70話 君までの距離 その2
遊園地というのは端的に言ってしまえばデートスポットで、入り口から恐ろしい密度でカップルがいる。統計をとれば、全体の七割はカップルになりそうだ。特に今日のような平日。家族連れの少ない日だと。
「チケットは――と」
宙を指でなぞりながら、ふと視線が止まる。
「あ」
隣にいた小日向も気がついたらしい。
受付のお姉さんと、固まった俺たちと、【カップル割】の文字。
いやでも俺たち、カップルではないし……やっぱり一般で二人分買ったほうがいいのか? とはいえ、一人四〇〇円の割引はでかい。
「…………」
「…………」
ちらっと目配せしてくる小日向。小さく頷く俺。
「あの、これでお願いします」
なるべく自然に、お得なチケットを頼む。「カップル割ですね!」とやけに溌剌とした係員さんの声。やめて。
「あう……」
顔を赤くして撃沈する小日向。表情筋をガッチガチにして支払いを済ませる俺。
乗り物のチケットも買って、園内に入る。
視界が開ければ、だいぶマシになるもので。小日向も顔を上げ、ぱっと表情を明るくする。二つもらったパンフレットを、片方渡す。
「どれから行く?」
「やっぱり、爽快にジェットコースターとかかな」
「オん」
変な声出た。
「どしたのテツくん?」
「いや、大丈夫。なんでもない」
「ほんとに?」
「おう。いけるいける。ところで、どれくらいの速さだろうな」
「百キロぐらいじゃない?」
「遅いな」
変化球と同じくらいのスピード。大したことないじゃないか。
一四〇だったら打てないけど、一三〇までならなんとか見える。見えるものは怖くない。オーケイ?
「おおっ、さてはテツくん。上級者だね」
「いや、経験値は全然ないけど」
レベルでいったら余裕の1。初心者にもほどがある。
ただ、乗ったことがないのに怖れ続けるのも違うだろう。やってみて、それで無理なら無理でいい。
「その次は、空中ブランコで」
「あれさ。途中でヒモがもげたりしない? ブランコ吹っ飛ばない?」
「吹っ飛ばないよー」
けらけら笑う小日向。
「前にテレビでやってたけど、百キロの芸人さんも大丈夫だったよ」
「遠心力エグそう」
よく吹っ飛ばなかったな。やはり日本の技術力は偉大。みたいなこと言っとけばいいのだろうか。
「それで、その後はどうする?」
「この、お化け屋敷みたいなのはどう?」
「おbkyしき?」
驚きが母音を置き去りにした……。
「ちょっと違うみたいだけど。びっくり屋敷って書いてある」
「かかってこい」
お化けがいないとなればこっちのもんだ。
途端に強気になる俺、冷静になるほどださいな。
「その後お昼ご飯。みたいな感じでどうかな?」
「いいんじゃないか。ズレたら、その都度調整って感じで」
「そだね」
そんじゃいきますか、と。軽く呟いて歩き出す。
ジェットコースター……ジェットコースターね……。ま、なんとかなるだろ。
多分。
◇
当然と言うべきか、アトラクションの前には長い列ができていた。一度にけっこうな人数が乗るとはいえ、15分ほどは待つようだ。
遊園地というのは、待ち時間のほうが長いものらしい。
「夏休みが終わったら、文化祭だね」
「だな。今年はどうなることやら」
この間、SNSでやったアンケートによりクラスの出し物はお化け屋敷になった。軽く提案したところ、大人気で、あっという間に過半数以上の票が集まった。
「テツくんは、文化祭委員なんだっけ」
「おう。ルリ先生にぶち込まれた」
文化祭委員とは、各クラスから数名が選出され、全体の運営に携わる役員のことだ。やりがいはあるが、いかんせん当日が忙しい。
「本番は任せたぞ」
「うん。ばっちりやるから、心配しないで」
「いろいろ決めないとな。お化け屋敷だと、コンセプトとか」
「キョンシーみたいな?」
「そういうの」
予算は学校からもらえる範囲で、資材も買わないといけない。
「お化けメイクとかやるのかな」
キラキラした目で、小日向は両手をぎゅっと握る。
「ハロウィンみたいな?」
「そう! 最近のメイクってすごいんだよね。テツくんにもやってあげるよ」
「俺? 俺はいいよ」
「いやいや。絶対似合うから、ね」
「嬉しくないんだが!?」
お化けが似合うとか、別に褒め言葉でもなんでもないよな。
「褒めてるよー」
「じゃあ、具体的になんの化物が似合う?」
「吸血鬼とか。どうかな」
「ん……それは、どうも」
ゾンビとかだったらショックだけど、吸血鬼はなんかこう、すらっとしたイメージがあるからな。
「じゃあ、小日向は?」
「ゾンビ! 顔色悪くして、ちょっとドロッとしたメイクにして、血のりつけてナース服着たい!」
「ゾンビ愛がすごい」
想像してみようとして、途中でワケがわからなくなった。最近の技術は恐ろしいから、きっと小日向だとわからなくなるのだろう。
ナース服は……うん。けっこう気になる。たぶん、男子は全力で賛成するだろう。俺たちはナースに弱い。
そんな会話をしている間に、列はどんどん進んでいく。
いざ目の前に来ると緊張するもので、気を紛らわすために会話が捗る好循環。今の俺なら関西人と張れる。
会話が捗れば時間は短く感じるもので、あっという間にジェットコースターの席にぶち込まれる始末。「安全バーの確認をお願いします」じゃなくてだな。やっぱこえーわ。百キロ? 確かに野球ボールだったら遅いけど、俺は野球ボールじゃないし(重要)。
全力ダッシュって時速何キロくらいなんだろうか。えっと、100メートル走十五秒として、1時間が三六〇〇秒だから――二四キロ!?
全力ダッシュの四倍速ってマジかよわけわかんねえな。
「緊張してきたね」
「お、おう」
俺と小日向ではその桁が違うと思う。小日向、目をキラッキラさせてるし。いつも通りにこにこしてるし。
可愛いなちくしょう。
前を向いて、平気なフリをする。このくらいの見栄は、まだ張ってもいいだろ。
出発の合図、ゆっくりと加速していく。
とりあえず、意識だけは保っていよう。




