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ファムファタる。  作者: 蒼治
8 ファムファタル
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6

 さて、もちろん騒動には始末をつけなければならないものである。

 その代償が、考えていたよりも大きなものとなったとしても、だ。

「どうせ、後もう少しすれば勝手に枯れるのに!」

 いい意味でも悪い意味でも目立たない私と、いい意味でも悪い意味でも目立つ佐藤君が、文化祭間際の太陽の下で何をしているかと言えば、草むしりである。


 学校と森を遮る校内すみっこのフェンス前に私達はしゃがみこみながら、果てしない草ぼうぼう領域相手に、地味な戦いを繰り広げていた。

「まあでもこれで済んでよかったよ」

 佐藤君は顔を上げて笑った。相変わらずこんな時でも爽やかだ。

「そうだけど、さ」



 伽耶子ちゃんの結婚式の日、スクールガール佐藤が乗り込んだのは男子禁制の女子寮である。なんと、女子寮破りはこの学校始まって以来の出来事らしいのだ。ちょうど女子寮ができた頃の理事長だか校長だかが『男子が女子寮に忍び込んだ場合厳罰を持って処すべし』とか言い残し、厳罰の正体がなにかもわからないままに、それは言い伝えとなって生徒をびびらせていた。…………逆はいいのか……???


 それはともかく蓋を開けてみれば、厳罰の正体はなんと停学一週間であった。キ、キビッシー!

 私は真っ青になったが、とうの佐藤君は落ち着き払ったものだった。生徒指導に校長、学年担当だのが首を揃えた中に呼び出された私と佐藤君だが、慌てている私を無視して彼は言った。言い切った。


「申し訳ありません、文化祭の練習に熱が入りすぎました」

 しゃあしゃあとしていうにも程があるんじゃねえのか!?ともちろん私は思ったわけだが、佐藤君は堂々と続ける。


「僕が今年度、文化祭の出し物である源氏物語で姫を演じるのはもう諸先生方もご承知のことと思いますが、それについて大変自信がなく、三嶋さんには相談に乗ってもらっていたのです。調子に乗った僕は女子寮に入ってもばれないのではないのだろうかと、つい試してみたくなりこんな馬鹿なことをし出かしてしまったのです。三嶋さんは関係ありませんし、僕も大変反省しております」

 言っていることはくらくらするような無茶なことばかりだが、しかし私もそれにのっかった。


「あ、あのっ、佐藤君のせいばかりでなく、私も反省しています。私が『佐藤君なら大丈夫だよ』とか適当なことを言ってしまったこともあります」

「え、三嶋は関係ないだろ」

 つまらなさそうに言う佐藤君は私を見ない。ていうかさあ、自分だけの責任にするなんて頭にくるよね。そもそもこの出来事は私のせいなのに。

「関係あるよ!」


「二人とも」

 校長先生が困惑した顔で私達を制した。

「さて」

 先生の言葉にならない困惑はなんとなく想像がついた。


 私はともかく、佐藤君は大変優秀な生徒なのだ。こんな馬鹿げたことで停学なんてさせるわけには行かない。そもそも今回の一件が信じられないような品行方正な青年である。でもこれで何事もなく済ませてしまえば他の生徒への示しがつかない。

「最後の機会とはいえ、あまり入れ込むな」

 そういったのは渡辺先生だった。そういえば今年学年主任だったっけ。今までじっと話を聞いていたがいきなりその場の主導権を握る。


「まあ、勢いが余ってしまうということは若い証拠だろう。それに佐藤は別に『女子寮に忍び込んだ』わけじゃない。白昼堂々、名乗りを上げて入り込んだわけだ。話を聞いたがあれは道場破りみたいだな。だから、何年も前の頭の固い誰かが作った厳罰の対象ではないと考える」

 渡辺先生が言い切ると、校長先生も生徒指導の先生もほっとしたみたいだった。停学にしないですむということに安堵したらしい。

「が」



 ……渡辺先生が続けた言葉のせいで、今ここで草むしりの刑に処されているわけである。何考えてんだあの鬼教師!こんなだだっぴろい場所の草むしりなんて普通受験生にさせるか?

