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そんなわけで、その後、私と佐藤君の間の話題はもっぱら、エリックさんのやらかしてしまった大失敗のことだった。
そもそもは私達は丑の刻参りと女装趣味によって関わり始めたのだけど、その二つについては結局放置のままだったわけだ。まあそれについては今までなんとか折り合い尽きてきたわけだから今更すぐにどうという問題でもなかったわけだし。
私も、キリン男に対しての怒りというか憎しみというか逆恨みと言うものは、正直佐藤君に打ち明けたことで、なんとなく昇華はできてはじめていた。
そう、仕方ないのだ。
キリン男は私の理想とは程遠かったが、伽耶子ちゃんにとってはとても良い人なのだろう。まあそれは……ずっと前からわかっていたことかもしれないが。
「で、結婚式にはでるの?」
昼休み、真弓と一緒に屋上でぼんやりしながら、私は丑の刻参りは中止していることを話した。真弓とは付き合いも長く伽耶子ちゃんのことも知っている。
「まあね」
私は頷いた。
「そうかあ。まあ夜の森をうろうろするのも足元が危ないものね、蚊もいるし」
極めて合理的に真弓はまとめた。
「で、佐藤君と付き合うの?」
そのあとに続いた言葉はとても合理的とは言いがたいものだったけど。
「な、なんで?」
「だって最近佐藤君とよく一緒に居るじゃない」
「それは前にも言われたけど……」
「何か理由があるんでしょう?」
……理由、言ったっけ?
なにを?佐藤君の女装趣味は言ってないはずだよね、えーとなんて説明したんだっけ?
しばらく混乱した私は仕方なく切り出した。
「佐藤君が香坂エミリを好きなことをひょんなことから知ってしまって、その相談を受けたから」
「え、そうなの?」
真弓もめずらしく驚いた声をあげた。
「いや、秘密にしていてね、佐藤君のために」
佐藤君には大変申し訳ないけど、真弓の追及をそらすためについ真実を一つばらしてしまった。真弓が本気になって興味を持ったら面倒くさいから。それなら一つの軽い真実で大きな問題を隠してしまったほうがいい。
大体佐藤君の女装趣味がばれたら、王理高校の中がお祭り騒ぎになるけど、佐藤君が香坂エミリを好きだなんて話なら、どうといういこともない。あまりにもお似合いだからせいぜいリア充爆発しろの声で溢れかえるだけで、ある意味予定調和だ。
このくらいならばらしてもいいかな。真弓はそもそも口が堅いし。
「なるほどねえ。あまりにもお似合いすぎて、ふーん、という感想しか浮かばない」
真弓は予想通りのありがたいリアクションを返してくれた。
「でしょう」
「でも、そうしたらなんで告白しないの?」
「……さ、さあ」
「佐藤君もやっぱり自分から言うのは勇気がいるのかな」
真弓は屋上のフェンスに寄りかかった。その下にある中庭が見える。
「噂をすれば」
なんて真弓が言ったので、私もその横に並んで下を見下ろした。中庭では日陰のベンチで佐藤君が友達とお昼を食べていた。そろそろこんな風に外で食べるのも終わりかな。いいかげん暑すぎる。
「ああ、佐藤君だ」
「で、ほら」
真弓の言葉に本当に真下を見る。そこでは校舎の前を通っていく香坂エミリの姿があった。
「協力してあげれば」
真弓が私を見た。
「そりゃ、協力できるものならしてあげたいけど」
「佐藤君と香坂さんってもう友達くらいにはなっているの?」
「どうだろう、お互い校内の有名人だから意識くらいはしているかもしれないけど、話をしたこともないんじゃないかな」
「それじゃあ、まず必要なのはきっかけだよね」
真弓は牛乳パックを持っていた私の手に、自分の手を伸ばした。なにするのかなと思えば私の手に重ね、そして思い切り力をこめた。牛乳がストローを通って溢れだす。
