第22話 兎はなにをしてたんですか
惠は、夢を見ていた。
「ねぇ母さん。なんで私だけ体が白いの?」
ずっと昔、まだ小さい子ウサギだった頃の夢だ。
他の一族は皆、毛が茶色い。母も父も祖父も祖母も茶色。いとこもはとこも茶色。
惠だけが一匹、一年を通して雪のように真っ白だった。
「それはね」
惠の母は惠の毛繕いをしながら優しく語りかけてくれた。
「私たち岱輿のウサギにはね、月のウサギの血が混じっているからよ」
「月にもウサギがいるの?」
惠は空を見上げた。
ぽっかりとした満月が惠を見下ろしていた。
「いるの。惠みたいに白くてきれいなウサギだそうよ」
「ふぅん」
惠が目をこらしても、白いウサギの姿は見えなかった。
「月にいるはずのウサギがどうしてこっちに来たの? 月って遠いんでしょう?」
「分からないわ。ご先祖様に聞いてみなくちゃね」
「そっかぁ」
毛繕いされて気持ちよくなり、惠はごろんと地面に寝転がった。
母がそこに体を寄せてくる。
あったかかった。
「でもいつか、私たちが月に帰れる時が来るらしいわ。だから時々、あなたみたいに白いウサギが生まれてくるの」
「どうして?」
「一族みんなで月に帰るためよ。惠、あなた一番足が速いでしょう?」
「うん」
「その足の速さは、みんなを連れて月まで走って行くためのもの。白いウサギがいないと、月に帰れないのよ」
「普通に走っては行けないの?」
「遠すぎて走ってはいけないの。白い兎にだけ使える、特別な術があるそうよ。使うべき時が来たら、きっとあなたの魂が教えてくれるわ」
「そうなんだぁ。じゃあ、その時は私が母さんを月に連れて行ってあげるね」
「ふふ、その時が来たらね」
「おーい」
呼ばれて、惠は目を覚ました。
(なんで寝てたんだっけ)
頭に霞がかかっている。
目の前には知らない女が惠の顔をのぞき込んできていた。
ぼんやりしたまま周りを見回すと、一人だけ知っている顔を見つけた。
淑蘭。たしか建明にそう名乗っていた道士だ。鎧を着て武装した男と何か話している。
(符で縛られて、眠らされて、どうなったのこれ?)
「起きているな? 痛いところはないか?」
目の前の女が優しく心配してくれていた。
「……ない、です」
「良かった。怖かったろうが、もう大丈夫だよ」
「寝てたから、あんまり怖くは」
「そ、そうか。まぁそれならそれで良かった。荆道士、起きましたよ」
女に呼ばれて、淑蘭が惠を見た。
「起きたか。大丈夫か?」
「えぇ、はい。えっと、何がどうなったんですか?」
「青玉という男がお前に目印をつけてくれていてな、玉蓉と二人でお前を助けに来たんだ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
惠は一言礼を言った。
「それで、玉蓉は?」
助け終わったから後は知らないと闘技場にでも戻ったんだろうか。惠はそう思って聞いた。
淑蘭の顔が硬くなった。
「斬った」
返答は短い。
(あ。血のにおい)
淑蘭から濃い血のにおいが漂ってきていた。
「どうして?」
「彼女は妲己の娘だ。逃げようと抵抗したため、やむなく斬った」
事情がつかめず、惠はじっと淑蘭を見た。
惠は妲己という存在を知らない。
「そうしなきゃいけない人だったの?」
「そうだ。知らないのか?」
「なにを?」
「あぁ、知らないのか、珍しいな。だが今説明している暇はない。建明殿が負けてしまう前に急いで闘技場に戻るぞ」
惠は事情がつかめない。
「お前を人質にして、試合に負けるよう脅されているんだ」
「大変!」
惠は飛び上がった。
「急いで行かなきゃ。闘技場どっちですか!?」
「案内しよう。ついてきてくれ」
淑蘭が駆けだした。
惠もそれを追う。
淑蘭は東屋から出て、木にぶつからない程度の速さで走っていく。
遅い。
惠はじれて、周囲を見回した。右手の木々の隙間から闘技場の建物が見えた。
「先行きますね!」
惠は淑蘭に言葉を投げて、地面を強く踏み切った。
宙に跳ぶ。
軽く林の上に飛び出して、惠は宙を強く蹴った。
そこに見えない足場でもあるかのように、惠は跳ねた。空中を飛び跳ねながら、惠は一直線に闘技場に向かった。
「驚いたな」
すぐに淑蘭も後を追ってきた。惠と同じように、宙を踏んで跳び走っている。
「空歩術が使えるのか」
「妖兎なもので」
「そうか。急ごう」
淑蘭が速度を上げた。
惠もそれについていった。
闘技場の一番上の客席まで飛び跳ねていき、試合場を見た。
試合はまだやっていた。
建明が苦戦している。
炎を吹きながら飛ぶ宝貝をなんとかよけたところだった。宝貝が試合場の壁に刺さって爆発した。
観客の声援、歓声が轟くように闘技場中に響いていた。
「間に合ったようだ。少し離れていろ」
淑蘭はそう言うと、腰の干将を抜いた。
剣を天にかざす。
「木気顕纏」
刀身に雷光が走った。
「龍声閃」
青空から一直線に雷が落ち、干将に突き刺さった。
周囲にいた観客が皆驚いて淑蘭と惠の方を振り返っていた。
「何をしている姜建明! 決勝で戦うという約束を忘れたか!!」
淑蘭は声に気を乗せ、試合場にいる建明にまで通した。
建明が淑蘭と惠を見たのが分かった。
「これでよし」
淑蘭は剣を収めた。
試合場では建明が棍を構え直していた。
あと9話!




