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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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15/21

14 風布杉

挿絵(By みてみん)





 借り出した工具を持って博物館の建物を出る。


「これで確実に仕上げが出来るよ。今日中に試運転ができると思う」

「エリン、無理はするなよ?徹夜したんだろ?」

「ちょっと!そんなに心配そうな顔しなさんなって。侵略軍や暗殺団に狙われてる人よりは、心配ないだろ」


 エリンは、リチャードが大袈裟に気遣うので笑ってしまった。


「けどさ、続きの作業はあたしの家でやるんだけど、陛下は?」

「当然、作業を見学する。護衛の側を離れた時に回帰するのは避けたいからな」

「そうだねぇ。急に戻って、あとから説明聞くのは面倒だね」

「手間は省くほうがよかろ?」

「けど陛下の仕事どうすんの?」

「余の仕事より、試運転でエリンの素性が明るみに出るのが心配だ」


 作るまでなら、在野から見出された技術者が古代のからくり細工を復元した、と誤魔化せる。だが、起動してしまうとなれば話は別だ。現代の研究では、柔和機構の起動方法は未解明なのだ。工房の血筋でなければ起動できない、とは知られていない。


「知られていないからこそ、独自の方法を使った、と言い張れるんじゃないのかい?」

「エリンは肝が座っているな」

「国の存亡がかかってるからね」


 エリンはついひと月前まで、リーフィー王国がどうなろうと知ったことではないと豪語していた。同じ人物とは思えない国粋主義者ぶりだ。国王に死なれると、エリンはその日の朝に戻されてしまう。だから、厳密には国であろうと自分であろうと存亡はかかっていないことになる。どうやら軽口を叩いているだけのようだ。


「やっぱりちょっと心配だが、背に腹は変えられない。エリンの心意気に甘えさせてもらうぞ」

「ああ、大船に乗った気でいなよ」



 ふたりは軽やかな足取りで、柔和工房博物館の正面ゲートに差し掛かる。


「あっ、昨日の」


 門の外から不真面目な感じの声がした。聞き覚えのある声だ。見れば、痩せぎすの男が歩いてくる。派手な金髪頭だ。カラフルに染めた鳥の羽で、髪の毛を飾り立てている。服も帽子もカラフルな柄物である。


「無罪放免なのか」


 リチャードが残念そうに言った。エリンが王の態度に呆れた。


「身元が確認されたら、そりゃ、外国人旅行者を拘束しとくわけにもいかないだろ」


 下手をすれば国際問題だ。ただでさえ侵略計画に晒されている。遠い北の帝国スクーシュナは、今回の複合組織に加盟していない。無為に敵を増やして戦火の種を撒くのは悪手だ。


