたの?」

「うちの趣味で何人か育てたけどね、迷宮を安定して走破できる子はなかなか見つからんもんよ。何度か演算力へのアクセス権を失って、そのたびに別の人間を探したけど、今年になってこれは、という子が見つかってねえ」


では、まだ所持している演算力はさほど多くないだろう。対人戦を重ねてるならともかく。


「うちはグループの株を4%持っとるからね。あんたが勝ったんなら全部渡しましょ。その代わりあんたが負けたら、グループの経営権はこっちに残してもらう、それでどうや?」

「ダメですわ。TONEグループの時価総額が17兆として、4%って6800億でしょう? 私はTONEグループを掌握したら、グループの半数を売り払って現金化するつもりですもの。別に勝負する意味などありませんわ」


途轍もない発言だが、棗夫人は短いため息をつくのみだった。


「亜里亜、お金が入り用や言うてましたけど、なんぼほど必要なんか?」

「6兆円ほど」

「大金やね。使いみちは聞かへんけど……」


棗夫人は少し考えてから言葉を続ける。


「仕方ありませんなあ。これを見なさい」


棗夫人は着物の袖を押さえつつ、楚々とした動作でダイダロスを操作する。

そこに映し出されるのはいわゆる金の延べ棒だ、それがピラミッド型に積まれていた。


「隠し財産か何かですの?」

「2200トンあります。キロ600万として、13兆と2000億円やね」


日本にそんなに大量の金が? という私の疑問を先読みしてか、棗夫人が言う。


「これは絶対に売ってはいけない金塊なんよ。本来はある国の公営銀行の地下にあるはずのもの。戦後から今までずっと、毎月何百キロと買わされてきたもの。存在すら知られてはいけないし、公開するだけで世界が混乱するような話やけど、ま、その押し売りももう形骸化したし、あの国と日本の関係もだいぶ変わってきたからねえ、そろそろ露見する日が来てもええ頃でしょう」


何やら深い事情がありそうだけど、亜里亜は大したことではなさそうに言う。


「分かりましたわ。金塊1000トンでなら勝負を受けましょう。勝てばTONEグループは私が指揮しますわ。負ければ経営権はおばさまに渡します」


つまり、挑戦権だけで6兆円。

とてつもない話だ。だが棗夫人は承諾した。


「それで受けましょ……。せやけど亜里亜、あんたほんまに栄子さんに似てきたなあ」

「私、母親のことあまり覚えていませんけど、きっと褒め言葉なのでしょうね」





「それにしても、妙な迷宮ですわね」


私はスタート地点にいて、ダイダロスを通じて亜里亜の声を聞く。


「対戦相手の様子はどう?」

「見失いましたわ、乗り物を出してる様子もないし、もう遥か後方ではなくて?」


『ミズナさん、亜里亜のバイクに装着しているカメラ映像を展開します』


周囲にフロート型の小型ドローンが降りてきて、それが適当な円柱に映像を投射する。


亜里亜は円柱の柱を縫って進む。それなりに密集しているが、亜里亜は右に左に避けつつ前進している。ただスタート地点と違うのは、すべての円柱が自動販売機になっていることだ。

