第三章 6
私は全力で道を駆け、両足で踏み切って跳躍、瓦礫の山を飛び越えて進む。
ゲーム開始から数分、すでに何度かのスライドが起こっており、区画の様子は激変している。
平屋の民家が次々と生まれ、同型の家屋と衝突して混ざりあう。家同士の衝突という世にも珍しい事象が展開されている。柱と壁がへし折れてべきべきと混ざりあい、頑丈なブロック塀が砕けて礫片となる。
ちなみに言えばイヤーマフはそろそろ不要になってきたので外した。耳たぶに心地よい風が届く。
「よっと」
家屋は一定の高さからはビルとなる。私は八階建てのビルへと入って疾走。階段を飛ぶように登って上階へ行く。
『ミズナさん、ビルに入るのは危険ではないですか、それが砕けたときに崩落に巻き込まれます』
「大丈夫。それより敵を撹乱させて、亜里亜の走り回るのに合わせて、閃光弾でも煙幕でもバラまいてみて」
『はい、爆発物は演算力を食いますが、やってみます』
イカロからどのように見えているのか分からないが、あのレーザーがある以上、ドローンを飛ばして周囲を見張ることは出来ない、周囲にどんなビルがあるのか自分で見張る必要がありそうだ。
私は上へと登る。中から見た印象は一般的なオフィスビルだ。律儀に机も椅子も置いてあるが、さすがに書類やPCまでは無い。エレベーターも設置されていた。もっと高いビルではそれで昇降することもあるのだろうか。
私は窓からフィールドを見渡す。亜里亜のキルドーザーが走り回り、銃撃を浴びながら民家の塀をなぎ倒している。オレンジの車体の周囲で空中から球体が落ちてきて、閃光や煙幕を放つ。
やはり慣れていないと感じる。コンクリートの鎧を着ているとはいえ相手はただのブルドーザー、アンチ・マテリアルライフルや大口径砲に耐えられるものではない。連中はそういうものを用意できないのだ。
迫撃砲はシンプルな構造ゆえに出せている。しかし威力を調整できないのか、遠巻きに撃つに留まっている。動き回るキルドーザーに直撃させるのは至難の技だろう。
そして、ビルの根本あたり。
「……いた、イカロ、エアマットを」
『はい』
窓の真下、黄色と白の箱状の物体が出現する。レスキュー隊などが使用する救助用マットだ。私は窓を開け、マット目がけて落下。柔らかなマットがミルククラウンのように盛り上がって衝撃を受け止める。
「いたぞ!」
そして自動翻訳された声が聞こえる。声と共にエアマットへ一連射、言わずと知れたAK-47は急ごしらえの精度ながらも立派に可動し、7.62ミリ弾をマットに叩き込む。
「よし、一人仕留めたか。バカが、こんな目立つものの上に降りやがって」
ずぶずぶとマットに踏み込み、銃把でマットをかきわけて私を探す。
だがそこにはいないだろう、私は真後ろにいたから。
男がマットをかきわけ、そこに私と同じウェアを着せた衝突実験用ダミー人形を見つけた瞬間。
私は後ろから襲いかかって首をロックする。
「がっ……!?」
同時に背後に引き倒してAK-47から手を離させる。
何のことはない、マット目掛けて落下させたのはダミー人形だ。
こいつがビルの周囲を一人で索敵していたのは見えていた。私はビルからダミーを落として階段で降り、男の背後に回り込んだわけだ。とっさの作戦だったが、プロ相手に通じたのは幸運に過ぎないと思うべきだろう。
相手は私に抱き止められたまま、首にかかった腕を引き剥がそうともがいている。
「イカロ、翻訳して、あなたたちはミノタウロス社の連中? なぜ私たちを狙うの、と」
言葉は途中から流暢な英語になる。相手がもがきながら話す言葉も同様に変換された。
「お前たちは何人いる、抵抗などムダだ、あのイギリス人を含めて皆殺しだ」
イギリス人、アポロのことか。
男はかなりの力で抵抗している。さすがは傭兵というべきか、体重は90キロ以上あって首も実に頑丈だ。アマレスの寝技で固めれば楽だが、他の傭兵がいつ来ないとも限らない、背後から裸締めするのが精一杯だろう。
