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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第二章 天網無尽の檻
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第二章 3



「え……」


イカロが困惑の呟きを放つ瞬間、私は暗闇の中で駆け出す。

記憶していた通りに走って玄関へ、廊下の角にしたたかに肩をぶつけながらもなんとか扉までたどり着き、そこに耳を当てる。


――早く開けろ

――はい


男の声、少なくとも二人、いや、その背後に何人かの気配もある。私の手は暗がりを這い回る。


(カギ屋を連れてきてる? ピッキングするつもり?)


だが次の瞬間、ノブのあたりでがちゃりと錠が回る音。


「!」


丁度その時、手が音叉のようなU字ロックを探しあてる。閉めると同時に強く開かれる扉、があんと音を立てて止まる。


私は瞬時にきびすを返してリビングへ、まだダイダロスの前で困惑しているイカロに呼びかける。


「イカロ! ここセーフルームないの!?」

「あ、あの、ミズナさん、何が」

「セーフルームよ! どこにあるの!」

「た、たしか、トレーニングルームの隣です、向こうの……」


私は前からイカロの腰に手を回し、抱えあげて走る。だいぶ眼が慣れてきた。高級マンションだけにあちこちに非常灯の明かりがある。


それは白塗りの廊下で唐突に現れる鋼鉄製のドアだった。スライド式ドアを思い切り引いて中にイカロを放り込む。


「わぶっ」


そして隣のトレーニングルームに飛び込む。

そこにはビーズクッションの上であぐらを組み、口にコードをくわえた亜里亜がいた。拡張世界にいるために状況に気づいてないようだ。私はその口からコードをむしり取ろうと――。


そう思った瞬間、少し停止する。

玄関の方に意識を向ける、まだ誰かが入ってくる気配はない。


私は亜里亜の体を抱え、ホワイトボード型端末、ダイダロスも引きずってセーフルームへと駆け込んだ。





「ちょっといきなり何しますの!? どこですのここ! セクハラですわよ!」

「ちょっと黙ってて……イカロ、どう?」


セーフルームとはパニックルームとも呼ばれ、室内に暴漢や強盗、野性動物などが侵入した際、一時的に避難するための屋内シェルターである。この規模のマンションならあっても不思議はないが、そもそも簡単に賊の侵入を許してる時点でセキュリティが聞いてあきれる。

この部屋は六畳あまり、内部には申し訳程度に防災袋と毛布が置いてあるだけで、準備万端という風情はまったくない。やはりイカロ一人で住むにはこの家は広すぎる。設備も持て余し気味だったのだろう。


電源が落ちているため明かりは非常灯だけ、具体的には小さなダイオードが天井に散らばってるだけだ。本来なら薄暗く感じるはずだが、ダイダロスが内蔵バッテリーで動いているため、白い画面が部屋の光源として機能していた。


「確かに……マンション内のカメラ映像に賊が映っています。数は六人ほど……」


いくつかの映像が並ぶ。侵入者たちがマンションの入口を通った際のカメラ映像だ。チノパンにジャケットを羽織っただけ、あるいはダークジーンズを腰で履き、柄物のぴっちりしたシャツという格好の男たち。見た目は町のチンピラだが、そう装っているだけ、という可能性はある。


男たちの前にはスーツ姿の人物がおり、エントランスの自動ドア、それにこの部屋のドアも簡単に開けている。


「この先頭の方は何者ですの? ピッキングの名人かしら」

「いいえ、こういう高級マンションの鍵をすぐに開けられるはずないわ。おそらくマンションの管理会社の人間よ、スペアキーを使ったのね」

「そんな……」


イカロは信じがたいという顔をしている、しかしあり得ない話でもあるまい。コトが発覚すれば懲戒解雇どころか懲役刑ものだが、それを上回るメリットが提示できればいいだけの事、平たく言えばお金を積めばいいだけだ。


