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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
外伝 第二章 真都灰却の水龍
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外伝 第二章 4





体の芯に鉛の柱。


迷宮で死を経験した時にはこういう感覚になる。漠然とした恐怖感を持ったり、頭痛や寒気に襲われる走破者もいるらしい。いずれも重大なことにはならないが、慣れるようなものでもない。ただ気を張って黙殺するだけだ。


すぐ横にあったショウウインドウに姿を映す。パンツスーツを着た女が隈のできた顔で歩いている。後ろ襟にかかる程度の髪はそろそろ切るべきか。私は意識して目尻から力を抜く。剣の道には脱力の技術もあった。立ち居振る舞いにも応用している。


私は夜の繁華街を歩いている。目的地は私のゲームセンターである。


株式を移動すればオーナーになるのか。それこそがオーナーの定義であるという者もいるだろうし、まるで関係ないという者もいるだろう。こまごまとした事務的なこともダイダロスで解決済みである。


フロアの一角に明かりがついている。晰星シンシンは今日もプレイを続けている。


私が背後まで行くが、気づかずに手を動かす。顎に力を入れているのが分かる。

画面上ではプレイヤーキャラが敵に囲まれ、猛烈な敵弾の中をかいくぐって逃げている。少しずつ敵の数を減らし、武器を強化し、爆弾を使って廃墟を吹き飛ばし、逃走のルートを確保する。


私がプレイしていた時の難易度とは比較にならない。まずプレイヤーキャラの速度が尋常ではないのだ。


ぐう、と喉をつぶすような声が漏れる。奥歯を噛み砕くほどの注力。強力な敵が現れ、それと一騎打ちになっている。敵の多彩な攻撃を回避し、弾き、時には先んじて攻撃して攻撃動作を中断させている。それは高速のジャンケンに似ている。


敵は画面いっぱいを使って飛び回り、同心円状の散弾を放ち、自分の分身を生み出して挟み込むような体当たりを仕掛けて。


爆発。敗北だ。ゲームオーバーの表示が出る。


「惜しかったですね」

「あっ……」


晰星シンシンがはっと振り向く。顔が汗だくになっている。冷房は動いているのに。


「オーナーさん……ごめんなさい、気づかなくて」

「いいんですよ。それより今のが最後の敵ですか?」

「たぶん、そうです。ラスボスです」


画面ではまだラスボスが動き回っている。ラスボスは最後のボスという意味だ。


「信じられないほど強いんです。もう何十回も挑んでるけど、パターンは無限かと思えるほど多くて、適切な武器もプレイする毎に変わって、それに地形変化も把握していないと」


難易度についての話は私には分からない。話を彼女のことに向ける。


「亡くなったご友人に会いたいのでしたね」

「はい」


間髪をいれず答える。

それは疑念とかためらいを挟ませない速度だった。願いが実現すると固く信じているのか。それとも信じようとしているのか。


彼女の友人については調べている。


その子の名前は夢菲モンフェイ


晰星シンシン夢菲モンフェイはどちらもゲームプレイヤーだった。若く才能に溢れていて、将来は世界的なプロゲーマーになると目されていたらしい。二人は時にはライバルであり、大会によってはチームを組む仲間でもあった。


だが1年前、夢菲はもともと持っていた持病の悪化により、椿の花が落ちるように一瞬でこの世を去ってしまった。それ以来、晰星も大きな大会には出なくなったという。


夢菲の死が彼女にとって大きな喪失だったことは確かだ。葬儀の時の晰星の悄然とした様子。この世の終わりのような姿は多くの人間の記憶に残っていた。


「大切な友人だったのですね」


私は何となく言ってみる。

俯いていた晰星は、ゆっくりと私を見上げる。黒目の中に千ページ分の感情がある。私の投げた言葉が彼女の中で反響を繰り返すように見えた。


「はい……夢菲モンフェイは私よりずっと才能があって、みんなのことを考えていて、私なんかともよく遊んでくれて……」


私は二人の世界について想像する。二人はeスポーツという大きな世界の住人なのに、晰星にとってはまるで2人だけの世界のようだ。それほど依存していたのだろうか。


夢菲モンフェイの姿は写真で見たが、美しい少女だった。真珠を磨いて人の形にしたような肌。花が咲くように笑う様子。はかなげで、か弱い印象なのは病気のためか。幼い頃は入退院を繰り返していたらしい。


