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転生しまして、現在は侍女でございます。  作者: 玉響なつめ


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 【モンスター】とは。


 クーラウム王国だけでなく大陸全土に渡り広く分布する獣の中で、魔力を有する獣をそう呼ぶ。

 秋に出産・育児をする傾向にある。それによって攻撃的になったモンスターが食料を求め人里や旅人を襲うことがある。

 夏の終わりから秋の始めにかけて国内の騎士が討伐隊を組み、冒険者と協力し退治にあたる。その毛皮や肉などは珍重され高値で取引されることもある。


(ってそんな辞典的な事を思い出している場合じゃないし!)


 人間、予想外のことに出くわすと思考が飛ぶものなんですね。頭が真っ白になった挙句に出てきたのがモンスターについて、でした。


 ごおごお、と鼓膜を苛むそれがモンスターの鳴き声だと私も初めて知りました。ゲームの中での雄叫びとか画面の向こうですから怖さなんてなかったです。そもそもゲーム内での戦闘とかは正直乙女ゲームでしたからね、取ってつけたような簡単なものでしたしね!

 モンスターと戦う、ヒロインの隠された力が目覚める……みたいな?

 勿論、モブ・オブ・モブの私にはそんな隠された力とかチートとか内なる私が目覚めちゃうとかそんな未来は存在しません。


 目の前に現れたのは、さっき剥製だと騒がれていた鳥型のモンスターです。始祖鳥みたいなやつが三羽もいるじゃありませんか!! 三羽? 三匹? 単位はわかりませんが。

 確か火を吐き出したりなんかする敵だったと思いますが、現実ではどうかそこまで知りません。

 思わず腰が抜けてへたりこみそうになりましたが、そこはぐっと堪えることに成功しました。

 でも正直、画面の向こうで知っていた存在が目の前にいるとなるとその迫力たるや全くもって恐ろしくってたまりません。ゲームだと「雑魚いわー」と笑ってられましたけど、現実となるとそうはいきませんよ!

 そもそもこの目の前の敵は確か、戦闘イベントでボスっぽいのと一緒に出てくる雑魚だったと思います。でもあれはヒロインが主人公補正で強かったから雑魚なのであって元々雑魚である私という存在からすると敵が雑魚でも私が雑魚だから雑魚が雑魚いとゲシュタルト崩壊です。


「ユリア!」


「プリメラさま……っ」


 か細く名前を呼ばれて振り返れば、周囲の悲鳴とモンスターの登場にすっかり顔色を無くした大事なプリメラさまの姿が!!

 こうしてはいられません、私が呆然としていてはいけません!

 勿論、護衛騎士であるアンナ・ルーニャさまやアルダール・サウルさまはもうすでに動かれておいでです。王族の方の避難は一番大切な事ですからね。


「メイナ、スカーレット!!」


「ふ、ふぁい!」


「か、かしこまりましてよ?!」


 ああ、この子たちも思いっきりテンパってますね! そりゃそうか。

 王城の行事中にモンスターが出てくるなんて前代未聞ですからね。騎士たちは何してたって言われてもおかしくないですよ。でももし、あの『剥製』が剥製じゃなくて、何らかの方法で持ち込まれたものだったら?

 もしくは本当に偶然で飛行系モンスターが襲撃してきた?

 その辺は私にはわかりません! でもやるべきことはわかっています。そうです、私たちがしなければならないのは避難誘導です。


「メイナ、スカーレット、お客さまを城内に誘導するの。混乱からあちこちに行かないように、怪我人が出ているようならこの騒ぎで更に怪我が酷くならないように気を配って。医師たちも直ぐに来るはずよ。貴女たちも自分の身を大事になさい」


「は、はい!」


「しょ、承知いたしましたわ」


「モンスターは騎士たちが直ぐに対処してくれるでしょうけれど、どんな動きをするのか、何故現れたのかわからない以上気を抜いてはいけません。さあ急ぎなさい!」


 私の叱咤に慌てて二人が避難誘導を開始する。

 うんうん、テンパっててもちゃんと仕事をする姿。賞賛に値しますよ。

 しかしモンスターはビュンビュンと上空を飛び、ぎょろりとした目で私たちを見下ろしていて、ああ、あれ偶然じゃないよね。なんか超怒ってるよね。明らかに敵対的だよね!


 勿論、騎士たちだって対処に出てきてくれていますが、避難がスムーズでない部分がどうしても出てしまうのでしょう。そちらへの対応が目立ちますね。私は筆頭侍女ですから退避は一番最後、そう教えられていますが正直逃げたいです。

 上空の敵だからでしょうか、騎士たちは「弓を持て」だの「魔法を使え」だの叫んでいます。まあそのくらいしかないですよね。引き摺り下ろすにも一苦労しそうですがただ上空から襲われるのを待っていてはどうしようもありませんから。

 阿鼻叫喚とはまさにこの事なんでしょう。

 モンスターについて好き勝手意見を述べていた高位貴族の方々は先ほどまでのふんぞり返った姿はどこへやら、今では我先にと避難したようです。


(もう、大丈夫かしら)


「お、奥さま!! 早くこちらへおいでくださいー!」


 私も避難しなければ、と周囲を見渡したところで何とバルムンク夫人がまだテーブルで酒を飲んでいるじゃありませんか! ナ、ナンダッテー?!

