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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第三章 刻淀む夕景の町
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第三章 3



「やほー、ミズナー、私もパリピデビューなのでーす」


そこはホテルの屋上のようだった。いわゆるナイトプール。夕涼みに沈みゆく街を背景に、ライトを受けてきらきらと煌めく水面が見える。きわどい水着を着た美女たち、いかにもジムで鍛えた風の筋肉を誇示する男たち、夜会服を着たウェイター、享楽を孫のように愛する肥えた老人たち。


「やー、こんにちはー、お知り合いナンパさせていただきましたー」


ネイティブな英語が、同時通訳されて日本語となって届く。サチのスマホを使って誰かが撮影しているのだ。そのサチは拝むようなポーズになる。


「ミズナー、ごめーん、課題あとで写させてー。寮長には21時に戻るって伝えてるからー」


三ノ須の生徒の九割以上は寮に入っており、外泊の際には寮長へ申請しなければならない。それを出してないということは外出してそこで拉致されたということか。

サチは遊び人だが素行不良ではない、どんな口車で彼女を誘い出したというのか。


「……サチ、あんた中間あんまり良くなかったんでしょ、遊んでていいの、課題写すのはいいけど、またバレたら……」


私は撮影者を刺激しない程度に問いかける。

フリーカリキュラム制の三ノ須ではあるが、それが色濃く反映されるのはイカロのように授業免除を受ける生徒や、私のようにスポーツ特待の生徒だ。一般生徒は学園側が推奨するプログラムで授業を受けて、試験も中間と期末にきっちり行われる。


「うわーん、許してー、こんなチャンスめったにないんだもーん」


サチは腰から上でいやいやをする。さすがに水着にはなっていないが、柄物のシャツの上から薄手のブラウスを羽織っただけという姿だ。


「やー、ミズナさん、でいいのかなあ。サチさんは楽しい人だねー、ちゃんと夜には送り届けるから心配しないでね」


同時通訳が届く。そこで急に音声の調子が変わり、周囲のノイズがカットされる。撮影者が私たちにだけ届く声で呟く。


「今日の19時、迷宮に入れ」


そしてまた明るい調子に戻って言う。


「じゃあそういうことでー、さあサチくん、あっちにマジシャンの人呼んでるから見に行こうか」

「はーいですー」


通話が終わる。

別にサチが英語が出来るわけではない、最近の同時通訳技術があれば、パーティでのコミュニケーションぐらいは造作もないのだ。

イカロと亜里亜は途中から背後に回り、スマホを覗き込んでいた。その顔が蒼白になっていることが気配で分かる。


「こ、こんなことが……」


特にイカロは声が震えていた。

無理もない、これはイカロにしてみれば始めて出会う同格の相手。ダイダロスの演算力を駆使し、私たちのことを軽々と調べあげる。イカロから見れば、パートナーの友人という迂遠な人物が巻き込まれた形だ。


「イカロさま、今の通話を逆探知しましょう。どこのナイトプールか分かれば警察を呼んで……」

「無駄よ」


私は強く言う。そして己のスマホで時刻を確認。18:32だ、指定の時間まであと30分もない。


「時間が無さすぎる。それに仮にサチを助けられたとしても同じこと。犯人はただナンパしてホテルのナイトプールに誘ったと答えるでしょう。せいぜい未成年者略取ってとこかしら。そんな手で解決できるとは思えないし、サチに危害が加えられる可能性が高すぎる」


私たちは席を立って歩き出す。支払いを済ませてから購買デパートのエレベータに、階数ボタンのうち四つを同時に押し、しばらく待ってから今度は非常呼び出しボタンと開閉ボタン二つを同時に。

エレベータは急速に下降して、一階を通りすぎ、地下四階へ。


「潜るしかないわね、迷宮に」


開いた先にはリビングのような部屋だ。ここは三ノ須の中に隠されたイカロの個人邸の一つ。中には最低限の家具と食料などの物資、そして中央に鎮座するのはホワイトボード型端末、ダイダロスである。


「私も行きますわ……」


亜里亜が、重く悲壮な声で言う。


「相手を甘く見ていたことは反省していますわ……事ここに至っては是非もなし、私たちは演算力をすべて渡す、迷宮からも手を引く……そういう事ですわね」

「そ、それは……」


イカロは苦しげだった、呼吸が速まっている。サチを誘拐された責任を感じているのだろう。だがダイダロスを手放すことは彼にとっては身を切るような苦痛、それにより内蔵をねじられるような葛藤が襲っている。


