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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
外伝 第一章 万旗紅灯の廻天
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外伝 第一章 1



迷宮にはこの世のすべてがある。


財宝も怪物も、快楽も苦痛も、成長も喪失も、心の内面と宇宙の果てすらも。


迷宮とは心の旅。心の旅程に際限はなく、行きつける場所は無限にある。迷宮を走破せし者は、この世のすべてに手を伸ばす。


では、それ以上のものは。


電脳の世界、仮想の世界の迷宮に、この世のすべてがあるとして、それ以上のものはあるのか。


迷宮にしか存在し得ない、真に価値ある財宝とはーー。













迷宮世界のダイダロス 外伝



Episode of Pluto













板張りの間は無限に広い。


比喩ではない。おそらく前後左右どちらに百万キロ進んでも風景は変わらない。薄暗い道場のような空間。私の前には稽古着の男。


身長185センチ、体重90キロ、体脂肪率15%ほど。岩のようなファイターは真剣を構えている。構えから見て天然理心流、それも免許皆伝の腕前。


相手が動く。踏み込むと思った瞬間には真剣が私のいた空間を断ち切る。吸い付くような足さばき、私の影のようについてくる。床面すれすれで跳ね上がる刀が私の刀と触れ合う、衝突音と火花。


私の抜いた刀は相手のものより細身で短い。向こうの刀は刃長じんちょうが100センチ近くあり、まさに大太刀おおだち。リーチでは勝負にならない。


後退しながら相手の斬撃を受け流すべきか。だがパワーも桁違い。刀を弾かれるのが落ちだろう。私は一瞬の判断ののちに踏み込む。胴を両断せんとする気配。


下方から跳ね上がるのは私の刀、相手の肩口に突き刺さり一撃で肩周りの筋肉と骨を破壊。相手の刀が止まる刹那に刀を返して首をかすめる。致命傷の一撃。その瞬間、相手は煙のように消えた。


残心、無人となった世界で周囲を警戒。刀の血のりを払う動作を入れて納刀。


「タイムは」

『31分50秒です』


200人組手だから1人あたり9.55秒。あまりにも遅い。だが外傷がわずかで終えられたのは評価するべきか。


と、メッセージが届いたことに気づく。私の主人からだ。私は目を閉じて拡張世界からログアウトした。


「お呼びですか、ケイローン様」


私がいるのは高層マンションの最上階。目の前にはホワイトボード型端末「ダイダロス」


中央にウインドウが表示され、髪を撫でつけた白衣の男性が現れる。いつも目を細めて静かな表情をたたえた人物だ。


『プルートゥ、訓練中でしたか』

「いえ、そろそろ終わろうと思っていたところです」

『やはり刀にしますか?』

「はい、私に向いてる気がします」


この私、プルートゥと、目の前の人物、ケイローン様こと景龍ケイロンは走破者だ。


天塩創一という稀代の人物が作り上げた迷宮に潜り、演算力という万能の計算リソースを集める者。私はひょんなことからケイローン様に拾われ、それから1年ほど、こうして訓練に明け暮れている。


「そうですか。あなたの成長は目覚ましいものでしたね。もう迷宮の攻略もこなせるでしょう」


天塩創一の迷宮、その難易度は筆舌に尽くしがたいものがある。最初の迷宮は運良くクリアできたが、それ以降はケイローン様のサポートがなければとても無理だった。


走破者は月に一度、迷宮をクリアしなければ演算力を失う。そして迷宮は複数人で攻略してもいい。私はケイローン様と共同で迷宮をクリアしてきたが、そろそろ自分だけで攻略することも考えるべきか。


