36話 わっかんねえよ
氷雨を遊びに誘うと約束した。あの時の俺はなにを考えていたのだろう?
きっと一泊二日を経て、変なテンションになっていたのだ。
なにが遊びに誘うだよ。
遊ぶことがねえよ。誘ったところで、なにをすればいい? ここは茨城。素晴らしき田舎町。一番の娯楽はボウリングとカラオケ。
茨城、住むにはいいところなんだけどな。
自然が豊か(畑と田んぼ)で、食べ物が美味しくて(農産物)、空気が美味しい(人がいないため)。
いかんせん、やることがない。
札幌が恋しいよ。あの街、ちょっと地下鉄に乗ればなんでもあるし。昔は気がつかなかったけど、ここよりずっと栄えていた。
なんて言っても仕方がない。
茨城をディスったところで、現状は変わらないのだ。
とりあえず、連絡してみるか。
あいつのことだから、律儀に待ってそうだし。言ったこと全部信じるからな。社交辞令とか、通用しなさそうだ。
適当に文面を考えて、メールを送信。
『ヒマ?』
適当にもほどがあった。送ってから反省するけど、他の言い回しも思いつかない。
ごめん氷雨……なんか、ごめん。
しばらく待っていると、返信があった。
『ヒマよ』
あいつも考えてねえな。
よかったよかった。ちゃんと返されたら、申し訳なくなるところだった。
『午後から、なんかするか?』
『なんかするわ』
オウムか?
『じゃあ、一時半頃に駅前でおっけ?』
『り』
なにを学んでるんだ。
絶対にちょっと前までは知らなかっただろ。今初めて使っただろ。その『り』、メールで使う奴じゃねえから。チャットアプリで使う奴だから。
まあ、指摘することもないか。
氷雨が不利益を被るようなことはないし。俺には伝わってるし。
さて……なにするかね。
会ってから考えればいいか。別に、デートするわけじゃないし。
本当に困ったらアイス食って帰ろう。
◇
適当な半袖にジーパンを履いて、時間より少し前に駅に着く。
真夏でも長ズボンを選んでしまうのは、野球部の名残だろうか。どうも丈の短いものだと、スネが不安でならない。スライディングするわけでもないのに、変な話だ。
氷雨は、時間通りにやってきた。
つば広の白い帽子に、淡い水色のポロシャツと七分丈のズボン。靴はスニーカーで、この間より歩きやすそうだ。
「よ」
軽く手を挙げると、俺に気がついたらしい。小走りで近づいてくる。
「走らなくていいから。別に急いでないし」
「嬉しくなったのよ」
「…………そうかい」
そう言われてしまうと、なんとも言い難い。氷雨の言葉はいつもストレートで、表情の変化も少ない。本心なのだろう。そのままぶつけられると、狼狽えてしまう。
「久しぶりね」
「一週間も経ってないだろ」
「そうだったかしら?」
「今日、金曜日だぞ」
「夕方クインテットの日ね」
「いつの時代だよ。もうとっくに終わってるよ」
三つか四つ前のやつじゃん。よく知ってるな。
「それで、今日はなにをするのかしら? 楽しみで夜も眠れなかったわ」
「誘ったのついさっきだけどな」
一晩も挟んでいない。
急に誘って、急に来てくれただけだ。
「……実のところ、あんまりいい案がない。最悪の場合はアイス食って終わりになる」
「最悪ね」
「すまん」
自分でも酷いと思う。もうちょっとなにかなかったのか。
氷雨は口元を手で隠し、くすりと笑う。
「でも、誘ってくれただけよかったわ。初めてじゃない? 阿月くんから声を掛けてくれるのって」
「……言われてみれば」
いっつも人任せというか、氷雨任せというか。
呼ばれたから行く。みたいな。ちょっとずるくない……? いや、ずるいとは違うか。でも、なんだろう。あんまりよくない気がする。
仲良くなるとか、そういう過程はできるだけ対等であるべきだ。
「悪かった。反省する」
「いいのよ。十年しか気にしないわ」
「めっちゃ根に持つじゃん」
せめて高校卒業までにして?
氷雨は楽しそうにころころ笑う。心なし、いつもより機嫌がいいような。表情の振れ幅も増えている気がする。
「やることがないなら、今日もいつも通りでいい?」
「いつも通り、とは?」
「私の行きたいところよ」
「仰せのままに」
とんでもない場所に連れて行かれなければいいが。
氷雨の足は、駅前の複合商業施設へ向かう。デパートと呼ぶのは憚られる、小さなものだ。地下には食料品店があって、上階には服屋から雑貨屋、本屋にゲームセンターなんかもあるようなもの。
エスカレーターを登って、三階。
本屋のあるエリアだ。
「氷雨さんって、読書好きなの?」
「嗜む程度よ」
「すっごい格好いい表現なんだけど、実際のところは?」
「年間一冊よ」
「かじってすらないじゃん」
その程度で読書家ぶるな。
「そんな私が本屋に来たのは、それ相応の理由があるわ」
「年間一冊の、一冊を選ぶときが来たんだな」
氷雨は首を横に振る。
もうやだ。なんなのこの子。わからなすぎる。
「参考書を選びに来たのよ」
「は?」
遊びに誘ったと思ったら、これだ。
奔放というかなんというか。面白すぎるだろ。




