85
目が覚めるとそこは私の部屋……ではなくて、城内にある医務室だった。
案外がらんとしていて、開いた窓から風が入るらしくカーテンがひらひらしている。
(……ああ、あれは夢じゃなかったんだよね。そりゃそうか)
頬にある大げさなガーゼの存在で、園遊会が開催されてモンスターが現れたことをはっきりと思い出す。
気を失った私を誰かが運んでくれたんだと思う。一応怪我をしていたから医務室に運ばれて治療を受けたんだろうなあ。
治癒魔法? あれはお偉いさんくらいしか受けられないという現実。
高額なお支払いができる人は治癒士って呼ばれる人にお願いできるけどね! 治癒魔法を使える人ってのがそんなにいないから彼らを疲弊させないための手段でもあるんだけど、まあ特権階級による囲い込みだと言われてもしょうがないと言えば……って違う、そんなことを考えてる場合じゃなかった。
「ぷりめらさま」
お怪我はなかっただろうか。
怖くて泣いちゃわなかっただろうか。
私、きっと心配をかけてしまった。
会いに行かなくちゃ、会いに行かなくちゃ!!
窓の外はすっかりもう茜色になっていて、ところどころ焦げ臭さがまだ漂っている気がして、そういえばモンスターはどうしたんだろう。
「あっ、お目覚めですか」
「はい、あの、もう戻っても宜しいですか?」
「ええ、貴女は確か、えーと……気を失っていたのと頬の火傷でしたね。念の為、頭を打っていたら大変ですので明日また診察を受けていただくことになりますが――」
「はい、わかりました!」
「あ、まだ走っちゃダメですよ!!」
看護師の女性が私のカルテを確認して教えてくれたことに食い気味に答えて私は急ぎ足で医務室を出た。
そういえば、侍女服のヘッドドレスとエプロンが無かった。あそこに置いてきちゃった?
でも今は急いで王女宮に戻りたい。
「ユリアさま……?!」
「メイナ!」
「き、気が付かれたんですね! 良かったああ~……」
「ああ、ほら、えっと……泣かないの。心配をかけたのね、ごめんなさいね」
「ぅぇぇ……」
私を見た途端に泣き出したメイナに、ああやっぱり心配かけたんだなと実感する。
そりゃそうだ。一番最後に撤退する人間が騎士たちに囲まれて気を失っているとかドキドキしちゃうわ。
メイナの肩を抱くようにして、プリメラさまのことを聞けばやっぱりあの後自室で随分心配してくれていたんだとか。安心したらしいメイナは皆に言ってくると走っていっちゃいました。
だから廊下を走ってはいけないとあれほど……って私もさっきやっちゃいましたね。反省です。
「……失礼いたします、ユリアでございます」
入室の許可を得るために扉の前で声を掛ける。
返事がない。疲れて眠ってしまったのだろうか?
じゃあせめて寝顔だけでも……と思ってドアノブに手を伸ばした私の前で、大きく扉が開いた。
内側に開く扉で良かったー……。
「ユリア!」
「ぐふっ! ぷ、ぷりめらさま?!」
でもドアを開けて飛び出てきたのは、プリメラさまだ。
勢い良くドアを開けてそのままの勢いで飛びついてくるものだから、私も思わずよろめいたよ。
思わず女らしくない声が漏れたけどそこはしょうがないと思って欲しい。いくら華奢とはいえ十一歳の女の子の全力タックルを構えも何もしてない女の身で受け止めたんだから……転がらなかっただけ褒めて欲しいところです。
ぎゅっと抱き着いたまま離れず、顔も上げないプリメラさまの小さな肩が震えている気がします。
私が苦しいとかそんなことはもうどうでもいいね正直ね!!
