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6.聖炎の加護

 宮廷魔術師団の魔術塔に続く扉を開けると、様々な薬草の香りが混ざった空気が私を出迎えてくれた。

 家の庭で母さんと一緒に育てていた薬草畑を思い起こさせる、懐かしい香りがする。

 ……何だか、心が落ち着く匂いだわ。


「あ〜、ロミア様〜! ようこそ、僕らヴォルゴ宮廷魔術師団の魔術塔へ〜!」


 すると早速、私が来た事に気付いたゲラートさんがやって来た。

 他の魔術師の方々も作業の手を止めて、私の方に会釈をしている。


「お招き頂いてありがとうございます、ゲラートさん。それから魔術師団の皆さん、初めまして。私は皇帝陛下に身柄を保護をして頂いた、シルリス王国のロミアと申します」

「ご丁寧にどうもありがとうございます〜! さあさあ、皆さんはお仕事に戻って下さいね〜? それではロミア様、早速ですが僕について来て頂けますか?」


 ゲラートさんの言葉に従って、彼以外の魔術師さん達はそれぞれの作業を再開する。

 私は彼の後に続いて、魔術塔の上階に続く階段を上がっていった。


 魔術塔は、一階が作業スペース。

 二階から三階が資料や本が入った棚でぎっしりで、最上階となる四階が団長と副団長の執務室になっているそうだ。

 

 私は魔術師団長であるゲラートさんの執務室に案内され、ソファに座るよう促された。


「早速ですがロミア様、今日はあなたの魔力を詳しく調べさせて頂きたいと思うんですが……よろしいでしょうか〜?」

「えっ、私の魔力を?」


 私の向かい側に腰を下ろしたゲラートさんは、穏やかな笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。

 

 彼はヒマワリのように明るい金髪で、前髪は綺麗に真ん中で分けられていて、広い額がよく見える髪型をしていた。

 そこから覗く彼の眼の色は、夕陽のように輝くオレンジ色だ。

 その瞳は知性に溢れていて、まだ若いだろうに団長を務めている説得力が感じられる。

 シルリス王国ではどこまで魔法が発達しているのか分からないけれど、帝国のような魔法の専門家が集まる組織があるというのは聞いた事がなかった。


「……でも私、子供の頃から毎年調べてはいたんですよ? それなのに、また同じ事を繰り返しても──」

「無駄、じゃないかもしれませんよ?」


 私の発言を予測していたのだろうゲラートさんは、そんな期待を匂わせる言葉をちらつかせてくる。

 

「うちには国外には出していない、超高純度の判定石がありますからね〜」


 言いながら、ゲラートさんはローブの懐から小箱を取り出した。

 そこから彼は透明な球を手に取り、こう続けた。


「これは滅多に採れない、とても貴重な品でして……。いざ売り物にするとなると、そう軽々とは買えないような値段にせざるを得ない物なんですよ〜」

「も、もったいないです! そんなに貴重な物を、私が使ったところで……!」

「これでも使わなければ、あなたの本当の加護は見えてこないはずですよ? あくまでも僕と“彼”の予想が正しければ……の話ですけどね〜」

「彼って……?」


 私の問いに、ゲラートさんは「治癒術師のゼル君ですよ」と答えた。


「ゼル君の魔力感知能力は、うちの魔術師団員の皆よりも群を抜いて高いんです。僕もそういう勘は鋭い方ですから、ロミア様が何か特別な魔力を持っているのではないか……という予想が、彼と一致しているんですよね〜」

「特別な……力……?」


 そんな力が眠っている自覚なんて、これっぽっちもありませんが……!?

 

 すると「そういう訳ですので、こちらは陛下から自由に使って良いと言われてますからご安心を〜」と、問答無用で石を差し出してくるゲラートさん。


 ──だけど、これで本当に私の加護が分かるのなら。


 ほんの一筋の希望の光が、実の親に捨てられた私の暗闇を照らし出してくれるのかもしれない。


 その僅かな可能性に、何故だか心臓の鼓動が早まっていくのが分かる。


「……分かり、ました。お言葉に甘えて、ありがたく使わせて頂きます」


 とはいえ、とんでもなく高価な品だと聞いてしまったものだから、勝手に指先が震えてしまう。

 それを視界に入れながら、私はそっと彼の手から判定石を受け取った。


「さあ……その石に、少しずつロミア様の魔力を注いでみて下さい」

「はい……!」


 私はゲラートさんに言われた通り、身体の内側から溢れる力を、手の中に握った石に少しずつ染み込ませていくイメージを浮かべる。

 

 ……水滴が落ちて土に染み込んでいくように、ゆっくりと。

 