「ルーツを訪ねて来ただけなのに、犯罪者扱いは酷いんじゃないの?」


 抗議をしている時でも、レフ・ゴドノフはヘラヘラしている。昨日より更に笑顔が増していた。薄ら笑いよりは親しみやすいが、怪しいことに変わりはない。



「僕の先祖は、ずっとずっと昔、フィアレスウッドを出たんです。一族のことは代々伝え聞いてるよ。古代龍と森の精霊が祖先だっていうのは、流石に御伽話だろうけど」


 レフの言葉が本当ならば、よほど昔に森を離れた血筋なのだろう。100年前の悲劇については知らないようだ。


「フィアレスウッドは実在して、工房の遺跡が博物館になってるって聞いたからさ。故郷の民謡を歌いながら遠い道のりを辿って来たんです」


 レフは芸人らしい大袈裟な動作で手を広げてみせた。リチャードは尋問口調で捲し立てた。


「一人旅か?一座がいるのか?旅芸人が来たとは聞いていないが?」

「そんなにどんどん聞かないでくださいよぅ」


 レフはわざとらしく金色に輝く眉を下げた。


「で、一人なのかい?」


 エリンも不審そうに目を眇めている。


「気ままな一人旅ですよ」

「ふうん」

「そうかい」

「ねえ、それよりさあ。昨日、柔和機構の材料とかいう話なすってたでしょ?作れるの?技術の伝承は途絶えてるって聞いたんだけど」


 レフは好奇心剥き出しで聞いてくる。悪意は無さそうだ。しかしリチャードは、幼い日に血を分けた祖父の裏切りにあった。見知らぬ男の言うことは、まず疑ってかかる。


「そんなことを聞いてどうする」

「まーた怖い顔してえ」


 エリンは我慢ならずに一歩出る。手にしていた槍を体の前に持って来た。


「え、ちょっと」

「立ち去れ」

「分かりましたよぅ」


 レフは渋々その場を後にした。そもそも博物館の見学に来たのだ。そのまま建物の方へと歩いて行った。



「どう思う、エリン」


 ふたりはレフの背中を見送り、門を出た。


「さあ、通行証は本物だったんだろうけど、一族の者かどうかまでは分かんないよ」

「そうか。もし信頼出来るなら助手になるかと思ったんだが」

「会ったばかりだし、何とも言えないだろ」

「クレイグが戻ったら調査を頼むか」


 リチャードは冷たい態度とは裏腹に、かなり気になっていたようだ。エリンの助手にすることを視野に入れて、慎重に接したのだろう。


「いや、もし本当に血筋だったとしてもだよ?ゴドノフとやらは外国人だろ。それも遠い北の国から旅して来て、やがて帰ってく奴だよ」


 工房の再興を手伝う人員にはならなそうである。


「興味も持っていたようだが、残念だなあ」

「そりゃまあ、あたしひとりじゃ再興たってなかなか進まないけどさ」

「ひとり?そうだ、エリン」


 リチャードは、ふと気がついた。


「ご両親や兄弟はお元気なのか?エリンも旅人ではないのか?」


 復讐の為に国外からやって来て、リーフィー王国に住み着いたのだ。


「両親はあの世だよ。兄弟は元々いないし、秘術を継いでる親戚も、知る限りではもうみんなこの世にはいないね」

「そうだったのか」


 リチャードは申し訳なさそうに目を伏せた。


「なに辛気臭い顔してんだい。今はそんなことより、今日中に仕上げなきゃなんないもんがあんだろ」

「そうだな。そっちに集中しないとな」



 動作テストは成功し、一夜明けて襲撃予定日となった。朝食の後、リチャードの読書室で準備をする。エリンは会話がはっきり聞こえないようにする装置を起動した。


「一昨日は、石を削る音で聞こえやしないだろうって油断したからね」

「近衛の連中には、防護装置は柔和機構の記録を参考にした物だとしか知らせておらぬ」

「うまく誤魔化せたんだね。よかった。けど、独自の装置だ、って言うにしても、知らせるのは近衛だけにとどめといた方がいいよ」

「ああ、それがよかろう」


 リチャードは同意する。


「エリンの素性も知られないほうが安全だ」


 エリンは100年前の事件を思い出して身震いした。卓越した技術力は、さまざまな勢力から狙われることだろう。リチャードは眉根を寄せて葛藤を見せた。


「悲劇が繰り返されるのは、何としても避けねばならぬ。だが、真実を発表し、工房と森を返還するには、エリンが何者であるのかを公表せねばならぬ」

「まあそれは、そうなんだけどさ」


 溜め息を吐きながら、エリンは青い絹のハンカチをテーブルの上に置いた。風布杉(ウィンドマント)である。縁に「柔和工房(テンダーワーカーズ)」「風布杉(ウィンドマント)」と刺繍されていた。