「一緒にラスベガスに行こうって、世界大会に出ようって約束して、出場枠も目前だったのに、もっとたくさん話をして、ゲームもしたかったのに」


自分で自分を抱きしめる。奥底から沸き上がる感情に身を震わせる。己の感情を制御しかねる、そんな少女性の一瞬。


私は胸のざわめきを覚える。


晰星の危うさ、儚さ、ひたむきさを危険なものと感じている。


それは、悲劇の予感。


私は、晰星が悲劇的な結末を迎えることを心のどこかで予知している。安っぽい怪談話のような末路が彼女に訪れるのではないかと。


それは道理というもの。


演算力は新しい力であり、魔法のごとくであっても、この世の摂理をねじ曲げて良いことにはならない。

そしてすべてはオイディプスの手のひらの上。仕組まれた奇跡に過ぎない。


(……オイディプスは何を求めている?)


このような少女に希望を与えて、だいそれた願いを言わせて、その代わりにオイディプスは何を得る・・・・のだろう・・・・。ただ人々を喜ばせたいだけ? それとも天后をクリアできない様子を見て嘲笑わらいたい?


「……もう少しでクリアできそうなのですか?」

「はい、あと少しなんです」

「あなたはとても危なっかしい。だから、私の見ている前でクリアしなさい」


この少女から目を離してはいけない。そんな予感がする。


もし私の手を離れれば、オイディプスの枯れ枝のような手が彼女を捕らえる。誰も知らぬ場所へと連れて行く、そんなイメージが浮かぶ。


「私も可能な限り、サポートします」

「はい、本当に何とお礼を」

「入ってきなさい」


ばん、と入り口が開いて、手配しておいたスタッフたちが入ってくる。半数ほどは白衣を着た医師団である。


「え? あの」

「そこの長椅子に移動しなさい」


真夜中のゲームセンターはにわかに騒々しくなる。


簡単な診断を受けさせ、医師が薬を処方する。彼女のここ一ヶ月の食生活はすべて追跡できているので、それも参考に。医師が差し出すのは十数個の錠剤。


「それを飲みなさい」

「な、何なんですか?」

「違法なドラッグではありませんよ。ただのサプリメントです。それとカフェイン。そちらの台でマッサージを受けて、3時間ほど仮眠を取りなさい。集中して眠るとだいぶ違います」

「お、オーナーさん。この人たちって」

「私は華僑の血を引く大富豪でして、好奇心からあなたの挑戦を応援したくなっただけですので気にしないで」

「そ、そうなんですか??」


そうなわけがない。


彼女はいつかゲームをクリアするだろうが、それが今日明日とは限らない。こちらも悠長な事は出来ないのでフィジカル面でサポートさせてもらう。


マッサージを受けさせると、やはり疲れていたのかすぐに寝てしまった。3時間ほど休ませて、ぱちりと目を開けると、以前より瞳が大きく見える。その頬の内側を血流が巡っているのが分かる気がする。この時点で時計の針は12時を回る。


彼女が寝てる間にハイビジョンブラウン管の筐体もより高級なモデルに交換。輝度やハイライトも最適に調整しておいた。複数のマッサージ師が晰星の指や肩を揉みほぐしている。


「希望があるなら何でも言ってください、すぐに用意させます」

「あ、あの、ここまでしてもらう理由が」

「チャンスを捨てる気ですか?」


はっと、晰星が息を呑む。


「私にも自分の目的があるのかも知れない。晰星、あなたを利用しているだけかも。ですが、願いについてはあなたと天后の間のことです。あなたはただ自分の願いを叶えればいい、そうでしょう」

「……わ、わかりました。やります」


晰星は筐体につき、おもむろにゲームプレイを始める。どうでもいいのだが、あまりにも周りが見えなくなってる気もする。

窓を見る。鏡となった窓にパンツスーツの女がいる。普通にこんなやつは怪しいと思うが。


と、そのときスマホに着信。私は筐体から距離をとって電話に出る。


「もしもし、アルテミスですか」

『プルートゥ。オイディプスについて少し分かったことがある。報告しておくわね』


スタッフには私のことを詮索するなと言ってあるが、念のため物陰に移動する。


「お願いします」

『オイディプスはいくつかの医療機関に手を出していた。製薬会社や延命研究のベンチャーにも』

「延命研究?」

『冷凍睡眠とか人格をデジタルで保存するとかのやつね。中国人は長生きに執着があるからね。いろいろな切り口でのベンチャーがあるの。たいていは詐欺まがいで実態がないけど、それだけに隠れ蓑としては有効かもしれない』


人格をデジタルで……ではやはり、迷宮で出会ったオイディプスはデジタライズされた人格なのだろうか。

人格を封印したストレージをダイダロスに接続し、仮想人格を迷宮に潜らせることができる……?


