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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
幕間 金環槁木の頂
114/126

幕間 2


白人の青年はテーブルを挟んで座る。椅子を大きく引き、背もたれに体を預けず背を伸ばしている。


「適当な老人を調達し、薬で意識レベルを落としたまま拡張世界に送り込む。そちらは車椅子を通して迷宮の様子をモニターする。分かってしまえば大した手品じゃないな」


大きなパラソルの下、くっきりと円形に影が刻まれている。ゼウスはパラソルの影には入らない。その顔は強い日差しを受けて陰影が濃くなる。


「何がそんなに不満なんだ? 僕でよければ相談に乗りたいんだが」

「はっ、何とおこがましい男だ。分かっているのか。オリンピアが解散したことも、迷宮が歪んだこともすべてお前が原因だ」

「君は昔からそう言っていたな。オリンピアのメンバーが欠けるたびに、それを僕のせいだと言う」

「何が違う。お前は大量の兵器を使って迷宮の摂理を破壊する。それが真っ当なクリアであるものか。だから志ある走破者ほど離れていく」

「真っ当とか、真っ当じゃないとか、そんなことを誰が決めるんだ? 迷宮はどんな攻略も拒まない。それは神の愛にも似ている。神の愛とは宇宙の無限。自然の摂理そのもの。人間が自由な存在であることの証しだ」


ぎり、と歯噛みする気配。実際は車椅子のタイヤが砂利を噛んだに過ぎなかったが、意識のない老人の向こう。すべてを見ている人物は確かにたかぶっていた。


「迷宮は人を選別しておる。人の未来を選ぶための試練の場なのだ。もし戦士と魔法使いの争いであったならどうなる。お前のような邪悪な魔法使いが最後に勝ったなら、世界に魔法が与えられたなら」

「仮定の話はしない」


つまらなそうなニュアンスを声に混ぜる。車椅子のギアがきしむ。


「オイディプス、君は迷宮に双子が乗り込んだタイミングでログアウトしている。あの二人と戦いたくなかったのか」

「そうとも。あれは素晴らしい。優れた身体能力と若さゆえの伸びしろに目がくらむ。いずれ迷宮の深奥に挑める人材になる」


カメラが園の中央を向いた気配がある。ここからは点にしか見えない四連観覧車。それに双子が挑んでいることを察しているのか。


「トリガーをいつにするべきか思案していた。あの双子が良かろう」


そして、たくらむような笑いの気配。


「くく、あの双子のクリアによって火蓋が切られる。今度こそすべての走破者が壊滅する」

「やはりそれか」


ゼウスは、車椅子に話しかけているという虚しさを目つきで表す。ここにオイディプス本人がいないことが不満であると口をとがらせて。

そしてわずかに、怒気をまとう。



「難攻不落の要塞。赤文字の迷宮が現れると……」





「私が、知るべきこと……」


同時刻。プルートゥはノー・クラートと向き合っている。プラスチックの白いテーブル、椅子は同じく白く、一体成型したようなカウチ型である。ノー・クラートが本当にロッグフェル家の娘なら、あまりに似合わないとしか言えない。


赤文字ラビリンツの迷宮ディラッグを知っていますか」

「ええ……ケイローン様に聞いたことがあります」


それは通常の迷宮とは別格の存在。

想像を絶する殺意の奔流。挑戦者を鎧袖一触で破壊する怪物。


ケイローンも全容を知っていたわけではないが、かつて3度現れた赤文字の迷宮は、オリンピアにも大きな混乱と変容をもたらしたという。


「とてつもなく難易度の高い迷宮……。オリンピアのメンバーですらクリアできずに、何人かは一ヶ月ルールで演算力を失ったと聞いてます」

赤文字ラビリンツの迷宮ディラッグは、走破者たちに変革を促すために生まれます」


ノー・クラートは黒いヴェールをかぶっているが、これだけの日差しの中でも幽闇の気配がある。整った顔をしていると思えるのだが、少しでも気を緩めると、その顔が骨に変わるような気がする。


「迷宮に挑む者たちの閉塞、懊悩、怒り、あるいは強い信念が迷宮を生むのです。しかし過去のいずれの大迷宮も、走破者たちを一掃することはできなかった」


プルートゥは、言葉が自分まで届いていないと感じていた。

自分とノー・クラートでは持っている背景情報が違っている。そしてノー・クラートは抽象的な物言いをしており、さらに言えば、プルートゥはあまり話に集中できていない。


双子の叫び声が聞こえる。多重振り子の複雑怪奇な軌跡。それは瞬間的に時速500キロを超える挙動。双子は2つ目の観覧車まで到達しているが、さらに3つ目、4つ目の観覧車に渡るルートを探しているようだ。


