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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
外伝 第二章 真都灰却の水龍
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外伝 第二章 1




魔法は万能の力だろうか。


それとも魔法もまた、何らかの世界の法則にとらわれた窮屈なものなのだろうか。


魔法の杖を手にしたとき、人はどれだけのものを願うのだろうか。


人の限界か、神の禁忌か。


あるいは、それ以上の何か。


我々がまだ、呼び名すら知らない高位の願いを。







私たちは重慶にとどまり、さまざまな調査を行う。


概要は分かってきた。重慶からのみアクセスできるネット領域、そこで配られているゲームがある。


ゲームの名前は「天后ティアンホウ


天后とは道教の神様である媽祖まそのこと。天妃てんぴ娘娘にゃんにゃん、天上聖母、媽祖菩薩などとも呼ばれ、航海の安全を司る神だったが、時代が下るにつれて万物に御利益があるとされ信仰を広げた。香港や台湾をはじめ、遠く日本でも一部で信仰されている。


ようするに願いを叶えてくれる存在というわけだ。


私はホテルの一室にてゲームを起動させる。一般的なスマホを使うため、いちおうカメラにはシールを貼っておく。オイディプスがスマホを通じてプレイヤーを覗いている可能性はなくもない。


最初にドット絵の女神様が出てくる。ひらひらな服をなびかせた中華風の女神だ。願いを言いなさいというメッセージが流れ、入力画面に。私はとりあえず百万元と入力した。15万ドルぐらいだろうか。


画面が切り替わる。見下ろし方のシューティングゲームである。武器は弓矢。四方から押し寄せる敵を次々と倒していく。川やビルを利用して敵の接近を食い止め、時には落ちているアイテムを拾って自機を強化する。


かなり攻撃は激しいが、15分ほどプレイしてクリア。


光に包まれた女神が降りてくる。


「百万元ならば、ーーの密輸がいいでしょう」


女神らしからぬ発言である。


そして詳細なやり方が提示される。どの国で何を買えばいいか。それを持ったままどうやって税関を通り抜けるか。どこでどうやって換金すればいいか。


ここまで到達した人間はがっかりするかも知れない。こういう情報はアングラな掲示板でまことしやかに語られてるからだ。

だがダイダロスで検討させたところ、この情報は本物だと判明する。まだ税関が摘発したことのない手法であり、実行すれば成功率はきわめて高いだろう。


では、これ以上の願いについてはどうなるのか。


「うーん、これめっちゃ難しいねえ」

「でも一応クリアできるように作ってあるっぽいねえ」


双子は床に寝っ転がってゲームに興じている。私の時よりもずっと敵の数が多い。双子の指が速すぎて何本にも見える。どうでもいいがその銀のレオタードみたいな服は部屋着なのだろうか。いちおう、レストランで食事する際は上にチェック柄のシャツを羽織っているようだが。


「チープに見えて奥が深いよこれ」

「うんうん、弾幕系と彩京弾系のいいとこどり、ストラテジー要素もあるしタワーディフェンスでもあるね」

「敵の予備動作とかすごい丁寧、ソウルライクみたい、アイテムの組み合わせはスレスパライクかな」

「風景パズルだったりラグドール物理みたいな部分もあるよ」


双子の言うことはぜんぜん分からない。


「カストル、ここでやめとこ」

「うん」


プレイヤーキャラが爆発。こういうゲームで操作キャラが人間なのに爆発するのは何故なのだろう。


「プルートゥお姉ちゃん、これやばいね」

「うん、かなりのことまで要求できちゃう」


双子は真剣なというより、困ったような顔でそう言う。


「何を要求したのですか?」

「僕はラスベガスのカジノひとつ」

「僕は好きな映画の続編が出ますようにって」

「……そんなことも、叶う、と?」


双子は顔を見合わせ、同時に首をかしげる。


「わかんないけど、これクリアできる人って世界に何人ってレベルだと思うよ」

「願い事によって難易度が変わるんだよね。百万ドルぐらいからかなり難しくなる」

「カジノとなると僕たちぐらいじゃないと無理かなあ」


……それは、何を意味しているのか。


オイディプスが最低限のセーフネットというか、あまりにもだいそれた願いは叶えられないように設計したのか。


それとも、そんな願いを持ち、超高難度のゲームをクリアできる人間を探しているのか。


(……走破者を探している?)


