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死なれたら戻る  作者: 黒森 冬炎


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10/21

9 薔薇園の日

挿絵(By みてみん)





 暗殺回避に成功した初めての事例に、3人はやや興奮気味に話し合う。


「エリンとの邂逅にばかり気を取られて、今まで考えが及ばなかったな」

「そうだね。逆天鎖(ファイトバック)天雷槍(パニッシャー)の調査にだけ集中してた」

「回帰後に暗殺時刻、あの場所で何が起きたのか調べてみませんか?」


 クレイグが提案する。


「そうだな。エリンも余も、あの日は暗殺当日の朝に戻される事なく、日時が今日まで進んでいる。あの日のことを調べれば、回帰のヒントが増える可能性があるな」

「その日の暗殺者は何したんだい?国王暗殺程じゃなくても、殺人事件なら大騒ぎになるだろ?」


 今回の回帰で、大事件は起きていない。


「確かにそうだな。よし、近衛隊長と巡回騎士団長に話を聞きに行こう」


 三人は立ち上がって城に向かう。城下町では既に夕餉の煙が立ち昇っていた。


「ついでに現場を通っていくか」

「はっ、陛下。発見があるやもしれませぬな」


 暗殺現場は城からクレイグの家に向かう路上であった。近衛騎士は城内に宿舎が用意されている。そこに常住するのは義務ではない。当番時に城を離れるのは禁止だ。だが、非番の日に過ごす自宅を持つのは許されていた。近衛騎士の休日用自宅は、城下町ソーングリフのあちこちにあった。


「この辺りは、近衛騎士の休日用自宅が多い地区ですな」

「綺麗なもんだねえ」


 エリンが賛辞を贈る。下町の路上には、ゴミが散らかっていることも多いのだ。


「近衛騎士は几帳面な者がほとんどですし、地域貢献で自分たちも王室もイメージアップすることを狙う者も多いでしょう」

「この辺に住んでる近衛騎士が掃除してる、ってことか」

「感心、感心」


 リチャード1世王も満悦の様子だ。


「んん?クレイグ卿、これ、矢傷じゃないか?」

「どこかな?エリン」


 建物の木組みや扉に、新しそうな穴が幾つも見つかった。


「やはり暗殺時と同じことが起きたようだな?なぜ報告が上がって来なかったのかは、後で騎士団長たちに聞くことにしよう」

「で、何があったんだい?」



 その日、クレイグ卿は熱で療養中であった。リチャードは巡視隊の業務に同行する名目で、午後早く見舞いに向かった。商人に扮した護衛の騎士と共に、現場に差し掛かった時のことだ。


「今日は格別に陽射しが心地よいな」

「左様でございますね。ソーングリフローズが見頃でございますし、薔薇園を見学なされるのもようございましょう」

「いい考えだな。今年の薔薇は、んっ?」

「陛下!」


 リチャードに向かって、幾本もの矢が飛んできた。護衛騎士は剣を抜きながらマントをバサリと広げた。布の柔らかさで矢の勢いを削いで絡め取り、数本を纏めてはたき落とす。次の矢は剣で弾く。その頃には、物陰から近衛騎士団員が飛び出してくる。機動性を重視するため、鎧は身体の一部だけを覆っている。手にした盾も小さめだ。中には、通行人に扮して鎧を着用していない騎士もいた。


「上だ!窓を見ろ!」


 その日の護衛班長が叫ぶ。


「あの建物を包囲せよ」


 建物の隙間には樽や箱が置いてあり、大人なら二階の窓から安全に出入りできそうだった。矢が光ったのは三階の窓だ。


「出口を固めろ!足場を確保せよ!」


 護衛の騎士たちは素早く行動した。


「陛下、ひとまず離脱を」


 数人の騎士が盾を掲げてリチャードを守る。通行人が数人、手足を射抜かれて腰を抜かしていた。


「怪我人に手当を!」

「陛下のご命令だ、誰か医者を呼んでこい」

「班長!承ります!」

「頼む」


 率先して通行人たちの避難を誘導していた騎士が、怪我人の為に走り去る。その時、一瞬の隙が出来た。皆が反射的に、急ぎ駆けて行く騎士へと視線を送ってしまったのだ。実戦経験が無きに等しい平和な国の近衛騎士団である。こうしたヘマは起きない方が珍しい。


「うっ!」

「陛下!」


 その矢は、それまでとは別の方向から飛んで来た。この度も乱れ撃ちであった。盾の角度を変える間も無く、騎士たちの顔や腰など鎧のない場所を鋭い矢が襲う。


「新手の暗器かっ」


 矢は細く短く、太めの針といった様相を呈していた。つがえるための溝はある。だが、羽はない。袖箭(ちゅうせん)に使われるような矢だった。騎士の中には、倒れて動かない者も出た。数人の近衛騎士が、剣や盾、そしてマントで矢の雨を払う。


「班長!この建物に人はおりません!弓だけが幾つも固定されていました!」


 3階の窓から乗り出した騎士が、路上の一団へと叫ぶ。紐で固定した弓が、錘で徐々に引き絞られる装置が設置されていたのだ。錘が落ちる場所に紐を切るナイフが取り付けられていた。紐が切れたら、つがえてあった矢は路上目掛けて一斉に放たれる。


「班長、こっちもです!」


 短い矢が飛んで来た方向を調べた騎士が大声で報告した。建物の影にある箱や樽に、窓辺と同じ発射装置が仕掛けられていたのだ。



 蹲っていた通行人の1人が、路上に落ちていた金属製の矢を拾ってリチャードの急所へと投げつけた。


「陛下ーっ」

「ううっ」


 襲撃者は指の間に矢を挟んで、一度に数本投げてくる。器用な小太りの男で、纏めて鉄針(てっしん)のように落ちていた矢を扱う。鉄針とは、先端が鋭く尖った打ち串のような細く長い鉄の棒である。投擲武器の一種だ。


