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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
外伝 第四章 黄龍薨夜天禁宮
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外伝 第四章 4



彼女を形容する言葉は、宝刀。


高貴な石をちりばめた湾曲した刀。稀代の職人の手による一世一代の芸術品、それほどに完成度の高い人間。かつて私は、彼女のゲームの腕にまばゆき才能を見た。


「先日は世話になったわね。その恩を仇で返すことになるのは申し訳ないけれど、ここであなたを排除する」

「謝る必要はありませんよ。私があなたを手助けしたのは自分のためです。あなたから天后をクリアするための技術を学びたかった」


そこで、晰星は小首をかしげる。


「天后をクリアしたの? 走破者のあなたが何を願ったの」

「走破者として完全に近づくことです。それは果たされました」


私はグロックを出現させ、おもむろに数発。晰星の前で何かに衝突して地面に跳弾が起きる。晰星の像が歪んで見える、アクリルか何かを出現させたか。


「どうして、と聞きたいのはこちらです。天后で願いをかなえることは、オイディプスの手下になる契約ではありませんよ。なぜみずちとなってここにいるのです」

「オイディプスは私の願いを叶えてくれた。夢菲モンフェイに会わせてくれたの。その世界を守りたい」

「そうですね。客観的にはどうあれ、あなたにとっては間違いなく真実」

「この世界に客観性なんてものはない・・のよ。何が真実かは私が決めること」


晰星の手に銃のグリップが出現している。銃身とトリガー、複数の部品をピンで束ねるような独特の構造。グロック17の部品点数は34または35。通常の銃の半分程度。晰星は部品を生み出しながら組み立てる。


