79話 学校一の美少女は、告白されると――って告白された!?
恋人になったらなにをするかと話し合って、急になにかを変えるのも違うだろうという結論になった。急ぎ足になれば、大事なものを取りこぼす。
ただ、一緒にいる時間は増えるだろう。そうすることへの抵抗は、もうないのだから。
一緒にいて、その中で起こっていく小さな変化を積み上げればいい。
始業式の日、朝の駅。涼風の吹くホームで、並んで電車を待っていた。
「いい天気ね」
「だな」
「夏休み、終わったわね」
「残念?」
「そうでもないわ。今は、学校に行くのも悪くないと思うから」
「文化祭もあるしな」
「文化祭……」
その単語を何度か繰り返して、不満げな顔で俺を見てくる。
「どうして私、阿月くんと違うクラスなのかしら」
「文系だからだろ」
「今日から理系になるわ」
「無茶言うな」
深々とため息を吐く。
「修学旅行も別のクラス……」
「個人の自由行動なんてほとんどないだろ」
「でも、せっかくの沖縄だったら阿月くんとがいい」
「うっ――じゃあ、いつか行けばいい」
氷雨の羞恥心はちょっとズレているらしく、ちょっとした会話の破壊力が強すぎる。本人は平然としたふうなので、俺があまり反応するわけにもいかない。
「いつかって?」
「大学生になったら、お金貯めてさ」
「それは……いい考えね」
世界はたぶん、俺たちが思うよりもずっと小さい。どこへだって行けることも、この夏に知った。
電車に乗って、学校の最寄り駅で降りる。
そこから少し歩いたところで、気にしていたことを言ってみる。
「あのさ、名前の呼び方なんだけど」
「前々からその点に関しては、私も大いに不満を抱えていたわ」
「あ、やっぱり?」
「ええ。一人だけ永久にさん付けだから、なにかの嫌がらせかと思ったこともあるほどよ」
「ごめんって」
そういう意識は全然なくて、ただタイミングを逃しただけなんだけど。
「じゃあ、これからはなんて呼んでくれるの?」
「ええっと……試されてる?」
「試してるわ」
ここで日和ったら、けっこう怒られそうだな。呼び方に関しては気にしてるみたいだし。
じゃあ、思い切って。
「小雪」
「はぁ。まあ、恋人相手ならそうやって呼ぶのが普通でしょうね。意外性には欠けると思うけど、及第点ね――」
言いながら、スタスタと歩き出す。
「おい、ちょっとこっち向け」
「嫌よ」
チラッと見えた頬が赤らんでいるのは、まあ、そういうことだろう。
「――小雪」
「うっ」
肩をぴくっと跳ねさせて、立ち止まる。
「な、なに?」
「今までごめん」
「最初っから気にしてないから。ただの冗談よ」
唇を尖らせているのは、照れ隠しからか。いまいち感情は読めないが、怒っているわけではなさそう。
「ってことは、俺の呼び方も変わったり?」
「阿月くん」
「あ、そっちは固定なんだ」
……ほんとに怒ってないよな?
◇
始業式が終わって、昼休み。
一輝に呼び出され、人気の少ない非常階段に座り込む。
元々、こっちから話はしようと思っていたので都合がいい。察しのいい一輝のことだから、既に勘づいているかもしれない。
……っていうか、朝から一緒に登校してたし。そろそろ噂になっててもおかしくはないと思うんだけど。
ただ、それらの事情を鑑みても、俺から言うのが筋だろう。
「先にいいか?」
「阿月哲、発言を許可する」
「小雪と――氷雨と付き合うことになった」
「あっそ」
「軽くない!?」
あまりの対応に驚く俺と、それをよそに焼きそばパンをもそもそ食べる一輝。
「いや、別に驚くようなことじゃねーだろ。なにを今更、そんなこと」
「にしても、もっとこう、あるだろ。それっぽい反応が」
「ねーよ。知ってたし」
「……そっか」
一輝は誰から聞いたかは言わなかったし、俺も聞かなかった。
だから話を最初に戻す。
「んじゃあ、一輝の話ってなんだ?」
「ああ、それなんだがな。さっき氷雨が告られてた」
「告られてた!?」
「告白されてた」
「告白されてた!?」
「すげー動揺するじゃん。おもしろ」
「いや、心穏やかではないだろ。そんなことあったら」
自分でも情けないくらいに驚いてしまった。小雪が告白されることなど、日常茶飯事だというのに。夏前なら、「ふーん」の一言で済ませられたことなのに。
「しっかりしろよ、カレシくん」
「お前な……他人事だと思って」
「他人事だろ?」
「そうだけど」
「安心しな。ちゃんと断ってたから。『私は阿月くんの恋人なので』って」
「いやまあ、断るだろうけどさ」
不安になってしまうのも、一つの変化であり、もう変えられないものであり、変わらなくていいものだとは――思う。
けど。
「――ずっと断り続けてくれるとは限らない。と、思うテツであった」
「んなこと思ってねえよ。……ただ」
「ただ?」
「難しいなぁ、とは思う」
ぼんやりと空を見上げながら呟くと、一輝はハッ、と気持ちよく笑った。
「ったりまえだ」