「プリメラさま、ご心配をおかけいたしました。さ、中に入りましょう」
「うん……うん……」
王女専属の侍女だからって、あの時私は筆頭侍女としての責任があった。
でも離れた私が倒れて戻った時、プリメラさまにとっては心を痛めるに十分だったはずだ。
私を母と慕ってくれるその優しい心にどれだけ負担を強いてしまったんだろうと思うと本当に申し訳ないと思う。
なんとかプリメラさまに抱き着かれたまま部屋に戻ってドアを閉めて、室内にローレンさんが困った顔をして立っていたけど、私の顔を見て笑みを見せてくれた。
多分今の今まで落ち込むプリメラさまへ彼女なりに一生懸命声を掛けてくれたんだろうけど、一人にして欲しいとか色々言われて困ってたんじゃないかな。
でも流石にあんな状況の後で一人にはさせられないしということで騎士がそばに居たんだろうけどね。
「プリメラさま、さ、お顔を見せてください。お怪我はございませんか。もう怖くはございませんか?」
「こわかった。ユリアも、お母さまみたいに私のそばから消えちゃうのかと思った」
「……そんなことにはなりません。情けないことですが、モンスターを前にして緊張しすぎて気を失ってしまったんです」
「でも、顔にガーゼしてる」
「これはモンスターの火が飛んでちょっとだけ火傷をいたしました」
「……痛い? プリメラが、治癒魔法使えたらいいのに」
「きっとすぐ消えますよ。こんなガーゼが大げさすぎるんですとも!」
実際ちりっとしたのはほんのちょっとだもの。いやあの時は緊張してたからどうかまではちょっとわかんないけど。でももっとでっかい火傷だったら医務室での対応がまた違うと思うんだよね。
鏡とか見て来なかったし……あ、もしかして今髪の毛ボサボサかも。そういや伊達メガネもどっかいってるし。
「よか、た」
「プリメラさま……」
「良かった、よかったよぉ……」
目元が赤くてどれだけ泣いたんだろうと思ったプリメラさまの目から、また滴が零れ出す。
姫としてはみっともないと言われるかもしれないくらい大声で、わんわん泣き始めたプリメラさまのそのお気持ちに私は正直撃ち抜かれる思いだ。
(ああ……私、すごく愛されてるなあ……!!)
死ななくて良かったー!!
いや、死にたかったわけじゃないからね? あの時モンスターにやられて死ぬかってちょっとだけ、本当に、本当にちらっとだけ思ったわけだからさ。
その後は気が済むまで泣いたプリメラさまの為におしぼりを用意したり、今日明日とお休みをいただいたり、その後統括侍女さまの所に行ったら賓客を守ったことを褒められたり……後片付け関係は私はノータッチでいいとまで言われました。
お客さま方はどうしているのか、わかりませんが……まあお言葉に甘えさせていただきたいと思います。
城内は当然慌ただしい感じが残っていて、これ後片付けだからじゃないよね。
あのモンスターの所為だよね。まあ、いくらでも予想はできますけど勝手な想像は止めておきましょう。そもそも侍女にしかすぎない私が詳しい顛末を知る必要はないのだろうと思いますし。
おそらく政治的云々とかどうせまた出てくるんでしょう……怖い怖い。下手に首を突っ込んでもろくなことにならないって思うんですよね! まあ、首を突っ込む理由もないなら怖いもの見たさなんて言わず大人しくしておくのが一番ってものですよ。
はあ……あれほど頑張ったのになあ、園遊会の準備……。
執務室に戻ってとりあえずセバスチャンさんにお客さまの安否情報を教えてもらいました。殆どのお客さまがケガをしていないそうで、ほっといたしました。
流石、何でも知ってるベテラン執事さんですね……!! 今日の給仕等は全てセバスチャンさんが請け負ってくれましたので、甘えさせていただこうと思います。
なんだかんだ言って私もとても疲れたなあと思う一日だったもの。
ただの園遊会でも疲れるけど、今回の園遊会は盛沢山過ぎたでしょう。
えーと何があったっけ。
そうそう、先ずはメイナとスカーレットの様子が心配だったでしょ? まあでも及第点でしたよね。後は変な虫がつかないようにだけ気をつけてあげないとね。
それからエーレンさんよね。あの修羅場問題はどうしたのかしら。結局彼女、私がエディさんと浮気したとか誤解したままなんてオチはないでしょうね……まあ、これは後で外宮筆頭にでも聞いてみればいいか。もしかしたらあっちから連絡してくるかもしれないし。
次はギルデロック・ジュードさまね。結婚の申し込み云々は王太后さまが断ったことも礼儀知らずだったこともご存じだから問題にはならんでしょう。バルムンク夫人を少なくとも守った……みたいに評価も貰っているからボーナス出ないにしろ咎められることはなさそうと思いたい。
何よりモンスターだよモンスター。出所次第ではもっと大きな問題になるのかもしれないなあ。
そうなったら、アルダール・サウルさまも出陣とかになるんだろうか?
……そういえば、アルダール・サウルさまはどうしてるんだろう。
園遊会の後で、なんてお約束したけれど。こんなことになってしまって、当分忙しいのかもしれないなあ。
「そうそう、ユリアさん」
「なんですかセバスチャンさん」
「貴女が眠っている間、例の近衛騎士殿が何度かお見舞いに来ておられたらしいですなあ。休憩の合間を縫って来てくれていたのでしょう、先程ご連絡しておきましたから来てくださるかもしれませんぞ」
「え」
「まあ後は若い二人で頑張んなさい」
「ちょっと、セバスチャンさん……?!」
「こういうのを世間ではキューピッド役と言うんでしたかなあ」
「ちょっと!」
何お膳立てしてんのこのお茶目さんめっ!!
私の抗議をまるで気にせずセバスチャンさんは「それでは仕事に戻るので」とかしれーっとした顔で出て行った。
……あのヒト、どっからどこまでわかってやってんのかなあ……?




