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学校一の美少女は、告白されると俺の名前を出して断るらしい  作者: 城野白
三章 その未来に、あなたがいないなら
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51話 かつての君と、今の俺と

 割ったスイカを食べきる頃には日が落ち始めていた。

 スイカは小玉で、おやつにちょうどいいサイズだったのだが……それゆえ、割ろうとしても当たらなかった。小さいし、低いし。


 俺や一輝なんかは、立ったままではどうしようもなく、膝をついて棒を振る羽目になった。ちっとも威力はでないし、なんか恥ずかしいし。楽しい試練。という表現がしっくりきた。


「じゃ、撤収するかね」


 パラソルに手を掛け、一輝が言った。

 それぞれが残念そうな顔をしたが、作業自体はスムーズに進んだ。このあたり、高校生だなと思う。中学生では、こうはいかない。


 シャワーで海水を流して、着替えて、再集合。

 水着から普段着になると、一緒に疲労まで着込んだような気がした。油断すると、簡単にあくびがこぼれる。


 気怠そうなのは、全員だ。疲れた体を引きずるように、海岸から少し歩いてバス停へ。泊まる予定のキャンプ場までは、三〇分ほどかかるらしい。







 バスの席は空いていて、俺たちは横並びに座った。左隣の一輝は目を閉じ、死んだように動かない。というか、ほとんど全員が眠っていた。

 起きているのは、俺と、右隣の小日向くらいだ。


「みんな疲れてるみたいだね」


 小日向にもたれかかって、すやすやと寝息をたてる氷雨。その頬をつつきながら、話を振ってくる。

 そういう彼女も、目を懸命に開けていることは明白だった。


 男女の境界になった俺たちは、うっかり相手に寄りかからないために起きているのだ。たぶん。小日向もそうなんだと思う。


「プールの後とかめっちゃ眠いし。あれと同じだろうな」

「そうだね。でも、なんであんなに眠いんだろ」


「体温が一気に変わるから。とか?」

「なるほど……ふぁっ」


 頷きながら、かくんと力が抜けたらしい。バスが揺れて、ふらっとバランスを崩す。


「…………」

「…………」


「眠くないよ?」

「嘘つけ」


「ほんとはちょっと眠いです」

「寝てればいい。着いたら俺、起こすし」


 なんだかんだで、目は冴えているし。話し相手がいなくても、今の時代はスマホがある。文明の力って偉大だ。

 ふらふらになってぶつかられても、俺なら問題ないし。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 俯いて、小日向も目を閉じる。

 寝顔を見るのもあんまりいい趣味じゃない。スマホをオンにして、しばらくネットを彷徨って。


 それでふと、メールアプリに指を伸ばした。

 返信を送るなら、今か。


 送信先を『新島花音』にして、文章を作っていく。



『花音へ

 俺は今日、友達と泊まりで遊びに来てるよ。

 さっきまで海にいて、初めて海水浴ってのをやった。本州は暑いから、気持ちよかったよ。スイカも割ったし。

 今からキャンプ場にいって、いろいろやるらしい。

 こっちもこっちで楽しんでる。それじゃあな。

 哲より

 追伸:女子もいます』



 推敲をすることもなく、送信ボタンを押す。

 最後の一文は、なんというかお返しみたいなもんだ。悪意をこめたわけでもない。


 ショックを受けたりはしないだろう。俺がそうだったように。

 花音が遠い場所で、知らない男と仲良くしている。その事実は、どうしようもなく別世界の話だった。


 時間が変えたのだと思う。

 かつて俺が抱いていた傷は、知らない間にかさぶたになって、元に戻っていた。

 今の俺が持っている傷は、自分でひっかいた傷だ。忘れないために、意地になって自傷した痕を、心に抱えている。


 それだけの、事実を。

 あいつとのメールの中で、俺は知った。


 俺が執着してるのは、かつての新島花音だ。今のあいつじゃない。俺が抱えた理想は、とっくに死んでいる。

 会えば、確信に変わるだろう。

 それで俺はようやく、一歩を踏み出せるのだ。


 バスが揺れて、小日向がもたれかかってくる。そっと寄り添うように。温かくて、とっさに身を固くしてしまう。けど、彼女は起きない。誰も起きない。


 だから俺は、考えるのをやめて、窓の外を眺める。バスが揺れ、小日向が離れ、元通りだ。今度は一輝が寄りかかってきた。


 鬱陶しいと思う。だけど、悪い気はしない。


 チープな言葉だ。幸せなんて言いたくない。だけど、満たされている。いつかのように乾いていない。孤独じゃない。

 知らない間に、景色は変わっていく。周りの人も、環境も。


 雨はいずれ止むし、夜だって明ける。

 俺が望まなくたって、終わりはやってくる。

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