いや、迷宮とこのシューティングではゲーム性が違いすぎる。


だが、何やら方針は見えてきた気がする。


「……このゲームに必要な要素とは何ですか?」

「んーとね。瞬発力、動体視力、判断力、戦略性、記憶力、操作精度には微細運動神経も必要」

「あとは繰り返しプレイする根気かな。何百回もやると運で突破できる場面もあるかも」

「なるほど」


カーテンの隙間から重慶の街を見る。高層ビルのひしめく大都市。流通の要衝であったこの街は、今は東西南北から文化の集まる街でもある。


文化の極まる土地には欲望と退廃が渦巻く。そこには大きな願いも生まれるだろうか。


「このゲームをクリアできる腕があり、しかもかなり大きな願いを持つ人間を探してみましょう。オイディプスも引き続き探します」

「おっけー、じゃあオンラインゲームの上位陣に当たってみようか」

「いやスピードラン勢じゃないかなあ、配信してる人で重慶に住んでる人から探してみようよ」


走破者をダイダロスで探すことはできないが、走破者が特定の何かを求める場合。それを先んじて抑えることはできるだろう。


雲をつかむような話だが、今はこれぐらいしか思いつかない。「天后」がゲームの体裁を取っている以上、そこに手がかりがあることを祈ろう。


……。


はたと思い至る。


「私はどうしましょうか。貴方がたのどちらかを手伝いましょうか」

「なに言ってんの。プルートゥお姉ちゃんには役目があるでしょ」

「役目?」


数時間後。


私は繁華街のゲームセンターにいた。


電子音は百羽の鳥が鳴きかわすようで、電飾は目に爆竹を放り込まれたよう。若いカップルや学生が多いので、パンツスーツ姿の私が浮いていないか心配になる。首元に手を当ててインカムを起動。


「あの……こういう現場は貴方がたのほうが詳しいのでは?」

『なーに言ってんの。夜に未成年が出歩くなんて良くないでしょ』

『それに情報収集だから大人じゃないとね。自分は世間話がしたいだけのOLと見せかけて実は探偵ですってオーラ出して聞き込みしてね』

「そんな難しいことできません」


だいたい重慶だけでゲームセンターがいくつあると思っているのか。出入りしている人間だけで大変な数だろう。脚で探すなど走破者らしくないやり方であり……。


その時、何やらハウリング音が聞こえてきた。どこかでマイクを使ってがなり立てている人がいる。


移動してみると人だかりができていた。

格闘ゲームの大会のようだ。向かい合わせになった対戦筐体で、2人の人物が戦いを繰り広げている。前のめりになってレバーとボタンを操作し、ギャラリーは固唾を呑んで見守る。


プレイヤーキャラは画面中央で激しくぶつかり合っていたが、ふとした瞬間、片方のキャラが残像を残して背後に移動。背中側からラッシュをたたき込む。


だが通らない。背中を打たれたキャラの全身が光り、攻撃をガードしたと思わしきエフェクトが出る。


観客からどよめき、多段の攻撃をすべてガードするとキャラが反転。隙を見せた相手をハイキックで浮かせ、そのまま連撃を入れる。画面にCOMBOという言葉が出てくる。組み合わせという意味である。


そしてFINISHの表示。勝負ありらしい。


「決着!! 勝負を決めたのは晰星シンシン選手だあ!」


と、そこで実況者の存在に気づく。彼はゲームの展開を解説していたらしいが、専門用語が多くて耳に入ってなかった。


勝ったのは少女である。かなり若い。10代なかばだろうか。非常に小柄であり筐体の影に完全に隠れていた。

目鼻立ちはくっきりとしていて、太めの紐で髪を束ね、短めのスカートを履きこなす。いかにも文化に親しむ若者という風情だ。


賞金も出るようだ。中国ではアマチュアの大会に賞金が出ることに慎重になる傾向があったが、eスポーツが世界に浸透して幾年月いくとしつき、この国もだいぶ柔軟になってきたのか。


