4AM, Jamaica Bay Wind(午前4時、ジャマイカ湾に吹く木枯らし)
朝4時、俺はロングアイランド島ジャマイカ湾を渡った向こう岸、ビーチの駐車場に止めた。
こんな時間に、こんな場所を指定してくるなんて、訳アリな奴に違いない。
夏には入りきれないほどになるコノ駐車場も、1月の今は広大な駐車スペースに車は殆ど居ない。
空いた駐車場の中央に止めた車から降り、まだ暗い夜空を見上げながら煙草に火を点ける。
北斗七星が渡って来たマリンパークウェイ橋のシルエットと重なり、北風が煙草の煙を吹き流し俺は着ていたトレンチコートの襟を立てた。
ビーチの反対側、ジャマイカ湾沿いの道を見慣れない小型のSUVが走って来た。
おそらく依頼人の車だろう。
車は駐車場に入ると、ハイビームのまま真直ぐに俺に向かって走って来た。
“罠か⁉”
ハイビームを避けるため左手で影を作り、右手で腰に挿していたSIGザウエルP210-7を掴む。
直前になって車は減速して俺の車の隣に止まった。
ヒュンダイのヴェニュー。
アメリカで最も安く買える車。
しかも凹んで傷だらけで塗装も劣化していて、どう見てもボロだ。
「やあ、朝早くから、すまないね」
降りて来たのは小太りの中年の男。
安物の薄いダウンジャケットに作業用のズボン。
靴は汚れたスニーカー。
成功報酬は1万ドルだと電話で言っていたが、どう見てもその金を用意できそうな男だとは思えない。
「で、用件は?」
俺が聞くと男は持っていた茶封筒の中から或る男の写真を取り出して俺に見せた。
ヒスパニック系では珍しいタイプの誠実そうなハンサムボーイ。
男の名前はアルベルト・グッデイレス。
職業は弁護士補助職パラリーガル
依頼主の男は、不法入国者のこいつを強制送還させて欲しいと言った。
強制送還をするしないは国が決めることで、探偵の俺が決めることじゃない。
だが犯罪を犯せば、違う。
探偵の俺が誰かを犯罪に引き込むことはないから依頼する相手が違う。
依頼主は、こいつが既に犯罪を犯していることを知っているに違いない。
依頼人のカミさんは1年前に自動車事故で死んでいるが、まだ保険金は支払われていない。
おそらく写真の男は保険屋の手のものか、それとも依頼人の仲間かのいずれかだろう。
そして隠されている真実は、保険金詐欺。
なるほど面白くなってきやがった。
俺は依頼人からクシャクシャの10ドル札100枚の前金を受け取った。
やがて朝日が昇り始めジャマイカ湾に吹く風は更に強くなり、トレンチコートの中まで入って来るようになった。




