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69話 君までの距離 その1

 俺は、どちらかといえば悲観的な人間なのだと思う。人から褒められると、疑ってしまいそうになる。この先のことを考えるにしても、まず最悪の状況をイメージしてしまったりする。


 けれど。


 そんな俺でもわかるくらい、はっきりと彼女は笑顔をくれた。

 本当なら、怪我での一件が終われば済むはずだった関係。繋ぎ止めてくれたのは、小日向だ。


 誰にでも笑顔で、誰からも好かれる彼女は、俺の近くにいてくれた。


 スマホの画像フォルダをスクロールすれば、去年の文化祭、球技大会、ことあるごとに撮った写真が出てくる。


 ウェイトレスの小日向を中心にして、一輝と三人で撮ったもの。作業中、クラスメイトから撮られたツーショット。球技大会、一輝と肩を組んでいる写真は、小日向が撮ってくれた。


 高校生活。俺の記憶には、いつだってあの笑顔がある。

 きっかけなど、今となってはわからない。どうでもいい平凡な日々の中で、繰り返される当たり前と共に、彼女に惹かれていった。


『今度、二人で遊びに行かない?』


 メッセージが送られてきたとき、正直びびった。思わずスマホを落としそうになって、部屋の中で転んでしまうくらいには。


 柄にもなく心臓がバクバクして、三度見直してようやく現実だと受け容れた。

 一年。仲良くやってきてはいるが、小日向から、二人で誘いがくるのは初めてだ。その場の流れで二人で行動することはあったけど……。


 どうするべきか。そんなこと考えるのは無意味だ。

 誠実の意味など、今となってはわからない。

 だから正直であろう。


 返すメッセージは、簡素なものだった。


『いつでも空いてる。どこ行く?』







 日差しは少しずつ弱まっている。暑いことには暑いし、衣替えもまだだけど。確かに季節は変わっていく。


 改札を抜けて、電車に乗り込む。遊びに行くにしても、電車に乗らないとどうしようもない。高校生というものは不便だ。


 次の駅で開かないほうのドアへ背中を預け、ぼんやりと外を眺める。

 決めなくてはならない。


 小日向か、氷雨か。もう、目を背けられない場所まで来ているのだ。


 この好きは、そういうものだ。どちらか片方しか持ってはいけないものだ。それくらい、もうわかる。恋を知らない人生じゃない。嫌になるほど知っている。


 氷雨に対してやってること、実質保留だしな……。

 まあ、その点に関して言えば。小日向にだって、そうなのかもしれない。

 苦手な料理をして、お弁当を作ってきたのだと。言ってくれたあれが、そうじゃなかったらなんだというのだ。


 気がつかないほど鈍感じゃない。ただ、認められる余裕がなかった。

 余裕ができたら、一気に押し寄せてきた。それだけだ。


 電車が止まり、ドアが開く。

 タン、と軽い音を立てて入ってくる少女。人の流れの中で、彼女だけが鮮明だった。


「こっち」


 軽く手を挙げると、歩いてくる。


「お、おは、おはようテツくん」

「大丈夫か?」


 途中で何度かつまずきそうになって、なんとか隣に。


「ど、どうにか」

「ものっすごいぎこちないけど」


「そ、そんなことないよですよ?」

「語尾エグいことになってるじゃん」


「実はちょっと緊張してたり……します」


 小日向がはにかんで、頬をかく。

 白地のシャツに、短めの黒いスカート。困ったように揺れるポニーテール。

 うっかりすると、見蕩れそうになる。


「遊園地でいいんだよな?」


 話題を逸らして、今日の予定を確認する。


「うん」

「言ってたもんな」


「宿題、頑張ったんだよ?」

「終わったのか?」


「あとちょっと」

「偉いな。部活も大変だろ?」


「うーん。大変って言っても、そんなにかな」

「そうなのか?」


「だってほら、午前中で終わるし。なんだかんだ、時間はあるんだよねえ」


 そういうもんか。

 確かに、陸上部が一日練習しているイメージはない。


「テツくんは最近、なにしてるの?」


 電車が揺れる。そのリズムに合わせて、車窓から差し込む日差しも揺らぐ。


「そんな大したことはしてないけど――」


 くだらないやり取りが心地よいのは、きっと彼女が特別だからだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔、二人の人を好きになったときは 悩んだ挙句、最終的にどちらが死んだほうがより悲しいか、 悲しい顔をさせたくないのはどちらか、 を想像して相手を決めたことがありました。 不遜な方法だけど本当…
[一言] 『作者へ』 気づいたら最新話でした。なんかトリック使いませんでしたか? 『未知なる読者より』
[一言] 今度は、自分の意志でしっかりと見極めないといけないかあ。だれにも責任転嫁できないもんね。 小日向さんは、ある意味長さか。氷雨さんは、深さかな。でも、氷雨さんが動いたのがきっかけではあるんだろ…
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