「せっかくの場ではありますが……私に言っても何の意味もないかも知れません。私はもう、オイディプスと敵対しないかも」

「死者との再会が、望みですか」


プルートゥもさすがに目を見張る。なぜ、そんなことまで知っているのか。


「死者との夢の中で眠りたいのですか」

「そうかも知れません。今は、それしか考えられない」

「オイディプスの作り上げた女神は欺瞞、欲望の実現とは想念への埋没、それは現実とは言えない」

「現実と夢との間に、上下はあるのでしょうか」


アルカイックな笑み。プルートゥは自分が冷静であることを意識する。衝動に突き動かされてのことではない、と。


「私は父と兄に会いたい。それが妄想でも幻覚でも良いのです。それが私という人間、プルートゥという走破者の始まりであり終わりであると思っています」

「すべてを失うのですか」

「最初から何も持ってはいません。人間などそのようなものです」


また観覧車を見る。巨大な輪の中で複雑に動く小観覧車。


この迷宮の名は何と言っただろうか。確か、金環きんかん槁木こうぼくいただき


ノー・クラートもまた観覧車を見あげて言う。


金環きんかんとは観覧車を指すのでしょうが、転ずればそれは完成された循環。槁木こうぼくとは枯れ木、転じて固化した枯れ木のように頑健な人間のこと。迷宮は人のたどり着く理想を示します。人はいずれ、はるかないただきに登るのだと」

「進化を拒むことも人の選択です。それもまた進化、人の進み化けるさま」

「そうかも知れません。ゼウスとオイディプスではそこが違っている。オイディプスは、オリンピアたちのふるまいに人の進化の危うさを見た。己の英雄性が悲劇を招き、自らの目を潰した英雄オイディプスのように」


席を立つ。


その切れ長の目は寂しげな色に見えた。プルートゥを哀れむようにも、どこか憧れるようにも見える。


「賢明な選択を、若き走破者よ」


姿が消える。


プルートゥは、足を伸ばして吐息を漏らした。


「迷宮を守る、秩序を守る、世界を守る。誰も彼も、大きなものを背負いすぎですね……」




「私はただ、自分を取り戻したいだけなのに……」





「赤文字の迷宮にはいい思い出がない」


白人の青年は遠くを見て言う。


「現れるたびにオリンピアに欠落が起きて、野良の走破者たちもだいぶ消えた。オリンピアが解散する原因にもなってしまった」

「逆だな。オリンピアが傲慢を極め、解体されるべき時期だからこそ赤文字の迷宮が現れた」

「僕のは主観の問題だが、君のは根拠のない断定だな」


青い目を老人に向ける。


「傲慢と言ったが、演算力の使い方に不満があるのか? それについても何度も議論したはずだ」

「本来、演算力などマクガフィンに過ぎん。主目的ではない」


老人の声は勢い込んで語る。


「走破者にとっては迷宮こそが報酬。本来は演算力など二の次なのだ。より高く困難な課題を乗り越えることに歓びを見い出し、人として高みに登ることこそ目的、それこそが歓喜のいただき


白人の青年は、口を引き結んで困惑の表情をする。抽象的な議論には付き合いきれないという雰囲気を見せる。話を切り替えるように首を振る。


「ダイダロスのもたらす演算力は素晴らしいシステムだが、それに迫りうる可能性が一つある。すなわち開発者の天塩創一に匹敵するほどの天才性。演算力でも人の可能性までは制御できない。オイディプス、君は在野のから迷宮にたどり着いた人間だった。ダイダロスのシステムの一部を解析したということか」

しかり」

「人間のそれを用いた脳オルガノイドコンピューター、それをさらに超並列処理して拡張世界を生み出す。そして迷宮の循環の中に織り込む。そういうことか」

「その通りだ」


老人の声は喜悦がにじんでいた。青年はそれを黙殺して続ける。


「だが迷宮のルールを書き換えることはできないはず。迷宮は必ずクリアできなければいけない。演算力を持たない者であってもだ。でなければオイディプス、君も一ヶ月ルールですべてを失う」

「赤文字の迷宮であれば、難易度の閾値いきちは極めて高い」


遠く嬌声が聞こえるような気がする。子供のはしゃぐような声。それは幻だろうか。それとも音響的な偶然により、はるか遠くの音が届いたのか。


「全員が演算力を失っても、それはそれでよかろう。私は独自のネットワークを持っている。それを用い、必ずや走破者どもを始末する。一人残らずだ」

「なぜだ? 善意で演算力を駆使している者もいる」


その発言には、さすがに車椅子の向こうの人物も面食らうものがあったらしい。わななきのような気配がある。


「ゼウス、お前はまるで理解不能だ。自分を善だとでも思っているのか。お前を裁く理由など無数にある」

「法理のことを言っているのか? 演算力の使い手に法など意味を持たない。ある定義においては善とは自己犠牲的なもの、悪とは自己中心的で利己的なもの。その程度の定義でも十分だろう。僕は善であり、オリンピアの全員が善だった。だが君は違う」


