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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
幕間 金環槁木の頂
113/126

幕間 1



双子はいつも同時に起きる。


同じ寝台の左右から降りて、寝間着から銀のレオタードに。歯を磨いてテレビをつけて軽くストレッチをする。そして2人が同時にルームサービスの電話に手を伸ばし、タッチの差でカストルが取る。


「もしもし、フルコースふたつ」


届いた20皿ほどの料理を一気に食べて、食後にまた中華粥を注文。


「今日も美味しいねえ」

「そうだねえ、村じゃこんなの食べらんなかったからねえ」

「プルートゥのお姉ちゃん元気かな」

「ずっと閉じこもってるから心配だねえ」


すると双子は視線を合わせ、ベランダへと出ていく。

地上35階。目もくらむような重慶の街並みを一瞥して手すりに飛び乗り、そのまま外壁を伝って水平移動。20メートル毎秒の風速だとか、朝露で湿った外壁だとかを物ともしない。


そして目的の部屋まで来ると。カストルが小銭を土踏まずの部分でつかんでガラスに張り付ける。そして甲を思いきりポルックスが蹴ると、ものの見事にガラスが粉砕される。


プルートゥはベッドの上でスマホをいじっている。ダイダロスは通電しているようだが何も表示されていない。


むろん、双子の接近には対人レーダーで気づいていたし、双子もそれは分かっている。


「ねえプルートゥお姉ちゃん、どっか遊びに行こうよ」

「遊びに来たのではありませんよ」

「オイディプスならもうやれることないよ。向こうがアクション起こすの待つしかないんだし、元オリンピアの人たちも自衛に入ったし」


プルートゥはスマホで顎に触り、気だるく言う。


「外に出たくありません」

「どうしたの一体、もう三日もホテルに閉じこもって」

「私は」


ぬるりと身を起こし、ナイトガウンのままで双子を見る。


「自分のやるべきことがありますから」

「それってオイディプスのこと?」

「いいえ、自分自身のことです」


双子は顔を見合わせる。


どうもあの病院に行ってから様子が変だ。もともとそんなに明るい人物ではないが、今は一層口数が少なくなり、それでいて目の奥に炎がちらつくような気迫がある。


「それじゃあ迷宮に行こうよ、楽しいのが出てるかも」

「そうそう、一ヶ月ルールもあるし」

「私もあなたたちも、クリアしてからそれほど日数は経ってないでしょう」

「じゃあ一緒にお風呂入る?」

「プルートゥお姉ちゃんの年だとギリアウトだけど、まあ我慢するよ」

「失礼にも程がありません?」


どうやら相手をせねば終わらないらしい。プルートゥは観念してベッドを降りる。


「では迷宮に行きましょう」





「ここは……遊園地ですね」


楽しげな音楽と、空を舞うバルーン。


ピエロの顔が描かれた看板と、自動演奏を行っているオルガン。かなりの年代物に見える。


そして周囲に・・・あるのは観覧車である。


大きさはさまざま、速度やゴンドラの形状が異なる観覧車がいくつも並んでいる。よく見ればかなり遠くまでそんな眺めが続いている。風景の果てには山のように巨大な観覧車もある。


「なんか案内板があったよ」


双子はすでにログインしている。案内板を見れば、広大な敷地に観覧車ばかりが並んでいる。


「コルラ観覧車園、と書いてありますね。コルラとは何でしょうか。ここを創立した経営者の名前ですかね」

「確かチベット仏教の言葉だねえ」

「寺院とかの周りを時計回りに回るっていう巡礼だよ」


コルラとは仏教において聖地の周りを回ることで、深い関係を築こうとする宗教的儀式。マニ車などにも通じる考え方である。


世界で一番広い遊園地はフロリダにあるウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートであり、面積は110平方キロ。この観覧車園の面積はなんと250平方キロと書かれている。


「この中からゴールプレート探せってこと? ヒントとかないのかなあ?」

「カストル、こういうのは一番目立つやつがゴールだったりするよ」


それはすぐ見つかる。マップの中央に巨大な穴と、それをまたぐ橋のように観覧車が描かれているのだ。


名称は「HELL LINKED FOURTH WHEEL」


直訳するなら「地獄の四連観覧車」とでもなるのだろうか。双子がわくわくと不安のちょうど中間のような顔になる。


「これってなんだか体力勝負っぽいねえ」

「やだなあ、今日はのんびり過ごそうと思ったのに」

「じゃあ迷宮に来なくていいのでは……」


プルートゥはまだあまり気乗りしない風であったが、ともかく近くにあったカートでそこまで向かう。


道すがら、いろいろなものを見る。地上高300メートルを超えるもの。時速250キロ以上で回転するもの。二つの観覧車が互いにすれ違いながら回るもの。双子はいくつかの観覧車に興味を示し、寄り道して乗ってみたりする。


