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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
幕間 鋼樹刀狼の迷宮
33/126

幕間 2



そして瞬く間に準備は整う。

景龍がどこかに電話をかけ、屋敷の前に用意されたのはホワイトボード型端末「ダイダロス」


「外でよろしいですか? 雨などの兆候はありませんが、少し寒かろうと思いますが」

「ええ、外がいいです」


家の中にはまだ兄の亡骸がある、そこを争いの場にしたくなかった。

景龍もそのあたりを察したのか、いいでしょう、とだけ言ってうなずく。


「ハンディキャップとして、お嬢さんは一分だけ先に潜っていただきます」


そして白板に表示される言葉は。




―――鋼樹刀狼(こうじゅとうろう)の迷宮―――




Tジャックをくわえての全感覚投入。初めての経験ではあったが、私は眠ると同時に覚醒する。


激しい光。

天頂からの太陽が世界を照らし出す。このような強い日差しは初めてのことだ。私の住んでいた地域は北回帰線よりも北にあり、太陽が真上に来ることはない。


空から景龍(ケイロン)の声がする。


『これは興味で聞くのですが、頭痛はまだありますか』

「ええ、でもだいぶ薄れてます、まだ発作が続いてるはずなんですけど」

『そうでしょう、Tジャックによる神経伝達信号の偽装、これは鎮痛治療(ペインキュア)にも使われるんですよ。ネクタルもそのような発想から生まれた薬です』


景龍は何やら満足げだったが、私には現状分析の方が重要だった。


周囲を見る、それは何というべきか、鉄骨に取り囲まれるような風景だ。

赤茶色に錆びたスチール製のレール。それが環状に私を取り囲んでいる。凄まじい長さであり、たわみを見せつつ波のようにのたうっている。

そんな眺めが地平線の果てまで続いているが、しかし不思議な浮遊力を見せて地上一メートルより下には来ていない。何も支えるものがないのに、視線の高さで鉄鋼が延々と広がっているのだ。


『その迷宮に隠されたゴールプレートを見つけなさい。迷宮内で死んでも肉体に影響はありませんが、24時間ログインできなくなります。もし双方が死んだ場合は貴方の負けです。しかし、高性能火薬などでの自爆攻撃だけは禁止。アスクレピオスにそう伝えておきます』


私が勝てる可能性はかなり低い、そう見るべきだろう。


私は走り出す。身を屈めて鉄骨の下を潜るように、波打つようにたわんだレールの、なるべく高くなっている場所を選んで進む。

よく見れば軌条は同心円でも渦巻き状でもなく、いくつもの立体交差を交えて複雑に絡み合っている。分岐点などもあった。


そして背後を見れば、アスクレピオスも降り立ったのが見える。

彼はまず宙で手を動かす。すると両手に抱えるほどの大きさのグレネードランチャーが出現し、鉄骨の隙間を縫って撃ち出す。それは放物線を描いて私から少し離れた場所に着弾。黄色がかった白煙。鼻に届くわずかな刺激臭。

私は速度を上げてその煙から遠ざかる。


『塩素ガスですね、アスクレピオスは薬品使いです。気を付けなさい、拡張世界であっても毒ガスは有効です、吸えばひとたまりもない』


やはりだ。まず私を殺しにかかると思っていた。

しかし、この鉄骨の世界では跳弾を恐れて水平撃ちはできないはず、放物線を描いて撃とうにも射角がつけにくいだろう。グレネードランチャーは最悪といっていい武器だ、これは幸運と見るべきだろう。


そして、シャーという、金属が擦れ合う音が遠く響く。


「……?」


それは白いかたまり、レールの上を滑る雲。


それが何かを理解したとき、私は戦慄を覚える。

それは白刃だ。レール全体を抱え込むようなモノレール、そこからハリネズミのように白い肉厚の剣がびっしりと生えている。


モノレール本体の大きさはドラム缶ほど、しかし生えている刀剣は100は下らない。それがレールに火花を散らしつつ、凄まじい早さで迫る。


「っ!」


咄嗟に身を引く。無数の刃が肩の一部を裂き、鮮血と激しい痛みが襲う。


「くそっ、討伐型か? もしも生存型なら厄介なことに」


アスクレピオスの声が遠く響くが、すぐにシャーという金属音に紛れる。


モノレールはさほど早くない、回転半径は500メートルほど、レールが単純な円ではないが、目でレールの先を追えば避けられる。


討伐型?

それならあれを止めることがゴール?


