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85話 嘘のない答えを その2

 外に出て自販機に行き、俺は水を、一輝は緑茶を買う。

 少しの沈黙の後、苦々しい声が隣からした。


「テツさ、クラスから距離取ってたろ」

「……悪い」


「いや、責めてはねえよ。小道具の準備とかは、家でやってたろ? だから、そうじゃないんだけどな。……いや嘘だ。お前にこんな嘘ついてもしゃーねえから、言うわ。テツがいれば、こうはならなかったと思ってる。すまん」


 歯切れ悪く、けれどはっきりと言葉にされた。だから俺も、流せない。


 あの三人の中で、自分の役割はわかっているつもりだ。

 人の上に立ったり、誰かを引っ張る力のない俺は、その裏側でミスが出ないように立ち回る。一輝も、小日向も信頼した上で、それでも完璧ではないことを知っているから。


「なにがあった?」

「買い出しの発注ミスで衣装が揃わなくて、塗料が不足してる。まあそこまではよかったんだが……でかい問題が二つあってな」


「でかい問題?」

「看板が完成間際のタイミングで、小日向が事故った。買い出しのミスがあった直後で、焦ってたからな。作業中のやつにぶつかって、グチャッ。だ」


「…………」

「もう一つは、お化け屋敷の雰囲気作りでやるっつったストーリー作り」


「…………お、おう」

「忘れてたろ?」


「正直知らなかった」


 肘で脇腹を小突かれる。けっこうな強さだった。痛い。


「軽いストーリーを作って、印刷して、入場者に配るってなったんだよ。行列ができても、それで時間潰してもらえるし」

「いいアイデアだな」


「だろ? まあ、出来上がればの話だけどな」

「まだ完成してないのか」


「完成してないだけじゃない。担当してたやつが、午後になって早退した。――自分から立候補して失踪とか、どうしようもねえよなぁ」


 まあそんなもんだろうけどよ。と、諦めたふうに言ってペットボトルを開ける。


「なあテツ。お前なら、どうする?」


 作業ペースが遅れ、完成しそうだった看板は振り出しで、用意できるはずのストーリーは未だ白紙で……。


「なんもできないだろ。俺、一般人だし」


 一輝が言わんとしていることはわかる。

 わかるから、先んじて否定する。


「小日向を助けることも、奇跡的に作業を終わらせることもできない」


 ところ構わず飛び込んで、なにもかも助けようとするのは優しさじゃない。ただの自暴自棄だ。俺という人間は基本的に自分のことだけで手一杯で、無理をすればしわ寄せが来る。

 無理をしてでも守ると決めたのは、たった一人。そう誓った。自分の出した答えを、曲げるつもりはない。


「今あの教室で小日向を立ち直らせられるのが、お前だけだとしてもか? あいつが立ち直れば、まだ全体は回る。回れば、劣化版でも間に合わせられる」

「……そうかもな」


「お前がいないから、任されたからって理由で小日向が頑張って、それでミスって泣いてても、お前はまだ動かないのかよ……!」

「――っ」


 ああ、本当に。本当に嫌だ。

 なにげない会話で、適当にした約束だ。俺が全体の役員で、あまりクラスに顔を出せないから。任せたと言って、小日向が任せてと言ってくれて。その責任を背負おうとして、頑張ってくれる。

 いつだって眩しくて、誰よりも健気な姿が嫌だ。

 彼女との距離が、離れていくことが嫌だ。


 だけど一番嫌なのは、適当な気持ちで手を出して、すべてが曖昧になってしまうことだ。


「……それでも、俺じゃないんだよ。俺だけはだめなんだって、一輝ならわかるだろ」

「わかってるけどよ」


 一輝の示す先に、小日向が全体を押していく。そんなふうにして、あのクラスは進んできた。どちらか片方が崩れれば、簡単に回らなくなる。そんなアンバランスさを、俺たちは見ないできた。なんとなかっているからという理由で、目を逸らしてきた。


 俺もずっと甘えてきた。

 すごいやつを支えて、自分もすごくなった気でいたんじゃないだろうか。きっとそういう部分はあったと思う。俺自身の力でやってきたことなんて、数えるほどしかありはしないのに。醜い。吐き気がする。


 だけど、俺は俺の弱さから逃げない。

 弱さを真っ直ぐ見つめて、それでも傍にいてくれる人がいるから。それが俺の答えだから。


 目を閉じて、覚悟を決める。ふっと息を吐いて、力を抜く。

 俺は小日向を助けない。関わるかどうかも、俺が決めていいことじゃない。

 だから、違う道を進むしかない。その道は、勇気がいるけれど。勇気なら、もうここにある。


「一輝。小日向と二人で、ルリ先生のところに行ってくれ。作業時間を延長できないか相談してほしい」

「……考えがあるんだな?」


「どう転ぶかはわからんし、正直自信はないけど」

「わかった。こっちは任せろ」


 頷いて、一輝が教室に戻っていく。少し遅れて、俺も歩き出した。

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