「……ん、今、ドアガードが切られたわ」


がつん、と遠く響く音がする。所詮は真鍮製、ドアの隙間から入れられた大型のカッターの前に屍と化したようだ。

問題は、このセーフルームがどのぐらい持つかだ。


「スマホが圏外になってますわ!」


亜里亜が言う。鋼鉄製のセーフルームだから電波が悪い、だがそれだけではないだろう。よっぽどの間抜けでない限り、妨害電波発生機ぐらい持ってくるはずだ。最近では試験のたびに教室の隅に置かれているので、すっかり一般的なものになったと感じる。


となると、何かの役に立つかと思って持ち込んだダイダロスだが、これもただの白板になるのか、目の前でカメラ映像を切り替えていくイカロを見て、私はため息をついて。


あれ?


「イカロ、ダイダロスは使えるの?」

「はい、ダイダロスは独自のミリ波通信規格を含めて、複数の通信手段を持っています。300キロワット超の強力な電波で衛星からネットに接続するシステムもあります。軍事用のEMP兵器でも持ち出さない限り無効化はできません」


なんという無駄なシステム。天塩創一は何に備えてそこまで仕様を盛ったのか。というより、市販するものにそこまでの備えを積んでコストとか大丈夫だったのかな。


「賊をなんとかできる?」

「十分な演算力があれば方策が掴めるかもしれませんが……。今、リビングにあるダイダロスが、ミズナさんのお母様のための演算で稼働中なんです。ダイダロスが世界中のサーバーマシンにアクセスしている時は、遠隔操作でそれを止めることができないんです」


……それは何に備えての仕様だろうか。おそらく逆探知防止だろう。サーバーにアクセスしている時は、外部から探られたくないわけだ。


「演算力は余ってないの?」

「無理です……こんな事態を予想できていれば、少し残しておいたのですが。今はダイダロス自身の演算力を使ってるだけで、これではとても戦えません……」


イカロにとって、手持ちの演算力というのは戦闘力のようなものと認識されるようだ。演算力が増えればできることが増えて、強い力を持つ、そういう感覚なのだろう。

それなら手持ちの演算力を全て突っ込むのはどうかと思うが、そこまでの用心をイカロに求めるのも酷だろう。


「ちょっと、イカロさまを責めないでくださる? 今まさにお命を狙われてる方に酷いと思わないの」

「……」


私は亜里亜の言葉を受けて。あえてその目を真正面から見て言う。


「……違うわ。狙われてるのはあなたよ、亜里亜」


私の言葉に。

亜里亜と、そしてイカロがしばし静止する。そしてゆっくりと目を丸くして、まったく予期していなかったという顔になる。


「え……な、何を」

「おかしいと思わないの。この連中、なんだか素人っぽい振る舞いだけど、少なくともマンションの電源を落として管理会社の人間を抱き込んでいる。これだけの襲撃を仕掛ける人間が、部屋の出入りを見張っていないはずはないわ。私たちは同行したままここまで来て、三人でマンションに入った。イカロを狙っているなら、イカロが一人でいるときを狙うのが当たり前よ」

「……っ、だ、だからって、なぜ私が」

「友人の家を訪ねていた時、その家に押し込み強盗が入った。巻き込まれて暴漢の一撃を受け死亡、そういう筋書きでしょうね」


私の言葉が浸透するのには少しの時間を要したが、やがて亜里亜は顔を紅潮させる。それは私への怒りではなく、もっと大きな、事態の背後に広がる己の境遇への怒りだろう。


「なっ……なぜですの! 私はTONEグループの後継者争いから離脱したはず! 何枚も念書を書いて、しかも私を……拡張世界に何年も!」

「……生きてるだけで不安。そういうことでしょう。いつ貴女が野心を持つか分からない、貴女を担ぎ上げる人間が出ないとも限らない、と」

「そんな……! 千次おじさま、なぜですの、そこまで私を……」


亜里亜には犯人の心当たりがあるのだろう。それは亜里亜を拡張世界に幽閉した人物と同一だろうか。

だが、その問題を掘り下げている暇はない。私は亜里亜の両肩を掴み、その目を覗き込む。


「聞きなさい! 現状、私たちは命を狙われている。貴女だけでなく三人とも殺される可能性がある。でも打開策はあるわ、ダイダロスが使えるなら、これで警察を呼べるはず。そうなんでしょう、イカロ」