「ちょっとなにするの。角を持てって書いてあるでしょう!」
私の怒りに耳を傾けることなく、真弓はフェンス越しに真下を見た。
「ごめんなさい、大丈夫だったー!?」
呼びかけたのは、ちょうどそこを歩いていた香坂エミリだ。急に頭上から降ってきた牛乳にぎょっとして、それを浴びたまま立ち尽くしていた。
「いま降りますね!」
真弓が叫ぶ。
「ほら、行きなよ」
「ななな、なに今の茶番」
「茶番言うな」
真弓は眉をひそめた。
「これで少なくとも藍と香坂さんは知り合いになれたわけでしょう。あとはここからどう佐藤君につなげるかだけど。それは藍の腕しだい。困ったことがあったら相談してね」
「なんという力技」
「力技でも技は技。頑張れ」
真弓は見やっと笑った。強引だなあ。
真弓はいつもは冷静だしそれほどいろんな噂話に興味を持たないけど、やるとなったら手段を選ばないなあ。
「ま、まあいいや。とりあえず行ってくる」
私は屋上を出て階段を駆け下りた。確かに迷っているよりだけより行動に出たほうが、効果を求めるのならば手っ取り早いのかもしれないな。
「ごめんね!」
表に出て香坂エミリの姿を見つける。そこにもう一人立っていた。
「佐藤君!」
先ほどまで日陰に居た佐藤君が香坂エミリの横に居た。うーむ、遠目にもお似合いな二人だ。
「香坂さん、ごめんね、ふざけているうちに牛乳パックつぶしちゃって」
とりあえず駆け寄って彼女に謝罪した。
「いえ、大丈夫です」
とびちった牛乳は、落ちるうちに飛散して実際に香坂エミリにかかったのは数粒だったらしい。それも佐藤君のハンカチで髪から拭われていた。
「佐藤君もごめんね」
「いいよ。見ていたんだ」
その言葉には私と真弓の妙な思惑まで含まれていそうでちょっとドキッとした。
「ごめんね。香坂さん、クリーニング代が必要なら言って」
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
香坂エミリは笑った。美少女と言うとなんだかぼんやりして浮世離れした印象があったけど、彼女はしっかりしていて礼儀正しい。そこにエリックさんの優しさが加わっているような気がした。エリックさんは確かにちょっと問題ある性格かもしれないが基本的には凄くいい人だと思うのだ。香坂エミリからも裏表、といったものはまったく感じとれない。
「ちょっと待っていて」
私はちょっと先にあった自販機で、紙コップのジュースを二つ買ってきた。それをそれぞれに渡す。
「二人に迷惑掛けちゃったから、とりあえずこれ」
「え、いいよ」
「いいからいいから。香坂さんもさ、実際に制服がしみになったりしていたらちゃんと教えてね、私は三年A組の」
「三嶋先輩ですよね。それにこちらは佐藤先輩」
おや。
なぜ私のような地味っ子をご存知ですか、と思ったけど、続いて佐藤君の名前が出てきたことで少し納得した。
もしかしたらという疑念と共に。
佐藤君は本人にその自覚は無いけど目立つ。だから香坂エミリが知っていても無理はない。そして私は目立たないまでも、真弓から指摘を受けるほどには最近佐藤君とつるんでいる。佐藤君を見ている人は、私のことを知っている可能性は大、だ。香坂エミリも佐藤君を見ていたのだろう。
で、それはどうして?
もしかしたら香坂エミリも佐藤君を好きなのかもしれない。とすれば、このまま後一押しで。
「じゃあ、私は行くけど、何かあったら本当に言ってね。言いにくかったら佐藤君でも良いから」
「え、俺?」
「いいじゃない。じゃあね」
佐藤君と香坂エミリの縁がこれで続けばいいんだけど。
なんて思いながら私はにっこり笑ってそこを離れた。
少なくとも、ジュースを飲みおわるまではその場にいる可能性は高いじゃない?とすればお話だってするじゃない?
仲良くなるかも!
私だって時には陰謀を企てたりする。