 しばらく魔力を込めていると、途中でゲラートさんが口を開いた。


「……そろそろ様子を見てみましょうか」


 彼に言われてそっと手を開いてみると、私の手の中の石に色が付いていた。


「これ、は……」


 私が生まれた伯爵家が受け継ぐ炎の加護ならば、石は赤く色付く。

 ……けれども私の手にある判定石のその色は、“赤”ではなかった。

 昨日ゲラートさんが見せて下さった《雷の加護》である、黄色でもない。


 ミルクのような“純白”に染まった石の中に、小さく輝く様々な色の粒子が舞っていた。

 その中央に浮かび上がる紋章は、まるで花のような形をしている。


「これって、白い……ですよね?」

「ええ……。炎を示す赤でもなく、水を示す青でもなく、雷の黄色でも、風の緑でもない……。《地の加護》ならば橙に、新属性分類の《氷の加護》ならば水色……。そのどれでもない白の中に、それら全ての色を宿した光の粒子が舞っている……!」

「こ、これはどういう加護なんでしょうか? 私、白と花の紋章の加護だなんて聞いた事ありません……!」


 でもこの紋章、どこかで見た覚えがあるような……?


 するとゲラートさんは、棚の中にあった一冊の書物を取り出した。

 その本のあるページを開くと、そこには今まさに私の持っている判定石と同じ紋章が記してあるではないか。


「この花の紋章……ピンと来ました。これは千年前、聖女として讃えられた女性が宿していたとされる加護の紋章です。その女性とは……今も世界各地で信仰されているミリア教団を立ち上げた、聖女ミリアです」

「聖女ミリア……ああっ! この花の意匠、教団のものと同じ!? あれ、でもちょっと形が一部違うような……?」

「……花の紋章が示すのは、《聖の加護》。聖女ミリア以来、発見された事例がほとんど無いという、とても珍しい加護なのです」


 聖の加護……。

 それが、私の本当の加護……?


「……とはいえ、ロミア様がお生まれになったアリスティア家は、聖女に縁のある家ではありません。紋章の形が一部異なっているのは、もしかすると伯爵家の加護による影響が強いのかもしれませんね」

「それなのに、どうして私は炎の加護を持つ両親の間に生まれて、聖女様と同じ聖の加護を持っているんですか……?」

「聖の加護は遺伝しないのです。あくまでも記録に残っている範囲での話ですけど……。聖の加護を持つ者は、大いなる祝福と試練を与えられた者なのだそうです。最後にこの加護が発見された記録は、七百年ほど前だったはず……」


 そんな昔から発見されていなかった珍しい加護を、どうして私みたいな凡人が……?

 いや、一応貴族の生まれではあるかもだけど、遺伝しないってゲラートさんは言ってるもの。

 

「あの、その祝福と試練って何なんですか……?」

「それが具体的に何を示すかまでは、残念ながら僕には分かりません。けれど……この文献にある通りであれば、聖の加護を持つ者は特別な魔法を行使出来たそうですね。……訓練すれば、ロミア様にも何か不思議が魔法が使えるようになるかもしれません」

「……そう、ですか」

「それと、この紋章は仮に【聖炎(せいえん)】の紋章と名付けましょう。ミリア様の紋章と完全に一致している訳ではありませんが、白の魔力は間違い無く聖属性のものですからね」

「聖炎……」


 今もなお存在する教団を立ち上げた千年前の聖女、ミリア様。

 彼女も当時何かの試練に立ち向かい、何らかの祝福を得たのだろうか?

 

 でもそうなると、ミリア様と同じ聖の加護を持って生まれた私にも試練が与えられるの……?

 乗り越えられる気が全然しないんですけど……!


「……私が聖女ミリア様と同じ加護を持っているという事実は、すぐにでも教団へ伝えた方が良いのでしょうか?」

「……あなたがこれから、何を望まれるのかによりますね。少なくとも、聖女と同じ加護を持つ神聖な娘を虐げた伯爵家には、シルリス王家と教団から厳罰が下されるでしょうけどね〜」

「げ、厳罰……。それは例えば、家の取り潰し……だとか?」

「あなたがそう望めば、そのように取り計らって頂けるでしょうね。聖女と同様の加護というのは、それだけ重要な意味を持つ力ですから〜」


 私が望めば、伯爵やお母様……もしかしたら姉のダリアと妹のアカシアにも、厳しい罰が下される事もあり得るだろう。


「私は……そこまでして頂きたくはありません。公爵家との婚約を破棄して、アリスティアとは無関係の人間として生きていけるなら……それで充分ですから」

「ロミア様……」


 私の話を聞いたゲラートさんは何か言いたげにしていたけれど、小さく頭を振ってからこう言った。


「……ロミア様がそうなさりたいのであれば、まずは陛下に相談してみましょう。このままですと、伯爵令嬢であるあなたの意見よりも、皇帝であるジュリウス陛下のご意志が優先されます。しかしあなたの言葉であれば、陛下はきっと──








 ──ですが、今はそれより重要な事があります!!」

「ええっ!?」

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