外伝 第二章 3
「それで、どの機体を選ぶのですか?」
共に攻略するということは二人乗りだろうか。それとも兵員輸送のできる機体を選び、私が空挺兵として乗り込むという手もあるか。
「選ばない、いま作る」
「つく……」
目の前にタイヤが生まれる。そこから脚が伸びて胴体が生まれ、空中に生まれたエンジンノズルが落下する前に金属フレームに囲まれ、骨組みに金属板が張り付いて飛行機のフォルムに近づく。機体の完成まで一分ほど。
完成したのは二人乗りの垂直離着陸機。羽根は畳まれており操縦席は前後に並んでいる。何となくペリカンのようなフォルムである。
「見事なものですね」
「そうでもないよ。これはあらかじめ用意しているデータを顕現させたものだ。ポセイドンは状況に応じた船を即座に出せた」
走破者はどんな物質でも出すことができるが、その精度と速度は走破者の技量、そして一種の才能に依存している。
私にはまだ得意と言えるものがない。刀は練習の甲斐もあって瞬時に出せるが、刀以外の武器はまだ時間がかかる。ゼウスはヘルメットを投げてよこす。
「僕とのインカムを組み込んでる。機体の中では会話できないからね」
「この機体の性能を聞いてもいいですか」
「チタンをふんだんに使っているからかなり軽い。速度、旋回性能、装備の多彩さは世界最高だ。操作は限りなく簡略化されてるから誰でも操縦できる」
操縦席に乗り込んで驚いた。本当に何もない。鹿の角のようなハンドルが一つあるだけで、あとは液晶パネルが正面と左右に並んでいる。私の前にも操作パネルがあり、どうやら一部の機銃をコントロールできるようだ。
ハッチが閉まると同時に下部から噴気が。そしてあっさりと浮上する。
「こんなに簡単に……」
「走破者はなぜ物質を出せるのか。僕は数え切れないスタッフを使って設計図を用意させてるが、息をするように車や船を出せる者がいる。あの才能は何を意味するのか」
機体は上昇していく。メットにはノイズキャンセリング機能もあるのか、ゼウスの呟くような小声が流れてくる。
「あるいはそれが演算力の世界への順応なのか。物体を創出させることは神の御業のごときだ。それを身に着けた人間にしか見えない世界があるのだろうか。いつかこの世界は実現するのだろうか。演算力の世界が現実を侵食するのだろうか」
「物体創造が、現実世界でもできるようになると言うのですか? まさか」
「情報はどうだろうか。僕たちは端末一つで無から情報を取り出してるように見える。19世紀の人間にはできなかったことだ。では質量もそうならないと誰に言えるだろうか。ひるがえって見れば迷宮もそうだ。僕たちはそれをゲームの設定であると捉えているが、もしこのような物理法則が……」
ゼウスの言葉はほとんど聞き取れなくなっていた。どうやら彼は独り言をする癖があるらしい。ゼウス自身は液晶画面を操作して周囲のデータを集めている。独り言は意識から切り離された部分で行われるらしい。
「雲塊があるな、かなり大きい」
雲塊、その中に迷宮があるなら浪漫のある話だ。戦闘機はそこに向かう。
呼吸に違和感がない。きっちり一気圧に与圧されているのか。ジェット飛行にしては揺れも少なく音も小さい。
そして見つける。蒼穹の彼方。
「……白いビル群?」
大理石か雪のような、真綿色の摩天楼。円形の雲の上に白亜の大都市が作られている。
旋回する。どれもこれも数百メートルはある超高層ビルだ。浮島もまた雲でできているようだが、その上にビルがぎっしりと密集している。
「あれはドバイだね」
世界中の富を集め、中東のシンガポールと呼ばれたドバイ。世界有数のビルが立ち並ぶ砂漠の幻想郷。私は写真を見たことがある程度だ。
「現実の地図データに対して少し密集している。雲の大きさは3平方キロほどだが、高さ500メートル以上のビルだけで15棟、平均して200メートル以上のビルがぎっしり生えてる。集積回路のようだな」
あのビル群の中からゴールプレートを探せというのか。それはあまりに広すぎる。
いや、それ以前に、あの白いビルは何でできているのか? 角砂糖のように白いが……。
その時、ビルを突き破って出てくる影。