「うーん、全部木製のやつは香りが良かったね」

「全体が横回転しながら回るやつも面白かった」


プルートゥも特に逆らわず乗ってみる。敷地はどこまでも観覧車の並ぶ眺め。カラフルであり華やか。動きのギミックも多種多様であり、ひとつのテーマパークとして完成度が高いように思えた。


「なかなか面白い迷宮ですね」

「でしょ、来てよかったでしょ」

「ええ」


そしてパークのほぼ中央に至る。


そこにあったのは、まずもって言えば千尋の谷。


神の怒りのような地割れがある。幅は100メートル以上。長さは一キロはありそうだ。


そして両側から鋼鉄の支柱が伸ばされ、中央にある観覧車へとつながっている。一見すると薬をすりつぶす薬研やげんを連想する眺めだ。


「何……あれ」


そこにあったものは、三人とも形容する言葉が見つからない。


まず、とてつもなく巨大な観覧車をご想像いただきたい。


その円形のホイールにはいくつかゴンドラがあるが、そのゴンドラの一つが観覧車に・・・なって・・・いる・・。元のホイールよりは一回り小さく、ワイヤーのようなもので吊り下げられている。


その二番目に大きな観覧車もまたゴンドラがいくつかあり、その一つが観覧車である。


そして三番目に大きな観覧車は、ゴンドラが5つだけのミニサイズの観覧車を吊り下げている。


案内板がある。小さい順に直径は15メートル。60メートル。240メートル。670メートルとなっている。


ゴンドラは異常な動きをしている。どうやら回転力を与えられているのは一番大きなホイールだけのようだが、二番目は振り子運動を、三番目、四番目の観覧車は泥酔した指揮者か、あるいは未熟すぎるヌンチャク使いのような不規則な運動をしている。


「何なのあの動き、気持ち悪いんだけど」

「……多重振り子というものですね。小さな観覧車は振り子のように動いていますが、鞭がしなるように小さいものにエネルギーが伝達され、複雑な挙動を起こすのです。一番大きなホイールからして、重量バランスもめちゃくちゃですからね」


プルートゥは近くにあった椅子に座る。大きなパラソルで日陰になっていた。


「では頑張ってください」

「いやこれ……ど、どうしろって」

「い、いちばん小さな観覧車にゴールプレートがあるっぽいけど……」


しばらく観察してみても動きがまるで読めない。一番大きなホイールからして搭乗口もなければタラップもない。


「そうだ、鉄骨かなんか出してゴンドラに噛ませれば……」

「あまりおすすめしませんよ」


プルートゥが声を投げる。強い日差しの中で日陰にいるため、顔が見えない。


「あの構造材は非破壊設定ではないようです。不用意に力を加えると観覧車全体が崩壊して、奈落の底に落ちていきます。それに、私が創造者クリエイターならホイールの動きを止めるという攻略は封じるでしょう」

「ううん、そうだねえ」

「しょうがない、とりあえず登ろ。考えてみたら僕たち向きだし」

「お二人とも、命綱はつけておくのですよ」


そして双子が支柱を登り、まずは一番大きなホイールに取りつかんとするのを眺めていると。


目の前に人が座った。


プルートゥはその人物に反応できなかった。油断したとか、気配がなくて驚いたという感覚もなかった。その人物は雲の影が落ちるように、あまりにも自然にその場に現れたのだ。


「あなたは……」

「一度、会いたいと思っていました」


北欧系のマイナーな言語で話しているが、プルートゥには少しだけ理解可能な言葉だった。言語的にルーツが近いのだろうか。


「ノー・クラートですね、迷宮でお見かけしたことはありませんが」

「私はあなたの噂を聞いていました。かのケイローンが走破者を見出したと」


何となく言葉は理解できるが、なるべく正確な方がいいだろうと、ダイダロスを通しての自動翻訳に切り替える。


「あなたを探していました」


とても透明な声である。芯は通っているのに雑味がない。人工的に合成したような声、石や木の声とでも言うのだろうか。プルートゥは長年の友人のような心地でその声を聞く。


「私を……」

「迷宮の現状を、どのように考えていますか」

「……」


走破者には表の顔を持つものも多い。

世界的なスポーツ選手であるアポロンやプロメテウスは、もちろん走破者の間でも有名人である。


だがノー・クラートはそういうものとはレベルが違う。世界最大の石油メジャー、ロッグフェル家の娘ではないか、と噂されている。


もちろん迷宮は何者をも拒まない。どんな大物がいてもおかしくないが、なぜ自分に会いに来たのだろう、とプルートゥは思う。答えかねていると、ノー・クラートが重ねて問いかける。


