表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/99

27話 また同じ夢の中で

小日向は次からでした。ごめんなさい。

「好きだよ、哲」


 セミロングの髪に、小麦色の肌。屈託のない笑みと、迷いのない瞳。


 いつも同じ夢を見る。


 花音が俺に告白した、あの日の記憶。

 俺はなにかを言おうとして、夢の中では声が出せない。


「幼なじみに恋するなんて、ベタだよね。そう思うでしょ?」


 俺がなにも言わなかったのは、聞いてと言われたからだ。ポケットに手を突っ込んで、中学生だった俺は格好つけることに必死だった。


「あーあ。絶対、哲だけはやめようと思ったのに。なんでかなぁ」


 空を見上げた花音は、深々とため息。


「でもね。テニス部の先輩に告白されたとき、気づいちゃったんだよ。一緒にいたいのは哲だって。哲に彼女ができて、一緒にいられなくなるのが嫌だって。それが恋なんだよね」


 あのときの心臓の音を覚えている。

 どんなときよりもうるさく、心地よく脈打っていた。


「今すぐには答えないで。きっと恋人になるのは、大変なことだから。ちゃんと覚悟を決めてからね」


 花音のほうも、断られるとは思っていないらしかった。

 俺の表情がわかりやすかったのか、それとも噂話のせいか。


 俺が花音を好いているのは、周知の事実。隠すことができる器用さは、当時の俺にはなかった。


 翌日、俺は花音の告白に応える。もちろん、俺も好きだと言って。それから中学生なりに、背伸びをしながら、おぼつかない恋をする。高校に行っても関係は続いて、大学で遠距離になるかもしれないが、それでもなんとか繋いで。社会人になって数年で、俺がプロポーズして、結婚して。どこか平凡に、惰性的に、けれど幸福に生きていくのだと。


 そう願っていた。

 だが、次の日にすべては崩れ去る。


 新島花音はいなくなった。

 なんの前触れもなく、唐突に。

 親の事情での転校だと説明を受けた。


 いつもそこで、夢は終わる。







 目が覚めると、電車の中。

 アナウンスが聞き慣れた駅名を告げる。

 旅が終わる実感よりも強く、眠気が残っていた。


「もうすぐ着くわ」

「……悪い。寝過ぎた」


「違うわ阿月くん。寝なさすぎたのよ」

「正論」


 昨日は結局、空が明るくなるまで起きていた。眠れるはずもなく、結局は気絶するような形になってしまったのだ。

 疲れが抜けているはずもない。


 おかげで帰りはほとんど抜け殻。氷雨がお土産を選んでいるときも、朝食を摂っているときも、意識はぼやけたままだった。


 ホームが近づいて、車両は速度を落とす。甲高いブレーキ。炭酸が抜けるみたいな、ドアの開く音。

 プラットホームは夏の温度。海に近いこの場所は、潮の匂いがする。


「まぶ死ぬ」


 日光辛い。気分は完全にヴァンパイアだ。

 隣の氷雨は気持ちよさそうに伸びをしている。


 なんだろうこの差は。かたや化物、かたや美少女。これがほんとの美女と野獣? 絶対に違うな。


「そうだ氷雨さん。頼みがある」

「なに?」


「昨日と今日のことは、誰にも言わないようにしよう。大変なことになるから」

「そうなの?」


 そうなんです。

 高校生の男女二人が、同じ部屋で一泊したとか大問題なんです。下手すりゃ停学もんだ。


「……こういうのって、二人だけの秘密。と呼ぶのかしら」

「広義ではそうなる」


「いいわ。そうしましょう」


 なぜか氷雨は満足げだ。こっちはヒヤヒヤしているのだが。


「本当に大丈夫か?」


 ふとした瞬間にぽろっとこぼしそう。抜けてるところがあるからな。


「お母さんには話すと思うわ。でも、それだけよ」

「まあ、……そっちはちゃんと説明しといてくれ」


 いかに俺が無害な人間だったかを、特に。


 改札を抜け、駅前広場を歩き、日常へと帰還する。


「それじゃあ、ここで。ありがとう阿月くん。とても楽しかったわ」

「俺のほうこそ、誘ってくれてありがとな」


 総じて見れば楽しかった。いろいろと困ったことはあったが、思い出になってしまえば綺麗なもんだ。

 手を振る氷雨に向かって、約束を取り付ける。


「近いうちに、また遊ぼうぜ。今度は俺から誘うから」

「いつでも暇よ」


「わかった。今週中にでも」


 手を振り返し、遠のいていく背中を見守る。

 思うことはいろいろあったが、ひとまず。


「ねっむ」


 今日はもう寝よう。


 またあの夢を見る気がしたけれど、それも仕方がない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