表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/99

83話 つつがなく日々は続き その3

 しばらく待っていると、キッチンにいい匂いがし始める。フライパンの上では、着々とケチャップライスが作られていた。


 その横で野菜スープを作りながら、無駄のない動きでフライパンを一度開け、そこに卵を流し込み、慣れた動作で包み込む。


 途中からはあまりに真剣なので、俺も黙って見守っていた。

 食べなくてもわかる。絶対美味い。


 ……俺の手料理、大丈夫か?







 盛り付けのすんだ皿をテーブルまで運ぶ。二人分用意しておいた食器類が、ここにきて役立つとは。


「完成よ」

「ありがとうございます」


 湯気の立つスープとオムライスを前にして、深々と頭を下げる。

 オムライスってことはケチャップでなんか書くのかなー、とかふざけたこと考えててすいませんでした。普通に「お好みでどうぞ」だった。心が汚くて申し訳ない。


「食べてみて」

「いただきます」


 スプーンですくって一口。半熟トロトロの卵と、香りのいいケチャップライス。ほどよい塩気と、トマトの甘さが広がる。


「これを作ったシェフを呼んでくれ」

「私よ」


「マジで美味しい。すごい。なにこれ、どうやった? ほんとにうちにあった食材で作った?」

「ふ、普通にやっただけよ」


「常にこのクオリティか……」


 ちょっと張り切ったとかではなく、毎日これ?

 そんなん、これなしじゃ生きていけなくなるだろ。正直外食より美味しいし。


「喜んでくれたなら、よかったわ」

「最高です」


「今度は阿月くんが作ってね」

「ハードル高すぎるんだよなぁ」


 俺にできること……お米が炊けます。あとはそうだな、電子レンジが使える、とか。

 だからそんなキラキラした目で見るな。やめろ。やめてくれ。


「いちおう聞いとくけど、小雪の好きな料理は?」

「シュークリームよ」


 作れねー。


 こいつ、質問の意図がわかってないだろ……いや、なんかにやけてるな。


「からかってるだろ」

「そうね。少し、意地悪な答えだったと思うわ」


「じゃあ、心優しい答えは?」


 小雪は口元を手で隠して、しばらく考え込む。好きな料理と聞かれると困る気持ちは、俺もわかる。

 しばらくして、確かめるように彼女は言った。


「……ミネストローネ、かしら」

「自信なさげだな」


「しばらく食べてないから。あまり自信はないのよ」

「ふうん。ミネストローネ……ね。作れるかな」


 今の時代はレシピを検索すれば、簡単に出てくるけれど。美味しいと思ってもらえるかは別問題なわけで。練習しておくか。


「なんでもいいわよ。嫌いなものはないから」

「わかったよ」


 いわゆるあなたが作ってくれるならなんでも。ってやつか。めちゃくちゃ甘いような気がしたけど、ハードル高いな。

 試されている……は言い過ぎにしても、そういうことなのだろう。お互いを知る過程だ。相手がなにを、どのくらいできるのか。どんなふうに応えてくれるのかをすり合わせていく。


 全部を完璧にクリアする自信はないし、理想的ではあれないけど。ほんの少し踵を上げるくらいの努力は、続けていきたいと思う。


 食べ終わった後の片付けは、俺の役割だ。食器を洗うのはわりと得意かもしれない。手早く水切りに入れて、部屋に戻る。


「さて、この後どうしようか」

「いつもはどうしているの?」


「読書、ゲーム、ネットサーフィン」

「健康的ね」


「だろ? けっこういいぞ」


 肩をすくめて笑い、隣に腰掛ける。少しの距離を空けて、一息吐く。

 その隙間を埋めるように、静かに小雪が移動してきた。ぴたりと肩が触れあって、温かい体温が伝わってくる。抵抗せず受け容れると、そのまま肩に頭をのせてくる。


 図書館で眠って以来、よくくっついてくるようになった。


「この姿勢、お気に入りだな」

「嫌?」


「嫌じゃない」

「なら、このまま動きたくないわ」


「寝るのか?」

「眠くない」


「じゃあ、映画でも見るか。借りといたから」

「準備がいいのね。一回どきましょうか?」


「セットもしてるから、本当に一歩も動かなくていいんだ」

「先見の明ね」


 そんな大層なもんじゃないけど。リモコンをいじって、開始する。


「ジャンルはなに?」

「口にするのは非常に恥ずかしい」


「そういうことね」

「察しが良くて助かるよ」


 レンタルビデオ屋で小一時間ほど悩んで、なんの変哲もない恋愛映画を選んだ。誰か俺のセンスを笑ってくれ。







 映画を見て、ケーキを食べて、それでお開きになった。


 映画を見た後の会話は、思い出しただけで悶絶しそうになる。なにを言ったか思い出したくない。あり得ないほど歯が浮くことを言った気がするし、言われた気がする。


 阿月哲の黒歴史最新版である。

 恋愛映画……恐ろしい。

本気でイチャついてるとき、本気でしょうもないことしか言わない。


そろそろ真面目な話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 哲はいつ爆発するんでしょうか?
[一言] その程度なら、きっと黒にはならないよ。 大丈夫だ、強く生きろ!/w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