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ファムファタる。  作者: 蒼治
8 ファムファタル
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4

 タクシーの運転手さんの視線は痛いなんてもんじゃなかったけど、それでもとりあえず乗せてくれたんだから良い人だ、うん。

 タクシーに乗ってしまえば私達は無言だった。

「急いでください、お願いします」

 佐藤君は運転手さんにそれを何度も言っていた。


 本当なら言わなければいけないのは私なんだけど。でも私は言うことができずにうつむく。だって私がごねていたせいで今こんなことになっているんだ。

 それに不安はある。

 結婚式で席がないことはいい。だって当たり前だもの。断ったんだから。ただ怖いのは伽耶子ちゃんの反応だ。

 怒られるなら大歓迎、でも無視されたらどうしよう。


 伽耶子ちゃんは私の無視をどう受け取ったのかな。


 ふいに私の手を握る佐藤君の力が強くなった。

 タクシーの乗っても話さなかったのは最初は私の逃亡を恐れてのことだったんだと思う。でも今はなんだか力づけるみたいだ。

 タクシーは進んでいる。でも時間は刻一刻と迫っていた。

 佐藤君の焦りが伝わってきた。


「大久保が、三嶋をとりあえず寮の外までは連れてくるって言っていたんだ」

 佐藤君はそんなことを説明した。

「でも三嶋は頑固そうだから手こずるじゃないかなって思っていた」

「それでその準備していたの?」

「うん」

 佐藤君の可愛いスクールガール風の服装を私は一通り眺めてため息をついた。


「女子寮に乱入することになるかなって」

「あれ?じゃあ真弓とはいろんな話をしていたの?」

「いや、大久保からは三嶋の様子が最近おかしいって話だけ。伽耶子さんの結婚式のはがきは大久保が代理で出したらしいけど、この様子だと行かないんじゃないかって相談されたんだ」

「……真弓は何で佐藤君に相談したかなあ」

「あ、う、あー。そうだなあ、なんでだろうなあ」

 そこだけ佐藤君は妙にはっきりしない返事だった。


「まあ友達に見えたんだろう」

「まさか夜の会合のことはバレてないよね、佐藤君の名誉が……あ、でも真弓は今日佐藤君の服装みてびっくりしていたからそれはないか……って結局今日バレてるじゃん」

「俺の服装のことなら心配しなくていいから」

 佐藤君は妙に自身ありげだった。

「なんとかなる」

 そして佐藤君はまた腕時計を見た。表情が暗くなる。


「ああ、くそ、時間が」

 タクシーは順調に流れているけど絶対の時間が足りないのだ。

 じりじりする時間と言うものは、本当にしんどい。

 だから結婚式の開始時間になってしまったとき、私は逆に少しほっとしたのだった。

 佐藤君は小さな声でだったけど悔しそうに悪態をついた。後五分あれば式場には付けるだろう。もうその建物は見えているくらいだから。


 でも結婚式はきっと時間厳守ではじまってしまうはずだ。涼宮家と門倉家なんていったら、ものすごい数と階級の来賓の方々がいる。その人たちを待たせるわけにはいかないだろう。


「佐藤君、もういいんだ」

 私は佐藤君の手を握り返した。

「心配かけてごめんね」

 なにもかも私がバカだったから起きたことだ。

 私は顔を上げて佐藤君を見た。

「ありがとう」

「でも間に合わなかった……」

「……佐藤君は確かに私の何かを変えたと思う」

 自己満足なんていってごめん、そう私が続けようとした時だった。


「え?」

 私は信じられないものを見た。


 式場からは百メートルは離れているであろう道路沿いの歩道。

 そこにぼけーっと突っ立っている人間には見覚えがあった。


「とめっ、止めてくださいぃー」

 あまりの衝撃に声を裏返しながら私は叫んだ。タクシーが数メートル行ってから止まる。

「三嶋、どうしたんだ?」

 佐藤君が慌ててお財布をだす。結構な額に私は慌てる。


「タクシー代、私出すよ」

「三嶋は財布もってないだろ」

「……あっ」

「別にいいんだ」

「よくないよあとで払うから」

 と、いいながらも私はタクシー代どころではなかった。転がるようにしてタクシーをでる。佐藤君は私の混乱の理由はわからないみたいだった。それは私の声を聞いてからやっと判明することだろう。


「門倉さん!」

 歩道にぼけーっと立っているその男を私は呼んだ。


 彼は振り返る。

 穏やかな、優しい微笑みだった。

 キリンとか奴隷とか殿様とか。

 厨二病もびっくりな二つ名いっぱいのその彼は、今日の新郎だ。


「やあ、藍さん」

 そうだった、伽耶子ちゃんは神前式だった。門倉さんは紋付袴姿でにこにこしながら近寄ってきた。スクールガール佐藤よりはまともだけど、歩道では浮いていること間違いない。

「な、なんで新郎がここにいるんですか?」

「えっ、この人が新郎なの?なんでだ?式始まってる時間だよな。俺の時計遅れているのか?いやタクシーの時計も時間同じだった」

「門倉さん、式始まっちゃってますよ?!」


 混乱の極みの我々に対して門倉さんは落ち着いたものだった。

「大丈夫だよ。だって俺がここいるんだから。新郎がいなかったら式は始まらないだろう?」

 そうそう、主役不在で式は始まらないよね、いくら結婚式の新郎が新婦の添え物としても。ってそういう話をしているんじゃないわー!


「いやいやいやいや、ご来賓の方々が皆待ってますよ!」

「皆じゃないよ」

 門倉さんはにっこり笑った。

「来ていない人が一人いる」

 それが誰を示すのか、わからないほど私も愚かではなかった。

「伽耶子さんがその人を迎えに行ってくれって言ったんだ」

 それから門倉さんはちょっとにやける。

「えっと、俺の妻が?」

 うざい。

 とか一瞬よぎった。


「……式挙げてませんからまだ妻と言っちゃいけません」

「でもこれで全員揃ったから式ができるよ!さあ行こう」

 門倉さんはご機嫌だ。伽耶子ちゃんを好きで好きでやっと手に入れたんだからそれもそうか。

 そう考えて気がついた。

「門倉さんに伽耶子ちゃんは何も言わなかった?」

「え?」

 私に誘惑されるとか……なんて聞けないな。でも門倉さんを迎えに出したってことは伽耶子ちゃんは気にしていないのかな。


 そして門倉さんは佐藤君にも言った。

「藍さんを連れてきてくれたんだよね。ありがとう。『妻』に変わってお礼を申し上げます。君もお茶ぐらい飲んで行ってね」

 どうも、と佐藤君は頭を下げた。


「三嶋、急げ」

「あ、うん」

「あとこれもっていけ」

 佐藤君は真弓から預かって大事に抱えていた紙袋を私に差し出した。何かと思えばそこには制服がつっこんであった。あとご祝儀袋とかタオルとか。


「……真弓……凄すぎる」

 彼女の気の回り方には驚いた。

 佐藤君と真弓と伽耶子ちゃんと門倉さんと。

 いっぱいお礼を言って謝らないといけない人がいる。

 でも私の周りにはそれだけの人がいるんだなって思った。


 と、じんわりしている私をせかして門倉さんは言う。

「さあ早く早く。僕の『妻』が待っているよ」

 ……思ってはいけないことだとわかっているが、このドヤ顔のキリン、殴っていいか。

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