私がそう言うと、アルテミスは否定的なトーンになる。


『できるのかも知れないけど、予断は避けたほうがいいわね。それに何だか1本の線として繋がらない』

「1本の線?」

『もしオイディプスの目的が迷宮に潜れるほどの仮想人格の作成なら、迷宮であなたが出会った時点で目的が達成されてる。「天后」でゲームを配ってることの理由が説明つかない』


それはそうだ。仮想人格が迷宮に潜れるかの検証もせずに、推論を積み重ねることに意味はない。


『最初は、天塩創一を気取りたいのかと思っていた』


アルテミスが言う。


『ゲームを配って、クリアできた人間の願いを叶える。やってることは天塩創一のミニチュア版だからね』

「それは私も思いました。ですが、それはあまりに卑小というか」

『そう、「天后」が与える魔法はダイダロスの演算力を利用したもの。叶える願いもポルノを作るとか空き巣のやり方とか、あまりに小さすぎる。オイディプスは一流の走破者だった。その彼が天塩創一の真似事で愉悦にひたるとは思えない』

「卑小ではない願いもあるようですが……」


死者を蘇らせる。


それは、演算力でも可能かどうか分からない願い。


そのような願いにも「天后」は答える。


何のために・・・・・


『いくつか病院を抑えているみたいだけど、ダミー情報も多くてまだ絞りきれない。何か分かったら連絡する』

「あの……アルテミス。一体どうやって調べているのですか? 我々が重慶を調べても痕跡すら見つからないのですが」

『ダイダロスも完全無欠ってわけじゃないのよ。一つだけ教えておくと、ダイダロスは同じダイダロスをハックできないようにアップデートされてる。ダイダロスの支配しているネットワーク領域には別のダイダロスが干渉できない。それを逆手に取る方法がある』

「逆手に……」

『怪しい場所をダイダロスで調べると、空を切るような手応えを覚える場合がある。そこにダイダロスが干渉している可能性があるの。私は医療関係をしらみつぶしに探したのよ』


凄腕のハッカーなどは、侵入しようとするサイトにアクセスした時、読み込みの手応えでその防衛強度を推測するとも聞く。そういう話だろうか。

言葉で言うほど簡単ではないだろう。アルテミスでなければ出来ないこと、という気がする。


「助かりました。こちらからも情報が手に入れば提供します」

『急いだ方がいいわね。ゼウスが焦ってる』


ゼウス?

彼が何かあるのだろうか。


『迷宮に違和感があると言ってた。オイディプスのやってる事が関係してるのかは分からないけど、もしダイダロスのシステム全体に影響する行為なら、ゼウスはけして黙っていないわよ』

「……そう言えば、討伐型が増えていることに違和感があると言っていました」

『討伐型? まあ討伐型は別に珍しくないし、何個か連続することもあるけどね。ゼウスが何かを察してるなら注意しておくべきかも。神経質になってるだけかも知れないけど』


じゃあね、と言いおいて通話が切れる。事務的というかドライというか、必要以上に他の走破者と馴れ合わない人物だ。それが普通なのかも知れない。


時計を確認。時刻はそろそろ深夜0時。前回のログアウトからは6時間。


あと18時間ほどでまた迷宮に潜る。晰星はそれまでにクリアできるだろうか。


(……事態は確実に進行している)


そして今のところ、すべてオイディプスの意図したままと見るべきだろう。


オイディプスが望む結末に到達するか。その前に、我々がそれに追いつくことができるか。これはそういう戦いなのだろう。


スタッフは一旦退出させて、ゲームセンターにはまた筐体の明かりが一つだけ。



晰星は挑み続けている。

数え切れぬ死を乗り越え、そのたびに少しずつ成長しながら。










Tips ゲームプレイとサプリメント


プロスポーツとしてのゲームにおいて、おもに摂取されるサプリメントとは眼精疲労の防止、集中力の増加、反応速度の向上、酷使される脳への栄養補給などである。このようにゲームプレイに特化したサプリメントはゲーミングサプリとも呼ばれる。


特にカフェインと糖分は重要視され、試合の前に必ずコーラを飲む選手も存在する。


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