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僕の魔女  作者: 元村有
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2話 ひとり

 あたしが作った魔法陣はかなり適当なものだったのだけど、ちゃんと魔法陣になったみたいだった。

 あれからレオはちゃんと毎日木の根元に座っている。いきなり消えないし見えなくもならない。

 金色の髪に、青い瞳でまるで王子様みたいな綺麗な人。実際に王子様だったと聞いて妙に納得したものだ。でも、そのイメージを裏切るような幼い子供にも容赦なしの嫌味ったらしい性格はインパクト抜群で、初めて会ったときから一度だって忘れることなんて出来やしなかった。

 レオと初めて出会ったとき、あたしはうちの一族で管理しているこの森に冒険に来ていた。うちの直系以外が入ると奥まで入ることができず、気が付けば外に出てしまっているという不思議な森。成長してから考えてみれば、そんな森に幼い女の子が入るなんて無謀この上ないことだったと思う。でも、あたしは好奇心と冒険心の強い子供だったから、レオに出会うことができた。

「行ってきます」

 森で取れる薬草を調合して薬にして売ってる我が家では、森に入ることができる母か私が薬草を取ってきて調合し、父が売り子をするという役割分担だ。特に最近は森に行って薬を取ってくるのはもっぱら私の役目になっていた。森に行けば家で使うためとレオの魔法を解くのに使うための薬草両方を採って来れる上にレオにも会いに行けるし。

「ミリー。気を付けて行っておいで」

「はーい」

 店番をしている父に返事をして外に出る。青空の下、清々しい風が気持ちいい。

 今日は森のどのあたりを探そうか、いままで行ったことのない南西の方がいいかもしれない。ちょっとじめっとしていて薄暗いので避けていたけど、こんなにいい天気の日ならいつもよりもきっとマシな光景になっているだろう。


■■


25回目


「やあ、レディ・ミリー。おっと、今の君にはどう考えても『レディ』は相応しくないね。虫食いのある葉を髪飾りにするようじゃね」

 開口一番、いつもの嫌味があたしを出迎えた。

 誰のためにあたしが草の間に頭を突っ込んだり木登りしたりしてると思ってんの!

 ……とは言わない。レオの呪いを解くために必要な薬草を集めているのは、レオのためでもあるけど、キーリのやり過ぎに対する償いでもあるからだ。

「……おみやげ」

 とはいえ毎回のように嫌味を言われていれば仕返ししたくもなる。私は手に包んでいたものをレオに向かって放った。それは「ゲコ」とないてレオの方へ跳ねていく。期待していた通りに、レオは嫌そうな顔をしてその蛙を避けた。

「……っ! なんてものを持ってくるんだ君は!せめてもっと目に麗しいものにしようと思わないの? 少しは大人になったかと思ったけどやっぱり子供だね。手土産に嫌がらせを持ってくるなんて!」

 いつになく言葉に勢いがある。内容に、ではなくて口調に。思っていた以上に蛙が苦手なようだ。鳥には触れないと言っていたから蛙にも触れないだろうし、もしかしたらなんとも思わないのではないかと思ったけれど、予想以上に効果があったのを感じて嬉しくなる。幼いころに苛められた恨みが晴らされた気分だ。

「ちょっと! これを遠くへやってくれ!」

 なぜかレオの方へと近づいて行く蛙を必死に避けながらレオは右往左往している。鎖があるから一定距離しか動けないため、逃げるのも苦しいんだろう。

 ふと、いつもレオが座っていて隠れている幹の根元にいくつかの疵が付いていることに気がついた。自然に着いたものじゃなく刃物かなにかの跡だ。

「レオ、これ――」

「うわぁ、来るな!」

 いつもの冷めた顔からは考えられない反応に、思わず噴き出し疵のことをすっかり忘れてしまったあたしは蛙をもう一度捕まえて手に囲った。帰りに元いた場所に戻してこよう。

 ようやく蛙から逃れて一息ついているレオの手首と足首に掛けられた鎖を見る。

 残念ながら母にも父にも魔法に関する知識はなかったため、私はキーリの残した本から魔法を学んでいる。そこからわかったのは、レオが『狭間』に入ってしまっていることだ。世界と世界の狭間。そこに入ってしまったものは戻ってくることができないと言われている場所。原理はよくわからないけど、たぶんレオはあたしの魔力の影響を受けてこちらの世界との繋がりを持つことができている。だからあたしに見えるし会話することもできていたんだと思う。今は魔法陣で固定しているがらしばらくはこの状態が続くと思うけど、もしかしたらそのうちまた『狭間』へ行ってしまうかもしれない。その前にどうにかしないといけない。

 ただ問題は、あたしがキーリと同レベルの魔法を使うことはすごく難しいってことだ。

 キーリの時代に比べれば、魔女の使える魔法はずいぶんと小さく、簡単に言えばしょぼくなってる。時代の流れとか言われているけど原因は知らない。ただ、わかるのは普通に魔法を使ってもレオにかけられた呪いを解くことはできないということだ。だから、あたしは薬草やら魔法具やら色々準備をしてできる限りキーリに近い魔法を使えるようにできないかと試行錯誤している。

