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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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20/21

19 白い花の咲く草原で

挿絵(By みてみん)





 リーフィー王国西部に広がる草原を通り、国境の山を越えると小国がいくつかある。そうした国々を通り抜けた陸の果てには港がある。そこからスクーシュナ帝国へと渡ることが出来た。


「見送りがてら視察でもするか」


 すっかり打ち解けたレフを、3人は山麓の砦まで送ることにした。


 首都では大捕物をして、国境では商団長を捕らえた。お陰で、リーフィー王国を狙う諸外国はなりを潜めていた。商団長はそれぞれの国と旨みのある契約をしていたことが判明している。商団が解体された今、国内の商人たちは次の覇権を握るために熾烈な競争を始めた。しかしまだ、諸外国が眼をつける程にまで成長した団体はない。


「商団が通っていた街道沿いに、新しく宿場町を開く申請もあったしな」

「西部草原開拓計画、でしたっけ?」

「そうだ、クレイグ卿。宿を開業したいから草原の国有地を借りられないか、という相談から始まったのだ」

「町が出来たら、人の行き来も激しくなりそうだね」

「流れ者やならず者に紛れて、スパイも来そうだな」


 そんなわけで、監視装置を設置するため、視察に出かける必要がある。候補地を選ぶ為に様子を見ながら移動するので、クレイグの扉は使わない。砦までの道のりは遠く、一向は商人に扮した馬車隊で出発することになった。ただしリチャードの希望で、出発後しばらくは騎馬で移動する。


「たまには騎馬もいいものだ」

「いろんなことがあったからねぇ。気晴らしになるよね」


 城下町ソーングリフを出ると、草原には一面の白い花が揺れていた。秋を思わせる風で少し肌寒いが、ふたりは談笑しながら草原を進む。やがて空が薄暗くなり、通り雨が降り出した。ふたりが雨を避けて馬車に乗り込んでから、間も無くのことだった。クレイグ卿とレフも交えて4人が乗る馬車が、急に停まった。



「どうした?」


 クレイグ卿が、窓にかかったカーテンを持ち上げて御者台を覗く。


「向こうで騒ぎが起こってますんで、ちょっと待ちましょう」


 御者は近衛の精鋭である。生真面目な返答をよこした。


「陛下、あれ、護送隊じゃないかい?」


 エリンが望遠機構を覗いて顔をこわばらせた。


「どれ、見せてみろ」


 リチャードは望遠機構を受け取り、遠くで上がる土煙の正体を調べた。音は聞こえないほどの距離がある。


「あの身のこなし、単なる盗賊団ではなさそうだ」


 リチャードから渡された望遠機構で、クレイグも騒ぎを観察した。


「陛下、ありゃあ訓練された軍隊ですな。シュロスアードラーの騎兵式武器術と体術ですよ」

「騎兵隊が?」

「クーデター軍かねえ?」

「おそらくな。商団長を奪還するつもりだろう。ちょうどいい。盗賊として捕えるぞ。隊長!」

「はっ!」


 リチャードに呼ばれて、商人の護衛に扮した騎馬の騎士が窓辺まで寄る。3人と隊長は、急ぎ手筈を整えた。


「いいか、リーフィー王国剣法は使うなよ?あくまで助太刀のふりをして参戦しろ」


 老クレイグは念を押す。近衛騎士団が使う正規の剣筋を見られたら、馬車の中に誰がいるのか看破されてしまう。


「はっ、では、行って参ります。第一班、急ぐぞ!」


 数騎の騎士を引き連れて、隊長自ら駆けてゆく。第二班は馬車を守り、第三班は先発隊よりやや遅いペースで馬車の前を走る。クレイグ卿は脱いでいた兜をしっかりと被った。



 4人が乗った馬車は、それなりの速さで土煙に近付いていた。小雨が続き、地面がぬかるんできた。土煙はおさまり、そのかわりに泥水が跳ね始めた。ビチャビチャという音が聞こえる。車輪が跳ねた湿った泥が街道沿いの草に茶色い斑点をつけてゆく。


