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ファムファタる。  作者: 蒼治
8 ファムファタル
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 伽耶子ちゃんの結婚式への回答は結局メールにした。

 真弓がずっと私を気にしているのを感じて、私はその晩女子寮の非常階段にでた。夏のあのわけのわからない暑さは大分ひいている。

 ひんやりとした気配をかすかに感じながら私は鉄柵に寄りかかる。眼下には広がる林が見えた。 


 行きませんってメールを送ってしまってから私は伽耶子ちゃんとお姉ちゃんから来ているメールの数々の履歴を見た。

 どうしても開く気になれない。


 伽耶子ちゃんの言葉は許すものだろう。それしか考えられない。最初の数通は、きっと。

 でも後の言葉がどう変わっていくのかはわからない。伽耶子ちゃんは私を叱責してそしてそれでも何も返そうとしなかった私を、嫌いになっていったのかもしれない。

 少なくとも今の欠席を知らせるメールでそう思ったかも。


 私は慎重に、間違えないように、伽耶子ちゃんのメールも電話も着信拒否に設定した。

 嫌われるようなことをしているのに、嫌われたくないんだ。嫌われたなんてことは知りたくも無い。でもこれで二度と接触が無ければそれは知らなくて済む。バカだなって自分のことを思うけど、でも怖いんだもん。

 答えなんていらない。

 お姉ちゃんのメールアドレスも消した。


 お姉ちゃんを助けたいと思っていたんだなあ、私。

 佐藤君に傲慢だといっておきながら私も同じようなことをしていた。お姉ちゃんが自分で解決できないことを私がどうにかできるはずもない。

 私がお姉ちゃんみたいな生き方に共感できていたらまだ良かったのかもしれない。救えなくても一緒に入られた。でもエリックさんのこともあるし、やっぱりああやって人の好意を食い潰すような生き方はは私にはやっぱり居心地悪いものだったから。


 お姉ちゃんのメールもいっぱい溜まっていた。

 二人からの数十通に及ぶ未開封のメール。

 私はそれを見ないで消した。

 星が綺麗だった。



 真弓は相変わらず伽耶子さんにちゃんと連絡しろって言ってきたけど、メアドの登録を消したといったら息を飲んでいた。

 大丈夫、伽耶子ちゃんに二度と会わなくたって平気。平気じゃないけど平気じゃないといけない。


 伽耶子ちゃんのことは今でも好きだ。

 でも、私は伽耶子ちゃんの誠実さを裏切ってしまったからもう会えない。伽耶子ちゃんは私がひどい目に会いそうだったところから助けてくれたのに、私は自分からそこにまた戻ろうとしてしまったのだ。彼女は失望しただろう。


 だから私は今は会えない。

 もし会えるとしたらあの失敗を取り戻せるくらいに私がしっかりしてからだろうなと思う。もともと伽耶子ちゃんは雲の上の人だ。とてもしっかりしたおうちのしっかりしたお嬢様。私とはそもそも出会うことさえない人種だったんだ。

 私はだから普通に生活することを頑張ることにした。

 それくらいしかできることなんてないんだもん。



 それからしばらくは平穏な日々が続いた。

 文化祭の準備もぼちぼちと始まっている。前にもチラッと言ったことがあるけど、うちの学校の文化祭の伝統行事、光源氏の練習も。


「やっぱり香坂エミリだって」

 私は光源氏の担当ではないので詳細はあまり聞いていない。真弓がそんなことを教えてくれた。

「ああ、やっぱり」

「で、桐壺が佐藤君だって」

「……マジか……今年はうちはお笑い狙い決定か」

 光源氏に出てくる数々の女性達、それはうちの学校では野郎連中が担当するのだ、なんておぞましい……。しかもあのガタイの佐藤君か。


 綺麗な男子がやることがあれば割と真面目に演劇として見せる場合もあるけど、まあ大体はお笑いだな。なんか十年位前に、壮絶な美しさをもつ男子生徒がいて三年間観客を魅了したって聞いたことがある。しかし佐藤君は残念ながらそうではない……。

