89話 嘘のない答えを その6
七時十五分には、クラスメイトのほとんどが集合していた。各々が家で進めたものを持ち寄り、成果を伝えている。
「お前、顔色悪くね?」「徹夜したからなー」「でもそっちのがいいんじゃない? お化けっぽくて」「あははっ、それあるかもね」
みたいに冗談を言い合っている。疲労が滲んでいるが、空気は悪くない。祭りに向けての高揚感が伝わってくる。
伝達が終わったのを確認して、一輝が前に出る。
「よっし、じゃあババッと仕上げるぞ!」
号令に従って、最後の準備が始まる。完成した看板を廊下に吊し、机を組んだ迷路に塗装した段ボールを掛け、窓から差し込む光がないかチェックして、衣装までチェックに入る。
「んじゃ、そろそろ俺は行くわ。ルリ先生によろしく」
「おう。また後でな」
一輝に声をかけ、教室から出る。
開会式をまずは成功させて――それから、今日はいろいろ大変だな。寝不足のせいか、あくびがこぼれる。
「ねっむ」
だらしなく肩を落として歩いていると、背中に挨拶が飛んできた。
「おはようございます! テツ先輩」
「ん。おう、おはようエージ」
咄嗟に背筋を伸ばす。駆け寄ってくる後輩の笑顔が眩しい。まだ朝なのに、こいつの元気はどこから来るんだ。
「眠そうっすね」
「ちょっとやることが残っててさ。エージのほうは、だいぶ余裕あるんだっけ」
「はいっす。今日も朝から遊んでました」
「うらやましー」
来年は三年生で、受験もあるからもっと簡単なのにしないと。今年みたいなものをやる余裕は、絶対にない。
「ところでテツ先輩。文化祭カップルなるものを知ってますか?」
「あるあるだろ。文化祭期間中に急接近して、流れで付き合うってやつ」
「そうなんすよ! 自分、このビックウェーブに乗ろうかと思いまして」
「目星はついてるのか?」
「氷雨せんぱ――ぐごごごっ」
「言葉には気をつけろよ」
エージの顔面をがっしり握る。左手の握力はけっこう強い。とはいえ、痛いほどではないので、エージのリアクションが大きいだけである。
「冗談っすよ冗談」
「わかってるって。じゃあ、誰狙いなんだ?」
「そこを悩んでるんすよ」
「決まってから言え」
相変わらず、伏見英二の恋は始まってすらいなかった。
◇
その頃、小雪の所属する二年四組では――
「ひ、ひひひ、氷雨さんのネコミミメイド!?」「あ、あわわわ、しゃ、写真撮らないと写真撮らないと」「お、おい、あんまり見ると阿月に殺されるらしいぞ」
喫茶店用の衣装に着替えた小雪が、大量の視線を集めていた。廊下側には、わざわざ他のクラスから見に来た生徒も大勢いる。
だが、当の本人は気にした様子もなく、頭の上のネコミミを調節していた。
「どう? ズレてないかしら」
「もうちょい右かも。あ、そのへんそのへん。ウチはどう?」
「名取さんはもう少し後ろだと思うわ」
夏休み以降親しくしている名取みのりと、他の女子生徒に囲まれて、男子は近づくことすらままならない。
小雪が女子から敬遠されていたのは、恋愛競争において異常なほどの障害となっていたから――ではないのだと、彼女は最近になって気がついた。それも一つの理由ではあるが、単純に愛想が悪かったり、共通の話題がなかったり、そうやって自分を人から遠ざけていたのだ。
少しでも歩み寄れば、あるいは架け橋となってくれる人がいれば。
世界は簡単に広がるのだと知った。
「ねーねー。ユキは阿月くんのどこが好きなの?」
「あ、それウチも気になってた」
「えー私も私も。知りたい」
ずいずいと寄ってくる面々に、小雪は困惑する。
女子特有のノリには、まだついていけない。
「……ええっと、少し離れてくれる?」
「ほーら皆離れて、小雪が困ってるでしょ」
「名取さんが一番近いわ」
てへっ、と舌を覗かせるみのり。
少し余裕ができたところで、小雪は俯いて考え始める。その目は真剣で、浮かれた様子も、照れる気配もない。
「え……ガチ思考?」
しばらくして、ゆっくりと顔を上げる小雪。息を呑む女子生徒たち。聞き耳を立てる男子たち。
三本指を立てて、一つずつ説明していく。
「呼んだら来てくれるところ」
「…………」
「ご飯を嬉しそうに食べてくれるところ」
「…………」
「あとはそうね、隣にいると温かいわ」
「阿月って、老犬みたいなとこあるわよね」
「そうね」
物静で、穏やかで、安心できる。誰もが言うような強さはないけれど、決して弱くはない。そしてなにより、自分の決めたルールや、誰かと交わした約束に忠実に生きている。
出会った頃は、自分のルールと、周囲への気遣いの間で潰されそうだったけれど、最近は落ち着いたと思う。そのあたりも含めて老犬のようではあるが。
そんなことを考えていたら、ふと、小雪の中に疑問が生まれる。
「阿月くんって、私のどこが好きなのかしら」
「聞けばいいじゃん」
当然のように言ってくるみのりに、小首を傾げる。
「迷惑じゃないかしら」
「あいつに限ってそれはないと思う」
「そう? なら、聞いてみるわ」
◇
「へくしっ」
「テツ先輩、風邪っすか?」
「……いや、違うけど。花粉か?」
明日はクリスマスイブなので……いっぱい小説が書けるね!やったぁ!