「……」


だが。

私はどこか冷静だった。もちろんサチの身を案じているが、頭のどこかが何かを思考している。

この思考の原因は、そう、違和感だ。


「ねえイカロ、いま何時?」

「は、はい、18:44です。指定の時間まであと16分ほど……」

「そう、運が良かったわね、たまたま近くにダイダロスがあって……というより学内のあちこちに設置してたんだけど。でも通話の相手も思ってなかったんじゃないの、10分かそこらで全感覚投入の準備ができるなんて」

「……? は、はい、何の話でしょうか……?」

「色々おかしくない……? 私たちを脅迫するだけなら迷宮にログインさせる必要はない。というかサチはなんでホイホイついてったの? そんな尻の軽いやつじゃないし、あれで割と庶民派なのよ。いくらなんでもホテルのナイトプールで遊ぼうなんてハードルが高すぎるわ、どんな手で誘い出したの? 誰だったら(・・・・・)ついていくの?」

「? み、ミズナさんどうしたんですの? 早くログインの準備をしないと」

「イカロ! さっきの通話をダイダロスで呼び出して、できるでしょ!」

「は、はい」


イカロはホワイトボードに触れる。目まぐるしく動く両手、すぐさま先程の通話が動画とともに再生される。私のスマホを接続する必要すらないようだ。


「相手の音声を分析して、五分でやれる?」

「二分でいけます……解明した部分から順に言います」


画面では音声の波形が表示され、それが同じような波形に分離していく。周囲のノイズが取り除かれ、音声がいくつかの基準にしたがって処理される。


「英語を翻訳ソフトで同時通訳した音声です。話者は31から33歳の白人男性、身長187センチ、筋肉質で体脂肪率は12%前後、ややアルコールを服用しており多少の食事を摂取済み……」


そして話した英文がテキスト化され、抑揚などが整理されていく。


「出身はイギリスのスコットランド西方。教育水準は高く上流階級での生活が長い、スピーチに関する専門的なレクチャーを受けている……」

「ミズナさん、あと3分ですわ!」


有り体に言ってしまえば遅刻してもサチが殺されるまではないと思うが、少しでも危険に晒したくはない、あと一度の質問で時間切れだろう。


「イカロ、サチの瞳を拡大して、そこに映ってる顔を拡大できる?」


それは現実にも行われた手法だ。

あるアイドルオタクが、ブログにアップされたアイドルの自撮り写真を分析し、瞳に映っている景色から撮影場所を割り出したという。

正直すごく気持ち悪いが、どんなニュースでも何かの参考にはなるものだ。


「可能です……画像解析ソフトの立ち上げを……動画ですから何十枚もの静止画像がありますので、比較しつつ鏡像を鮮明にしていきます」


イカロの腕が正確かつ素早く動く。タッチした部分の反応を見ずに次の作業へ、同時にいくつものソフトを操作して拡大されたサチの瞳に処理が加えられ、魚眼画像になっていたものを平面に戻し、シルエット状になっている像に色を加え、細部を補正し、先ほどの音声分析データすら利用してその姿を炙り出す。


「出ました、この人物は……」


特に特徴のない、少しハンサムな印象の白人男性だ。筋肉は膨れ上がってシャツの袖がはち切れそうになっている。大胸筋はまるで肉饅のようだ。


「こちらのデータベースに該当はありません。今から人物を特定していくのは……」

「……いえ、大丈夫よ、うすうすカラクリが分かってきたわ」

「? ど、どういうことですか?」

「ミノタウロス社については調査済みなんでしょう? この時点で知らない顔が出てくるのは不自然……そういうことよ。相手は画像に処理を加えている、こちらがサチの瞳を分析するぐらいは読んでたってことね」

「? な、なぜそのような」


説明してる暇はない、それに私にもまだ全容は分からない。

だが一つだけはっきりしている。この相手は私たちをナメている。そして基本的には犯罪を恐れていない。こういう相手に対して引けば際限が無くなる。最初にカマしてやるべきだろう。


「亜里亜、行くわ、準備はいい?」

「わ、分かりましたわ」


イカロが腕を振ってウインドウをすべて片付け、迷宮への入り口を開く。表示される言葉は。




―――刻淀(ときよど)む夕景の町―――




私たちはそれぞれビーズクッションに座り、Tジャックを口に含む。舌にびしりと走る電気的刺激とともに覚醒して――。


「……!」


立ち上がって目を開けば、そこは夕景の町。

地平線の彼方にわずかに頭を出すだけの太陽があり、空は夕映えの赤に染まっている。地平線付近にある太陽が大きく見えるのは一種の錯覚らしいが、それにしても巨大だ。かげろうのように大気に溶けつつ、西の空を燃え上がらせている。