どのような機構で、何がどうスライドし、バネの力が解放され、トリガー部分の安全装置がどう固定されるのかを理解している。組み立てながら学んでいる。


「そして貴女はオイディプスの敵。戦う理由はそれで十分」


そして撃つ。9ミリパラペラムが私のスーツを直撃する。もちろん防弾だが、肋骨に響くいい痛みだ。


「部品点数が少ないとは言え、グロックを初見で組み立てましたか」

「物質創造に必要なのはイメージと理解。私は演算力に情報を求め、提示されるものを理解して創造にフィードバックする。こういうふうに」


指を鳴らす。出現するのは銃架で支えられたアサルトライフル。彼女の前に扇状に並ぶ。

こちらも創造を励起。針金で縛ったタイヤの列が出現。貫通を防ぎつつ路地に入る。


私は飛び上がり、三角飛びで2階の窓に張り付く。次の瞬間。1階部分をすさまじい衝撃が駆け抜ける。鼓膜を吹き飛ばすような轟音。


今の衝撃はアンチ・マテリアルライフルか。さすがは晰星。ひととおりの火器は出せるのか。


私は3階に到達している。窓の外に創造の感覚を向ける。

出現するのは砂。一トンあまりの目の細かい砂が重力に引かれて落ちる。


「うっとうしい!」


彼女が出現させるのはM1 90ミリ高射砲。狭い場所で使うためにサイズを縮小させている。90ミリならぬ30ミリほどの弾頭が周囲のビルを破壊する。


いくつもの「私」が落ちる。高射砲が見事に照準を合わせて打ち抜く。「私」はその直後に飛び降りる。

撃ち抜かれたのはダミー人形、古典的な技だが成功したようだ。私は砂地の上に着地し、晰星に肉薄する。


「おかしなマネばかり……」

「そうですか? 演算力は何でも出せる。銃器だけでは寂しいでしょう」


目の前に浮かぶ棒状の物体。棒型手榴弾ポテトマッシャー。私はそれに合わせて演算力を励起。


衝撃と爆圧。顕現させたマットレスの向こうで200キロ超えのラガーマンに激突されるイメージ。


「この感じ……攻撃型手榴弾。やはりそうなりますか」


手榴弾には2つのタイプがある。防御型と攻撃型だ。

防御型とは炸薬の衝撃によって、外殻や鉄片などを飛ばして人体を殺傷するもの。塹壕などの防御陣地から投擲せねばならないため防御型と呼ばれる。


攻撃型とは炸薬の衝撃によってのみ打撃を加えるもの。一定の距離を取れば遮蔽物がなくても使えるために、打撃型とか攻撃型と呼ばれる。


手榴弾だけではない、リアクティブアーマーを含めて攻撃型がほとんどだ。接近戦においては破片の飛び散る防御型手榴弾はあまりにもリスクが高いためだろう。


つまり、衝撃波さえ防げば耐えられる。私はマットレスを左に投げ捨てる。


「異常なタフネス。あなた何なの。プロレスラーには見えないけど」

「体幹を鍛えているだけですよ」


私は小型の斧を創造。柄がS字に湾曲している投擲用の斧だ。コンパクトな動きで投げる。


「フン」


晰星の裏拳。手首にある炸薬が小爆発を起こして手斧を吹き飛ばす。その動作の終わりに合わせて接近。


胴薙ぎ。するりと後方に逃げてかわされる。直突きも、小手を狙う斬りつけも。


彼女の手に生まれる手榴弾。指を弾くようにピンを抜き、放り投げる。手のひら側にレバーがあり、滞空と同時に本体から離れる刹那、私の手がレバーごとかっさらう。レバーを握りつつその鉄塊で彼女を殴撃おうげき。骨に響く手応え、二度、三度、たまらず彼女は手榴弾を消し、手を振ると同時に液体を撒き散らす。匂いからして硫酸。地面に当たったそれが砂と反応して白煙を上げる。


今の手榴弾の流れ、おそらく間に合っていない、レバーは一度解放されたので雷管が打撃されていただろう。まあ深く考える意味もない。


晰星が大地を踏みつける。炸薬のバンという音がして空き缶のようなものが飛び上がる。晰星が鉄板で身を守ろうとした瞬間。私の足が真上に跳ね上がる。


跳躍地雷バウンシングベティ。蹴り足を受けてほんの数メートル上昇。爆発が衝撃波を与えるが全身を固めて耐える。


「……イカれた女」


彼女はステップを踏むように下がり続けている。次は銃器で来るか、それとも手榴弾か。

晰星は天を指し示す。この九龍城にあってビルの隙間から見える夜空を。


「降り注げ!」


星屑が質感を持つ感覚。大量の影は百を超える手榴弾。


あれは本物か? 動作と掛け声はわざとらしくもある。私が対応している隙を狙って真横から攻撃?

