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ファムファタる。  作者: 蒼治
4 メーる。
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3

 三年生男子寮寮長佐藤航一郎君と一年生ハーフ美少女香坂エミリが付き合い始めたのではないかという噂は、一週間後には全生徒に広がっていた。うーむ、私の時とは速度と対応がまったく違うのは、やはり話題性だろうか。


「すまなかったよ」

 真弓さえにやにやしながらも昨日の夜に言ってきた。

「てっきり藍と佐藤君が付き合っているのだと思ってからかって悪かった」

「まあそれはいいんだけどさ、違うって何回も言ったのに」

「ごめんごめん、佐藤君が藍を見る目が優しかったからつい」

「アホか」


 私はひとしきり呆れた後、真弓が聞いてきた佐藤君と香坂エミリの噂について聞き入った。けして繁華街とはいえぬ錆びれた場所(最寄の林は広大)の高校だ、皆噂話にはすごく飢えている。久しぶりのビッグカポー爆誕だしね。


「藍は佐藤君から何か聞いていないの?最近つるんでいたのに?」

「いやあ……あいすみません、何も」

 使えぬ女め、という視線が心地よいわ。

 本当は確かにどうなったのか聞いてみたいという気持ちはある。私だってセレブカップルには興味を持つくらいには俗だ。


 でもその十日後には期末試験という状況だった。ひぃひぃ言って勉強している間に佐藤君からメールが来て「テスト終わったらまた会おう」という話になった。しかし本当にあいつ余裕だな……。妬ましい……。


 正直私にはもう夜遊びにでる理由はない。佐藤君が指摘したとおり、そして私だって最初からわかっていた通り、キリンに対する怨嗟はすなわち逆恨みだったわけで、もう丑の刻参りには行かない。

 でも佐藤君は話をする相手が必要なのかもしれない。

 そして私も、佐藤君と話がしたいのかもしれない。

 別に佐藤君を好きとかそういうんじゃないけど、でもほら、話が合う人間と言うものは人生を豊かにするじゃない!?って偉い人が言っていた。

 まあ期末が終わったらエリックさんのところにも行かないといけないな、ということもあり、私は期末の終わるのを楽しみにすることにした。



 順風満帆な日々のはずだった。

 なのに昔の夢を見たのは何故だろう。

 圧し掛かってくる男の重さと不快な熱さ。声音だけは優しい恫喝。私の体を這う指の気持ち悪さ。逃げても追ってくるあの足音。そして良心的で常識的な人たちの良識ある悪意の言葉。


「大丈夫?」

 気が付けば真弓が携帯電話を明り代わりにして、私のベッドサイドに立っていた。

「あ、うん」

 時計を見れば午前五時。夜は白々と明けようとしていた。

「なんか私、寝言言っていた?」

「まあね」

 真弓は椅子をひっぱってきて私のベッドサイドに座った。

「『先生』とか『ママ』とか」

「かっこわるい……」


 身を起こした私は抱えた膝に頭を下ろした。真弓は声をかけるでもなく触れるわけでもなくただ見守っている。

「昔の話?あのクソ教師」

 どうして真弓は育ちがいいはずなのに、そんな言葉遣いをするのだろうか……。

 ただ、真弓の言葉には素直に頷いた。親しい友人である真弓にだけは、いろいろなことを話している。


 母親の恋人に乱暴されかけたことは前にも言ったけど、それだけじゃない。

 どうも私は、嗜虐心のあるロリコンに目をつけられることが多かった。

 伽耶子ちゃんと出会う少し前にも似たような事件はあったのだ。

 小学校の時に音楽の先生がふと気が付いたら転勤していたことあった。しかしそれも私がらみ。

 ……どうも幼女趣味だったらしくて、放課後全裸写真取られそうになった。


 私はまだ用心がなっていなかった。気が付いたら二人きりで音楽室に追い詰めらいた。ただ生徒と写真が取りたかったのだけなのかもしれないが、私も全裸は嫌だ、すみません。全力で抵抗して、なんとか逃げ出せて廊下であった別の先生に訴えた。

 本当に嫌だったのはそれからだ。私の母親のルーズな生活態度のことは教員連中にももう知れ渡っていたから、私が誘ったんじゃないか的な言われようで。


 クラスメートのご家庭のいくつかでも「あの子と遊んじゃいけません」ということになったようだ。母親があんなだから、子どももあんななんだろうって。おいおい、どこの世界の小学一年生が中年男を誘惑するんだよ。