拡張世界でも窒息やうっ血はあるのか、相手の顔はみるみる紅潮していく。
どうする、ここでこいつを拷問するのは現実的ではない。カマをかけて情報を聞き出すにしても互いに手探りの状況だろう。うまくいくかどうか。
では仕方ない。傭兵ならこの手が効くだろう。
「聞きなさい、あなた個人の口座に米ドルで50万振り込んであげる。だからアポロとの間に何があったのか言いなさい」
「! なに……」
その傭兵はわずかに抵抗を止めるかに見えた。
しかし私には分かる。彼は体から力を抜いていない、踏み込める足場を探しつつ、無理矢理に暴れて固めを外す瞬間を狙っている。腕の先も見ておかねば、何かしらの対人兵器を出さないとも限らない。
「イカロ、振り込める?」
「はい、今振り込みました、こちらを」
はらり、と地面に紙が落ちる、それは振り込みを証明するウェブサイトを印刷したもの。同時にその傭兵の免許証の写し、個人情報を記した書類らしきものもはらはらと落ちる。
「な……!」
「ミノタウロス社の人員は調査済みよ。あなたの事も把握してる、おとなしくしなさい」
傭兵は散乱した書類を数秒眺めて、そして沈黙。
ある一瞬から気配が代わり、力を抜いて話し出す。周囲ではビルと民家が移動を始めており、私は瓦礫の山に彼を引きずっていく。
「……ある日だ、アポロ襲撃の計画が持ち上がって、エージェントが派遣された。その同じ日にうちの会社にスーツ姿のアポロが乗り込んできたんだ。社長は顔面蒼白になってて、ただ一言、絶対に逆らうなと言った」
「……」
「そして今日、日本時間の19時、ダイダロスを通じて迷宮に潜れと言われた。もし走破に失敗すれば、ミノタウロス社は軍事企業ではなく反政府組織と認定され、全員を逮捕するよう手配すると」
「アポロはただのテニスプレイヤーでしょ、そんなこと……」
「実際にやっている。あいつはうちに乗り込んでくる前に、世界中に散ってたうちの社員を根こそぎ拘束していた」
「……」
「それだけじゃない、うちの本社は本職の傭兵が警護してる。体重120キロ、ボクシングでタイトルも狙えそうな屈強な男たち4人だ。その全員が全身の骨を折られて病院送りになった」
「……アポロがそこまでの格闘技を?」
「俺はもう何が何だか分からん。ただあの男はヤバすぎる。俺だって中東で実戦を経験してるが、あんな化け物は見たことがない、格闘技だけじゃない、あいつは」
『もういい』
ぱり、と手元に静電気が走るような感覚。チョークスリーパーの形になってた腕がするりと抜け、男の姿が私の腹の上から消える。
同時にがしゃりと落ちる箱形の機械、トランシーバーだ。
「……」
私はトランシーバーを足で踏みつけて、その上にかがみこむ姿勢になる。
「悪趣味ねアポロ、人のデートを覗き見?」
『余計な会話はデートの興を削ぐよ。男女など静かに見つめあえば十分だろう。相手のことなど知ってどうするんだい』
私は少し言葉を整理してから、微笑むような調子で語りかける。
「このゲームで試されているのはどちらかというとミノタウロス社の連中、私たちはただの当て馬、そういうことかしら」
『否定はしない。勝負に負ければミノタウロス社は解体する、それだけのゲームさ。君たちは普通に戦えばいい。尻尾を巻いて逃げても別に構わないが』
「どうやってあの男をログアウトさせたの」
『……現実世界での気絶さ、彼らには遠隔起動できる電極パッドを張り付けてある、こちらの操作ひとつで』
「段々分かってきたわ」
機械越しにアポロの気配を感じる、会話が思うように進まなくて苛立つ気配だ。
「なぜ私たちなのか。なぜミノタウロス社なのか。彼らも演算力を操り、それなりに魔法じみたことをやってのけていた。しかし貴方には負けた。それは所有する演算力の多寡の問題。狙っているのはまったくの初心者ではない、サーバーマシンに換算して数十台では狙われず、数千台ならそろそろ狙い目ということ、つまり……」
