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大慌てで行った先にはライアンとハンスさんの二人がいて、大騒ぎにはならないうちにスカーレットとお相手さんを隔離してくれたようです。
「いったい何があったの、スカーレット」
最終的に私の執務室に連れて来ましたが、頭の痛い話ですよ本当に!
だって事情があろうとなんだろうと、王女宮の侍女が暴力事件を起こしたとあれば問題が大ありですもの!
とはいえ殴ってしまったこと自体は事実のようなのでそちらはそちらとしても、事情は大事です。
スカーレットにだって言い分があるはずですから。
ちなみにお相手に関してはハンスさんが知り合いらしく、一旦キッチンの隅にある食料庫に行ってお話ししてもらうことにしました。
ちゃんとしたお部屋も準備できましたが、ハンスさんがそちらがいいということだったのでメッタボンのところまで、メイナに一緒に行ってもらいました。
というわけで、今この部屋には私とスカーレット、そしてライアンがいるわけです。
「腹が立つことを言われたからですわ!」
「いやまあそうでしょうね!」
そうじゃなく人を殴るなんてことがあったら困りますよ……。
かつて暴走娘だったスカーレットですが、彼女は感情の振り幅が大きかったという点では問題でしたがそれでも自分なりの主張があってのことでしたし、決して暴力的ではありませんでした。
そのスカーレットが今回、思わず手を出した……ということは相当腹に据えかねる出来事があったのでは?
「とりあえず先に聞くけれど……スカーレットに怪我はないのね?」
「わたくしですか? ええ、わたくしはこの通りピンピンしてますわ!!」
「そう、良かったわ」
じゃあ殴られたとか叩かれたってことで反撃したのとは違うのね、そこは一安心です。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、では何か言われたので殴ったということになるじゃないですか。
それはそれでアウトですよスカーレット!!
「……スカーレット、王女宮の侍女としての矜持はどこに行きましたか」
「そ、れは……」
私の言葉にスカーレットはぐっと押し黙り、泣きそうな顔を見せました。
でもそれで『じゃあいいですよ、気をつけてね』だけで終わらせてはなりません。
これがね、近所の子と喧嘩したのおねえちゃん! とかなら『ごめんなさいしに行こうねえ』ですみますけどね!!
ここは王城、そしてスカーレットは王女宮の侍女。
しかもいずれはプリメラさまの降嫁に際し、専属侍女となる予定の立場なのです。
「いいですかスカーレット。すでに知っているように、貴女の振るまい一つ一つが王女殿下の品位に繋がるのです。愚かな侍女を持つ主などとプリメラさまが誹られぬよう心掛けるのが私たちの基本です。そうですね?」
「……はい……」
「貴女にも事情があったのだということは、これまでの働きで十二分に理解しています。よほど腹が立ったのよね?」
「……はい」
泣きそうでありつつも、私の言葉にきちんと返事をするその目には反省の色が見えました。
でもそれって多分、殴ったこと自体ではなく、プリメラさまの品位に云々の部分に対してなんだよなあ……本当にスカーレットはそういうところがあるから……。
それが頼もしくもあり、心配でもあるのですが。
「何があったか、話せる?」
「……勿論ですわ、ユリアさま。今日来た男はバルトチェッラ家の人間ですわ」
「バルトチェッラと言えば侯爵家だったわね。顔見知りなのかしら?」
「一応。とはいえあちらは……その、我が家のことをずっと格下と笑っていたのでワタクシは親しくしようとはこれっぽっちも! ええ、これっぽっちも思いませんでしたけれど!!」
とにかく、話をまとめると今日は別に約束も何もなくて、スカーレットがいつものように仕事をしてメイナと共に外宮から王女宮へ戻ろうとしたところ声をかけられ、どうしても話をさせてほしいと言われたのだそうです。
そしてあまりにもしつこいので、目立つわけにはいかないから人の出入りが少ない庭園に移動してメイナはその入り口付近を見守り、スカーレットとバルトチェッラさまが話をしたと。
「でも……でもそこであの男! あり得ない侮辱してきたのですわ!!」
「え? メイナの話では求婚してきたのではなくて?」
「そうですわ。でもそれはバルトチェッラ家の次男がワタクシに婚姻を申し込むかもしれないから、優秀な兄が犠牲になるのはよくないから自分が貧乏くじを引いてやると言ってきたのですわ……!」
その上で腕を取られ了承しろと強く言われてカッとなった……というのが顛末のようです。
ああ、なんということでしょう。
それはぶん殴りたくも……いや殴っちゃ駄目なんだけども。
何か無体を働く輩がいたら実力行使をしてでも逃げなさいとは教えているけども!
「……とりあえず、貴女の行動の理由はわかったわ。もう一度聞くけれど、怪我はないのね? その……殴った手が痛いとかはないかしら?」
「大丈夫ですわ! 殴ったと言っても平手打ちで……そのあと、向こうが怒鳴りだしたのでメイナが慌ててライアンを呼んできてくれて助かりましたの」
「そう……ライアンもありがとう。大凡内容は同じかしら?」
「そのように見受けられました」
「……では、ハンスさんが話を終えているかもしれないから私はそちらに行くことにするわ。スカーレットは反省文を五枚……いえ、三枚書いて提出すること。いいわね?」
「……かしこまりましたわ」
どこかムッとしている姿があまりにも素直すぎて、思わず笑ってしまいそうでしたが……いえ、ここは我慢ですよ我慢。
甘い顔ばっかりしてちゃいけないんですよ、私は上司!
「……本当に、貴女に怪我がなくて良かった」
「ユリアさま……!」
でもこのくらいの本音は、いいわよね?




