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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
四章 運命になれなかった初恋へ
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57話 阿月哲 その2

 一階に降りると、既に夕食は終了ムードだった。リビングのソファに座って、親たちはアルコールに手を出している。


「おう、帰ったか哲」


 顔が赤くなった父さんが手を挙げ、一緒に花音の両親も声を掛けてきた。軽く会釈して、「お久しぶりです」と挨拶。

 立ち上がった母さんが、「お寿司残ってるけど、食べる?」と聞いてくる。


「もらうよ。お腹は空いてる」

「お味噌汁は?」


「ほしいけど、自分で温めるから」

「いいから、座ってなさい。花音ちゃんと話したいことがあるんでしょ」


「別に……」


 少なくとも、この場所でしたい話なんて一つもない。

 けれど母さんの圧は強く、ダイニングの椅子に座らざるを得ない。


 先に腰掛けていた花音は、凛と楽しそうに話していた。俺は凛の隣に箸を置く。


「哲にぃ、爆睡だったね。起こしてもびくともしなかったよ」

「悪かったな」


「なのでいくらは全部食べちゃいました」

「いいよ。特別好きってわけじゃないから」


「哲は――穴子が好きだったよね」


 探るように、花音が会話に入ってくる。


「ん。ああ、そうだよ」


 その通りだ。俺は寿司なら、まず真っ先に穴子を食べる。正解だとわかると、花音は安心したふうに笑った。でも、表情はかなり固い。

 人のことを言えた立場じゃないけどさ。


 正直、寿司も味がよくわからない。舌にのっけて、その瞬間はわかるけど、胃に落ちたら忘れてしまう。

 母さんがくれた味噌汁も、懐かしさに浸る余裕はなかった。


 目の前に花音がいる。その事実が、どうしようもなく頭の中をかき乱す。


「うむむ……」


 隣でなにやら唸っている凛。ちらっと見ると、やけに険しい表情。


「どうした」

「気まずい」


「はっきり言うなって」

「哲にぃが聞くから」


「にしてもだ。ちょっとは誤魔化せよ」


 誰もが気がついていることを、わざわざ言葉にする必要はない。


「でも、気まずいものは気まずいんだよ。ね、花音さんもそうでしょ」

「しょうがないよ。二年ぶりだから」


「うむむ……。あれ、哲にぃはもうご飯終わり?」

「そうだな。ごちそうさま」


 食器を持って、流しに置いておく。洗おうとしたら、また母さんに止められた。久しぶりに帰ってくると待遇が良すぎて、逆に落ち着かない。


「哲にぃ。凛ちゃんはアイスが食べたいです」

「はぁ?」


「ついでだし、お菓子と飲み物も買ってきてほしいです」

「自分で行けよ」


「これは花音さんと二人で行ってねっていう、妹ちゃんからの超絶ナイスパスでしょ!? なんでわかんないの鈍感!」

「わかりやす過ぎるんだよアホ!」


 おりゃーっと掴みかかってきた凛を引っぺがす。邪魔だこの、マジで、マジで離れろ。こいつ……しがみつく力が昆虫レベルだ。びくともしねえ。


 はっきりとした意思を持って、割り込んでくる声。


「行こうよ。哲」

「ほらほら、花音さんも言ってるじゃん」


 ポーチバッグを手に取って、花音が立ち上がる。勝ち誇ったような表情で、凛は元の位置に戻った。


「お前……ほんとに後で覚えてろよ」

「甘いね。凛ちゃんはついに撃墜コンボを習得したのだ」


「まったく」


 ムカついたのでほっぺたを軽くつねっておいた。やられる側は、ふにー、と楽しそうにしていたので、ストレス解消にはならなかった。







「気を遣ってくれたみたいだね。凛ちゃん」

「にしても、もうちょっとやり方があるだろ」


 夜八時。すっかり暗くなった住宅街を、俺たちは並んで歩く。

 距離感はおぼつかなくて、離れたり近づいたりを繰り返す。どこにいても収まりが悪い。


 昔と同じ場所を探すから、ズレて感じるのだろう。背が伸びた。視線が変わった。あの頃よりずっと、花音は小さく見える。同じような位置を探そうとしても、そんなものは存在しない。


