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ファムファタる。  作者: 蒼治
4 メーる。
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 伽耶子ちゃんに佐藤君もろとも拉致られたその翌晩、示し合わせたように佐藤君と夜の林のいつもの場所で待ち合わせた。

 佐藤君はきっと話を聞きたいだろうなと思ったのだ。


 案の定、綿のマキシワンピを着た佐藤君がいて、私は伽耶子ちゃんと私の長い話をすることになったのだった。

 すべてを語れたわけじゃない。あまりママのことは話せなかった。佐藤君はもしかしたら話の不自然な欠落に気がついていたのかもしれない。……気がついていないのかもしれない。


「正直」

 佐藤君は言いにくそうにしばらく黙っていた。黙っていたい相手は黙らせておくが良いと知っている。大体ろくなこと言わないからだ。


「三嶋の恋愛の趣味はどうかしていると思わざるを得ない」

 ほらね!

「なんなの?伽耶子ちゃんが女だから?それとももうすぐ人妻だから?」

 つまんないこと言いやがる!


「いや、別に……まあ個人的には不倫はなんだか不毛だなと思うけど、そんなことは別にして、涼宮さんはすごく……えーと」

 佐藤君は言葉を捜す。うんうん、気持ちはわかるし配慮には痛み入る。でも伽耶子ちゃんを表現するのに、ソフトな表現は無理だ。

 昨日の変なメンバー食事会も一応表向きは何事のなかったが、伽耶子ちゃんらしさは終始炸裂していたし……、佐藤君も伽耶子ちゃんの性格についてはわりと過不足なく理解したのではないだろうか。


「えーと……『ワンマン』?」

 うまいこと言うなあ~。


 自分自身の言葉に勇気付けられたみたいに佐藤君は続けた。

「三嶋もさ、わりと『私のやることに口だすな』ってタイプだろ?涼宮さんなんてダイレクトにそれじゃないか。同じタイプだとつきあっても衝突するんじゃないかな」

「……ふつーに役に立つアドバイスだった……ごめん」

「この俺が、アブノーマルについて語るなんて笑止千万、って感じじゃないか?」

 佐藤君は笑った。なんだか無駄に爽やかだ。


「だから普通に恋愛として俺が思うこと」

「なるほど……佐藤君と友達でよかった気がする」

 そういったら佐藤君は笑い止んでなんだか困ったような顔をした。

「友達?」

「そう。ていうか、指摘しづらいこともちゃんと指摘してくれる友達」

「……なるほど」

 微妙、としか言いようの無い顔だったけど、私は感謝の言葉を続ける。


「だって私も本当はわかっているんだ」

「なにを?」

「多分、伽耶子ちゃんに告白したってうまくいかないだろうってことは。なんか、伽耶子ちゃんって、別に私が女だからと言うことで、気持ちを両断してしまうようなことはしない人だと思うんだ」

「ああ、それは俺も思った。あの人、そういうことは鷹揚そう」

「だからすごく一生懸命考えて、自分の恋愛対象であるかと言うことも考えて、付き合えないという返事をくれる人だと思うんだ。でもその誠実さは逆に私を追い詰めるよね」

「まあ……そうかも……」

「そして私にも、あのキリンのようなタフさはない」

「キリンと言うのはやめてあげたらどうかなと俺は思うけど……」


 どうして涼宮が伽耶子ちゃんの結婚を認めたか。

 それはひとえにあのキリン男が『素性のいい男』だからである。

「……どんな人なんだ?」

「ちょっとそのあたりは私もよくわからないんだけど、昔からの知り合い。伽耶子ちゃんから聞いた話だと」

 私は事情を説明し始めた。


 そもそもは伽耶子さんの実家が大きく関わっている。

 涼宮家は、黒船来航後、財閥の一角として名を馳せ、やがて政治に手を出し始めた。今では血縁から総理大臣を何人も出すようなすごい名士だ。

 しかしもともとは地元の単なる一商家、政界に入っていく時に、地元のお殿様には大変お世話になったそうだ。お殿様は未だに地元でも愛されていて、現代では涼宮家のほうが名声資産共に追い抜いてしまった今も、お殿様一族をないがしろにしようものなら地元の住民から非難を浴びることは間違いない。そのお殿様こそ、キリン男。


 伽耶子さんの彼氏はお殿様の末裔だそうだ。

 若様自体は、さすが世が世ならお殿様……としか言いようが無いのほほんとした性格をしている。彼が最後の直系だそうなので、涼宮家がお殿様であるキリン男を引き込む手段として、伽耶子さんとの婚姻を考えたところまでは私も想像がつく。