「そのことは、クレイグ卿が戻ってから相談しよう」

「そうだな」


 今までも同じ問題に突き当たり、森と工房の返還計画は行き詰まっていた。ふたりは気を取り直して、風布杉の起動にとりかかる。


「昨日教えた手順覚えてる?」

「覚えている」


 リチャードはハンカチを持ち上げた。絹に見えるが、ずしりと重い。それは、風布杉の製作工程を知れば納得がいく重さであった。



 奇書館にあった資料に従えば、ウィンドマントの製作はまず、繊維を入手することから始まる。フィアレスウッドで採集できる植物が原料だ。これを下処理した後、糸を紡ぐ。この工程にはひと月必要だ。下処理に使う諸々も森でしか準備できない。幸い糸には在庫があった。


 次に、海岸の岩場で採取した貝類を染料にする。この時に使う薬品も、森でしか取れない。霜柱が立つ冬の夜明けにだけ採取できる。こちらも在庫があった。エリンが逃亡準備中に、中継地点に隠して置いた資材だ。貝殻を日光漂白できればより効果を上げられる。だが、それには最大一年間必要だった。これは断念して、資料に書かれていた柔和工房秘伝の漂白乾燥剤を使用したのだ。粉砕は小さなハンマーと挽臼で行う。こちらも工房に伝わる特殊な工具だが、エリンが所有していた。


 その次は、洞窟で採掘した鉱物で糸をコーティングする。これをエリンが死蔵していた卓上織機で布に織り上げる。勿論織機も柔和機構だ。端糸の処理は、博物館で借りた工具を使って行う。エリンは普段織機を使わないので、加工された端糸を処理する特殊工具の用意がなかったのだ。


 仕上げに起動用の文字を刺繍する。エリンは布状機構の作成に慣れておらず、刺繍道具は持っていなかった。その素材は、フィアレスウッド固有種の小動物から取れる。リスと兎のあいのこのような動物で、羽もあるので捕まえにくい。が、エリンの槍技にかかれば赤子の手を捻る如く容易かった。この肉は鍋にすると美味しいのだが、今回必要なのは骨だ。それを針に使う。柔和機構用の工具で削り、刻印もする。ただの針ではない。立派な柔和機構(テンダーアート)だ。刺繍糸や布地用の繊維は、かつて修練の為に作成したものだった。半分忘れていた資材が、ようやく日の目をみた。



「起動するよ」


 リチャードが頷き、エリンが刺繍文字に触れた。淡い橙色の光が文字をなぞり書きするように走る。リチャードは緊張の面持ちで光の動きを見守った。


「オフの方法も覚えてるね?」

「昨日渡された液体を振りかければよいのだったな?」

「少しでいいんだよ?」

「数滴で停止すると言っていたな?」


 エリンは肯首した。停止液は、フィアレスウッドを流れる川に生える藻の抽出液だ。これは短時間で作成出来た。液体を入れる小瓶は、どこでも買える素焼きの薬瓶であった。


 ウィンドマントがつつがなく起動して、リチャードはハンカチ状の道具を懐にしまった。


「では、行くか」

「そうだね。油断は禁物だよ。確実にトドメを刺すために、暗殺者も待機してると思う」

「うっかり余が奴を捕縛しようものなら、奴の身が裂けてしまうからな」

「あ、いや、そっちじゃなくて。まあいいか」


 エリンは、リチャードの言葉が真面目なのか冗談なのか判別がつかず、話を切り上げた。



 近衛騎士団が陰に隠れて護衛する中、ふたりは現場に差し掛かる。クレイグ卿が非番の日にリチャードがここを通るのは、いつも決まった時間帯だった。多少の誤差をカバーするために、矢の発射装置は四方に設置され、時間差で矢が放たれる仕掛けが施されていた。近衛騎士団と巡回騎士団の連携のもと、装置が設置される様子は確認済みだ。わざと泳がせて、襲撃者と回収班を現行犯で一網打尽にする予定なのだ。設置部隊については、同じタイミングで近衛騎士団の別働隊が根城に踏み込む手筈である。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます










レフ・ゴドノフ

挿絵(By みてみん)


読書室

挿絵(By みてみん)

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