飛行機だ。一枚の大きな翼を背負うように持つ飛行機、プロペラの駆動音。まるで輪ゴムで飛ぶ飛行機のようなシンプルな造形。
あれは複葉機、いや、翼が一枚だから単葉機というのだったか。ツバメのようにひらりと旋回してこちらを向く。
「あのビル群……ひどくのっぺりしてますが雲なのでしょうか? 雲が都市の形になっている……」
「少し距離を取る。3Gほど負荷がかかるよ」
単葉機は速度を上げてこちらに向かってくる。だがジェット推進機と勝負になるはずもない。一気に速度を上げる。
だが振りほどけない。一定の距離を保ってついてくる。
気流だ。高空に流れる風を一枚の羽根でとらえ、滑空するように速度を上げている。私は周囲の液晶画面を操作して天候情報を得る。
「風速は40メートル毎秒。かなり強い風が吹いてますね。しかし、あの雲のビル群は微動だにしない。ステージの設定として固定されているのでしょうか」
「……真都、真なる都、あれがそうなのか? そしてあの戦闘機は番人か?」
単葉機がいちど高度を上げる。太陽に溶け込むような位置関係となってから、見えないすべり台を下るように急接近してくる。そして私たちの機体の脇をすべり抜ける。
「あれはまさか、モラーヌ・ソルニエ Lじゃないのか。第一次大戦中の機体だぞ」
両翼の端にカーリングの的のような眼状紋。車輪とフレームだけのシンプルな降着装置。左右に一門ずつの機銃。年代物とか骨董品という言葉でも表現しかねる原初のレトロ感。
「なぜあんなに古い機体なんだ? 世界初の戦闘機だからか? フィアットCR.42やフェアリーソードフィッシュじゃ駄目なのか?」
なるほど、走破者は当然、最新鋭の戦闘機か重武装ヘリを選ぶだろう。そこを世界初の戦闘機が迎え撃つという構図なのか。
だがいくらなんでも、あんな博物館ものの機体で。
敵機が回転する。
曲芸のようだ。私たちを通り過ぎてから縦方向に半回転。距離はおよそ500メートル。赤い光と硝煙。
ゼウスが咄嗟に急上昇をかける。機体を銃弾がかすめた瞬間、シートに体が押し付けられる。
「撃ってきた、あれと戦えという事でしょうね」
「まさか……技術に百年以上の開きがある。いま分析したが7.7ミリ機銃のようだ。確かに当たりどころによってはダメージがあるが……」
さすがに本気で速度を上げるとついてこれないのか。単葉機はその場で旋回を始める。
「真都……なるほど真都か」
ゼウスは迷宮の名前にこだわっているようだ。独り言のように言葉を述べる。
「道教において仙人と真人は同一視される。山にこもって修行を積み、不老不死や神通力を身に着けた理想の人間のことだ。真都とはそれの都市版だろうか。あれは都市を超えた都市、理想の都市であると」
では、あの単葉機も理想の戦闘機、理想の都市を守る理想の番人というわけか。
「だがまだ分からないな。灰却とはどこか滅びを予感させる言葉だが、一体何のことだ? それに水龍はどこで出てくるんだ? あの飛行機はとても龍には見えないが」
高高度でU字旋回、真下に向けて自由落下。私の右目の前にアイカメラが降りてきて、私が単葉機を目視すると自動で望遠される。機銃は超精密操作され、手元のトリガーによって20ミリ弾が連射される。
だが当たらない。まるで空を舞う羽根のようだ。
それどころか機銃の航跡をなぞるように単葉機が登ってくる。連射が描く線を取り巻くように、らせんを描いて。
「頭に力を入れて」
ブラックアウトを防ぐための指示だ。こちらの機体が急加速。カーブを切って水平に。雲の都市を回り込むように動く。
「ゼウス、誘導ミサイルはありますか」
「すでに試したが駄目だ。エンジンが放つ熱が小さすぎる。フレームは木だし翼も布でできている。ロックオンしない」
現代の戦闘機のレーダーは、おもに金属塊からのレーダー波の反射を捉える。またエンジンの放つ熱や、高速度で動く物体を捉えるように調整されている。旧時代の飛行機はそのどれにも該当しないため、ロックオンできないと聞いたことがある。
だがそれは漫画や映画の話だ。それにまさか、向こうがこちらを撃ち落とすなどということが。
ぎぎいん、と翼に金属音。向こうの機銃弾が直撃する。
一撃ではない。数十もの機銃が機体の一点に当たり続けている。