どこにでもあるような有名メーカーの自販機が円柱のぐるりに沿って埋め込まれ、背後からの蛍光灯の光に照らされて金属缶が並んでいる。


「ん、なんか変ですわ、この自販機」


ふと亜里亜が止まる。


「ちょっと、レース中なのよ」

「いえちょっと気になって……これ、ボタンが「HOT」とか「COLD」じゃなくて、全部「EXIT」になってますわ」



なんだろうそれは。温度とかじゃなくて、商品を排出するという意味かな。


「それに、ゴールが見当たらないのですわ。もうだいぶ進みましたのに」


ちょうどその時、がうん、という低い音が響く。

私の周囲でもそれは起きた。すべての円柱が、がりがりと地面との間で摩擦を生みつつ回転を始めたのだ。


「な……」


あるいは時計回り、あるいは反時計回りに。ゆっくりと、あるいはやや早く円柱が回転している。


それは映像の中でも起きていた。すべての円柱型自販機が回転を。


「あ――」


亜里亜がぽつねんと言葉をこぼす。


「す、すいませんミズナさん、ゴールの方角が……」


一瞬のことだった。回転する自販機に視線が引きずられ、方向感覚を喪失したのだ。


「……この迷宮って」


迷宮にはいくつかのタイプがあると感じる。

走破の迷宮、探索の迷宮、生存の迷宮。

ここは言わば、迷いの迷宮。


円柱により視界が見通せない。しかもそれぞれの円柱が不規則に並び、回転を加えられ、その中で人は一瞬で方向感覚を喪失する。

その世界でどのようにゴールへ向かうのか、それが問われているのか。


「亜里亜、自販機のボタンを押してみて、私の想像通りなら」


ぶん、と空間が振動するような音がして、亜里亜の大型バイクが天井付近から降りてくる。


「えっ!? 何ですの!?」


どしんとタイヤが着地してサスが衝撃を吸う。やはりだ、この迷宮にはスタートに戻る機能がある。


「亜里亜、この迷宮は言わば方向感覚の迷宮よ。矢印の方角に直進しないとゴールへは行けない、どうやってそれをやるかが問われてるの。方法を考えましょう」


と、そこへ降りてくる人影。亜里亜の真横に降りる。


「ありゃ、ここはスタート地点だねえ。戻ってくるギミックがあるのか」


レオタードの少年もやはり迷ったようだ、当然だろう。


「うーん、ナツメおばさーん、どうしたらいいかなあ」


彼のナビゲーター役は棗夫人だ。何やら話しかけている。

ちなみに現実世界での私たちは、イカロの用意したトレーラーハウスの中にいる。


「イカロ、こっちも何か方法ないかしら」

『そうですね、単純な方法としては方位磁石があるかと思います』


言いつつ、プラスチックのケースに入った方位磁針が落ちてくる。拾い上げてみるが、針が安定しない。


「だめね、この世界に地磁気が設定されてないのか、自販機に針が吸われてるのか、とにかく安定しないみたい」

『あとは……電波源などを設置して、それを探知しながら進む手があるかと』


言いつつ、パラボラアンテナとトランシーバーのような機械が落ちてくる。


「でも円柱は分厚いコンクリートなのよ。電波どころか、中性子線でも減衰して感知できなくなるでしょ」

『中継しながら複数個設置していくとか……。あるいは爆薬や、大型重機などで円柱を破壊しながら直進する手段などは……』

「だめですわ、相手がいる戦いですもの。先にゴールされてしまいますわ」


「うーん、まいいや。どんどん行っちゃおー」


と、レオタードの子は全身からだくだくと汗をかき始める。

いや、汗ではない。それはフレッシュなパプリカのように真っ赤な塗料だ。それが腕から脚から、レオタードの中からもだくだくと溢れ出して地面に流れる。


「? な……何してるの、あなた」

「これがボクの戦い方なの。棗おばさーん、引き続きナビよろしくねー」


塗料は毛髪の内側からも吹き出しており、髪も顔も真っ赤に染まる。よく見れば眼球にもだくだくと流れ込んでいるが、撥水性の高いコンタクトでも装着しているのか、目だけが浮かび上がって見える。そして足元に出現するのはインラインシューズ。


「ゴー!」


火花を飛ばしつつ円柱の群れに突っ込む。その走る後には赤の塗料が幅広い帯となって残り、わずかにシューズの跡が見える。昔話にあるような血の川を思わせる眺めだ。


「塗料を出すだけ……? それとも液体なら何でも出せるとかそんな能力なのかしら」

「なるほど、とにかく走り回ってすべての道を塞ごうって考えですわね!」


亜里亜もホイルスピンをきかせて走り出す。私はシューズが塗料に染まるのは少し嫌だったが、ドローンの投影する画面に視線を移す。


「……これ、妙じゃない?」

『どうしました?』

「一度通った道を塗料で埋めていくって理屈は分かる、でもそれじゃ亜里亜にもヒントになってしまう。速度でバイクに勝てるはずがないし、なんでこんな手を使うの? これは何か……不穏な気がする」

『……不穏、ですか』


画面を見る。亜里亜は速度を上げて円柱の林を駆け巡るが、やはり自販機が回転しているために方向が掴めないようだ。円柱は不規則に配列されているため、右に左にと交互に避ければ直進できるという理屈もない。