だが、一基ではなかった。

シャーという音がレールを伝わり、四方八方から響くかに思える。


『参考までに両方に状況を教えます』


景龍(ケイロン)が言う。


『モノレールには大きく分けて懸垂式と跨座式(こざしき)があります。その迷宮のものはレールを抱え込むような跨座式。速度は個体によって違うようです。およそ70キロから110キロ。迫り来る数はおよそ』


『――94基です』


音と白光が周囲を満たす。太陽を受けてきらめく刃が網膜を焼き、音の重なりが感覚を乱す。

アスクレピオスは小柄な体が示すように身軽だった。地面スレスレまで届く白刃をすんでで回避する。さらに右方からの殺意、身を引くその先を刃が駆け抜ける。


それはまさに死の輪舞。一瞬でも気を緩めれば全身を引き裂かれる、惨殺列車のスタンピード。


「くそっ! こんなもの!」


叫び、グレネードを打ち出す。それは腐食ガス、モノレールの一つに食らいつくと白刃が一瞬で黒ずみ、泥のように腐り落ちる。彼は考えをまとめるように呟く。


「軌条は非破壊設定か。おそらく一つだけ色の違うモノレールがあるはず、それなら典型的な討伐型……」


それはすでに見つけている。一つだけ黒い刃を持つモノレールがあるのだ。エリアの外周付近をえんえん回っている。


構造として、直径一キロほどの円を黒いモノレールが周回し、その外部から白い刃のモノレールが次々と流れ込んでくる。そして鉄球バイクのように円の中を駆け巡るわけだ。


この迷宮に挑む者は、白刃のモノレールを避けつつ外縁に向かわねばならないわけか。


「だが武器がなければモノレールを破壊できまい。どちらにせよ俺の勝ちは動かん」


アスクレピオスは手に錠剤を出現させてばりばりと噛み砕く。あとで知ったことだが、あれは動体視力や集中力を高めるドラッグ。アスクレピオスは複雑な構造式を持つ薬品を生み出し、自己強化を行える走破者だという。

明らかに出自は薬剤師か医師なのだが、それでジャーナリストを自称するというのは、何かしら歪んだ経歴を持ってそうだ。もはや興味もないが。


「……?」


その動きが止まる。

ようやく気付いたのだろうか。複雑に広がる鋼の森、そこを駆け巡る刀の群狼。

そのどこにも私が見えないことに。


そして私は降り立つ。びしゃ、という水音とともに。


アスクレピオスが振り向いた瞬間。その頭部に刃が降り下ろされる。


「がっ!?」


ばきいん、と刃が割れて破片が散乱した。

アスクレピオスは白目を剥き、膝からくずおれて昏倒する。


まっ二つに唐竹割りにするような技量はないし、そんな趣味もない。白刃の側面で殴って気絶させたのだ。うまく頭を潰さない程度の力で打てたようだ。


『お見事です。まさかその作戦をやり遂げるとは』


景龍が感心したように言う。私は全身から血を流したまま、アスクレピオスの落としたグレネードを拾った。

モノレールの軌道は様々だが、互いに絶対に触れ合わないように動いている。そして満遍なくすべてのレールを駆け回っている。

モノレール本体にしがみついていれば、アスクレピオスの近くまで行けるわけだ。白刃の中に身を潜める覚悟さえあれば。


モノレールには速度が遅いものがあるとはいえ、そっと飛び乗るのは至難の業だった。白刃はカミソリのように鋭利であり、私は全身から出血していたのだ。

だが痛みでようやく目が冴えてきた、そんな気もする。


『しかし、その傷でゴールまで行けますか?』

「問題ありません」


もうコツは掴んだ。

私がこのぐらいの出血でも死なないなら、小柄とはいえ男はもうしばらく持つだろう。だから斬りつけはしなかったのだ。


私はグレネードを脇にかかえ、アスクレピオスの小柄な体を担ぎ上げる。


「適当な(くら)も手に入ったし」

『……はは』


景龍は笑ってみせたが、さすがに引きつった笑いだったことは見逃さなかった。





「ま、待ってくれ」


アスクレピオスは石畳の上に膝を付き、東洋人の男に懇願する。


「わ、私がどれだけ貢献してきたと思っている。稼いだ金だってすべて渡す。どうか席の抹消だけは」

「別に私が処分を下すわけではありません。あなたは演算力の一部を失って、それは彼女に譲渡された、それだけのことでしょう」

「お、襲われてしまう。ポセイドンやデーメーテールに」

「あなたは誰も襲わなかったとでも? 「鷹と鶏」ならいつか自分の番が回ってくる、そういうものでしょう」


景龍ケイロンは冷酷に言い放ち、しかしアスクレピオスは膝にすがりつく勢いで迫る。


「ど、どうか、私はまだ働けるはずだ。リーダーに取りなしてくれ、景龍ケイロン様」

「襲われるって、どういうことなの?」


私は景龍ケイロンに問いかける。彼は小さく肩をすくめた。


「些少の演算力しか持たない者は狙われやすいのですよ。普通は、わざわざプレイヤーを襲って演算力を奪うなどということはしませんが、アスクレピオスはあまり好かれていませんでしたから」

