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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第五章 蛙都嘯風の涯
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第五章 6


「あれは……野郎!」


大男が叫び、拳を握り背筋が隆起し、満身の力を込めて突き上げる。


瞬間、コンクリートを貫いて出現するのは巨大樹。

天井にぶち当たり放射状に亀裂を入れ、あろうことか天板を突き破ってさらに伸びる。分厚い樹皮に覆われた、巨石のようなそれは杉の木だ。

それが男の前方に何十本と出現して、視界を完全に塞ぐ。


タケナカがほうと感嘆の声を上げる。


「これは……セコイア杉だねえ、地球最大の生物ですよ、樹高は最大80メートル、幹周りは30メートルを超そうかって怪物だね、アメリカへの出張で見ましたよ」

「感心してねえで伏せとけ!」


言った直後にそれは来た。それは全長11メートルあまりの鉄の槍、液体燃料を爆発的に燃やしつつ樹群に突き刺さり、振動と音が周囲をびりびりと震わす。何本かのセコイアがコンクリートから引き剥がされて斜めにかしぐが、貫通には至らない。


黒人の女性がつぶやく。


「さすがドライア、また出せる数が増えたねえ」

「うっせえ、キマイラ、まだ来るかも知れねえ、偵察を出せ」

「あいよ」


キマイラと呼ばれた女性が口元に手をやると、そこに燕が生まれる。

いや、燕かと思ったのは鳥形のロボットのようだ、全体が黒い部品で構成されているが、チタンかカーボン素材だろう。


「行け」


そして黒い燕は弾かれるように飛び上がり、密集した巨大樹の間をすり抜けていく。


この二人は知り合いのようだ、ドライアにキマイラ、それぞれ植物と、動物型ロボットを生み出す走破者か。

キマイラの装着したバイザーがジジと鳴り、内部に映像が転送されているのが分かる。


「スタート地点には何もないよ、瓦礫も完全に吹っ飛ぶか、ガラス質になって赤熱してる、見た目は日本のトウフみたい。とても隠れる場所はない」

「ちっ、やっぱり最後っ屁か、悪あがきしやがって」

「……」


……悪あがき?

燃焼抑制剤を散布し、スカッドミサイルでこちらを正確に狙ってきた、それが悪あがきなの?

相手はあの煉獄のような場所から二手も三手も打った、ならば何かしら、作戦があるのでは……。


「……ちょっと待ってください」


タケナカが手を上げる。すでにCIWSは引っ込めており、どこか緊張した面持ちである。


「なんだ」

「おかしくないですか……ちらっと見えたのはスカッドミサイルのようでしたけど、なぜ爆発炎上しないんです? あれは高性能爆薬から、科学兵器からクラスター爆弾、核弾頭まで何でも積めるのに」

「……さあな、弾頭を積む余裕がなかったんじゃねえのか」


ドライアはぶっきらぼうに言う。


……


いや、それはおかしい。

仮に弾頭を積む余裕がないとしても、燃料に引火するはずだ。スカッドの航続距離がどのぐらいか知らないが、樹木の向こう側にほとんど火の気は感じられない、

ごく最低限の燃料しか積んでいなかった? なぜ?


それは、燃料を積む場所に、別のものを積みたいから。

それはしかし弾頭ではない、ならば。


「――気を付けて! 誰かが乗ってきた(・・・・・)!!」

「な……」


バイザーを持ち上げ、目を丸くするのはキマイラ。


「何をバカなこと」


その背後に。

刀が。


「え……」


すべてがスローモーションに見える。


肩口から侵入した刃先が皮を斬り、肉を裂き、鎖骨を、肋骨の一部を、脊髄を叩き割りながら進み、一瞬遅れて断面から血潮が吹き出し、上半身がずり落ちるような感覚のあと、ようやく驚愕に目を見開くキマイラは、しかし指一本動かすことのできぬまま、その姿が半透明となり、煙のように消える。


「なっ……」


それは黒い人影。

全身が焼け焦げ、肉は爛れて衣服は炭化して肌に張り付いている。そしてその姿がビデオの逆再生のように肌色を取り戻し、皮膚が修復され、ダークブラウンのパンツスーツが形成されるまで、およそ一秒。