 あ、まてよ、佐藤君としてはめちゃくちゃ嬉しいんじゃないのかな。だって女性だってなかなか着ることができない十二単を着られるんだもん。うちの学校のこの伝統はとても長いので衣装はすごく本格的なものが揃っているのだ。よかったなあ。


 クラスの出し物の準備で、私は教室でたくましくも木材に向かってのこぎりを動かしていた。金曜日だから皆遅くまで残って作業をしている。真弓はそんな私をじっと見ている。


「伽耶子さんの結婚式、明日じゃないの」

「行かない」

「行きなよ」

「だって欠席ってもう伝えてあるし」

「私、絶対伽耶子さんはあんたが来るって信じて準備していると思う」

 真弓は固い顔をしていた。


「もういいんだ、伽耶子ちゃんのことは」

 私はその視線から逃れるように言った。

「なんで?」

「なんででも」

 私はそれでも落ちてくる真弓の視線にいらだって立ち上がった。

「私が考えたことだから、真弓は関係ないじゃん」

「関係なくないんだけどな」

 真弓はきれいな唇を噛んだ。


「あんたは言ったほうが良いよ。佐藤君だってそう言っているでしょう」

 ああ。そうか、最近二人が話をしていることがあったけど、そんなことを話していたのか。

 佐藤君は私にいつも話しかけてきたそうだけど、この間の口論の一件から話かけてくることはなくなってしまった。でも真弓にはなにか相談していたんだ。

 もっと何か言い返してくるかと思った真弓だけど、彼女はふいと私に背を向けた。そのまま教室を出て行ってしまう。


 真弓と喧嘩したのも初めてだなって思う。

 なんだろう、いろんなことがうまくいかないときには重なるものなんだな。

 追いかける気力も無くて、私はまた木材に向かった。



 しかし翌日の朝っぱらから、真弓はまた同じことを言い始めた。引き下がったと思ったがあの時だけだったのか。昨日の困惑が支配していた様子から一転、なぜだろう妙に強気だ。


「結婚式に行け!」

 真弓は私の制服を叩き付けてきた。高校生の正装は確かに制服だもんね。


「いやだ!」

 真弓はベッドの上でTシャツとハーフパンツで転がっている私の手をつかんだ。

「行かないと絶対後悔するよ!?」

「うるさい!」

 なんで今日になってこんなにやかましいのか。

 もめている間にも時間は着実にすぎていく。


「今から行ってももう間に合わないよ」

「諦めるんじゃない!」

「諦めてるわけじゃない。そもそも行く気が無いだけだ!」

「いばるな!」

 部屋の中でわあわあもめている私たちは気がつくのが遅れた。


 寮の中もなぜか騒々しくなっていることに。はっと気がついたときには平和な休日の朝の寮内は大騒動になっていたらしい。

 私達がその物音に気がついてはっと怒鳴りあいをやめたときには、それはもう私達の部屋の前まで来ていた。


「ちょっと!待ちなさい!」

 寮母さんの声がして、私達は顔を見合わせた。

「……何?」

 真弓は首を傾げながら、自室の扉を開けた。

「えっ?」

 そして短く叫んで扉の前から退く。

 真弓がどいたことで見えた扉の向こうの景色に私もぽかんとした。


 佐藤君が立っていた。

 とっても可愛いプリーツスカートとシャツ、ブランド物のハイソックス、そして濃紺のカーディガンのスクールガール風いでたちで。


「さ、さと……」

 どういうことだ!

 女子寮だよここ!男子禁制だよ!そしてどうして女装なの!衆人環視だよ!

 騒ぐ寮母さんの声に驚いて自室からでてきた生徒で廊下はいっぱいの様だった。

 佐藤君は真顔で言う。

「三嶋、行こう。結婚式に」

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