「演算力……」

「そうです。迷宮にて奪い合う魔力の種。精霊の銀。そのような力ですよ」


私はアスクレピオスの方につかつかと歩いていく。そしてまだ何か言おうとしているそいつに蹴りを放ち、脇腹に爪先を食い込ませた。


「げっ!」


転がされてうめくアスクレピオスのそばに行き、かがみ込んで髪の毛を掴む。


「無視をするな、勝ったのは私だ。お前が命乞いをする相手は私だろう」

「う、うう……」


ひどい顔だ。先程まで持っていた不思議な自信のようなものが消え失せ、ただの矮小な小男になっている。たった今私をマフィアと思い出したかのように怯えを見せている。


「お前、このままだと残っている演算力も奪われる、そうだな?」

「そ、そう、です」

「それなら私が買ってやろう。互いの総資産を交換する、それでどうだ」

「え……」


私は組織の資産を思い出しつつ、顔の横で指折り数える仕草をする。


「すべて話は通してやる。この国で私たちに残ったシマ、企業の経営権、直轄の飲食店、金融債権がいくらか、小さいがカジノも一つ持っている。それをすべてお前にやろう。代わりに残りの演算力をすべて渡せ」

「ば、馬鹿な……残り5000程度とは言え、演算力は金になど換算できぬ価値……」

「やがて奪われる宝に何の価値がある。お前が私の資産を引き受けるなら、少なくとも襲われないように守ってやろう、可能なんでしょう?」


最後の言葉は景龍ケイロンに投げたものだった。彼は薄く笑って言う。


「なかなか面白い提案です。いいでしょう。それなら私が他のメンバーに取りなしてあげてもいい。彼はこの国にて、とあるお嬢さんの義務と人生を引き受けて別人になった、と。演算力の譲渡については、まあ私の責任にてきっちり処理しましょう」

「そ、そんな……」

「マフィアの頭目だ、それなりにマシな仕事だろう。ただしカジノは赤字続きだし、飲み屋の経営では酔客とのトラブルが絶えない。父の古い友人に世話になってるが、ネクタルを買うためにその人に4億クローネほど借金した。年利が二割五分で1億クローネ。1300万ドルほどか。厳しい人だから利息だけでもきっちり入れろ、期日に一日たりとも遅れないように」

「うう……」

「まず最初の仕事は」


私は髪をつかんだ手に力を込め、眼球を数センチの距離から睨みつける。


「屋敷に帰って・・・、兄の葬儀の支度をしろ。あの人は今日からお前の兄だ」

「そ、そんな馬鹿なこと……」

「行け!!」


石畳の上に転がす。毛髪がぶちぶちと抜けたので指を払った。アスクレピオスは鼻血を流しつつ立ち上がり、おずおずとこちらを盗み見たものの、何も言わずに屋敷へと入っていった。


人生の交換、想像したことはなかったが、言うほど簡単でもないだろう。私は電話をかける先をつらつらと脳裏で数えつつ立ち上がる。


「さあ、行きましょうか、景龍(ケイロン)様」

「様?」

「あの男はそう呼んでいたでしょう? 私はどちらかといえば、誰かにかしずく方が性に合ってます。しばらくは、あなたのお手伝いをさせてください」

「別人になりたかったのですね」


その言葉が、ふと私の足元に落ちて、私はそれを拾い上げてしげしげと眺める。

私は別人になりたかったのだろうか。家族や組織を捨てたかったのだろうか。人生の痛みから逃げたかったのだろうか。


「いいえ」


そうではない。私はずっと変わっていない。これまでも、これからも。


「私はきっと、誰かの痛みに寄り添うために生まれました。だからあの家に生まれた。父と兄の痛みを愛でるという意味なら、私とあの男に大した差はないのです。私は家を出て、次に寄り添うべき痛みを見つけるべきなのでしょう」


景龍はにこやかに笑い、私を先導するように歩き出す。


「では私と一緒においでなさい。ええと、何とお呼びすればいいですかね、家名は存じてますが」

「プルートゥ」


私がそう名乗ると、景龍は愉快げにふっと息を漏らす。


「そうですね、名前も新しくしましょう。覚えるべきことはたくさんあります。走破者としての訓練もそうですが、私の研究についてもね」

「あのネクタルですね、鎮痛薬の」

「はい、ですが、取り去るのは肉体の痛みだけではありませんよ」


私は、最後にちらりと屋敷を振り返る。

もう私のものではない、生まれた家とも違う郊外の屋敷。寒色の空を背景に、その白壁の家は寒々しく思えた。


「私が取り去ろうとしているのは、死の痛みです」


それは大いなる目標だ、と私はぼんやりと思う。

人生の痛み、死の痛みとは、酸素のように世界に満ちている。

薬で頭痛を抑えても。



心はずっと、泣いている。











Tips 鷹と鶏

鬼ごっこの中国での言い方。鬼ごっこに似た遊びは世界中にあり、ヨーロッパでは狐とがちょう、イランでは狼と子羊である。

同様にだるまさんがころんだ、ジャンケンなども世界中で同様の遊びが見られる。


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― 新着の感想 ―
[良い点] プルートゥ随分手強そうですね。 バックボーンが堅い。 愛(家族愛)もあるけどマフィア。前回ミズナさんに自己紹介しかけたときもマフィアの出自を堂々口にしそうな女性ですね。亜里亜ちゃんにマフィ…
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