 それを城内の部屋から呼ぶ愛人メイドさんと大臣閣下のお姿。

 え、ええー?! 自分の女房置き去りか?!


「奥さま、室内へお急ぎください!」


「……酒は、あるの?」


「ありますとも! 浴びるほどご用意させていただきます!! 少々お急ぎいただいてもよろしゅうございますか?!」


「なら、行くわ……」


 ええええ顔色まるで変化なさそうだけどこれって泥酔状態なのか。アルコール中毒とかなのか。わからないけどマイペースとかそういう域を超えていますよホントどうなってんのシャグラン王国?!

 いや、シャグラン王国全部がこうじゃないか……こうだったらとっくの昔に色々国として機能してないよね、いやでも悪く言いたくはないけどアル中気味の奥さん連れの大臣(愛人連れ)と脳筋息子を外交の場へ送り出すような国だから心象最悪なんですけど、これって命の危険を感じる場だからだけじゃないと思う。


「ユリア殿、こちらです!!」


「アルダール・サウルさま」


 王太后さまとプリメラさまの避難が済んだらしいアルダール・サウルさまの姿が人混みから見えた。

 我こそ先にと奥へ行こうとする人を掻き分けて、私たちの方へと来てくれる事に当然安堵が芽生えるけど周囲は当然まだまだモンスターに対する声で満ちていて、モンスターの怒れる声も聞こえていて、正直私も震えていて。


 だって怖いものは、怖い。

 前世でもそうだけど、今世でも私は命の危険に晒されるような生活は一度も送った事がない。

 実家は比較的そういうことはなかったし、成長してからはずっと王城暮らしだもの。


 ゲームでは見たし、実際暮らしていて噂も聞いている。モンスターは怖いってね。

 怖いよ。震えて指先がまともに動かないよ。立ててるだけでも奇跡とか思うもの。

 だから騎士たちが戦ってくれているから安心、なんて言いきれなくて、早く私だって安全な城内に入りたい。でも侍女ってものは仕える相手を身を挺して守ることもあるんだという教えがあって、お客さまを見捨てるなんて論外で、ああ、でも、早く、早く!


 アルコールの所為なのか夫人の足はもつれていて、それを支えるようにして走る私たちは当然遅くて。

 空から獲物を狙うモンスターからすれば、きっと格好の獲物なんだろう。

 流石に状況がようやく見えたのか、夫人も慌てて走り出すもののやっぱり真っ直ぐとはいかない。

 そこに肩を貸すようにしていた私がちらりと振り向いた時に見えたのは、急降下を始めようとするモンスターの姿。


 大きさなんてわからない。剥製の時は「大きな鳥だ」くらいにしか思わなかった。

 鳥型とはいえ獣と分類されるだけで、動物と呼ぶにはちょっと奇妙な造形のモンスターが飛び掛かってくる。それはまるでSF映画とかのクリーチャーみたいにも見えたし、まんまファンタジー世界のモンスターそのもので、そして現実。


 悲鳴を上げることなんてできない。

 怖くて足が結局竦んで、ひゅっと息を呑んだだけだ。

 それでも夫人を何とか前方に突き飛ばしただけでも、私はよくやった方だ、と思うんだ。


「ユリア殿!」


「待たせたな、ユリア・フォン・ファンディッド! よくぞ母上を守り通した!!」


 走馬燈が私の脳内を巡り始めた瞬間に、急降下してきたモンスターの前にアルダール・サウルさまが立ちはだかった。

 別のモンスターが吐き出した火球を、ギルデロック・ジュードさまが切り捨てた。


「あっつぅ?!」


「む、すまん。飛んだか」


 その火球の破片が私の頬を熱したけど、まあ助けてもらったんだからいいけどね?!

 火、火の玉を切ったよこの人……ただの坊ちゃんじゃなかったのか……。


「アルダール・サウル、どちらがモンスターを先に処分できるか競おうではないか! 或いはどちらが数を――」


「馬鹿を言ってるんじゃない、騎士としての務めを果たすだけだ」


「くっ……剣聖の座は譲らんぞ?!」


「要らないと言っているだろう!」


 えー。

 この人たち、助けてくれたのはいいけど言い争ってる場合なのか。


 でもすっかりへたりこんだ私に、大将軍でもあるバウム伯爵さまや王弟殿下の指揮する声も聞こえてきて、ああ、なんとか終わったのか、と察した。

 なんてことだろう。

 あのモンスターが火の魔法を使う……というか火を吐き出すタイプだっていうのはゲームで知っていたのに、結局私ができたことは右往左往して酔っ払いのお客さまを一人、お助けしようとして……結局、助けてもらっただけだった。


 うん、私は物語の主人公にはやっぱりなれない、モブ・オブ・モブだなあ、と実感する。


 そして主人公じゃなくて良かった、と変な安心感を覚えたのを最後に、気を失ったのだった。

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