「ゼウス! 雲に隠れましょう!」
「了解」
こちらの機体は雲の楼閣ならぬ、雲のドバイへ。
どうする。爆薬を使って散弾をばら撒くか。しかし、この都市でやればゴールプレートを破壊してしまう恐れがある。
翼にダメージメッセージが出ている。飛行しながら翼を直すことはできないか。
「あれにもパイロットが乗ってるのでしょうか? なら毒ガスが有効かも」
「たぶん回避されるだろう。単葉機じゃ電磁パルスも効かないな。雲に隠れるのは有効なようだが……」
「アセチレンガスを散布して爆轟を起こすという手も」
また蒼穹に出る。
低速飛行が可能とは言えこちらはジェット戦闘機だ。3平方キロ程度の雲などすぐに突き抜けてしまう。
そして、敵機の姿が見えない。ゼウスがわずかに焦りの色を見せる。
「どこだ……? いかに小目標と言ってもレーダーから完全に消えるほどじゃないはず。対ドローン用のドップラーレーダーに切り替えて……」
そして違和感。機内の音がどこか変だ。ジェットエンジンの振動だけではない、これは。プロペラの。
「ゼウス! 真下です!」
「な……」
それは目の前に出てくる。私たちの機体の真下に張り付いていた。そして縦方向の半回転をきる瞬間。目の前にプロペラが。そして機銃が。
「!」
はっと目を見開く。
ホテルの一室。私の目の前にはホワイトボードが。
口からTジャックを引き抜くと同時にダイダロスに通信が入る。私はまだ目がちかちかする感覚があった。よろめくように動いて通信を開く。ゼウスの青白い顔が出てくる。
『やられたね。なかなかの強敵だ』
「24時間後にまた潜りますか?」
『そうしないとね。誰かに居座られると厄介だ』
一ヶ月ルールが意識される。迷宮は中にいる全員がギブアップを宣言すると差し替えられるが、中に誰かがいるとそのままになる。
あの環境。もし誰かがスタート地点からはるかに遠くまで移動し、そこでログイン状態を維持し続けると迷宮が差し替えられないまま残る。
一ヶ月ルールにより走破者がどんどんと減っていくことになる。ログインしている人間は頃合いを見て迷宮を差し替えればいいわけだ。
「あれはドッグファイトで勝てる相手ではなさそうですよ。策はありますか?」
『何とでもなるさ。レーダーを低速目標と低温目標をカバーできるものに換装して、機銃を増やして弾速を上げよう。散弾も積んでおこう』
……。
それだけで勝てるだろうか。あれはまさに理想の人間。演算力が生み出した怪物か。
問題は他にもある。まだ迷宮の全容が見えていないことだ。あの単葉機を何とかしたとしても、水龍とは一体……。
『気になることがあるんだが……君は最近、討伐型の迷宮に潜ったか?』
「ええ、一つ前の迷宮もそれでしたよ。巨大な戦車と戦う迷宮でした。生存の要素もありましたが」
『僕もそうなんだ。迷路の要素があったが、討伐型だった。まあ、偶然だとは思うが……』
ゼウスはどうも気がそぞろになっているようだ。別のことを考えているような様子で言う。
『とにかく……次の挑戦まで24時間ある。君も自分の取り組んでることに専念してくれ』
「私ですか? オイディプスの捜索はあまり目処が立ってなくて」
『死者を蘇らせるって質問をしただろう? それが取っ掛かりになると考えたんじゃないのか?』
……。
そうかも知れない。
もし演算力が死者を蘇らせるなら、それは死体が確認されたオイディプスが生きている可能性にも繋がる。
そしてオイディプスが何をやろうとしているのか。重慶で起きていることはその目的とどうリンクするのか、それも解き明かせるような気がする。
私はあの少女を見守るべきなのだろう。
生と死の領域。
その深遠にて清澄なる世界に挑んでいる、あの少女の結末を……。
Tips 戦闘機と機銃
初期の戦闘機において、機銃の設置と運用には試行錯誤が見られる。初期は副座式の戦闘機にルイス軽機関銃などを積み込み、操縦手と銃手に分かれて運用していた。これは機体の挙動によって目標への角度が変わるため、命中精度は著しく低かった。
操縦席の正面に機銃を固定する方式がもっとも安定性が高いが、プロペラと機銃が干渉するという難題が残された。