「新たなる挑戦者をほとんど見ない、そう思いませんか」

「それは……私はまだ潜り始めて一年ほどです。クリアした迷宮も20にも満たない新参者なので、よく分かりませんが」

「本来は、もっと大勢が挑むべき場なのです」


プルートゥがいくら観察しても、年齢すらよく分からない。かなり年嵩のようでもあるし、不老不死の精霊のようにも思える。


「何百もの走破者たちが、次々と現れる至高の迷宮に挑む。ある者はゲームマスターの側に回り、ある者は育成を専門とするようになる。時には派閥が生まれ対立もあるものの、争いを終わらせる英雄も生まれる。そうして何十年もかけて競い合われる場であったはず。しかしそうはなっていない。新しき人を狩るものがいる」


新人ルーキー狩り。


それは聞いたことがある。走破者が自分で自分の身を守れるようになるためには、迷宮をかなりの回数クリアするか、誰かから対人戦で演算力を奪う必要がある。

そこまで育つのにはかなり時間がかかる。だから現実世界で他の走破者に襲われ、演算力を失うと聞いている。


プルートゥの場合はケイローンの庇護を受けられたこともあるし、最初に有力な走破者を倒したこともあって、ひとまず新人狩りとは無縁でいられた。しかし、このような形で迷宮の世界に入門するものはごく僅かだろう。


「迷宮の構造的欠陥でしょう。自分の身を守れるようになるまで時間がかかりすぎる」

「オイディプスは、それを突破した一人でした」


ノー・クラートは青白い指をすり合わせて言う。


「彼は優秀であり慎重であり、好奇心旺盛でそれでいて分をわきまえていた。演算力という魔法を知ったとき、彼はまず自衛を考えた。十分な演算力が集まるまで慎重に身を隠したのです」


人が魔法の力に目覚めたとき、最初に何を思うだろうか。


自分が目覚めたのなら、他にも目覚める者がいるはず。この世界には自分の知らない「魔法の世界」があり、その秩序を守る者もいるはずだ。だから魔法が使えることは隠し、魔法の世界について学ぶことに努めよう。


そこまで徹底できる人間がどれだけいるだろうか。プルートゥはオイディプスという人物の評価を正すべきかと思う。


「オイディプスにできたのだから、他にもできる者が現れると思っていた。しかしどれほど待っても現れない。旧来の走破者たちはめざましく力を伸ばしているのに」

「私にそんな話をして、どうしろと言うのですか」

「これから起こることは」


ひときわ、声を高めて言う。


「秩序を守る闘い。しかし今のオイディプスが本当に正しい善性を持っているでしょうか。わからない。走破者たちは私の理解を超えるのですから」

 

ノー・クラートは、実のところプルートゥに会いに来たのではないのだと、そのとき気づいた。


彼女はただ迷宮にいて、訪れるものに警告を与えていたのか。


「あなたが、知るべきことは……」





同時刻。


迷宮の片隅、誰にも気づかれぬ小さな喫茶スペースに、車椅子の老人がいる。


電気駆動式の大型の車椅子であるが、乗っている老人はどこも見ていない。ぐたりと背もたれに体重を預け、虚空を見ている。


そして車椅子の各部に取り付けられたカメラのみが、せわしなく倍率を変えている。


「やはり迷宮にいたか、オイディプス」


そこへ、現れる影。

ひょろりと長い痩身にランニングウェアを着て、ざんばらな金髪に手櫛を入れる。


そのブルーの目は憂いとも疲労ともつかない光をたたえ、焦点は曖昧でどこも見ていないようにも見える。

車椅子がぎゃりと地面を噛んで、その男に正対した。



「ゼウスか……」













Tips 多重振り子


二重振り子とは振り子の先にもう一つの振り子を連結したもの。多重振り子はさらにその先に振り子を連結する。非常に複雑で非周期的な挙動が見られる。

実物を比較的簡単に製作できるため、カオス理論を例示するための実演教材として使われる。


章タイトルの読みは「きんかんこうぼくのいただき」です

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