そして町並みは昭和のような。ごく平凡な三角屋根の民家が並んでいる。夕景に染み出していくような赤い屋根だ。

印象に残ることは二階家がなく、平屋ばかりであること。少し歩いてみれば道は平城京のような四角四面であり、一つの家の四方が道に囲まれている、つまり一区画が一軒という町なのだ。


「何ですのここ……町というか、民家の展示場のような」


そう、住宅展示場か、郊外のニュータウンのような印象だ。山を削って現れる同じような民家の行列、あれは不気味さを覚える人もいれば、公平さや秩序を感じて落ち着く人もいるとか。


道の先に何かが落ちている。近づいてみれば小さめのトランシーバーだ。拡張世界の中で物理的に再現したものだろう。


「……誘拐犯からの連絡ですわ。気をつけて」

「……」


亜里亜は妙齢の姿に変わっている。その美しい顔立ちには緊張が走っていたが、私はなるべく感情を見せないように拾い、スイッチを入れた。


『やあ麗しきレディたち、招待に応じてくれて感謝するよ』


相手は英語で話しているようだ、それが同時通訳されて響く。


「サチはどうしてるの」


まず最初にそれを聞く。相手は優しげな声で答えた。


『心配せずともパーティを楽しんでいるよ。ゲームが終われば返してあげよう。君たちの勝利と敗北に関わらずね』

「ゲーム?」

『僕の用意したチームと戦ってもらう。今いるその迷宮で、先にゴールした方が勝ち。相手に先にゴールされるか、チームの全員がログアウトしたら敗北。簡単だろう? ただし多少のハンデをつけさせてもらう、相手チームは28人だ』

「なっ……」


驚愕するのは亜里亜だ、顔を赤くして地面を踏みつける。


「そんなの卑怯ですわ!」

『チームが同数でなければいけない決まりはどこにもない、ダイダロスの迷宮とは公平ではないのだよ』

「それはいいけど」


相手がそろそろ言いたいことを言い終えたあたり、と見定めて声を割り込ませる。剣のように。


『ん、何かな』

「生きてたのね、おめでとうと言うべきかしら、アポロ(・・・)

『!』


驚愕の気配、そして沈黙。

さすがにこの短時間で気付かれるとは思っていなかったのか。動揺がその無音の中に現れていた。


『――はは、驚いたね、一体どうやって』

「遊びには付き合ってあげるわ」


もうこいつから聞き出すこともない。後は精神的優位に立つ方が重要だろう。


「ただしサチに手を出したら即座にゲームを降りる。あなたの生存も、天塩創一の迷宮のこともすべて公開する。尻に火がついてるのはそちらよ、その藪の中からマヌケに突き出した尻にね」

『ゲーム開始だ』


通話が切れる。

凄んだつもりだろうが、それだけ言うのが精一杯という気配はありありと伝わった。私はどこかでアポロが見ていることも考慮し、口の端で笑う。


「ど、どういうことですの……? なぜアポロ選手が……」

「……亜里亜、やはり貴女の考えが正しいのかもね」

「え?」

「魔法の存在する世界では兵力の差など無意味、より高位の魔法を駆使する者が勝つ、そういうことよ。返り討ちにあったのはミノタウロス社のほう。演算力という魔法を駆使する走破者たちに、盤外戦術なんか通用しないのかも知れない。そして私たちは闘技場に放り出された剣闘奴隷(グラディエーター)。今起こっていることはすなわち、新人(ルーキー)潰し」


私は夕景の町を振り返り。

そして遠方に出現する男たちを、どこか冷静に見つめていた。










Tips 同時通訳

ソフトによる同時通訳技術は2010年代後半より一気に水準が高まり、広く利用されるようになった。

日本語の翻訳はソフトが苦手とするものの一つであり、最後まで聞かなければ文意が定まらないこと、単語量の膨大さなどがネックとなっている。

翻訳には話者の性別や社会的地位、会話の行われる場所や時刻、カメラで読み取った表情なども活用される。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 内心の焦りを圧してあくまでクールでクレバーなミズナ。カッコ好いです。 [気になる点] 敵キャラにアポロと名付けた作者様のセンスに脱帽です。 [一言] なろうでは貴重な面白いシリアスで更新を…
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