「あなた……!」


それはパンツスーツと日本刀を持つ走破者。プルートゥ。

まさか、あの燃料気化爆弾の炎の中で生き延びたというのか、そしてミサイルの中に乗り込み、おそらく全身が握りしめた紙人形のようにぐちゃぐちゃになりながら、背後に。


「××××ッッ!!」


とても聞くに耐えない言葉とともにドライアが叫び、両手を突き出せばそこに生まれるのは巨大なチェーンソー、まるで旗竿のように大きく、回転部分が長さ2メートルはある。

瞬時に高速回転を始めるそれは、しかし尋常な速度ではない。

チェーン部分がまったく目視できない、よく見ればエンジン部分は大型バイクのそれのように大きい。


そして肩から背中にかけてフレームが出現、おそらくあの巨大チェーンソーを操るためのパワードギアだ。そして300キロ近くありそうなチェーンソーを振り上げつつ、プルートゥへ向かって走る。それはおそらく、ドライアがイメージを研ぎ澄まし続け、鍛練を重ねたであろう必殺の武器か。


「フン」


プルートゥは回避するか、あるいは何か出して防御するか。


どちらでもない。彼女はただ腕を振り上げただけ、その手のひらにチェーンソーの刃がぶちあたり、ドライアは一瞬驚愕したもののぐっと降り下ろす力を込め、筋肉と骨をクッキーのように砕きつつ胴体に届くかと思った刹那。


ずぶ、と、

刀が、喉笛に突き立つ。


「ごはっ……」

「躊躇はよくない、殺し合いがしたいのでしょう?」


チェーンソーの動きが止まり、そこからは一瞬。

跳ね回る刀がドライアの丸太のような首を切り裂き、頭部を砕き、血と脳漿をばらまく、そしてドライアもかき消える。


「すいません、ちょっとよろしいですか」


背後を振り向けば、タケナカの姿が。


「この迷宮の……」

「……」


私にそれを指示して、そしてタケナカはプルートゥを呼ばわる。


「お嬢さん、そこまでですよ」


プルートゥが振り向けば、彼の周りには機関銃が設置されている。ざっと10門。三脚にて自立する黒塗りの鉄塊。


「自衛隊の古典的装備、74式7.62ミリ機関銃です。最大発射速度は毎分650発、あなたを狙うのはその10倍。ミンチどころかカケラも残りませんよ」

「……」


プルートゥは考えるそぶりも見せず、刀を腰にさし直してタケナカの方に歩く。


「――ちょっと、本気ですか」


脚は止まらない、距離はおよそ20メートル。


「ちいっ!」


10門の機関銃が、見事にシンクロしつつ火を吹いて……。


そして、20秒後。


「ミズナさん、お久し振りです、どうも有名人になられたようで」


タケナカの体から刀を抜き、先端の血潮を降り飛ばす。タケナカは消滅し、終了間際のジェンガのようになっていたプルートゥは平然とこちらを振り向く。その全身であらゆる傷が瞬時に塞がり、欠けたところは埋まり、皮膚も衣服も修復されていく。それは悪夢のような癒し。摂理を越えた再生。


「……プルートゥ、なぜ、あなたが」

「ケイローン様は私の雇用主ですよ。それに、私の普段の活動とも矛盾していない。徒党を組んでゴールを阻止する、それは美しくない、迷宮は誰かをゴールさせないことが勝利ではない」

「何故生き延びたの!」


だん、と横倒しになっていたトラックを叩いて言う。


「あの環境で生き延びられるわけがない! いくら走破者が怪我を治せるからって、あんな……」

「ミズナさん、お教えしたでしょう? 演算力とは生と死にすら兌換できる。私には死はないのです、少なくとも迷宮の中ではね」

「そんなバカなこと……! 頭部を完全に吹っ飛ばされていた! それで意識が保てるはずがない!」

「古代エジプトにおいて、人間の意識は心臓にあるとされていました。脳は何なのかというと鼻水を作る器官と思われていて、ミイラを作る際には捨ててしまってたそうですよ。もっとも水分が多くて腐りやすいので、保存するにしても塩漬けぐらいしか出来なかったでしょうが」