青い目が強い輝きを帯びる。


「君は善とも悪とも言えない。なぜなら迷宮のすべてを手放そうとしているからだ。実のところ何も考えていないに等しい。走破者を一掃して、ダイダロスの迷宮を封印して、それで世界はどうなる。誰がどう見ても窒息寸前のこの世界をどう救うつもりなんだ」

「お前に救われるよりは良い!」

「そうだ、すべてはそこから始まっている。倫理だとか法だとかいろいろ言っているが、君の言っていることはすべて好き嫌い・・・・だ。迷宮の走り方が気に入らない。それが車輪の軸だ。視野が狭いというより、迷宮の盲信であり同時に迷宮の否定。人の想像力の否定だ」

「演算力を失えば」


言葉を断ち切るように、あるいは盾を構えるように割り込んでくる。


「お前は即座に司法の手にかかる。覚悟しておくがいい」


車椅子は消える。


白人の青年は、深い溜息をつく。


「オイディプス……一流の走破者であり、尊敬すべき人物だったけれど」



を見誤っている……。は不気味なほどに寛容だけど、あなたはすでに敵。敵に対しては歩み寄ったりしない……」





「やったよー、クリアしたよー」


双子はゴールプレートを掲げて言う。2人ともレオタードがボロボロになっているが、拡張世界でのこと、現実に戻れば直るだろう。


「いやー久々に手応えあったねえ」

「うんうん、ミリ単位でゴンドラをよけるとことか映画なみだったね」

「プルートゥお姉ちゃん、見ててくれたよね」

「ええまあ」


空が暗くなる。

観覧車の楽園に夜が訪れる。ひゅるると音が聞こえ、空に昇っていく火球。そして炸裂する花火。


それはパークの数十箇所から同時に上がってくる。すべての観覧車に電飾がともり、音楽が夜空を渡る。


そこに人影が現れる。長身の白人青年。無造作な髪に手櫛を入れている。

双子がその人物に気づき、さっとプルートゥに隠れる。


「う、ゼウスの兄ちゃん……」

「オイディプスに会ってきた」


青年はのっそりと歩き、プルートゥたちに近づく。


「あれは危険だ。もはやブレーキなどかける気がない。そしてかなりの確度で走破者たちを一掃できると考えている」

「赤文字の迷宮……ですね」

「そうだ。この迷宮のクリアがトリガー。オイディプスは迷宮のシステムに干渉できたようだ。自分で創造したとっておきの迷宮を投入する気だ」


え、と双子が顔を見合わせる。


「もしかして僕たちのせい?」

「そこは気にしなくていい。いずれ現れるのは決まっていたことだ。恐れることはない。僕たちはただ迷宮をクリアすればいいだけだよ。走破者は走ること以外の何も求められない」


プルートゥは、そのゼウスの顔を見ている。

いや、実際に視線を向けたのは一秒にも満たない。その一瞬の眼光が氷の輝きを見せる。


「大したものですね」


そして奇妙なほど、にこりと笑う。


「オイディプスから話を聞き出すとは」

「そうだね。昔のよしみというやつだ」

「あなたなら、きっと誰からでも聞き出せるでしょう」


ゼウスは少し小首をかしげ、困ったようにこめかみを掻いて。

そして皮膚に爪を立て、ばりばりと剥ぎ取る。


マスクの下からは、表情のない女性の顔、アルテミス。


双子はぽかんとしている。アルテミスはその脇を通り抜ける。


「あたしは手を引く。一ヶ月ルールで全員が演算力を失う前に身を隠したい」

「分かりました」

「オイディプスから聞き出したことはデータにして送る。くれぐれも気をつけなさい。次の迷宮は並大抵じゃない。ケイローンにはゼウスの動きに気をつけるようにと伝えて」

「はい」


空には花火。どこかでパレードも始まっている。あらゆる音の洪水が迷宮を満たす。




聖者の誕生を祝う、そんな形容が浮かんだ。












Tips マクガフィン


物語における動機づけとしての目標物、宝物のこと。登場人物たちを行動させるための存在。

それ自体は重要ではなく、ドラマを生み出すための舞台装置に過ぎないものというニュアンスがある。


イギリスの脚本家アンガス・マクフェイルが考案し、アルフレッド・ヒッチコックが広めたと言われる造語であり、マクガフィン自体に定まった語源はない。

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