 怒声が聞こえてきた。武器がぶつかり合う硬く甲高い音も分かるような距離まで近づいた。エリンが天蓋に手を伸ばす。硬くなった掌が、頭上に収納されていた天雷槍(パニッシャー)を素早く掴む。その手がチラリと目に入り、リチャードは眩しそうに目を細めた。


(弛まぬ努力を重ねて来た手だな)


 リチャードも訓練はしている。だが、直向きとは言えなかった。


(余を討ち果たす為ではあるが)


 努力の理由に思い至ると、青年王の銀色に輝く眉が自然と下がる。


「陛下、心配しないでいいよ。あたしもいるし、クレイグ卿だってついてるんだからね」


 リチャードの沈んだ様子を見て、エリンが励ました。


「いざとなれば余も闘える」


 座面を開ければ長剣が2本ある。クレイグ卿とリチャードのものだ。クレイグ卿の槍は御者に預けてある。


「剣を持つくらいなら、外に出て風布杉(ウィンドマント)を展開したほうが安全だよ」

「左様でございますよ、陛下。ただ真っ直ぐな杉の木のごとく、風に吹かれてお立ちなされ」

「そうだった」


 リチャードは懐に手を入れて、青い絹のハンカチに見える道具を取り出した。同時に上着のポケットを探り、停止液が入った小瓶を確かめた。



 レフはずっと黙っていた。彼にとって初めての体験である。リーフィー王国に来るまでの旅では、幸運にも事故や追い剥ぎに遭うことなく過ごせたのだ。怖さと好奇心が入り混じった表情で、3人の様子を眺めていた。


「陛下!御用心を!」


 馬車の外から叫び声がかかった。間髪を入れず、鋭い風切り音が聞こえた。エリンが、斜めに立てていた鉄槍を動かす。小さな動きだが効果はあった。窓から飛び込んできた真っ黒な矢が、馬車の外へとたたき落とされていた。


 エリンは腰を屈め、腕を突き出し扉を押し開けた。そのまま外へ飛び出すと、槍を回転させながら地面を蹴る。矢は次々と落とされた。エリンは馬車の屋根で仁王立ちになる。続いてクレイグ卿が反対側の扉から出る。手にした剣で、こちらも矢の雨を振り払った。馬車が停車する。御者は盾を取り出して矢を防ぐ。


「陛下っ、外へ!」


 クレイグの背後にリチャードが立つ。


「みんな離れてっ!」


 すかさず王の隣に飛び降りたエリンが、ウィンドマントを起動するのだ。近くにいたら巻き込まれてしまう。近衛騎士団第二班は、馬車から距離を取って矢を払い続けた。それでも馬車には、数本の矢が突き刺さっていた。矢羽根から矢尻の先まで真っ黒に塗られた不気味な矢であった。


「ひいいっ」


 レフは思わず両腕で頭を庇う。御者は、エリンが飛び出した側から半身を車内に入れ、主君の客人を抱え出す。そのまま無言で矢を避けながら、身を隠せる物陰を探した。



 前方の乱戦を離脱した一群には、5名の騎馬弓隊が含まれていた。真ん中には恰幅の良い壮年の男が守られている。鎖頭巾と鉄の胸当てをつけているが、武芸の心得は無さそうだ。不安そうにキョロキョロと眼を動かしていた。


 男を守る8名の騎馬槍兵が、片手でリーフィー王国近衛騎士団の剣を防ぐ。彼らは腰に剣を帯びていた。接近されたら武器を切り替えるスタイルのようだ。弓兵たちは先頭を走り、追い討ちを掛けるリーフィー王国近衛騎士団第一班の相手は騎馬槍隊の仕事である。近づかせないように、槍の長さを活かした対応だけをしていた。馬上から突き出す槍が、最小限の動きで追っ手を押し戻す。