とぼけた発言だが、要するに不死身のカラクリは明かすつもりはないということか。

プルートゥは刀を構える。


「さあ、ゴールプレートはどうせどこかに隠したのでしょう? 私は迷宮をリセットするため、全員を死亡させた後にログアウトしなければなりません。斬られたくなければログアウトを」

「……」


私はプルートゥの目を正面から睨み付ける。

一瞬たりとも、私から意識をそらさせないように。


そして、さすがと言うべきか、その一撃の瞬間にプルートゥは気づいて振り向かんとして。


その顔が大きく弾かれる。


「――がっ!」


そこには小柄な老人。肩を揺らし、拳を握って構える浅黒い肌の人物。


「やれやれ……プルートゥか、女の子を殴るなんざ気が引けるな。アイスおごってやるから勘弁しろよ」

「ちいっ……プロメテウス!」


二撃、三撃。得意とするアウトボクシングからの高速のジャブが刺さる。現役時代と遜色なく見える動き、そして突き刺さるような鋭く重いパンチだ。プルートゥもよろめいて後退。


私は右足を軸に回転、左足をムチのようにしならせつつのハイキックが彼女の肩をとらえる。


二人がかりに気負ってる余裕などまったくない。こいつはまさに死神、猛烈に攻めている今このときも、刀を振り抜かれる予感に鳥肌が立つ。


「もらった!」


私はプルートゥの体を背後から押さえ、首に腕を滑り込ませて締め上げる。


チョークスリーパー、古典的だが、いくらこいつでも脳の血流を止められれば。


「だめだ! 離れろ!」


ハムードの声が聞こえ、右脇腹をえぐる角度で、刃が。


「……ッ!」


すんでで離れる空間を薙ぐのは刀。プルートゥがぶん回すように振るった刀が。自らの胴を両断しつつ私の皮を切り裂く。


()っ……」


そしてプルートゥは一瞬、上半身がずりおちかけたものの、不自然な復元力をもって元の位置に収まり、傷も一瞬で消える。


「な、なんてことを……」

「絞め技という発想はあまり良くありません。その気になれば手榴弾でも毒ガスでも出せるのですよ、得意ではありませんけどね」


そして、彼女はふとスタート地点の方角を眺める。


「もう諦めなさい。分かっているのですか、ケイローン様はまだログインもしていない、ダイダロスで私を通してモニターしているだけです」

「……」

「ログアウトした方々が復活するまでは24時間かかる。あなたたち二人ではずっとログインし続けるなど無理でしょう、ケイローン様のゴールは阻止できない」

「どうかしら……」


私はハムードに並び、彼にそっと耳打ちする。


「何だって……分かった、任せろ」


ざり、と前に出るのはハムード。


「……作戦など無意味ですよ。あまりエレガントではありませんが、いざとなれば自爆するだけです。それに……」


じり、と、腰を落としてハムードに迫る。


「現役でもないボクサーごときに、もう遅れは取らない。貴方の左ジャブよりも私の一撃の方が速い」

「そうかい……」


私は踵を返し、スタートと反対方向に走り出す。


「何……?」


あの時、タケナカはこう言った。


「プレートはここから三キロ北、ゴールと書かれた台座があり、その上に置かれていた。僕はそこからプレートを回収し、スタートから見て右側に走るトラックの屋根に乗せたんです、ゴールのすぐ手前ですね、一つの車線には同じ車しか走ってないからすぐに分かります」

「君が回収してください、僕たちと日本刀の子は対人戦が成立してる、演算力を奪えるはずだ」


目指すはゴール、やはりそれが迷宮での勝利なのか。

そして私の背後で、鍔鳴りの鋭い音。

ハムードの左腕が斬り飛ばされたことに戦慄を覚えつつ、足を前に運び続ける。











Tips 世界最大の生物

世界最大の生物を表す指標はいくつかあり、動物界と植物界の中で、単一の個体として最大と目されるのがセコイア杉である。アメリカ、カリフォルニア州セコイア国立公園に生えている「シャーマン将軍の木」は樹高83.8メートル、体積は1487立法メートルであり、25メートルプール三倍ぶんに及ぶ。


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