表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/99

73話 君までの距離 その4

 ジェットコースターにもいろいろあって、コースターが一気に水へ飛び込むようなものもある。


「うおおっ!」

「ひゃーっ!」


 加速した車体が水にぶつかる衝撃と、飛び散る水滴。夏の気温で火照った肌に、爽やかな刺激が走る。

 減速していくコースター。隣の小日向と目が合うと、二人して笑ってしまう。


「気持ちよかったな」

「ね」


 何度も繰り返し乗っているうちに、ブレーキが外れたのか、あるいは安全だと悟ったのか、自分でもわかるくらいテンションが上がっている。

 あれだけ怖れていたものが、今では好きなものの一つになっている。


「うわっ、もうこんな時間か……」


 ただ、楽しくなってきた頃に時間切れ。というのはよくあるもので。気分はこれからでも、あっという間に日は傾き、閉園時間は近づいてくる。


「時間的に、次が最後かな」


 パンフレットを眺め、考え込むように小日向が言う。


「最後、か」

「行きたいところがあるんだけど、いい?」


「ん。じゃあそこで」


 最後に選んだものは、大きくて、遠くからでも簡単にわかった。


「せっかくだから、乗っておきたいなって」

「わかる」


 遊園地と聞いたときに、真っ先に思い浮かぶものだ。そしてこれは、最初から苦手ではなかった。


「高いけど、大丈夫?」

「平気。ゆっくりだから」


 ゆったりと回る観覧車を見上げて、ポケットに手を入れる。

 初めて遊園地というものに行ったとき、幼い頃に経験したからか、苦手意識はない。


 テンポがいいから、列も短い。すぐに乗れそうだ。


「いいよな、観覧車って」

「そ、そうですね」


「ん? どうした」

「な、なんでもないよ? 観覧車、いいよね」


 急に態度がよそよそしいというか、慌てたふうになる。俺が首を傾げると、小日向は咳払いを一つ。


「いつも、最後は観覧車って決めてるんだ」


 列に並んで、順番はすぐに回ってくる。

 だが、やってきたゴンドラはなにか様子がおかしかった。


「な、なあ小日向。あれなんだけどさ」

「う、うん。……来ちゃったね」


 ぱっと見でもかなりレアな部類に入るカラー。いや、カラーという表現はおかしいな。

 だってそのゴンドラには、色がないんだから。


 全面が透明な、いわゆるスケルトン。上も下も丸見えの、特別仕様だ。


 後ろに人がいるから、立ち止まるわけにはいかなくて、乗る。


「こういうのって、別料金じゃないのかよ」

「ここはランダムなの。あたしも、乗るのは初めて」


「そのラッキーを素直に喜ぶ自信がないんだが」

「あはは。すごいね、これ」


 向かい合って座った俺たちは、揃って背筋を伸ばし、カッチコチに固まっていた。

 外の景色を見ようとすれば、否応なく目に入ってくる鉄骨。異様なほどはっきり伝わってくる高さ、揺れ、軋む鉄骨。


「これって、なんの意図で作られたんだろうな」

「どうなんだろ。度胸試しじゃないかな」


「観覧車にそんな要素いらんだろ」


 こっちは景色を楽しみたいってのに。じっくりねっとりスリルを与えられても困る。心の準備ができていない。準備ができていたら、逃げていたかもしれないが。

 乗ったからには、逃げ場などどこにもなく……


 風に煽られ、ゴンドラが大きく揺れる。ぴくっと肩をすくめて、小日向が縮こまる。


「大丈夫か?」


 咄嗟に身を乗り出して尋ねる。風はすぐに止んで、視線が合う。大きな丸い目がじっと俺を見つめて、それからくすりと笑う。


「テツくんこそ、怖くないの?」

「え、いや。揺れたのは驚いたけど、なんでだろ」


「なにそれ。あははっ」


 自分より怖がっている小日向を見たら、そっちに意識が持っていかれた。みたいなことなのだろう。


「実はけっこう怖いので、隣に来てくれませんか?」

「お、おう。じゃあ、そうさせていただこうかな」


 やけに改まった口調で言うので、俺も妙な調子で頷いた。

 恐る恐る立ち上がって、移動する。小日向の左側。夕陽の側で、これがけっこう眩しい。避けるように顔を動かすと、また目が合った。今度は、さっきより近くで。座っているから、顔の距離も近い。


「肝試しのときもさ――」


 静かなトーンで、小日向が切り出す。


「あたしが怖がったとき、テツくんは落ち着いてたよね」


 確かにそうだった。あの時も、俺は冷静というか、普通にできていた。自信があったわけでもないし、勇気を振り絞ったつもりもないのに。


「たまたまだと思うけどな」

「そんなことないよ。いつもそうだった。いつも君は、誰かが困ってたら放っておかなかった。そのことを、あたしは知ってる」


 ゴンドラは頂点に達し、夕陽のオレンジが小日向を照らす。

 眩しそうに目を細めながら、それでも、俺のことを見たままで――


「だから好きなんだ。テツくんのことが、大好き」


 淀みなく言い切って、はにかんだ。

 俺は言葉を失ってしまって、我ながら情けないくらい動揺して、それを見て小日向が笑うまで、まともに言葉が見つからなかった。


「ごめんね。困ったでしょ?」

「違う。そうじゃなくて、困るとか、嫌とかじゃない。全然。全然って、おかしいよな」


 小日向が俺のことを好いてくれている。そのことは、なんとなくわかっていたつもりだった。だけど、こうして真っ正面から言われると、考えていたようにはいかない。


「ううん。いいんだよ、困って。だってあたしたち、ずっと友達だったから」


 関係が変わる。変わらざるをえない。

 できていたはずの覚悟は、簡単に崩れる。名前のない関係は不安定で、確かなものに縋りたくなる。


「すぐじゃないくていいから。決まったら、教えてくれる?」


 決まったらでいい。

 その言葉に甘えて、二年待たせた相手がいる。できるなら、すぐに答えたい。


 だけど、考えないといけないことだ。その場の勢いで済ませて――たとえそれで後悔することはなくとも、時間を置く意味などなくとも、俺は、落ち着いて考えたい。そうすると決めた。自分のエゴで。自分でその責任を持つと決めて。


 その代わりに、どうにか作った表情で、今言えることを、絞り出す。


「ありがとう」


 どんな葛藤も、痛みも、すべてが愛しさと同じだけの価値を持つ。

 だから俺は、笑っていたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 正式な告白。宣戦布告。戦場では、誰もが傷つかないわけには行かないのだけれど。 考えなきゃいけないけど、考えたら答えが出る問題っていうわけではないよね。じゃあいったいどうしたら答えが求められる…
[良い点] 小日向ちゃん、頑張った! [一言] 遊園地の最後は観覧車だよね。 で、観覧車に二人となると…そんな雰囲気になるよね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