 憎らしい嫌味男だけど、あたしにとっては失いなくない奴だ。

 幼い頃からのレオを見返してやると思った時、言い過ぎたと思って謝りたかった時、レオをいくら探しても見つからなかったときの寂しさはあたしの体に染みついてしまっている。

 だから、皮肉屋で嫌味で小さい子供にも容赦なく性格の悪い憎ったらしい男でも、いなくなって欲しくない。

 両手がふさがっているから思いっきり頭を振ると、パラパラと葉っぱが落ちて行った。

「取れた?」

「……そうだね、レディ、のレの字くらいにはなったよ。あとは顔の泥を落として、破れたりほつれている服を繕って、髪に櫛を通せば僕もようやく君をレディと呼べるかな」

「……ミリーでいい」

 レオはやれやれ、と芝居がかった仕草で肩をすくめる。

「妥協は人を堕落させるよ、ミリー」

 そして初めて会ったときから変わらない、一部の隙もない容姿を見せびらかすように鮮やかに笑った。

 馬鹿にされているとわかるのについ見惚れてしまって、あたしは、それを誤魔化すために両手を開いて蛙を放ったのだった。


■■■


30回目


 今日もあたしは家の仕事を手伝って森の薬草を探してから、レオの元へと向かう。

「そういえば、レオは何ができるの?」

「何って?」

「農作業とか、売り子とか」

 言った瞬間にとても馬鹿な子を見るような目をされた。レオは、こういう人を不愉快にさせる方向でとても感情表現が上手いと思う。勿論ほめてない。

「そんなもの、王子だった僕がやったことあるわけないよ。そんなことも分からないなんてミリーは馬鹿だなぁ。また僕の名前を勝手に略しているし」

「馬鹿って言わないでよ! いいじゃない。レオナルドって長いんだもん。レオが駄目ならレオナって呼んでやる!」

「それじゃあ女性の名前じゃないか。いくら僕が君より美しいからって、女性の名で呼ばれるのは遠慮したいね。それともまさか君、僕のことが女性に見えるの? 頭だけじゃなくて眼も悪いんだね」

「レオが男だってことくらいわかってるってば! 話そらなさいでよ。ねえ、じゃあ特技とかは? 体力には自信があるとか、声が大きいとか、剣が使えるとか、物を売り込むのが得意とか」

 レオは少し考えるように首をひねった。

「それなら基本的に交渉ごとは得意だったかな。相手の弱みを握ったり適当に操って自分を上位に持ってくるのは基本だよね」

「弱み? ……まぁいいや。そこは聞かなかったことにする」

「具体的には――」

「いいから! あ、交渉ごとが得意なら、何か商売関係がいいのかな」

 交渉事が多そうな職業って言うと商売人のイメージだ。うちみたいな村人相手にしか商売してないのと違って、大きな町の商売人だけど。でも、商売人はこんな人を不愉快にさせることにばっかり長けた人に向いた仕事とは思えない。他にはあるかな。

「いったいなんの話?」

「んー、レオに出来る仕事は何があるのかなって思って。呪いを解くことができれば、レオは普通の生活を送ることになるでしょ? そしたらご飯だっているし住む場所だっているし。まぁ住む場所はこの森に住み続けることができそうならいてくれても構わないけど、食いぶちは稼いでもらわないと、大の大人養えるほど家に余裕ないし」

「………仕事、ね」

「ちゃんと仕事が見つかるまでは、家においてあげられるようにお母さんたちに頼んであげるから大丈夫だよ。お母さん面食いだし、お父さんもお人よしだからきっと大丈夫」

「なるほど、君はご両親の両方の性質を受け継いだわけだ?」

「ちょっと! あたしは別に面食いでもお人よしでもないから!」

「でも、きみ僕の顔好きだろ?」

 う、と思わず詰まる。確かに、レオの性格はどうかと思うけど、顔はいいと思う。眺めているのも嫌いじゃない。長い睫毛も宝石みたいな瞳も、通った鼻筋も、キラキラ光る髪の毛も。レオほど格好良くて綺麗な人をあたしは知らない。

「それに、君はお人よしだよ。それこそ馬鹿みたいにお人よしだ」

 そう言ったレオが、嫌味とか嘲りとか呆れとか、そういうものを含まない珍しいほど柔らかく笑うものだから、あたしは一瞬呼吸を忘れそうになってしまった。でもそれはすぐに意地悪そうなものに変わってしまう。

「ほら、やっぱり面食いだしね」

 顔が真っ赤になるのが分かった。


■■■


 ふと思い立って、父に質問してみた。

「ねえねえ、お父さん。ワズイルダム王国ってここからどのくらい離れてるの?」

「ワズイルダム王国……ああ、サブリールか」

「サブリール?」

「ワズイルダム王国は隣国と統合して当時の王様の名前から、サブリールという国になったんだよ。確か今から50年くらい前だったかな。それがどうかしたのかい?」

「……あ、ううん。なんでもない。ちょっと気になっただけ」

 あたしはなんだかとてもびっくりしてしまった。

 今まで、レオからしか聞いたことのないワズイルダム王国が本当に実在していたことにも、そして、その国がもうないことにも驚いた。レオの言葉を疑っていたわけじゃない。だけど森の中でしか会えないレオとの時間は、どこか現実感がなかった。