賞金は一千元。彼女は現金の入った封筒を掲げ、何人かがスマホで撮影する。


「……」


私は、その晰星シンシンという少女に違和感があった。


店内大会とはいえ30人近く参加している。ギャラリーも多いしネット配信もされているようだ。ゲーマーにとって優勝は名誉なことだろう。


だが、なぜあの少女はなぜ笑っていないのか。


なぜあれほどに憂いのある、切羽詰まった顔をしているのか。


解散の流れとなり、半分ほどのプレイヤーはゲーム台に座って対戦を始める。半分ほどは店内に散っていく。


私は晰星シンシンの動きを目で追う。彼女は店長らしき人物に話しかけている。賞金の入った封筒をそのまま渡していた。


それをボディカメラで撮影。ダイダロスを経由させて唇の動きを解析。合成音声に変えてインカムに送る。



ーー店長、また今夜よろしくお願いします


ーーまたかい? 熱心だねえ。でもあれのクリアは無理だと思うよ


ーーどうしてもクリアしなきゃいけないんです。どうしても……



「…………ふむ」


それからしばらくの時が過ぎる。


深夜である。


私はゲームセンターの片隅で、屋台で買った羊肉の串焼きを食べる。豆板醤トウバンジャンがたっぷりと塗ってあってなかなかの味だ。

店内は真っ暗である。私は辛い豆味噌仕立てのスープをすする。本当に探偵の張り込みのようになってきた。


明かりがつく。ほんの一部だけ。


画面が縦長の筐体があり、座るのはあの子。晰星シンシンと言ったか。


起動するゲームは天后ティアンホウ。あのゲームだ。弓を持ったプレイヤーが見下ろし画面の中を歩き回り、あちこちで武器を拾ったり橋を壊したりしている。何度かプレイしたので分かるが、橋を落とすと敵の通るルートを減らせるが、自分の行動範囲が狭くなるデメリットがある。敵の攻撃をさばきながら道を塞いで籠城の構え。


だが敵の増え方が凄まじい。彼女は押し寄せる敵をすり抜けながら武器を集める。足の速くなるアイテムを優先的に集め、私ではとても操作できない速度に達する。


敵の種類も多彩になる。8本の腕を持つ巨人や、ダイナマイトを投擲してくる鳥。ドラゴンや戦車も出てくる。


そして被弾。プレイヤーキャラは爆発する。


だん、と筐体を打ちつける音。そこで私が出ていく。


「ちょっと、叩くなら帰ってもらいますよ」

「え、あ……」


私の存在には気づいてなかったが、ゲームセンターの関係者と察したのか、ばつの悪い顔になる。


「ご、ごめんなさい。店長には黙っててもらえますか」

「別に壊してはないし言いませんが、ずいぶん熱が入ってますね」


私はちらと筐体を見て言う。


この筐体は液晶ではない。ハイビジョン仕様のブラウン管モニターだ。どこかから骨董品を持ってきたのか、それとも酔狂なメーカーが少量だけ生産しているのか、それはどうでもいい。


「このゲームはあれでしょう? クリアすると願いが叶うとかいうゲーム。アングラな掲示板で噂になってるやつですね」

「そ、そうなんです。スマホだととてもクリアできなくて、店長に頼んでここの筐体に……」


そのような仕様があることは調べてある。このゲームはあらゆる周辺機器に柔軟に対応できるのだ。スマホ画面をモニターに出力し、コントローラーでプレイしている者もいる。


「あまり詳しくは聞いてませんが、叶えたい願いでもあるのですか?」

「私は……」


目が潤んでいる。


一瞬、私はその目の深さに引き込まれそうになる。


強い願いを持っている目。ひたむきさと巨大な欲望。傲慢さと悲哀。形容しがたいさまざまな感情が折りたたまれた目。混沌という言葉を意識する。

それは少女が見せる刹那の狂気。無限の暗闇と目がつぶれるほどの眩しさを併せ持つ。その目をずっと見つめていたい衝動に駆られる。


「天国に行ってしまった友達と、もう一度、ゲームがしたくて……」


ああ、狂おしいほどだいそれた願いだ。


演算力に不可能はないと言っても、さすがに無理にも程がある。


「……」


果たして、そうだろうか。


演算力で死者を蘇らせることはできない。誰がそんなことを決めた? 試したわけでもないのに。


否定して終わりにするよりは、この少女を見守るべきだろうか。そのために、こんな深夜のゲームセンターに張り込んでいたのか。


「私もオーナーとして応援してますから、頑張ってくださいね」

「はい……え、あの、すいません。疑うわけじゃないんですけど。このお店のオーナーなんですか?」


私はスマホを取り出す。

市場は閉じている時間だが問題はない。このゲームセンターのオーナーの所持株式を私に移動させ、代わりに適当な企業の株を同額放り込んでおく。



「ええ、私がオーナーですよ」











Tips ブラウン管モニターとゲーム


ブラウン管は液晶に比べて描画に遅延がなく、深みのある自然な発色、どの角度から見ても鮮明な映像などの特徴がある。

特に低遅延性がゲームプレイにおいて最適であり、一部の超・高難度ゲームをプレイするためにブラウン管モニターを求めるプレイヤーも存在する。

ゲームプレイに特化したブラウン管モニターは希少品であり、入手困難である。


章タイトルの読みは「まとかいきゃくのすいりゅう」です

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― 新着の感想 ―
弾幕系と彩京系のいいとこどりシューティングゲームやりたい!!
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