644
そんなことがあった翌々日、なんと早速バルトチェッラ侯爵家から面会の申請が届きました。
私に。
私に!?
と思わず確認してしまいましたが、間違いなくユリア・フォン・ファンディッドあての面会申請です。
うーん、これは将を射んと欲すればまず馬を射よというやつでしょうか?
スカーレットに詫びを入れつつ縁談を円滑に進めるために……とかそういう。
まあ考えていてもしょうがないので受けましたよ!
私も一言もの申したかったですからね!!
といってもあくまでそれは私個人ではなく、私の立場……つまり王女宮筆頭としての責任からです。
あちらもおそらくハンスくんの親という立場よりも侯爵家として私を訪ねてくることでしょう。
(はあ~……めんどくさいなあ!)
正直忙しいんだからやめてくださいとしか思えませんが、こういうイレギュラーもあるのが仕事ってもんです。
「あの……忙しければ後日でもとのことですが、どうなさいますか?」
「いいえ、今から行きます。お待ちいただけるようお伝え願えますか?」
面会室の役人さんには本当に昔からお世話になりっぱなしですよ。
とはいえ彼らもそれが役目なので慣れた様子で戻っていきましたけどね……面倒な案件多いなとか思われていたらいやですよ、本当に。
私はいくつかの仕事をライアンとスカーレットに割り振って、面会室に行きました。
個室の方でお待ちと聞いて私がそちらに行けば記憶にあるとおりの優しげなオジサマ風の男性と、その男性をシュッとさせた容貌の方……多分息子さんですね!
とにかく、バルトチェッラ家の男性が二人いらっしゃいました。
あらまあ……私も他に人を連れてくるべきでしたかね!
とはいえ面会室で騒ぎを起こすほど愚かではないと信じておりますよ。
「お待たせいたしました。王女宮筆頭、ユリア・フォン・ファンディッドにございます」
「お役目中、ご足労をかけて大変申し訳ない。バルトチェッラ侯爵家当主、アントニオ・カミッロだ。隣は息子で次期当主のカリスト・トビアという」
「カリスト・トビアと申します」
「この度は、我が家の末息子が王女宮所属の侍女に対し大変失礼なことをしたと聞いて、その詫びにきた」
「さようですか。……どうぞ、お座りくださいませ」
ちゃんと謝罪するつもりで当主と次期当主揃って……ですか。
なかなかに今回のことを重く捉えていると考えて良さそうです。
そして扉が閉まって全員が席に着くと、まずはバルトチェッラ侯爵が頭を深々と下げました。
ついで、カリスト・トビアさまも。
「このたびは、誠に申し訳なかった。息子には厳しく申しわたし、今は自宅にて謹慎している。近いうちに領地に戻し、きちんと再教育を施すことを決めたことをお伝えするため本日はこうして恥を忍んで伺った次第だ」
「……承知いたしました。その謝罪は私が受け取ってよろしいのですか」
「本来であれば被害に遭った侍女である、スカーレット・フォン・ピジョット嬢に対し謝罪すべきということは理解している。だがあちらからすれば見知った者だからと気を許してくれた恩を仇で返す真似をしでかした者の家だ」
見知った者だからと気を許した……っていうのはちょっと違うとは思いますが、まあ侯爵さまがきちんと考えておられることはわかりました。
被害者に対して即座に動くのは当然としても、まず相手に謝罪をしたい旨と誠意を伝えなければならないのは大前提です。
とはいえいきなり会いに行って謝罪するのって、相手の都合とかもあるでしょう?
それに過去のスカーレットを考えると、一度嫌悪感を抱いたらずーっと拒否しそうじゃないですか。
そういう意味でも間に人を挟む……それも彼女が耳を傾けそうな相手、つまり私を頼ったということです。
加えて、ハンスくんの王宮侍女に対しての行動は許されざるものであり、今回私が苦情のみとしたことでバルトチェッラ侯爵家としては謝罪だけで丸く収めることができるのです。
人の目が多い面会室を使い直接当主が訪れたことも、それも次期当主まで連れて来たことも。
私相手に面会を申し込んだことも、そうした打算もあるのでしょう。
「……きちんとしていただけると信じております。スカーレットには侯爵さまのお言葉を必ず伝えるとお約束いたします」
「重ね重ね、感謝する」
「縁談云々とご子息は仰っていましたが、騒ぎになる前に収束させたとはいえどこに人の目があったかもわかりません。当面はお控えくださいますよう」
「……承知した」
「ありがとうございます。私も今回の件を知られれば、方々から甘いと叱責を受けるかもしれませんでしたもの。侯爵さまのご理解をいただけて何よりですわ」
「ははは」
乾いた笑いが返ってきたけど気にしません。
これでよし。
バルトチェッラ家としては次期王女宮筆頭を逃して残念かもしれませんが、万が一にもあの騒ぎを知った人がこの縁談を聞いたら『スカーレットがキズモノになったから責任を取らせた』なんて話になりかねませんからね!
人の目があるところでっていうのは、そういう危険も孕んでいるものですから……どうしたって上に行くほどに妬まれるもの。
スカーレットには傷一つなくプリメラさまの傍についていく侍女としてキャリアを積んで貰いたいなと思います!
そのためなら私だって偉い人相手に嫌味の一つや二つ、釘の三つや千個は打ち込んで見せましょう!
なんたって、今は私が筆頭侍女なんですから!