問いかけた先で、イカロはその幼い顔立ちに悲しげな、悲痛に満ちた感情を宿している。


「よ、呼べます、ですが、警察は……」


そう、警察に頼りたくないのは分かる。世界中のサーバーマシンからひそかに演算力を集めているという天塩創一の遺産。その存在を知られる可能性は排除したい。

こんなマンションにイカロ一人で住んでいることが知られたら、あのホワイトボードが何台も置かれているのを見られたら、どこから噂が漏れるか分からない。あの侵入者の男たちにも見せたくはない。


「イカロ、私も分かってるつもりよ。でも通報はしましょう。三ノ須の外にある派出所からここまで来るのは時間がかかる。ビルの電源は落ちてる、エレベーターも止まってるでしょう、数十分はかかるはず。それまでにセーフルームが破られる可能性と五分五分でしょう。セーフルームが破られるのが早いか、警察が駆けつけるのが早いか、私たちはそれまでに、もう一つ打てる手があるはずよ」

「もう一つ……?」


亜里亜とイカロの芯の部分に訴えかけるように、語気を強めて言う。どうやら亜里亜が恐慌状態に陥るのは止められたようだ。私の言葉を聞こうとしている。私は強くうなずいて、二人を交互に見て言う。


「今すぐ迷宮を一つ攻略する。そして演算力を手に入れる」

「!」


驚くのはイカロである。


「ま、まさか、そんなことが」

「イカロ、挑む迷宮をこちらで選べないの? なるべく早く攻略できそうなやつ」

「……い、いえ、迷宮はランダムに割り当てられるものだけです。攻略不可能と思われた場合は後回しにもできますが、その場合はあらゆる迷宮に24時間ログインできなくなります。事実上、最初に引いた迷宮を攻略するしかありません」

「……じゃあ祈るしかないわね。これから引く迷宮が、十数分で攻略できるものであることを」

「私も行きますわ」


亜里亜が強い口調で言う。その顔はまだ紅潮していたが、それは理不尽なる境遇への憤りというより、何かに立ち向かわんとする者の高揚に思えた。イカロは額に汗を浮かべる。


「亜里亜、今現在、演算力をほとんど使えない。拡張世界に乗り物を出してあげることができない」

「一人より二人、役に立てることだってあるはずですわ」

「イカロ、迷ってる暇はないわ。私と亜里亜で行く。サポートをお願い」


私はすでにダイダロスからコードを引き出している。いくつか備え付けられていたTジャックのガーゼを口に咥え、床にあぐらをかく。亜里亜が私の背中に背中をつけて体を安定させる。漢字の「北」のような体勢になった私たちは、イカロの操作を待つ。


「……分かりました。すでに警察方面には通報済みです。いま迷宮にアクセスします。次の迷宮が何になるのか、まだ僕も見ていませんが……」


ダイダロスの画面が暗転する。その中央に浮かび上がるのは、どことなく古めかしいドット絵の文字。




―――天網無尽てんもうむじんおり―――




その言葉を意識した瞬間、舌にぴりっと走る刺激があり、電気的信号が脳に浸潤し。


私たちは、意識を失うのと同時に覚醒する。










Tips セーフルーム


パニックルームとも呼ばれる。侵入者などの非常事態において、避難するために設けられる少人数用の部屋のこと。隠し部屋になっていることが多い。

欧米においては核シェルターを兼ねる場合もあり、内部に食料や水、通信手段、トイレや酸素循環機などを備えるレベルのものもある。海賊に備えて商用船舶に設けられる場合もある。


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[一言] 熱い!VR世界だけの話じゃないのがワクワクしますね。
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