「ただ、伽耶子ちゃんはご実家と仲が悪いので、どうしてお殿様と結婚する気になったのかはわからない。キリン男のことも、昔はあまり良いこと言ってなかったのになあ」

 私は伽耶子さんにはもっと非の打ち所のない人と結ばれて欲しかった。わたしがだめならせめて、と。


「なんだか政略結婚ぽいけど、昨日話した印象と三嶋の話だと、涼宮さんはそんなことを受け入れるタイプにはとても思えない……」

「だよねえ」

 途中までは政略結婚だったことを知っている。


 そもそも、キリン=お殿様には伽耶子ちゃんの妹が宛がわれる予定だったらしい。それが紆余曲折合って、伽耶子ちゃんに回ってきた。彼を紹介した過程には伽耶子ちゃんの妹も関わっているという話だ、率直にいうと、お殿様と結婚したくなかった妹さんが、巧みに伽耶子ちゃんにスライドした、ということだ。なんということだろう、あんな優しい妹さんまで権謀術数を操るなど、涼宮家というのは本当に恐ろしき一族である。


「ただ、妹さんのしたことも百パーセント自己都合というわけじゃなかったと思うんだ」

「どうして?」

「まあ……なんていうか、結局、伽耶子ちゃん自身がキリンを好きになったんだろうとおもうわけですよ。ていうか言わせんな、切ないじゃん」

「ああ、ごめん……」

 わりと淡々としている自覚は有るけど、やっぱり伽耶子ちゃんが誰かのものになるのは嫌なんだ。


「でもそのお殿様は、涼宮さんをちゃんと好きでいてくれるのかな。それがなっていなければ、三嶋にだってまだ可能性はあるはずだろう」

 佐藤君はいい人過ぎるな……私は自分がアブノーマルだって、他人のアブノーマルな相談になんて面倒くさくて乗れない……。


「まあ……タフな人だと思うよ。最初は伽耶子ちゃんも彼には興味なかったみたい。でも彼は伽耶子ちゃんに関わり続けていたから。伽耶子ちゃんも彼には誠実だったな」

「ふうん」

「キリンが、伽耶子ちゃんに気持ちを伝えたことがあったんだ。伽耶子ちゃんが少し困って愚痴っていたのを聞いた。『どうしましょう。犬としか見ていなかったから、男性として見られるかしら』って。伽耶子ちゃんがそこまで向き合うってすごいよ?」

「……そう……な……の?」

 キリンだの犬だのお殿様だの、いろいろ肩書きの多い人だなあ、と佐藤君は呟く。


「でもそこから、結婚までこぎつけたんだから、彼も頑張ったんだと思う」

「だろうな。三嶋の話を聞く限りでは、自分の意にそぐわないことを絶対しない人だろうし。そのためには努力を惜しまなそうだ」

 佐藤君にそういわれてちょっと嬉しい。自分が褒められるより、伽耶子ちゃんを褒められたほうが素直に喜べる。


「ああ、でも、佐藤君にこうやって話せて私も少し気が楽になった」

 私は付け足す。

「わかっていたんだ。本当は逆恨みだって」

「うん……」

 佐藤君は頷いてくれた。


 逆恨みをを肯定してくれるって、佐藤君は凄い人だな。彼も、人に知られたら呆れられるような悩みを持っているからだろうな。

 ……なんだかなあ。佐藤君から親切にしてもらってばかりじゃ申し訳ないなあ。私も彼に何かしてあげられることはないんだろうか。

 そういえば、お父さんのエリックさんのことにばかり関わってしまって、肝心の香坂エミリと佐藤君をどうやって友達同士にするか、あわよくば恋愛関係に落とし込むかをすっかり忘れていた。

 夏休み前にうまく行くと良いんだけど。なんとかできないか、私もちゃんと考えてみよう。


「佐藤君には本当に助かっている」

「え?」

「話を聞いてもらえると嬉しいよ」

「はは」

 佐藤君の笑いは、短い。でもなんだか嬉しそうだ。そういえば最近表情が豊かだ。私と話をすることで佐藤君も気が楽になっているといいな。

「なあ三嶋」

 佐藤君はしばらくにこにこしていたあと、本当にちょっとだけ深刻そうな顔で言った。


「お前も結構大変だったんだ」

「なにが?」

「ちっちゃい頃」

「でもそのお陰で伽耶子ちゃんと会えたから平気だよ」

 うん、と彼は相槌を打つ。なのに、

「三嶋は、なにか嘘ついている気がするけど、俺はそういう三嶋も気にいっているよ」

 なんて毒のある言葉を付け足した。


 なるほどなあ、男子寮の寮長というのは、さすがに鋭い。


 と思って変な汗かいたけど、その場は笑ってごまかした、ひひひ。

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