『いいですかプルートゥ、迷宮にはいくつかの種類があります』

「はい」

『走破の迷宮、迷いの迷宮、生存の迷宮などですが、時として戦闘力が問われる迷宮もあります。それが討伐の迷宮、討伐型とも言われるものです』


私が最初に潜ったものもそれだった。迷宮のどこかにターゲットとなる物体やNPCがいて、それを打ち倒すことでクリアとなる。


『それを攻略するためには、単に銃器や爆薬を出すだけでは不十分です。何らかの超一流の戦闘力、すなわち「武」が必要なのです。分かりますね』

「はい、ケイローン様」

『その「様」というの相変わらずですね……私はそんな柄ではないのですが』

「気にしないでください。私がそう呼びたいだけです」


そこで気づく。なかなか本題に進まない。ケイローン様は何か用件があるはずだが、どうも口が重い様子だ。


「ケイローン様、何かご用件があるのでは?」

『……ええ、実はある人物から呼ばれていまして、あなたに同行していただくべきかと思いまして』


呼ばれる……。ケイローン様が私を誘う人物ということは、まさか。


『あなたも一度ぐらいは会っておくのがいいでしょう。我々の元リーダーだった人物です』

「オリンピアという走破者の集団ですね。確か、リーダーは……」


ケイローン様は顔をしかめて、奥歯を強く噛む気配がある。

その名前を言うだけで、口に強い苦味が走るかのように。


『ええ、ゼウスですよ……』





湖に浮かぶ古城。


複数の尖塔に飾られた優美な姿、童話の中から抜け出てきたかのようだ。


一般的な拡張世界と違うのは、解像度と視界深度が並外れていること。ほとんど現実世界と見分けがつかない。


湖にかかるのは浮き橋である。進んでいくと城の入り口に女性がいた。シースルーのロングドレスを着ており、ボディがほぼ完全に見えている。


「ケイローン、あなたも来たの」


一言目で分かる緊張の気配。中に入っていなかったのは、誰かが来るまで待っていたということか。


「アルテミス、ゼウスは中にいますか」

「さっきまでポセイドンと二人でいた。言い争いしてたよ、ポセイドンは帰ったみたい」


アルテミスという女性は顔立ちはごく平凡に見える。シースルーのロングドレスとなればモデル並みの体型でないと着こなせないが、体つきもごく普通だ。なぜこんな挑戦的な服装なのだろう。


「そちらの方は?」


問われたので一歩進み出て、ケイローン様に並ぶ。


「はじめまして。プルートゥと名乗っています」

「ああ、あなたが……アルテミスよ、まあよろしく」


話しながらも城の中に意識が向いている。中にいる誰かを恐れているのか、それとも警戒しているのか。

ケイローン様がぽんと手を叩いて言う。


「アルテミス、ともかく入りましょう」

「そうね」


すい、とアルテミスが背を伸ばす。


私は驚く。一瞬で彼女の印象が変わった。華やかな顔に知的な憂いを浮かべ、艶のある口元から吐息が漏れる。庶民的だった体型は腰がくびれて首は長く見えて、背中では優雅な鎖骨のラインを見せつける。

今はどこかのトップモデルか、高級コールガールのように見える。


演算力で体に肉付けした気配もない。姿勢と表情だけでこの変化をやってみせたのか。


三人で連れ立って中へ。内部は一般的な城ではなく、巨大なホールになっている。頭上にはステンドグラスとタペストリ。美しい場所だが、ここもかつては天塩創一の迷宮だったのだろう。迷宮は一度クリアしてしまえば、オンラインロビーとして活用することもできる。


奥には男性がいた。長身の白人男性。ランニングシャツにトレーニングパンツという姿だ。ケイローン様は白衣で私は紺のパンツスーツ。アルテミスのロングドレスの前ではそれ以外の三人が場違いに見えてしまう。


「よく来てくれたね。アルテミス、ケイローン、それとプルートゥだね」


かつて、私の属していた一家にオリンピアの一人が干渉した。演算力で作り出した薬を高値で売りつけ、一家を破滅へと導いたのだ。


その人物はいろいろあって演算力を失ったが、そのきっかけはゼウスの指示だったらしい。だから私にとっては恩人とも言えるだろうか。私はあらためて頭を下げる。


「一度感謝の言葉を述べたいと思っていました。あの時は……」

「いや、やめてくれ、僕がちゃんとオリンピアを統率できていなかったための悲劇なんだ。僕の方こそ君に謝らないといけないんだ」


それもまあ、その通りだろう。


オリンピアというのは半年ほど前に解散したらしく、末期はほとんどバラバラの状態だったらしい。だからケイローン様も私にオリンピアを紹介することはなかった。迷宮に潜る中で、何人か遭遇したことはあるが。


アルテミスがヒールのかかとを鳴らす。


「ゼウス、もう少し集まるまで待つつもり? もう誰も来ないかもよ」

「いや、大勢を集めたいわけでもないんだ、君たちに聞きたいことがあっただけでね」


聞きたいこと……。


妙な話だ。私たちは迷宮でしか連絡が取れないわけでもない。だがゼウスは直接会うことを望んだらしい。


「聞きたいのはオイディプスのことだ」


オイディプス。

その人物は知らないが、名前には聞き覚えがある。オリンピアのメンバーはそれぞれギリシャ神話に名前の由来を持つらしいから、やはりギリシャ神話の登場人物だろうか。


「プルートゥは知らないだろうから説明すると、オイディプスは僕たちのメンバーの中でも最も尊敬を集めていた人物だ。倫理に実直で、演算力に頼らずとも博覧強記な頭脳を持ち、数多くの迷宮を走破してきた。プロメテウスよりも年上だったし、年長者として頼りにしていたよ」


