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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
三章 その未来に、あなたがいないなら
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54話 氷雪の女王はもういない

 伏見英二が、初めて氷雨小雪を見たのは四月。入学して間もない時期だった。

 二年生に、とんでもない美人がいる。という噂があったのだ。ミーハーな英二は、当然のように食いついた。何人かの友人と、こっそりその先輩を見に行ったのだ。


 二年四組の、奥の方。窓際の席に座った彼女こそがその人だと、一目でわかった。それほどまでに、隔絶した存在だった。


 綺麗な人だと思った。表情を変えず、姿勢を正し、誰と交わるでもなく自分のテリトリーを守っている。きっと心が強い人なんだろう。自分なら昼休み、というか暇があれば誰かとつるんでしまう。一人では退屈だし、なんか寂しいし、惨めだと思ってしまう。


 なのに、彼女からはそういった雰囲気がいっさい感じられなかった。

 一人で十分。むしろ、他の誰かが加わればその可憐さは損なわれてしまう――そんなふうに、感じた。


 だから。

 だからきっと、それは恋ではなかった。


 多くの男子生徒がそうするように、氷雨小雪という存在は観賞用に過ぎず、告白して玉砕した同胞を「馬鹿だなぁ」と笑い慰める。

 玉砕した彼らも、きっと恋ではなかった。


 憧れと恋情はどこまでも似ているが、同義ではない。


 勝算もなく挑めるのなら――フラれるとわかっていて踏み出せるのなら、その程度の感情。人生という経験に一つバツをつけるだけの、いわゆる負けイベントを消化するに過ぎない。


 恋とは恐れる心だ。

 英二は、今更ながら知った。

 自分には、それが欠けていることを。







「氷雨先輩は、怖いの大丈夫なんですか?」

「ものによるわね。でも、幽霊なら大丈夫よ。実害はないもの」


「実害……」

「痴漢暴漢悪代官に比べれば、たいしたことないわ。塩で倒せるもの」


「ナメクジと同じ扱いなんすね。あと悪代官て」


 ちょっとしたところでボケてくれる。先輩側がそうすると、自然にエージも話しやすくなる。


「エージくんは、むしろ好きそうね」

「そうっすね。自分、お化け屋敷とかガンガン行くタイプなんで」


「お化け屋敷。……どんなものなの?」

「あっちこっちから怖いメイクをした人が飛びかかってくるんすよ。ま、脅かすだけなんで、安全ですけど」


「怖いメイクというと、ゾンビ……とかかしら?」

「コンセプトによりますよ。病院が舞台なら、ナースとか患者とか。場所によりけりです」


「奥が深いのね」


 いい感じだな、とエージは思う。

 恋愛っぽい雰囲気じゃないけど、普通に話せている。誰も寄せ付けないはずだった氷雨小雪は、知らない間に普通の女子になっていた。


 だからこそ、違うなと思う。

 ここに自分がいるのは、違うなと。どこまでも冷静に、悟ってしまう。


 ショックではなかった。当然だ。恋なんてしていないんだから。彼女ができればラッキー、できなくても次がある。その程度だ。

 その程度では、この人に手を伸ばせない。


「テツ先輩のこと、誘ったらいいんじゃないっすか」


 氷雪の女王は、もういない。

 氷は溶け、ここにいるのはただの可愛い女の子だ。そして、溶かしたのはエージではない。


 たった一日でも、十分にわかった。氷雨小雪は、阿月哲のことを特別に信頼している。ビーチバレーのときも不安そうな顔一つしなかったし、水を真っ先にかける相手に選んだのも阿月哲だったし――ところどころに、現れるのだ。

 隠しきれないほど、鮮明に。


 だから、エージはパスを出す。


「阿月くんを? ……どうして?」


 なのに、返ってきたのは予想外の言葉。

 心底不思議そうに、小雪は首を傾げていた。


「え、だって氷雨先輩……」

「阿月くん、怖いのが苦手だと思うから――楽しめないと思うわ」


「ん? テツ先輩が怖いの苦手……って、そうなんですか?」

「さっきも一人だけ乗り気には見えなかったわね。そう見えないように、振る舞っていたんじゃないかしら」


「そうは見えませんでしたけど」


 思い返してみる。どうだっただろう。エージにはよくわからない。わからないけど、肝試し前後は、哲の存在感が異様に薄かった気がする。

 でも、怖いアピールはしてなかったような。むしろ俺は平気だけど、みたいな雰囲気じゃなかっただろうか。


「どうして隠したんですかね」

「それは私にはわからないけれど――」でも、と小雪は続ける。「あの人は、いつもそうなのよ」


 諦めたような、呆れたような、どこか困った笑みを浮かべる。

 その表情は、なぜか満足そうで。


 敵わねえなぁ。敵うはずがねえよなぁ。

 と、伏見英二は空を仰ぐのだった。


 森は終わり、何事もなく彼らの肝試しは終わりを迎える。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エージ、わきまえているようで良かったw
[良い点] 話の展開から流れまでめちゃくちゃ面白くて夜中に一気読みしてしまいました。面白い作品をありがとうございます。応援しています。
[一言] 本人に自覚がないだけで、心のなかにはしっかりテツ君が住み着いてるんですね
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