「だめですわ、ゴール地点が何キロ先にあるかも分からない。むやみに探し回ればどんどんと方角がそれていきそうで……」


その亜里亜が、赤く染まったエリアに踏み込む。


「あっ、ここはあの子が走ったとこですわね、引き返して……」

「亜里亜! 気をつけて!」

「えっ……」


その背後。

まるで魚影のように赤の泉から跳ね上がる影。


「!」


瞬間。亜里亜がシートの真横に張り付くほどに体を倒し、元いた場所を薙ぐ閃光。インラインスケートではあるが、その先端に短剣を装着した凶器が空を切る。


「ありゃ、空振ったよー」


だん、と着地すると同時に周囲に塗料がぶちまけられる。同時に周囲で起きる小爆発。塗料入りの爆弾をばら撒いたのか、周囲が天井付近まで朱に染まる。


「なっ……攻撃してきましたわ!」

「亜里亜! そいつ初心者じゃないわ! おそろしく訓練を積んだ走破者よ!」


自分の体から塗料を撒きつつ、ヒラメのようにその色に同化しながら接近、短剣を仕込んだインラインスケートの一撃を叩き込む、そういう戦い方か。


「まったく見えませんわ……走り回る音は聞こえますけど」


亜里亜はバイクも赤く染めつつ走行。血潮のような眺めの中を走りながら赤いエリアを出る。その鮮やかすぎる色彩に目がちかちかする。

周囲にはインラインスケートの走行音、確かに聞こえるが姿は見えない。バイクに装着しているカメラは全周囲を捉えているが、残像すら見えない。画面にノイズが走っているのは電波が減衰しているからか。


その一枚から立ち上がる魚影。


「なっ!?」


刺突、先端に埋め込まれたブレードが亜里亜の服を切り裂き、内部のアーマーまで損傷させてその体を投げ出させる。

赤に飛び込んだ影がすかさず這い寄り、その場で実体化したかのように出現する踵が真上に振り上がり、体を反転させつつ爪先を下にして振り下ろす。


「ちいっ!」


亜里亜の周りで赤い波が立つ。その体を引きずるのは中型犬ほどの大きさしかないポケットバイク。亜里亜が引きずられながら体勢を立て直し、素早く乗りかかると同時にバイクが肥大。スクータータイプのバイクに変わり、さらにエンジンの周囲にパイプが巻き付き、車輪が膨らんで大型バイクへと変じる。そして破れたゴスロリ服をちぎり捨てると同時に、同じ服を出現させる。


「うわ、走りながらバイクを変化させた? やるねえお姉ちゃん」


声が響くが、やはりその姿は見えない。あるいは周囲の赤は底なしの泉であり、その奥から水底に引き込まんとする人魚の声のようだ。


「やれやれ、ボクの攻撃が二度も防がれるなんてねえ、自信あったんだけどなあ」

「くっ……インクに染まった場所にはいられませんわ、脱出しないと……」


そしてバイクはまだインクに染まっていない。コンクリートの地面が剥き出しの場所まで移動する。タイヤと泥よけが真っ赤に染まっていた。


「危ないところでしたわ、赤いエリアに踏み込むときは慎重にならないと……」

「違う亜里亜! もう一人いる!」


「え……」


その背後から、伸び上がる魚影。

全身を灰色の塗料に染めた影、爪先を前に飛翔し、シューズの先端が後輪をかすめ、亜里亜の胴体の真ん中を――。


「がっ……!」


深々と突き立つ靴の先端。15センチ近いブレードが装着されているが、それが根本まで。


「ぐうっ!!」


ばん、と自販機に手の平を叩きつけ、その姿が消えると同時にスタート地点に降ってくる。


「亜里亜! 大丈夫!?」

「服を再出現させたとき、アーマーの厚みを倍にしてましたわ。それでもかなり深手……刃先に毒でも塗られてたらイチコロでしたけど、あいつらの戦闘スタイルが幸いしましたわ、あれでは刃に余計なものは塗れませんものね」


亜里亜は顔が真っ赤になっており、背中に手を置くと大変な熱を持っていた。強がってはいるが、痛みは尋常ではないのだろう。


気づくべきだった。

途中で降ってきたもう一人の走破者、あれはスタートに戻ってきたわけではない。同じ容姿の走破者がもう一人ログインしてきたのだ。

バイクで走行する亜里亜は音や振動でかなり目立つ存在だ。高性能のセンサーがあれば相当な距離からでも見つけられる。相手はそうそうに迷宮の走破を投げ出し、亜里亜をログアウトさせる手に出たのか。

……だとしても、僅かな時間でこの迷宮の要旨を把握し、亜里亜に追いつき、挟みうちにする技量は信じがたいほどだが。


「亜里亜、あいつら初心者なんかじゃないわ。おそろしく戦い慣れてるし、対人戦に合わせて能力を研ぎ澄ましてる。棗って人が育成してたって話すら嘘かも……」


棗夫人は演算力を持っていない、持っているなら私たちの乗っ取りに抵抗できるはずだ。

だがあの走破者たちはかなりの凄腕。おそらくは天文学的な金で走破者を雇ったのか。だとすれば、あいつらは。


「まさか、元オリンピア……?」











Tips 金の保有量


人類がこれまで掘り出した金の総量は18万トン、25メートルプール4杯分である。

金は現物資産として信頼性が高く、多くの国で外貨準備金として所有されている。世界一の保有国はアメリカであり、8000トン以上に及ぶ。

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