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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
外伝 第二章 真都灰却の水龍
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外伝 第二章 2





「それで、その子がゲームしてるの見守るの?」

「べつに」


ホテルの一室にはホワイトボードが三枚。それぞれ演算力を駆使してオイディプスの痕跡を追っている。


同時に重慶で起きている犯罪についての調査、警察組織への介入、「天后」の出どころなども一応調べる。やるべきことは山ほどある。


「あのゲームセンターのカメラはいつでも覗けますから、それで見れば十分です」

「友達を生き返らせるんだよね、そんなことできるのかなあ」


双子もこのホテルに部屋を取ったらしいが、今は私の部屋に居着いている。寝るときもタオル一枚かけるだけだ。


そういえば走破者同士で一緒に寝泊まりするというのも無かった経験だ。というより、演算力で守られてるとは言え走破者が直接会うのは禁忌な気もする。双子はそのへんの常識からは外れた存在らしい。


「そちらの進捗はどうですか」

「あんまりパッとしないねえ、優秀なプレイヤーはたくさんいるんだけど」

「みんな大きな願い事ってしてないみたい。10万ドル前後が一番多いかな」


それはそうだろう。

どんな犯罪でも成功させるとは言え、実行するのは当人だ。精神的ハードルは大きいだろうし、本人のちょっとしたミスで露見してしまう。事実として重慶での犯罪件数は増えており、逮捕されてる人間も相当数いるのだ。


逮捕された人間はどう感じるだろうか。自分のミスなど棚に上げて、妙なものを信じてしまった自分の迂闊さを呪うだろうか。


「でも友達を生き返らせるかあ、できるのかなあ」

「ちょっとオカルトになっちゃってるねえ」


双子は手を動かしつつぼんやりと言う。ダイダロスの操作には人によって速度の差があると感じる。私はまだまだだ。


「……」


私は報道機関への情報操作を打ち切って、ダイダロスに問うてみる。



ーー死者を生き返らせることは可能か。



ダイダロスは「不可能」と即答する。



ーーなぜ不可能なのか。



ダイダロスは答える。「死者は生き返らない」


「端的な答えですね……」


そして違和感がある。ダイダロスが情報を収集して答えた感じがしない。思考すら拒絶している手応え。これはダイダロスの制約ではないのか。


「あの子……晰星シンシンが死者を生き返らせようとしている。だからその計画についてダイダロスは答えない。考えることができない……?」


あるいは聞き方の問題だろうか。あまりにも自明なことであるから思考するまでもないと。


少し考えて、こう入力する。



ーーある人物をAとする。Aの友人が死亡したとする。そのAにとって、友人が生き返ったと思える状況とはどのようなものがあるか。



ダイダロスは即答する。「死者は生き返らない。偽物を仕立てるなどしてもそれは本人ではないため、確実に騙せるものではない」


「ふむ……」


どうも、ダイダロスに依存している気がする。


こういう突拍子もないことを考えるのは本来は人間の仕事だ。ダイダロスは制約を受けているようだが、たとえ受けていなくても、今の私では正しい答えを引き出せない気がする。


ホテルにカンヅメになってることで気が塞いでるのかも知れない。気分転換に迷宮にでも潜ろうか。


「貴方がた、これから迷宮に潜りますので部屋を移ってもらえますか」

「えー? 一緒に潜ろうよ、三人でやれば攻略もすぐだよ」

「一緒に潜ってもいいですが、同室はダメです」

「そっか、僕たちって魅力的だからね」

「玉の柔肌やわはだだからね」

「そうです、理性を保てる自信がないので」


適当に合わせながら追い出す。


さて、本拠地以外で迷宮に潜るのもいろいろ面倒がある。対人センサーと身体への接触センサーを用意。誰かが部屋に入ったり、体に触れるとログアウトするよう準備する。


あの双子が私に何かするとは思ってないが、こういう備えは普段からやっておかないと油断が生じる。それほどに全感覚投入している人間は無防備なのだ。


ビニールに覆われたTジャックを舌に。ぴり、と電気が走る感覚。私は眠ると同時に目を開ける。意識だけが世界の境界を超える。


灰色の大地。どこまでも広がる蒼穹。

コンクリートの平野。そこを埋め尽くすのは飛行機である。


広大な範囲に何百もの飛行機が並んでいる。大型のジャンボジェットから戦闘機、木と布でできてそうな複葉機もあれば人力飛行機まである。


ヘリコプターもある。大型の武装ヘリ、ローターが四カ所にある大型ドローンのような全天候輸送機。一人乗りのジャイロコプター。私はそこを歩く。


この迷宮の名は「真都まと灰却かいきゃく水龍すいりゅう


今ひとつ意味がつかめない。灰却とは灰のように焼き尽くす劫火という意味だろうか? 巨大な都を焼き尽くす龍? それにしては水龍というのはそぐわない。


「うーん、飛行機かあ」

「これに乗れってことみたいだねえ」


双子もログインしてくる。太陽光が強いため、銀のレオタードが輝いて見える。ちなみに足にはパンプスのような装飾のない靴を履いている。彼らの足にびったりと張り付く靴だ。