「凛ちゃんはさ、わざとああやってるんだと思う」

「わざと? まさか」


「哲はわかってないなぁ」


 呆れたような、どこか間延びしたトーン。いつも歯切れよく喋る花音の、まったりした、俺を諭すときの声。

 なにもかも違うはずなのに、それでも、ああ。目の前にいるのは、花音なんだと思い知らされる。


「頭がいいんだよ。だから自分がバカっぽくして、空気を和らげてくれる」

「…………」


「ほら。凛ちゃんのおかげで、私たちは話せてるでしょ」

「そうだな」


 ため息が漏れてしまう。凛にはそんなふうに育ってほしくなかった――というのは、俺のエゴなのだろう。

 あいつは考えてくれている。だから、ありがたく従うべきなのだ。


「せっかくなんだし、寄り道しよ」

「どこに?」


「んー。適当な公園でいいんじゃないかな。立ち話もなんだし」


 公園に行きたいと言われて、思い当たるのは一つしかなかった。

 適当なところでいいと言ったのは、嘘だろう。


 途中の自販機で飲み物を買った。俺はコーヒー、花音は水。


「哲、コーヒー飲めるようになったんだ」

「まあな」


「オトナッポイデスネー」

「おい棒読み」


 蓋を開け、一口。


「美味しいの、それ? ずっと不思議なんだけど」

「美味いと思ったことはない」


「じゃあ、なんで飲むの?」

「好きだから」


「ふーん。よくわかんない。でも、いらなくなったんだね。砂糖とミルク」


 ゆらゆら歩いて、花音は目的地の公園に入っていく。

 真っ暗な中、街灯に照らされたブランコと滑り台。おまけのように設置されたベンチ。


 なんの変哲もないただの公園だ。

 だけど、ここは俺たちにとって特別な場所だ。


 何も言わずに、花音はブランコに立った。膝丈のスカートなんて、まるで気にしないみたいに。


「見たら殺すから」

「気にするのかよ」


「そりゃ気にするでしょ。女子高生ブランド舐めんな」

「へいへい」


「だから、哲も乗ってよ。横なら、見えないでしょ」


 アホかお前は。そうやって返そうとして、飲み込んだ。

 花音の目は真剣だったから。


「ったく、なんでこんなこと……」


 渋々、もう片方のブランコに座る。俺は漕がないで、隣できーこきーこと揺れる花音を眺める。

 これじゃあまるで、焼き直しだ。





 二年前。


 花音が俺に告白した日も、同じだった。


 校門の前で唐突に、「大事な話があるから来て」と頬を赤くして宣言。てっきりそこらへんの木の下とか、川沿いに行くのかと思っていたら、小さな公園で。


 無言でブランコに乗った花音に合わせるように、俺もブランコに座って。


 きーこきーこと、生ぬるい音を鳴らしていた。ずいぶん長い間、それを隣で聞いていた。


 いよいよこれは告白じゃなくて、もっと別のなにかじゃないかと思った頃に、降りたのだ。

 花音が降りて、俺も降りて、そして――


「好きだよ、哲」


 と。

 想いを告げられたのだ。





 また告白されるのか? まさか。そんなはずがない。


 花音には新しい居場所があって、そこでの出会いもある。当然のように、男が放っておかないだろう。魅力的だからな。そのことは、俺が一番よく知ってる。


 だからあの時とは違う。

 俺はもう、待たなくていい。


「長野はどうなんだ?」

「暑いよ。そっちは?」


 当然のように答えが返ってきた。向こうから振る話題はなかったようだ。


「茨城も暑いぞ。蝉が鳴く」

「本州全部そうっぽいね」


「らしいな」


 そうそう。と軽い相づちを花音が打って、一旦話が途切れる。

 けれどその沈黙は、すぐに別の話で埋めた。


「マネージャー、やってるんだってな」

「野球部。ほんっとに大変なんだからね」


「メールで伝わってくる」

「キャッチボールの練習、今もしてるから」


「例のイケメン外野手と?」

「イケメン君、彼女いるけどね」


「ふーん。え? ああ、そうなんだ」


 そういうのじゃないから、とやけに強く否定する花音。

 別に、俺が勘違いしたってなにも起こらないだろ。


「なんでまた、ボールなんか投げようと思ったんだよ」

「甲子園、目指しちゃおっかなーって」


「なんて?」

「嘘嘘ジョーダン。なんとなく、なんとなくね。そーいう哲は、野球やってないの?」


「やめたよ。グローブもこっちに置きっぱなしだ」

「そっか。遊びでもやってないんだ……」


 次第に遅くなる、隣のブランコ。

 軽やかな靴の音を立てて、花音が降りる。合わせて俺も立ち上がる。


 そろそろコンビニに行って、戻らないと。凛はいいとして、親がなにを言い出すかわからない。


「明日、空けてるよね?」

「おう。一日空いている」


 メールをしていく中で、決めたのだ。

 丸一日遊ぼう。


 それで、全部終わりね。


 提案してきたのは花音からだった。拒否する理由はなかったから、俺は賛成した。


「小樽行こうよ。せっかくだし」

「電車か?」


「うん。朝早く行って、夕方に帰ってくるやつ」

「わかった。そうするか」


 十四年見てきたのと同じ笑顔で、花音は言った。

 俺も軽く微笑んで、それから二人して、なにも言わなくなった。


 本当に好きだったんだなと、忘れられなかったんだなと、当たり前のことを自覚する。

 呪いとほとんど同じ強さで、俺は花音との記憶に縛られていた。

 そしてそれは、おそらく花音も同じ。


 強く繋がったこの関係は、きっともう、お互いにとって重荷でしかない。この先には持って行けないから、せめて最後は綺麗な形で。


 俺が好きだった君のままで。

 あるいは、君が好きだった俺のままで。


 お別れをするのだ。今度こそ、はっきりと。

 そういう一日にしよう。


 浮ついた言葉はそぐわないけど、それでも。

 最高のデートをしようと、心の中で誓った。

明日 阿月哲:過去回です。

 心の準備を

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― 新着の感想 ―
[一言] うわ…空気が重たい… 凛ちゃんがいなかったら潰れちゃうとこだな。 で?更に心の準備?((((´・ω・;`))))
[一言] 切なくて、胸が苦しいです。 せっかく両想いだったのに、一度も付き合うことなく。。。長い人生なのだから、もう一度チャレンジしてみたって良いじゃないか!
[一言] 初恋は呪いだって? まださ、子供なんだから。綺麗に思い出にしようなんてかっこつけなくたっていいじゃない。もっと、泣きわめいて駄々こねたっていいじゃない。二年前も、今も。 無理にスマートにしよ…
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