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王太后さまの大人の魅力を見せつけられて思わず惚れそうになった翌日、生誕祭を前にバルムンク御一家は帰国なさることになったということが知らされた。
まあ、疑惑があったにしろ隣国の王家に連なる貴族筋を家族単位でいつまでもお引止めしてはいけないということらしいけど。私からしたら「そうなんだー」位に正直どうでもいいと申しますか、いえ客人に対してそんな風に思ってはいけませんね!
早く帰ればいいのにとかちらっとでも思ったりなんかしてませんよ。
寧ろまだいたのかとか思ったなんてことは秘密です。
(なんかねえ、色々違和感はあるんだよねえ。あの飲んだくれ奥方さまは急にお酒を召さなくなったそうだし、脳筋公子は随分大人しくなってるみたいだし……)
いえ、健康のことを考えたらお酒を朝から晩までって言うのよりはずっとよろしいことなんでしょうけれども。それと脳筋公子が大人しいのは私としてもありがたいと言いますか……また愛人云々言われたら面倒くさいでしょう?
それにしてもシラフだとあの奥方さま、妙に威圧感あったんですねー。遠目にちらっとお見掛けしたんですが、なんでしょう、夫である公爵よりも貴族!! って感じでしたよ。
最近王妃さまとお茶会をなさったとかで、もしかしてシラフだと公爵よりもやり手だったりとか? まさかねー! あの酔っ払い姿を見ているからしゃっきりしてる姿に驚かされただけでしょうね。
まあ何にせよ、生誕祭を前にいなくなる……じゃなくて帰ってくれることになって一安心です。
「はい?」
「……クリストファ、です」
「あらいらっしゃい。どうしたんですか、こんな時間に」
「公爵さま、からの、おつかい」
生誕祭のメインは当然王太子殿下ですけれども、プリメラさまだって王女としての役割がありますからその侍女たる私に仕事がないわけがない。
というわけで今日も夜だけどお仕事を片付けていたら、クリストファがやってきました。
後ね、アルダールに新年祭のお誘いをする言葉を考えてたりとかしてたりとかもね。
ほら誘うのって相当勇気がいるんだよ。リア充は何故に簡単にあれこれできてしまうのか……そして私は何故それらができないのか、ここは論文書けそうなほど隔たりがある気がしてなりません。
ドアを少しだけ開けて、ちょこんと顔を覗かせたクリストファに私は思わず笑顔になってしまいました。
うーん、相変わらず中性的で可愛らしい! 今日は動きやすそうな平服ですね。
……そういえば、ミュリエッタの『予言』に彼の事がありましたね。聞かない方がいい、とアルダールは言っていたけれど。
こうして目の前にしてクリストファが危険人物にはやっぱり思えません。ミュリエッタは彼の何を知っているのでしょう?
クリストファもエーレンさんのように、ミュリエッタとどこかで関わりがあったとか?
でもこの子の過去については特に聞いたことはありませんが、宰相閣下の元に前からいるのだというのは耳にしたことがあります。
(やっぱり本人に聞くべき? でもアルダールがわざわざ踏み込まない方がいいって言うくらいだし……)
「今、大丈夫?」
「あ。ええ、どうぞ入ってください」
「うん」
そろりと入ってきてドアを閉める姿は、やっぱりただの子供です。
白くて綺麗な顔立ちの子供、というのが一体なんなんでしょうか。確かに目立つ風体ではありますが……あれ、でも目立つ割に話題にはならないなあ。宰相閣下の所の可愛い子とか言われててもいいと思うんですが。
まあ、それは身分が低いから目につかないところで働いている事が多いんでしょうけど。
うーん、変な勘繰りをしてしまいそうですね。
「それで、宰相閣下のおつかいとはなんですか?」
「伝言……英雄父娘の、王女殿下への誹謗中傷、咎めるならそれ相応に対処するが望むか否か、だって……口頭でお返事をもらうように、言われた……」
「……そうですか」
うーん。誹謗中傷か。
