Day X
dayⅩ
空を見上げる。
清々しい水色がどこまでも広がっている。暖かい日差しの下、私は歩いていた。
季節は春。雪が溶けて、花々が顔を出し始める時期。新緑のなだらかな大地が広がり、小鳥の囀りがときおり聞こえてくる。周囲に民家は見えず、人影ひとつ見当たらない地区だ。中央地区からはかなり離れた地区まで来ただろう。
私はこうしてずっと旅を続けている。色々な地区を歩き、色々な景色を目に焼きつけながら。
私には以前の記憶がない。レーシャという名前は医者から聞かされて、生きていく上での知識も病棟でインプットした。病気によって記憶をすべて失ってしまって、もう記憶が戻ることはないらしい。
でも、それでいいと思っている。以前の私がどのような人間だったのか、どんな人と付き合いがあったのか……気になるときはあるけど。
――私は、私だ。
延々と続く畦道で、ふと私は足を止めた。
別に止まる理由があったわけじゃないけど。なんとなく、道の外れを見た。
そこには綺麗な花が一輪、咲いていて。とっても綺麗だった。紫の花弁を揺らしながら、春の暖かな陽気を浴びている。
「……ビオラ」
無意識に、そんな言葉が漏れた。
私はこの花の名前を知っていた。どこで覚えたのだろう。
見ていると、とても懐かしくて……悲しい気持ちになる。だから、私は再び歩き出した。悲しい気持ちにはなりたくない。感情を抱くのなら、前向きな感情を抱きたい。
苦い食べ物よりも、甘い食べ物が好きだ。
曇りよりも、晴れが好きだ。
悲しい感情よりも、嬉しい感情が好きだ。
そんな『好き』で、もっと人生を彩るために。
――私は、私の人生を歩んでゆく。
スプリングデート、完