確か……スフィンクスの有名ななぞなぞ。一つの声を持ちながら朝は四本足、昼は二本足、夕方には三本足となるものは何か。これに人間と答えたのがオイディプス。


……私は顎に指を当てる。スフィンクスはエジプト神話ではないのだろうか。

どうも私は知らなすぎる。プルートゥを名乗っているのに情けない話だ、あとで調べておかなくては。


「クリアした迷宮の数だけなら僕やポセイドンより多いだろう。とにかく素晴らしい男だったよ」

「オイディプスが何か」


そう聞くのはケイローン様だ、話の先を促してるらしい。


「彼とはオリンピアが解散したあとも会っていたんだ。彼は神学にも明るく、古代から現代までの哲学にも通じていた。あらゆることの話し相手になってくれてたんだが、一ヶ月ほど前から連絡が取れなくなった」


ゼウスは悄然と肩を落とす。ゼウスは痩せ型で長身であるため、柳の木のように力なく見えた。この人物はどうも気だるげと言うか、ひどく疲れているような印象がある。


「思えば僕はオイディプスについて何も知らないんだ。彼を紹介してくれたメンバーもとうの昔に脱落して消息不明だし、人種も国籍もよく分からない。顔立ちからおそらく中華系ではないかと思うんだが、どこに住んでるかも知らない」

「つまり」


アルテミスは、実のところゼウスと相対しているだけで少しずつストレスが溜まっているようだ。やや苛立たしげに言う。


「オイディプスの消息を知らないかって聞きたいわけ? じゃあ私は知らない。話はここまでね」

「待ってくれ、それだけじゃないんだ」


空間に世界地図が浮かぶ。

中国がピンチアウトされ、内陸部、重慶のあたりを詳細表示。地形図から市街図へ。


「僕はオイディプスのことが心配で、彼のことを探してみた。演算力で守られてる人間をダイダロスで探すことはできないんだが、ここだ」


重慶の南東部、地図とともにいくつかの写真が表示。巨大なマンションがドミノのように並ぶ新興開発地区だ。


「この地域の犯罪発生率が急上昇しててね。気になったので調べてみた」


犯罪? なんだか話が飛んだような。

アルテミスも、ケイローン様も怪訝な顔をしている。


「ゼウス、市井の犯罪にまで干渉するのは避けるべきです。昔から皆が言っているでしょう」

「わかってる。苦々しいことだが普段は見過ごしている。この世界にはあまりにも罪が多すぎる。一つ一つを断罪するには今はまだ手が足りないんだ。それは例えば、空き巣であったり」


地図にいくつかの輝点がともる。


「暴行事件、路上強盗、詐欺事件」


また輝点。街全体に散らばっているが、やや横長な範囲に見える。


「あるいは薬物、違法なポルノの販売、信号無視まで」


目が、点つなぎのように輝点の並びを追う。星が星座となるように、そして線が組み合わさって。


「一ヶ月で2450件。他の都市の犯罪発生率の約3倍。そして、それらを並べたものが」


私の目が驚愕に染まる。

まさか、これは一人でやれる量の犯罪ではない。いや、それぞれの犯罪は実行犯が違うはず。これだけの件数を、どうやって。



Oedipus



それは南北に4キロ。東西に20キロ以上に渡って描かれた、巨大な犯行声明だった。







Tips ギリシャ神話


古代ギリシャにおいて語り継がれてきた神話や民間説話の体系。吟遊詩人により歌い継がれ、成文化されたのはホメロスやヘシオドスらが先駆けである。


数多くの説話の集合体であるため必ずしも一貫性はなく、登場人物の中には多面性を持つものが少なくない。

というわけで数年ぶりに外伝を始めてみました、当時読んでた方も未読の方もどうぞよろしくお願いします


章タイトルの読みは「ばんきこうとうのかいてん」です

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― 新着の感想 ―
おおう!外伝が始まってる。ありがたやありがたや。
通知見て度肝抜かれた。ダイダロス外伝やったー!
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