迷宮にはこのように乗り物を提供するものもある。

川を下る迷宮ならカヤックやボート、氷上の迷宮ならスケート靴やスパイク付きの靴。バイクや自転車もあれば、登山用具がデパート一つ分ほど用意されてたこともある。


迷宮は、基本的には演算力をまったく持たない人間でもクリアできるように作られている。必要な道具は迷宮が提供してくれるわけだ。走破者は走ることはもちろん、乗り物や登山などにも通じている必要がある。


だが飛行機となると難しい。拡張世界で学んだが、まだセスナ機をかろうじて飛ばせる程度だ。

ざっと視線を巡らせる。戦闘機が特に多いようだ。これに乗って龍と戦えという事だろうか。討伐型の迷宮だとすればライトプレーンを選んでも意味がないが……。


「貴方がたは操縦できますか?」

「ううんできない」

「スカイダイビングならできるけど」


その答えには何となくプロ意識のようなものを感じた。この双子は練度が100%でないものは「できない」と答えるのではないだろうか。実際には私より習熟してても驚かない。


「仕方ありませんね。クリアは必須ではありませんから、ここは偵察でいいでしょう。私と一緒にセスナ機に……」

「げ」


双子がさっと私の後ろに隠れる。  


「?」


ざり、とコンクリートを踏む足音。現れるのはひょろ長い印象の白人男性。


「やあ」


ゼウスである。灰糸と白のまだら、迷彩柄のパイロットスーツを着ていて、首にゴーグルを下げている。直上からの強い日差し、かがんだゼウスの顔に濃い影を落とす。


「ゼウス、あなたも迷宮に?」

「面倒な迷宮が出現してると聞いてね、クリアしておこうと思ったんだ」


迷宮のルールとして、中にいる人間が全員ギブアップを宣言すると別なものに差し替えられる。単にログアウトした場合は残り続ける。


クリアできない迷宮が出現した場合、ひとまずギブアップして別なものに差し替えるという手がある。ギブアップした場合、24時間迷宮に入れないというデメリットはあるが。


だが、迷宮をギブアップして差し替えたとしても、その迷宮が消えるわけではない。しばらくすると再出現するらしい。いつかは誰かがクリアせねばならないわけだ。


「あなたは飛行機の操縦が?」

「一応ね。ポセイドンが船の担当、飛行機が僕の担当だったから」

「オリンピアにも役割分担があったのですね」

「そうだね、迷宮は一人ですべてクリアできる難易度じゃない、助け合わないと」


……。


何だろう、誠実なことを言ってるはずなのに、どこか空虚な言葉に聞こえる。


ゼウス自身がまるでそんなことを考えてないような気がする。本来なら、どんな迷宮でも一人でクリアできて当たり前であると……。


考えすぎかも知れない。私はオリンピアの内紛とは関係ないのだ。よく知らない相手を毛嫌いすることもないだろう。双子はずっと隠れている。


「貴方たち、挨拶ぐらいしたらどうです。失礼でしょう」

「……こ、こんちは」

「ひ、久しぶりだね、ゼウスの兄ちゃん」


「君たち」


ゼウスはずかずかと歩いて私の横に。身をかがめて双子と視線の高さを合わせる。


「ちゃんと僕の渡したテキストを消化してるかい。やると約束しただろう」

「う、うん、ちゃんと読んでるよ」

「その……時々だけど」

「よかった」


ゼウスはまったく笑っていないが、笑っているような雰囲気を出す。


「また今度聖書の勉強会をやろう。君たちも来てくれ」

「あ、あの僕たち、ちょっとお腹痛くなっちゃった」

「ま、また今度ね」


双子が消える。ログアウトしたのだ。

怖いものなど何もなさそうな二人なのに、そんなにこの男が苦手なのだろうか。私はゼウスを見上げる。


「聖書の勉強会、ですか?」

「そうだよ。カストルとポルックスは一般常識に欠けるところがあってね。まず道徳が必要だと思ったんだ。彼らがオリンピアに入るとき、僕の渡したテキストを読むことと、月に一度、聖書の勉強会に参加することを条件にした」