『お喋りな子だ。まるで可愛いげがない』
ぶつ、と回線の切れる気配がする。
やはりか。
私は走り出す。すでに景色は刻々と変わっており、平屋の並ぶ昭和のような町並みは、ビルが群生する都市の眺めに近づいている。積み上がった瓦礫はビルの移動に飲み込まれてフィールドの外へと弾かれるか、あるいは都市の影にうずたかく積もる。
アポロは、やろうと思えば現実世界で私たちを潰せた。
でもそうしなかった。なぜか。
その答えがおそらくゴールにある、私たちは是が非でもこの迷宮で勝たねばならない。
私は32階建てのビルが生えてくるところに行き当たり、その側面に張り付く。ビルの窓枠に指を這わせて体幹を固定し、足を付け根から振り回してガラスを粉砕、体をビルの中に放り込む。
この迷宮、下にいると瓦礫の津波や石の雨で潰される。なるべく上にいるべきだ。
開け放たれた窓から眺めれば、夕焼けの中で夢の島のような眺めになっており、板材と鉄骨とコンクリート、そして瓦屋根などが散乱するなかをキルドーザーが走り回っている。
下を見るとくらくらする高度だ。一階あたり4メートルほどとすると、32階なら128メートルか。ここはちょうど中ほどの階とはいえ、半端な高さではない。
ここでどのように生き残るか。
ビルからの転落事故において、致死率が極端に高くなるのは5階から、10階を越えると生存例はほとんど無くなる。ある俳優が9階から身投げして生き残ったという例もあるが、あれは奇跡のような偶然だ。
32階となればエアマットではとうに限界。何十枚も出せば行けそうな気もするが、おそらく体がバウンドしてマットから弾き出される、その跳ねた高さでも人間には致命傷だろう。
ではパラシュートか、しかしどこに傭兵が潜んでるとも知れない、パラシュートは目立ちすぎる。それに、このビルが崩壊した後に生えてくるのはおそらく64階建て、高さ256メートルのビルだ。出てくるときに数百万トンもの廃材がかき分けられるはず。うまく乗れるだろうか。
つまり、私はもう地面に降りられないと考えた方がいい。
ならば。
私は周囲を見る。区画の中で目立って大きなビルは少ない、これが2048ならば、クリアのためにはどこかの角にブロックを集中させるのがセオリー、しかしこの迷宮ではビルが中央に集まっている。東西南北にまんべんなく動き、周囲から民家を集めてビルが作られ、そのビルもスクラップ&ビルドでより高い建物に生まれ変わる。
そして来た。町がスライドし、私のいるビルが同じ高さのビルと衝突せんとしている。
「イカロ! 大型のハシゴを!」
『はい』
ちょうど中ほどの階に入れたのが幸いした。
私はハシゴを水平に構えて走り、大型の窓を突き破ってハシゴを隣のビルの屋上にかける。そしてハードル走のように頭の位置を変えぬまま窓から飛び出す。
さほど安定してないながらもハシゴをとんとんと飛び渡って隣の屋上へ。
背後で轟音。それはまさにこの世の終わりのような光景。32階建てのビル同士が衝突し、ゆっくりに見える速度で礫片を散らしながら溶け合う。安定を失ったビルは自重によっても崩れ、数千万トンもの建材が滝のように落ちていく。
そして崩壊が地面に至り、周辺の区画を風が吹き荒れる。それは火砕流のような破壊の風。キルドーザーの黄色い影も飲み込まれ、形あるものはすべて砕け、そしてまた町が動く。
永遠の夕闇の中で、破壊と再生を繰り返しながら……。
Tips 救助用エアーマット
消防やレスキュー隊などが使用する器具、高所からの緊急避難や、飛び降りへの対応に用いられる。
構造として完全な風船にはなっておらず、落下時に側面のブリーザー(通気穴)から空気を排出することでバウンドを抑え、衝撃を吸収できる。




