27話 また同じ夢の中で
小日向は次からでした。ごめんなさい。
「好きだよ、哲」
セミロングの髪に、小麦色の肌。屈託のない笑みと、迷いのない瞳。
いつも同じ夢を見る。
花音が俺に告白した、あの日の記憶。
俺はなにかを言おうとして、夢の中では声が出せない。
「幼なじみに恋するなんて、ベタだよね。そう思うでしょ?」
俺がなにも言わなかったのは、聞いてと言われたからだ。ポケットに手を突っ込んで、中学生だった俺は格好つけることに必死だった。
「あーあ。絶対、哲だけはやめようと思ったのに。なんでかなぁ」
空を見上げた花音は、深々とため息。
「でもね。テニス部の先輩に告白されたとき、気づいちゃったんだよ。一緒にいたいのは哲だって。哲に彼女ができて、一緒にいられなくなるのが嫌だって。それが恋なんだよね」
あのときの心臓の音を覚えている。
どんなときよりもうるさく、心地よく脈打っていた。
「今すぐには答えないで。きっと恋人になるのは、大変なことだから。ちゃんと覚悟を決めてからね」
花音のほうも、断られるとは思っていないらしかった。
俺の表情がわかりやすかったのか、それとも噂話のせいか。
俺が花音を好いているのは、周知の事実。隠すことができる器用さは、当時の俺にはなかった。
翌日、俺は花音の告白に応える。もちろん、俺も好きだと言って。それから中学生なりに、背伸びをしながら、おぼつかない恋をする。高校に行っても関係は続いて、大学で遠距離になるかもしれないが、それでもなんとか繋いで。社会人になって数年で、俺がプロポーズして、結婚して。どこか平凡に、惰性的に、けれど幸福に生きていくのだと。
そう願っていた。
だが、次の日にすべては崩れ去る。
新島花音はいなくなった。
なんの前触れもなく、唐突に。
親の事情での転校だと説明を受けた。
いつもそこで、夢は終わる。
◇
目が覚めると、電車の中。
アナウンスが聞き慣れた駅名を告げる。
旅が終わる実感よりも強く、眠気が残っていた。
「もうすぐ着くわ」
「……悪い。寝過ぎた」
「違うわ阿月くん。寝なさすぎたのよ」
「正論」
昨日は結局、空が明るくなるまで起きていた。眠れるはずもなく、結局は気絶するような形になってしまったのだ。
疲れが抜けているはずもない。
おかげで帰りはほとんど抜け殻。氷雨がお土産を選んでいるときも、朝食を摂っているときも、意識はぼやけたままだった。
ホームが近づいて、車両は速度を落とす。甲高いブレーキ。炭酸が抜けるみたいな、ドアの開く音。
プラットホームは夏の温度。海に近いこの場所は、潮の匂いがする。
「まぶ死ぬ」
日光辛い。気分は完全にヴァンパイアだ。
隣の氷雨は気持ちよさそうに伸びをしている。
なんだろうこの差は。かたや化物、かたや美少女。これがほんとの美女と野獣? 絶対に違うな。
「そうだ氷雨さん。頼みがある」
「なに?」
「昨日と今日のことは、誰にも言わないようにしよう。大変なことになるから」
「そうなの?」
そうなんです。
高校生の男女二人が、同じ部屋で一泊したとか大問題なんです。下手すりゃ停学もんだ。
「……こういうのって、二人だけの秘密。と呼ぶのかしら」
「広義ではそうなる」
「いいわ。そうしましょう」
なぜか氷雨は満足げだ。こっちはヒヤヒヤしているのだが。
「本当に大丈夫か?」
ふとした瞬間にぽろっとこぼしそう。抜けてるところがあるからな。
「お母さんには話すと思うわ。でも、それだけよ」
「まあ、……そっちはちゃんと説明しといてくれ」
いかに俺が無害な人間だったかを、特に。
改札を抜け、駅前広場を歩き、日常へと帰還する。
「それじゃあ、ここで。ありがとう阿月くん。とても楽しかったわ」
「俺のほうこそ、誘ってくれてありがとな」
総じて見れば楽しかった。いろいろと困ったことはあったが、思い出になってしまえば綺麗なもんだ。
手を振る氷雨に向かって、約束を取り付ける。
「近いうちに、また遊ぼうぜ。今度は俺から誘うから」
「いつでも暇よ」
「わかった。今週中にでも」
手を振り返し、遠のいていく背中を見守る。
思うことはいろいろあったが、ひとまず。
「ねっむ」
今日はもう寝よう。
またあの夢を見る気がしたけれど、それも仕方がない。