「商団長は、手枷も足枷も外されてるよ!」


 馬車の屋根からエリンが大声でリチャードたちに伝えた。


「ちっ、手慣れてやがる」


 クレイグ卿が素に戻って舌打ちをした。


「統率が取れた軍隊なら、救出劇など造作もないのだな。手足を自由にして馬に乗せ、闘いながら防具まで着せるとは、見事なものだ」


 風の刃に守られて厳かに立っているリチャード1世王が、感想を述べた。


「何呑気なこと言ってんだい、陛下!」


 迫り来る一団は、第三班も突破した。5人のうち2人の騎馬弓兵がエリンを狙う。狙ってくれと言わんばかりに高いところで目立っているのだ。おまけに、主戦力だということが歴然とした働きを見せている。当然的にされる。


「エリン!」


 黒い矢が描く放物線の下りてゆく先には、ダークブラウンの波打つ髪をした人がいる。リチャードは心臓が止まるかと思った。


「へっ!」


 不敵に笑うと、エリンは槍を構えて矢よりも速く(くう)を切る。


「天雷槍の機能か?」


 見上げた王が驚きに眼を見張る。


「人の速さではございませんな」


 振り向かず剣を振るうクレイグ卿が言った。



 エリンが横薙ぎに弓兵を3人馬から落とす。タイミング良く逃亡者たちの矢が尽きた。エリンは身体を捻って、真ん中の馬に着地した。柔軟な肘を活かした滑らかな動きで、左右に残る2人の弓兵の脇腹を突く。ひとりは穂先で、ひとりは石突で。


「ぐわあああっ」

「ぐおおおおっ」


 突かれたふたりは悶絶して馬の首にしがみつく。


「ふんっ!しぶといねっ」


 乗り手を失った二頭の馬が、蹄で泥水を跳ねて走り去る。乗り手にしがみつかれた二頭も速度を上げた。落とされた3人が武骨な剣を抜いて向かってきた。馬車の周りには、黒い矢に倒れた騎士がいる。数名が馬に踏まれそうであった。


「ちいっ」


 ひとまず弓の脅威が去って、エリンは2匹の(から)馬を追う。ひとりの槍騎兵が、大きく肩を引いた。手にした槍は小雨の中で鈍く光って、エリンの背中を狙う。



 灌木の茂みを見つけたレフたちは、そそくさと陰に潜ろうとした。


「ひっ」


 レフが息を呑む。茂みの陰にいた先客と目が合ったのだ。御者がレフを抱えて跳びすさる。先客は一人ではなかった。味方でもなかった。


「待ち伏せだ!」


 御者に扮していた近衛騎士が剣を抜いて叫ぶ。


「ちいっ」

「わあああっ!」


 茂みにいた一団が舌打ちと雄叫びをあげて、近衛騎士団に踊りかかった。御者と近くにいた騎士たちが応戦する。未だ矢の雨が降り続ける中、激しい剣戟が始まった。やがて矢が尽きる頃、敵も味方も汗と泥と血と雨で凄惨な情景を創り出していた。レフは灌木の根元で震えていた。


「あっ!」


 レフの目に、投げ槍に追われるエリンの姿が飛び込んできた。エリンは振り向きもせずに手の中で槍を滑らせた。リーチを調節して腕を振り、迫り来る槍を弾く。槍は向きを変え、手負の騎手を襲う。騎手の目玉は飛び出さんばかりに見開かれ、額が馬の首ごと貫かれた。


「ひええっ」


 一部始終を眼で追ってしまったレフは、恐怖のあまり動けなくなる。鈍く光るシュロスアードラーのレイピアが、レフが蹲る茂みに刺さる。埋伏部隊は機動性を重視して、軽い装備をしているようだ。重い剣は持たず、身体もあちこち露出している。あわや(つるぎ)の露と消えんところを、間一髪、御者の長剣が凶刃を払い上げた。


「ふんっ」


 気合いと共に敵を切り捨て、御者は馬車の方へ顔を向けた。レフたちのいる位置からは、リチャードとクレイグは見えない。御者の瞳に不安の影がさす。草原の白い花は、泥と鮮血に染まってまだら模様を描いていた。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます









通り雨

挿絵(By みてみん)

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