「あなたは宗教家なのですか?」

「聖書ぐらい誰でも読むだろう。別に特別なことじゃない」


と、そこでゼウスは私を注視する。


「君は……そういえば教会のシスターだったそうだね。勉強会に興味はあるかな」

「あなたには申し訳ないのですが、私はもう聖職者ではありませんから」


私の家は小さな街を牛耳っていたマフィアだった。一度は家を離れてシスターになったが、家の都合でマフィアに戻って仕事を手伝っていたのだ。自分の境遇が変わったからと言って、神学の門を出たり入ったりするのはあまりにも勝手というものだろう。


「そうか……今は付き合ってくれる人がいなくてね。仕方ない、またアポロンを誘うか……」

「アポロジーズ・ラファティですね。今は全英オープンで忙しいのでは?」

「彼にはいろいろ貸しが……いや、そうじゃないな、彼は熱心に頼めば来てくれる人だから」


もうオリンピアは解散したはずなのに、聖書の勉強会に走破者を誘うというのも奇妙な話である。ゼウスにとっては純然たる友人づきあい、迷宮とは別の個人の付き合いがあるとでも思っているのだろうか。さすがに私もそれが胡乱な考えなことは分かる。


ふと、私は気まぐれを起こす。この人物は例の問題に関してどう答えるか。


「ゼウス、演算力で死者を蘇らせることはできると思いますか」

「できるんじゃないか」


即答したので私は少し面食らう。剽軽ひょうきんな顔になったかも知れない。


「できる……のですか?」

「演算力に不可能はないから」


なるほど、これもまた信仰。ゼウスは演算力というものの万能性を信仰しているのか。


ゼウスは私の目をじっと見ている。そして言葉を繋ぐ。


「君も感じていることだろう。オイディプスはまだ死んでいない」


ああ、と私は思い至る。オイディプスの話をしていると勘違いされたのか。


「アルテミスが死体を見つけたことは聞いてる。だけど君は迷宮で彼に会ったそうだね。だから死んでいないか、あるいは生き返る手段がある。そういう推測は可能だ」

「具体的にどうやって生き返るのですか?」

「さあ? クローンを用意して記憶を移植するとか、まったくの他人に記憶と人格を移植するとか、そんなところじゃないか」


なんだかありふれたイメージだ。記憶の移植と簡単に言うが、どうやるのだろう。何も思いつかなかった私に指摘する資格はないが。


「ケイローンからいろいろ連絡を受けてる。オイディプスのやっていることの意図はまだ分からないが、彼が新しい肉体を得て生まれ変わろうとする可能性はあると思う」

「彼が生まれ変わりを望んでいたと?」

「オイディプスは若いころに事故で歩行する力を失い、もともと弱かった視力は病気によって30代で完全に失われたらしい。彼が自分の肉体に不満を漏らしたことはないけど、一般的には克服したい障害だろう。それに若さもだ。若さは何にも代えがたい宝だからね」

「……」


視力と脚力。失ったものを取り戻したい。若々しい肉体を得たい。確かに普遍的な願いだ。

だが……オイディプスは演算力によって障害を克服できていたように思う。若さは、もし手に入るなら確かに魅力的だろうが……それが「天后」に、あのゲームにどう結びつくのか……?


だめだ、まだ何も見えない。オイディプスという影は巨大であり複雑だ。


しかし、おそらく一貫した目的があるとは思えてきた。少なくともオイディプスは狂ってはいない。すべては彼の監視下で、少しずつ結末に向けて動いているように感じられる。


あまりこの事を考えすぎても仕方ない。目の前の迷宮に取り組もう。


「ひとまず迷宮を攻略しましょうか。ゼウス、貴方が攻略するなら譲りますが」

「一緒に行かないか? 迷宮は協力してクリアしてもいいんだよ」

「……」


私はゼウスの目を見る。

だが何も感じられない。それはポーカーフェイスだろうか。それとも生き物としての格の違いと言うものだろうか。矮小な私では、大神ゼウスの考えなど読み取れるはずもないと。


それは少し、しゃくに触る。



「いいでしょう、では一緒に」





Tips 修道女


カトリックにおいて宗教的共同体を送る女性。プロテスタントは基本的に修道院を持たないが、例外もある。

修道女とシスターという言葉は混同されているが厳密には異なる。修道女は僧院や修道院など共同体の中で生活し、祈りの日々を送る人々。シスターはキリスト教系の施設において慈善事業などに従事する人々と区別される。


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