確かにそうなんだよね、偉い人の耳に入らなければただの馬鹿話で済む話だけど、王女殿下を「デブ」だの「性格悪い」だの、ゲームをやっていた人間ならそれが(ゲーム内の)事実だと理解するけれどこの世界の人間からすればただの悪口ですものね。
しかも現実にはプリメラさまは天使のように心根が清く美しく、なおかつ見た目も可憐な美少女ですもの。これを誹謗中傷と言わずなんと言うってところですか。
名誉棄損であり、侮辱であり、王家の威信を汚す者と断罪されても確かにおかしくない話ですが……私自身が【ゲーム】を知っているからこそ、その誹謗中傷こそが『ミュリエッタという人物がプレイヤーであった』可能性を示してくれたとも言えるわけで……。
正直、そこまで腹が立たなかったんだよなあ。
でも確かに急激に強くなった冒険者父娘に監視の目がついていたなら、その誹謗中傷は把握されていたと考えていい。寧ろ把握されていたと思うべき。
(……でもなあ)
私は少しだけ考えてから、クリストファの方を見ました。
彼は何も思うところがないのでしょう。綺麗な金色の目には何の感情も見えず、ただ私の返答を待って大人しく立っているだけです。
「……クリストファ、宰相閣下へのお返事は否とお伝えください」
「理由は?」
「咎めを求めれば、その誹謗中傷に関してどこから聞いたのかが話題になるでしょう。外宮の侍女が情報源と知れれば彼女の立場はなくなりますし、逆に冒険者父娘を監視していた国の内情がどこからか察せられるのも避けるべきと思うからです」
「……うん」
「それに、恐らくですが……王女殿下にお会いする機会が生誕祭のパーティであるのですから、その時に彼らも過ちに気が付くことでしょう」
「わかった」
こっくりと頷いたクリストファからはやっぱり何の感情も見て取れませんでした。
うーん、この歳で仕事に徹底している姿、私もあんなだったんでしょうか? いえ、もっと私はみっともなかった気がしないでもない。くっ、精進あるのみですね……。
「それじゃ、行くね」
「えっ、あ……あの、待って、クリストファ!」
あっさりと身を翻したクリストファを思わず呼び止めれば、彼は不思議そうに私の方を振り返りました。
どうする私。
聞いてみる?
え、でもなんて?
ミュリエッタを知っていますか、とか?
そりゃ知ってるだろう、英雄の娘の方でしょって言われて終わるわ!
じゃあ知り合いですか? とか?
いや変だろう。
……というか、聞いていいのか?
聞いたら後悔するような展開とかが待っているとか……あり得るな! わざわざアルダールが止めた方がいいとか言うくらいだもんな!
そりゃそうか、クリストファは宰相閣下にお仕えしてるんじゃなくて、公爵家に仕えている使用人だ。
公爵家の使用人のあれこれを詮索とかしたらまずいよね?! まずいよね。
「どうかした?」
「あ、いえ……あのね、良かったらホットミルクを飲んでいかないかしら? 今日はとても冷えるから」
「ホットミルク……」
結局聞かないことにしました!
そうです、私は平穏を大事にすべきであって、自ら何かに首を突っ込む必要はないんです。
何かあったらクリストファの味方を出来る限りしてあげればいいだけの話ですよね。
それにしてもホットミルクと聞いたクリストファが嬉しそうに戻ってくるあたり、……ううん可愛い!!
「今日のホットミルクには、蜂蜜を入れようと思って」
「はちみつ」
「ええ、ほらこれなのだけれどね、クリストファの瞳の色と似ているわね」
金色で、綺麗だなあって思うわけですよ。
あっ、この蜂蜜はナシャンダ侯爵領のですよ。美味しいから私も時々お取り寄せをね。
メッタボンが冬場の乾燥を気にして蜂蜜とハーブでのど飴も作ってくれたんですが、彼は一体何を目指してるんでしょうか……万能料理人? いえ、助かってますが。
「熱いから気をつけてね」
「うん」
両手でマグカップを支えてふぅふぅしながらホットミルクを飲む美少年……。
うん、色々気になることもありますが、可愛いは正義だなと思いました!
勿論帰る際にはメッタボン特製蜂蜜キャンディもお土産に持たせてあげましたよ!!