 でも、レオの国は本当にあって、きっとレオは本当に王子様として生きていて。そして魔女キーリのせいでもう二度と国に戻ることはできなくて王子様にもなれないんだと――今、ちゃんとわかった気がする。

 それに、お父さんの話からレオがあの場所に縛り付けられてから少なくとも50年が経っていることになる。下手するともっともっと長い時間だ。もし国に戻ったとして、レオのことを分かる人はいるのだろうか。……おそらく、いない。

 あたしはただ、ずっとあの場所にいなきゃいけいことや、存在自体がこの世界から無くなってしまうかもしれないことしか気付いていなかったけれど、魔女キーリがした一番ひどいことはきっと、レオの帰る場所を失くしてしまったことなんだ。

 あたしはそこまで考えて、レオと仕事についての会話をしたことを思い出した。あの時、レオは気付いていたのだろうか。もう王子としての務めをすることはないこと。

 そこまで考えてあたしはいてもたってもいられなくなった。

「ちょっと森まで行ってきます!」

「あ、ミリー。今日は雨が降りそうだから早めに帰ってくるんだよ」

「はーい」

 お父さんの言葉に返事をして、家を飛び出した。

 レオになんて言えばいいのか分からない。ただ、顔が見たかった。


■■■


 魔法陣おかげなのか、あれから僕の意識は途絶えることはない。日に一度、ミリーが来るとき以外はぼーっとして過ごしている。予想していたことだが、暇だ。

 ミリーは森に来るたびに他愛のない話をして帰っていく。呪いのことに触れないところをみると、進展がないのだろう。それは仕方ない。そうすぐに状況が改善されるとは思っていない。

 しかし暇だった。ミリーをからかって遊ぶことだけが今の僕の生きがいなのだ。ミリーがいない時間は暇でしかない。

 暇というのはよくないと思う。かつては暇な時間なんてなかった。退屈なことはあっても、やることがないということはなかった。スケジュールは常に埋まっていたし、空いていれば何かしらの予定をいれることができた。

 だが、そんな日々はもう二度と来ないかもしれない。

 あの日々からどれほどの月日が経ったのかは分からない。ただ、木の樹齢から考えて、100年近くは経っている。僕の知っている人はきっと――誰ひとり生きていない。

 だから暇は嫌だ。あえて考えないようにしていたことなのに。あえて気がつかないようにしていなことなのに、気が付いてしまった。

 目に涙がせり上がってくるのに気がついて、膝を抱えて顔を隠した。まるで小さな子供のようだ。こんなところ、ミリーには見せられない。

 ミリー。

 今日はまだ来ないのだろうか。今は来てほしくないけど。この涙が完全に止まるまでは来ないで欲しいけれど、早く来てほしい。

 ミリーがいなくなったら、僕はどうなるのだろう。この魔法陣を消せば、以前のように意識を無くせるだろうか。そしていつか完全にいなくなることができるのだろうか。

 正直なところ、また呪いをかけられる前と同じように生きることができるとは思っていなかった。ただ、はっきりさせたかった。この生きているのか死んでいるのかいないのかわからない存在であることをやめたかった。だから、ミリーが、僕が生きていけることを前提で話していたのには戸惑った。ミリーのことだから、呪いを解けば元に戻ると楽観的に考えた結果なんだと思う。だから、根拠があることじゃないんだろう。きっとそうだ。そうでなければ、僕は途方に暮れてしまう。

 僕を知っている人がいない世界で、僕はどうやって生きていけばいいのかわからない。

 ぽつり、と雨が降り始める。木の下で、ああ、これなら雨に濡れたと言えば誤魔化せるかなと、考えた。

 ミリー。まだ来ないのかな。


■■■


 木の合間から、レオが見えた瞬間、あたしは声を上げようとして咄嗟に呑みこんだ。

 レオは、膝に顔を埋めて蹲っていた。こっそりと近づくと、肩が震えていて、泣いているんだと分かった。

 分かってしまったら近づくことなんてできなかった。きっとレオは泣き顔なんて見られたくない。特にキーリの末裔の顔なんか、きっと見たくない。

 あたしはその場所から動けなかった。レオの弱弱しさがなんだかとても申し訳なかった。見てはいけないものを見ていると思った。でも、その姿から目を離せない。

 レオが泣きやんだら、いつもの調子に戻ったら話しかけよう。そしたらいつもみたいに何気ない話をして、いつもよりも頑張って薬草を集めて、キーリの本も調べて頑張るから。

 そんな言い訳は、レオを見た瞬間、なんだか飛んで行ってしまった。

 雨の降ってきた空を仰ぐように顔を上げたレオの顔は、頬から涙は零れていたけれど瞳にはなにも映っていないまるで世界に一人きりになってしまったような顔をしていて――あたしは、駆け出した。森に向かって。

 一刻も早く、レオを解放しなきゃいけない。そう思った。

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