「あそこだ!追えっ!」


 投げてすぐ脇道へと駆け込む小太りの男を、近衛騎士たちが追跡する。振り向きざまに、懐から何かを取り出して投げつけた。今度は豆粒状の極小金属だ。


「陛下っ、陛下ーっ」


 リチャードの意識が薄れてゆく。正中線に沿って矢が刺さり、首から上に細かい金属の粒がめり込んでいた。班長も血を流している。



「そうやって回帰が起きたのだ」


 リチャードは締め括った。エリンは倒れる王を想像して顔を(しか)めた。賞金稼ぎの仕事では、残虐な光景を見ることが多い。それでもエリンは、肉を抉られ血が飛び散るような情景には嫌悪を覚えるのだ。


「クレイグ卿が熱を出して、陛下がその時間帯お見舞いに向かうことは、予想がつくことだったのかい?」


 眉を(ひそ)めながら、エリンは質問した。


「いや。クレイグ卿は前日まで元気だったし、見舞いも予定にはなかった。仕事が思ったより早く片付いたから急遽半休を取って出かけたのだ」

「それじゃあ陛下のことを認識していたと言うより、その場所をその時間に通る別の誰かが狙われてたんじゃないかねえ」

「現場は混乱していたから、誰を狙った犯行なのか分からない」

「とにかく、回帰後にここで起きたことを聞きに行こう」

「そうだな。ここはこれ以上なにもなさそうだ」


 物陰にあった発射装置の名残は、既に跡形もなかった。三階の窓を見上げても、何の痕跡も認められない。3人は急いで城に戻った。




「つまり、被害は殆どなかったから、余まで報告が上がらなかったと?」

「はい、自分の落ち度でございました」

「して、近衛騎士団は何も知らなかったと?」

「はい、我々の担当外地域ですし」


 報告書を載せたテーブルを挟んで、リチャードたち三人と二人の騎士団長が向き合っていた。当日、リチャードはエリンを雇い入れる手続きに追われ、お見舞いに出かけなかった。そのため、近衛騎士団も件の現場まで行く仕事が発生せず、事件について何も知らなかったのだ。


 その日、近隣住民から巡回騎士団に複数の通報があった。自分の家に矢が打ち込まれた、と。調べると、数軒の家に矢が刺さっていた。付近に不審なものは一切なく、目撃者もいなかった。いたずらだろうと結論付けて、調査は打ち切られた。


「死傷者はいなかったのだな?」

「はい。窓から矢が飛び込んで来た、という者もいましたが、怪我人はいません」

「路上に矢は散らばっていなかったのか?」

「はい」


 回帰前、3階の窓四箇所に設置された小型の弩はそれぞれ3挺、窓の奥に箱を重ねて設置されていたものが2列あり、合計で36本の矢が放たれる仕組みになっていた。物陰の装置は二挺が二段あるものが六箇所にあった。全部で24本だ。それだけの装置と矢が、知られることなく消えてしまうものなのだろうか。


「単独犯ではなさそうだな」

「さあ、それは」

「ほんとうに固定された弓や錘は発見されなかったのか?」

「え?いや、そういったものは記録にございませんが」

「調査にあたった騎士を呼べ」

「はい、陛下」


 巡回騎士団長が部屋を出る。ほどなく、担当者を伴って戻ってきた。


「付近の空き家は調べたのかね?」


 弓が設置されていた家は、数ヶ月間借り手のつかない家だった。


「へ?空き家?」


 巡回騎士団長も担当者も、呑み込めない顔だ。


「担当地区の居住状況も把握しておらぬか。まったく嘆かわしい。平和だからと言って気を抜いているから、このような事件が発生するのだ」

「陛下、それはどういうことでございましょうか?」


 近衛騎士団長が尋ねた。


「話は後だ。クレイグ卿、エリン、ついて来い」

「あいよ、空き家に行くんだね?」


 空き家には鍵が掛かっていたので、先程は後回しにしていたのだ。2階の窓は相変わらず侵入出来そうな状態だったが、よじ登っている姿を見咎められるのは避けたかった。



 管理人から借りた鍵で家屋内に入る。一階部分に変わったところはない。階段にあるのは小動物の足跡だけだ。侵入可能な2階の窓は、床に比べて埃が少ない。床の埃は一階より薄い。3階への階段に積もった埃には、足跡を消したような形跡があった。3人はそのまま階段を昇りきり、通りに面した部屋に入る。壁際に箱が積み上がっていた。


「箱が多いな」

「数も合いますね」

「陛下、鎧戸に釘跡がありますよ」

「ここに、固定用の木材を取り付けたんだろう」


 クレイグが見つけた釘跡は、まだ新しかった。紐の擦れあとがついている箱もあった。


「これ、紐だったんじゃない?」


 エリンが摘み上げたのは、細い麻の繊維だ。


「これだけの装置を人に見られずに出し入れし、50本以上の矢を速やかに回収したとなると、単独犯ではなさそうだな」

「手強そうですね」

「とりあえずは、通行人に紛れていた奴の似顔絵でもつくるか」

「証拠も見に行きましょう」


 報告書によれば、巡回騎士団の証拠品倉庫に、住民から提出された矢が3本保存されているのだ。確認は必須である。


お読みくださりありがとうございます

この下に挿絵がございます









3階建ての家がある道

挿絵(By みてみん)

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