「まあ、『停学よりはマシ』となるとこういうことになるだろうね」

 佐藤君はリズミカルに草を抜きながら言った。


「もっと厳しい罰だってあり得たわけだし」

「佐藤君は焦りととかないの?地味にやって半月はかかるよ?」

「一日一時間だし」

「憎い!佐藤航一郎のその余裕が憎い!」

「俺も三嶋もこんなことじゃ別に成績落ちないと渡辺先生は見抜いているんだろ」


 ……今思えば、佐藤君のあの馬鹿げたスクールガール風いでたちは、この辺見越してやったものじゃないかという気がするんだ。女子寮の中を突破する時は周りを唖然とさせて阻止を混乱させて、そして後に叱責されるときには、冗談であったという色を色濃くさせる。本気で女子生徒に何かするために忍び込むより、馬鹿げた冗談のために衆人環視堂々と女装するなんてほうが、よほど罪は軽い。

 まあそれは今までの佐藤君の積み上げて来た周囲の信頼があってのものだけどね。佐藤君は少し信頼を失ったけど、親しみやすさを得たみたいだ。


 私と佐藤君は痛い目に会いつつ最悪は逃れた。他の生徒も『女子寮に忍び込むとタダではすまない』と知った。学校も優秀な生徒を手放さずに済んだ。

 しかし……なんだろう、このぐぬぬぬ感は。


「日に焼けちゃうよなあ。『姫』なのに」

 などと佐藤君が頓珍漢なぼやきをもらしているのが余計いらいらする。今まで「佐藤君のくせに」と思っていた相手にしてやられた感があるからか。

「佐藤君って、結構策士だよね」

「うん。それに自分で思っていたより図太かった」

 ……なんだそりゃ。


「あの時、スカート履いて走ったじゃないか?」

「ああ、うん」

「楽しかった」

「はあ?」

 佐藤君は額の汗を甲で拭い、私を見て笑った。


「まあ、キモいとか、佐藤何やってんだっていう声がほとんどだったんだけど、それでも楽しかった。今までこそこそ着たことしかなかったから、人目に曝せてなんかすっきりした」

「ま、まさか癖になりそう、とか」

 それは校内の何人何十人の女子を落胆させることか。


「いや、それはない。なんていうか……百キロマラソンした後みたいだ。楽しかったけどもういいや、って」

「達成感?」

「ああ、それだ」

「……なるほどなあ。わかるようなわからないようなだけど。じゃあもう女の子の服は着ないの?」

「え、いや着るけど。別に百キロ走らなくたって、ジョギングくらいはするだろ?それに三嶋が見てくれればいいや」

 はあー?私、一生佐藤君の趣味に付き合うわけ?と文句を言おうと思ったけど、その言葉は飲み込んだ。

 ああ、それもいいか、なんて思っちゃったんだ。


「いいよ。また可愛い服着たら見せてね」

「ああ、よろしく」

 佐藤君のいうその言葉は、さらっとしてて、でも感謝がこもっていてとても素敵なものだった。そして私は大事なことを思い出したのだった。


「佐藤君、いろいろありがとう。それにごめん」

 唐突な私の言葉に佐藤君は草をむしる手をとめた。

「何?」

「お礼を言っていなかったから。いろいろ力になってくれたのに。怒ったり冷たくしたりして悪かったなあって思ったのもある。私、佐藤君と仲良くなれてよかった」

 佐藤君がしてくれたことはただの親切で片付けるには大きすぎることばかりだ。それに対して私はありがとうもちゃんと言えていなかった。


 またあの爽やかな返事がかえって来るかと思ったら佐藤君は私を見て、急に顔を真っ赤にしたのだった。そして爽やかさなんてあり得ないくらいに挙動不審気味に口ごもって、そして早口に返した。

「いいんだ、俺が好きでしたことなんだから」

「それでも、さ」

 佐藤君の動揺の意味はよくわからない。


「あ、あのさ、俺は三嶋に言いたいことが」

「何?」

「でもいいや、文化祭が終わったらで」

「えー、それ先が長いよ」

「いいんだ、急ぎの話でもないし」

 佐藤君は話を断ち切るように行った。

 ……まあいいか。私も佐藤君に言いたいことは言ってないし。そのうち言えば言いや。

 佐藤君はかっこいいし可愛いよって。

 いつか言おう。


「そろそろいいかな」

 佐藤君は立ち上がると校舎の脇に置いてあった白いポリタンクを持って戻ってきた。片手には水の入ったじょうろだ。

「『根まで枯らす!速攻除草剤』」

 派手なラベルにかかれた文字を私は読み上げる。

「えー、除草剤使っちゃうの?」

「だって、ここをなんとかしろって言われたわけだから、別に全部バカ正直に抜かなくてもいいじゃん」

「……なるほどねー!」


 やっぱり佐藤君もバカバカしくてやってられないと思っていたんだな。私達がうきうきとラベルにかいてある水と除草剤の配分を読もうとした時だった。ふいに脇の校舎の三階の窓が開いた。

「おいガキ共、手を抜くな?」

 見上げた佐藤君が珍しくげっと言う顔をする。化学準備室から顔を覗かせているのはこの草むしりを提案した渡辺先生だった。み、見張っていたのか……。

「お前らお目こぼしされたんだからな?誠実にお努めしろ?」

「……はーい」


 やはり世の中と言うのは甘くないらしい。

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