いや、本物であろうと構わない。距離を詰めるべきだ。

実際には足を止めた瞬間は無く、明確な思考も無かった。本能的に彼女に食らいつこうとしたのだろう。刀を腰だめに構えつつ駆ける。


上空で光と音が炸裂する気配。引き伸ばされた時間感覚の中で想う。ああ、すべて・・・本物・・と。


背面にマットレスを召喚。そして流星雨を浴びるような衝撃。数十の爆圧が折り重なって私の五体を砕こうとする。骨を突き抜けるような痛み。


私の体が大きく沈み、地面と熱いキスをかわす瞬間。そのベクトルを前に向ける。

それは意志という雷撃。きしむ骨を無理やりに前に動かす。地を這う構えからのクラウチングスタート。


「なっ……耐え」

「遅い!」


伸び上がる刀、晰星の腋下に滑り込む。跳ね上がると同時に右腕が回転しながら飛ぶ。


「ぐっ……!」


ログアウトしない。痛みで卒倒しそうなものだが、何らかの薬物で鎮痛しているのか、それとも根性というものか。


「終わりですね。その深手では創造に集中できないはず」

「まだよ!」


左手を、失った右腕の根元に当てている。


「オイディプスは言った! 走破者に創造できないものはない! 武器でも、薬品でも、そして人体ですらも!」

「馬鹿なことを、演算力で傷を癒すのは可能ですが、腕一本などとても」

「人体のすべては頭に・・入れている・・・・・。走破者に出せないものはないの!」


可能なのだろうか。戦闘中に腕を生やすなど。


私は目の前にいる。阻止することなど簡単だ。


私にそのつもりがあれば、だが。


「晰星、10秒あげましょう」


おそらくは聞こえていないであろう、ささやくような声。あまり聞かれたくもない。喜悦の色が混ざっているから。


「その時間ですべてを身に着けなさい。斬り飛ばされた腕を再生し、これまでの爆風で受けたダメージすらも回復してみせなさい。貴女しかたどり着けない世界を、私に見せて」


駆け上がる。走破者の階梯を。


上り詰める、私以上の速度で。


晰星はちぎれた右腕を一瞥する。痛覚を意志の力で遮断。元あった腕の形をイメージするかに見える。そして骨が出現。取り巻くように筋肉と血管。皮膚がシールを張るように再生し、腕を再現するまでわずか3秒。


(速い)


それは紛れもなく彼女の力。己の身体感覚を完全に掌握し、細胞レベルで支配するような再生。迷宮で負傷を癒やすことはあるが、白兵戦闘で意味を持つほどの速度を実現するとは。


私は一度引く。建物の入り口から通路へ。


「! 逃げるな!」


爆音。入り口での待ち伏せを警戒したか、爆薬を撒きながら追ってくる。行儀の悪いことだ。


晰星シンシン、あなたは天才ですよ。才能だけなら私よりも上でしょう。若く利発で、伸びしろも私をはるかに超えている。あるいは貴方はオイディプスの求めた次代の走破者かも知れない」


晰星が腕を突き出す。瞬時に出現するのは蛇のような物体。ブロックのように結合できるモジュール型手榴弾だ。振り回して投げる。


私は逃げながら振り向き、大型の円形盾ラウンドシールドを出して防ぐ。爆風を受けつつ後方へ飛ぶ。言葉で言うほどスマートではなく、私は石の通路を転がりながらグロックを具現。追撃をかけようとする晰星に向けて連射。