 それだけだったらまあ私が我慢すればよかったんだけど。


 でも我慢できなかった人が一人いた。

 そして一ヵ月後、音楽の先生は姿を消し、校長先生が減給になって、市の教育委員会所属者の家庭が一つ崩壊寸前になったらしい。

 誰かが裏で手を回した。私は母親じゃないかと思っている。すごく嫌な方法なんだけど、その権力者に取り入って、音楽の先生を裁いた。

 あの人なりに娘を守ったのだと思う。でも私のせいで、教育委員会会員の罪も無い家庭が不和地獄に陥った。


 嫌なんだ、そういうの。なにがどうってわからないけど、嫌なんだ。私のせいでどこかの家族の輪がばらばらになってしまうようなことだけはしたくない。

 そういう不満があって、私はあの時母親を選ばなかったのだろうか。

 守ってもらっておきながら、ひどい娘だ。

 その後、母親の恋人にあんな目にあって、私もさすがに男の人というものに警戒心を抱くようになったんだ、け、ど!


 それでもやっぱり変質者に好かれる体質はどーも残っているみたいだ。転校した小学校の時も中学校の時も、妙な人になつかれてばかりだ。ストーカーまがいとか、白いジャムの贈り物とか、得体の知れない手紙とか、まあいろいろあった。でもその時はきちんと正攻法で戦ってくれるパパと、いろいろ(法的に)ぎりぎりな手段を繰り出しても相手を完膚なきまでに叩きのめしてくれる伽耶子ちゃんがいたから、不快な経験は無い。


 正直に言う。

 ごめん、私ちょっと男の人苦手……っす。


 王理高校を選んだのも、外界と隔離された状況だからだ。あと真弓がこの高校にいくって言うから。最終的な状況は一番王理がよかったけど、本当は女子高が良かったくらい、男の人苦手。


「私がからかいすぎちゃった?」

 真弓が静かに言った。

「藍が進んで男と話しているなんて凄く予想外だったから、佐藤君は特別なのかと思ったの」

「真弓のせいじゃない」

 真弓には、私の母親がろくでもなかったことは話してある。それでも友達でいてくれるんだから。

 伽耶子ちゃんの話もしてあるくらいだから、私が男の人と恋愛できるとかそういう余裕がないということは気がついているだろう。真弓は聡いし。


 特別か……。

 だから私も佐藤君と自然に話せたのが不思議だった。

 やっぱり女装していたからかな。そういう意味では確かに特別だ。

「なんだろう、私の後ろめたさが時々こういう夢を見せるのかな」

 私は笑ってまた横になった。

「寝よ。まだ朝には早いよ」



 そんな風に時々イヤな記憶を呼び起こされつつも、普通な生活は続いている。多分私は鈍感なんだろうな。じゃなかったら受験勉強に差し障るので自分の性格に感謝。

 テストがあけたその週末、私は佐藤君とエリックさんのうちにくりだした。なんとなーく香坂エミリに遠慮したというか気後れしたので、ちょっと理由をでっち上げて、校内ではなく駅前で佐藤君とは落ち合った。

 香坂エミリとは付き合うことになったの?という一言をうまく口に出せないでいるうちにエリックさんの御邸宅に到着してしまった。


「今日は香坂エミリは寮?」

「うん」

 その質問が精一杯でありました……。

「俺、三嶋に見せたいものがあるんだよ」

「え、なに?」

「超可愛い三角ビキニ」

「!?」

「さすがに着れないから見て愛でてる」

 ……よかった!佐藤君に最後の良識があってよかった!だってどうやって納めるの?!


「あ、あのさ、俺、三嶋に頼みがあって……」

 エリックさんのうちの前で佐藤君が妙にはにかんだ声を出した。なんだろうと思って私が彼を見上げた時だ。

 塀の向こうのエリックさんのうちで、にわかに大きな話し声がした。佐藤君と顔を見合わせていると、門から押し出されている人影が見えた。


「帰ってください。俺はもう、あなたと話すべきことはないんです」

 これはエリックさんだ。

 門の前で押し問答しているらしい相手は女性だ。

「でも、私はあるの。あなたに謝らないといけないと思って」

 彼女が言った時、立ち尽くしている私達に気がついたようだった。


「あら?」

 綺麗な黒髪。輝かしい美貌。綺麗にそろった歯並びの中、かすかな八重歯一本、逆に可愛らしく見せている。

 ずっとまさかねーと思っていたことが当たってしまって、私はうんざりする。あの悪夢はこの予感だったのだろうか。


「藍ちゃん?」

 女は言った。きっと彼女こそ、エリックさんをたぶらかした魔性の女。

 名前は碧。

 姉、である。

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