部屋同士のつながりを意識する。このあたりは碁盤目状に部屋がある。うまく行けば晰星の側面から奇襲を。


音。これはガスバーナーのような燃焼音。私はガラスをグロックで撃ち抜いて外に飛び出す。直後にすべての窓から噴き出す炎。大量の燃料を一気に燃焼させたか。


「優秀です。完璧と言ってもいい」


銃は防がれる。刀では致命傷を与えない限り再生する。九龍城という環境では大規模兵器にもいくらでも対応できる。なるほど、付け入る隙がない。


「無駄よ。私は殺せない」

「そうでしょうか」


すでに仕掛けは始まっている。私は晰星を中心として周囲を大きく走り回る。


そして上空から、黒い雨が。


「何……?」


炎と火薬の匂いが充満していても、さすがにその匂いには気づいただろう。ガソリンだ。


「……ふん、こんなもの」


晰星はその場を離れようとして気づく。建物の中に四角い箱のようなものが落ちている。四隅にカメラレンズがあり、赤いLEDが点滅している。


「爆薬……? これは、動体感知式?」


電子音。晰星が聴覚を集中させれば、周囲に同じ箱が大量にあることに気づくだろう。建物の壁面にも。


「いつの間に」

「銃器もいいですが、刀も悪くありませんよ」


私は姿を現し、ガソリンの海の中を歩く。もし銃器を撃てばガソリンの蒸気に引火して火だるまに、という簡単な理屈だ。

晰星は逡巡しているようだ。私との白兵戦に付き合うべきではないと考えているのか。ガソリンと爆薬があるとしても、この場を脱出するべきではないか、と。


実のところそれは困る。あの箱は動体感知センサーなど付いてないし、何なら爆薬も入ってない。ただ木箱にカメラレンズとLEDを貼っただけだ。


「……接近戦に自信があるみたいね、私とやるつもり」

「そうですね、西部劇も飽きましたので」


晰星は両手を開く。そこに出現するのはアームガードのついたコンバットナイフ。刃は小さく、刃を腕に這わせるように持つ。


晰星の戦略は見えている。

向こうには再生の技がある。致命傷さえ防げば、カウンターで私に傷を負わせられる。全身を包むようなアーマーを顕現させれば、刀で斬られる道理はない。


私は刀を右上段に構える。研ぎ澄まされた日本刀が、夜空の中で星の一つになるかに思える。


晰星は全身を覆うアーマーを出現させる。黒一色のライダースーツのような質感。火花が出ないように金属を使わないもの、ケプラー素材のアーマーか。


頭部はフルフェイスのヘルメット仕様。刀はおろか銃弾でも防ぐだろう。


「……刀で斬れるはずがない」

「そうでしょうか? かつての侍は鉄の兜を斬ったと言われます。心技体が揃うとき、この世に斬れぬものはない」

「馬鹿げている」

「来ないのですか」


私は煽るような気配を放つ。20歩ほどの距離だが、精神は極めて近い場所にいる。寸言にてあらゆることが伝わる。


「臆病な方ですね。恋人に捨てられるのも無理はない」


ぎろり、と、ヘルメットの中で眼球をむき出しにするほど睨む。


「何の話」

「少し執着が強すぎると思っていました。あなたは本当に夢菲モンフェイと恋人だったのでしょうか。あるいはそれはあなたが勝手に思っていただけ。夢菲がこの世を去ったのをいいことに、想念の世界で都合のいい夢菲を作り上げた」

「違う! 私たちは心が通じ合っていた! 今も幸せの中にいるの!」

「滑稽ですね。あれはあなたの心が作り出した夢菲。あなたの言ってほしいことしか言わない。けしてあなたを裏切らない。蛇が喰らいつくようなキスにも逆らうことはない。何ひとつ意外なことのない存在に恋をするのは、人形に恋をするのと変わらない」

「黙れ!」


駆ける。私の刀をアーマーで受け、ナイフで致命の一撃を与えるために。


勝敗は一瞬で決まる。


彼女が私の間合いに触れる瞬間、私の全細胞が躍動する。すべての力が刀へと流れ込む。完全無欠の太刀筋と勢いを得て、晰星を袈裟懸けに斬り裂こうと。


おん、と、体感したのはそんな音。


私を通り過ぎ、力を失って、全てのアーマーを消滅させ、倒れるのは晰星。


「あなた、全力の太刀筋を受けたことはないでしょう?」


もちろんアーマーは斬れていない。現代のボディアーマーを斬るというのはアニメの世界の話だ。


起きた事象は、晰星の気絶。


私が打ち込んだのは肩口ではない。斜め上から、晰星のアゴを刀の峰の部分で打ったのだ。アゴが勢いよく振られ、脳が頭蓋骨に打ち付けられる。まあ、剣の達人は斬った真似だけで人を気絶させるとも言うし、私にもそれができたと思うことにしよう。


明晰は動かない。私はその頭部を刀で突く。脳組織を破壊されればさすがに再生は不可能だったか、二、三度の痙攣のあとにかき消える。


「……肉体の再生を身に着けても、即死すればログアウトする。迷宮のことわりですね」


私は歩き出す。



龍の皇帝は、すでに射程圏内。











Tips 手榴弾とレバー


手榴弾の基本的な構造とはピンを抜き、レバーが開放することで雷管が打撃され、導火線に着火するものである。映画などでピンを差し直して爆発を回避する場面があるが、レバーが一度も本体から離れず、握られたままで解放されていないことが条件となる。


手榴弾の種類によっては着火された際にバチンという撃発音がしたり、導火線が白煙を上げる場合がある。

更新についてのお知らせ。


あと2話で完結の予定です。最後の2話は一括投稿しようかと思います。数日後に投稿できると思いますので、もうしばらくお待ち下さい。

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― 新着の感想 ―
物質の創造については、なんとなくわかるんですが。 電子回路、プログラミングの方はちょっとイメージができない…。 武器については詳しくないんですが、動体感爆弾みたいなプログラム的な情報込みの物質も作れ…
そもそもピン抜いてからレバー離すとレバーが本体から外れるイメージ
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